第二章 お忍びデート <3>
「一体どんな味がするんでしょうね、レオン様」
期待に胸を膨らませ、急き立てるように歩く。レオンが小さく笑った。
「そんなに急がなくても店は逃げないぞ」
「何をおっしゃっているのですか、早くしないと売り切れという悲しい現実に直面してしまうかもしれないのですよ!」
クレメーヌはレオンの手を引っぱり、歩く速度をあげる。だが、それは彼の一言ですぐに緩まった。
「メーヌは場所を知らないだろう」
「あ、そうでした」
レオンの指摘に顔を火照らせていると、彼が声をあげて笑い出した。
「ハハハハ。メーヌは俺を笑顔にする天才だな。たしか、この道を真っ直ぐ進んだ先にあるはずだ」
レオンに手を引かれ歩くこと数分。ほどなくして朱色に染まる一風変わった木造の建物が見えてきた。
「カフェ・グスティ? あそこがそうなんですか?」
クレメーヌは二階の壁についてある看板の文字を声に出し、首をかしげる。
「ああ。そのようだな。リーチュー国の建築物を模した形をしているとコルドゥーラが言っていたから間違いないだろう」
「なんだか味わいがありますね。四角い渦みたいな赤い模様が綺麗です」
白い壁を覆うように張り巡らせている鮮やかな赤い木の飾りが目を引く。隣でレオンも感嘆の声をあげた。
「確かにこれは見事だ。あれは雷文という模様でリーチュー国では一般的な模様らしい。店の中もきっと異国風なのだろうな」
「帝国にいながら東国へ行った気分を味わえるなんて素敵ですね」
「そうだな。だが、ここまで拘るのなら名前もあちら風にすればよかったのにな」
「ふふふ、そうですね。でもカフェと書かれていないとなんのお店か分からなくて素通りしてしまいそうですね」
馴染みのない装飾は一見するだけでは何の店かわからない。もしかしたら客を取り込むためにわざとこちら風の名前にしたのかもしれない。クレメーヌの予想に、レオンが納得した様子で頷いた。
「それもそうか」
こげ茶色の両扉を開くレオンに背中を軽く押され、クレメーヌは店内へ足を踏み入れる。
「ふぁー、いい香り。レオン様見てください。丸いテーブルですよ」
四角形しか見たことのなかったクレメーヌにとって、それは衝撃的だった。漆黒の丸いテーブルに同色の椅子。テーブルの天板や椅子のクッション部分は、赤く染められていた。
「洗い立てのラディッシュみたいで綺麗ですね」
外壁のような鮮やかな赤ではないが艶のある黒い脚と相まって落ち着いた雰囲気を見せている。レオンも同じ気持ちだったようだ。感心したようなため息が聞こえてくる。
「ああ。椅子の背もたれも随分と凝っているな。彫刻ではなく、背もたれそのものをくり抜くとは……」
(レオン様って家具がお好きなのかしら?)
子供のように瞳を輝かせ観察する恋人の姿にクレメーヌは頬を緩ませた。
「それに使われている木の色艶もいいな」
店内の内装に夢中になっているレオンが、黒光りしている柱の強度を確かめるように触れた。ふいに前方から声がかかる。
「イラッシャイ、マセー」
店の中の色に合わせているのか、黒いドレスの上から肩紐と裾部分にレースのついた白いエプロンをつけた女性が近づいてきた。リーチュー国の人なのだろうか。たどたどしい言葉遣いと、あまり見ることのないのっぺりとした顔立ちにクレメーヌはそんな予測を立てる。
「コチラヘドゾー」
席へ案内され、さっそくシャオスィを二人前注文する。恭しく店員がお辞儀をして去って行くと、クレメーヌは待ち遠しさから周りを見回した。
店は噂通り繁盛しているようで、七割ほど席が埋まっていた。先に来ていた客がシャオスィを美味しそうに食べている。クレメーヌはそれを凝視したままレオンへ話しかけた。
「あれがシャオスィなんですね。美味しそうな匂いがここまでしますよレオン様」
湯気とともに甘い香りが漂ってくる。パンよりも白くて丸いシャオスィを頬張るところを目にし、唾をごくりと飲み込んだ。
「メーヌ、身を乗り出さなくてもすぐ来るから大丈夫だぞ」
レオンのくすりという笑い声に、我に返る。
「あ、す、すみません。私ったら」
「いや、頬を赤らめる姫が可愛かった」
「れ、レオン様」
「オ待タセ、シマシタ。熱イ、カラ、気ヲツケテ、クダサーイ」
白くて平たい皿がテーブルに置かれる。皿の上にある、天辺が編み込まれた薄茶色の丸い容器にクレメーヌは内心で首をかたむけた。




