第二章 お忍びデート <2>
石畳を、手を引かれながら歩く。節くれだった男らしい感触が手袋越しから伝わってくる。
(やっぱり大きな手。それに温かい)
ふいに繋がれている手に力を加えられた。クレメーヌはレオンの顔を見上げる。
「メーヌ、この街並みをどう思う?」
「とっても活気があって胸が躍ります。それに皆さんの笑顔が輝いて見えます」
「ああ、俺にもそう見える」
「やっぱり帝国はすごいですね。露店のような店ではなく、ちゃんとした建物になっているんですもの」
大通りの両側に長方形と三角の積み木を重ねたような建物が並行して建っている。高さは三階建てくらいあるだろうか。レンガ色の三角屋根の下には、鎧戸が三角の形になるように配置されていた。
(やっぱり窓は高級品なのね)
王宮ではふんだんにガラス窓が使われているが、皇帝の治める場所だからなのだろう。しかしながら決してないわけではない。店内の様子を見せるためだろう。店舗となっている一階部分に大きなガラスがはめ込まれている店がいくつもあった。
「市場は市場でまた別の通りにあるんだ。だが、ここから少し離れた場所でな」
「帝国は広いですものね」
「そうだな。ところで気になった店などはあるか?」
尋ねてくるレオンに、クレメーヌはキョロキョロと辺りを見回した。
「そうですねぇ。あ、お父様たちのお土産どうしようかしら?」
せっかく城下へやってきたのだ。この機会に両親への贈り物を探してみるのもいいだろう。帽子屋、杖を売っている店、靴屋などが目に入ってくる。次々に店を流し見するが、しっくりくる物はなかなか見つからなかった。
「やっぱりソーセージ? んーでも、お菓子も捨てがたいし……」
「ここで買うのか?」
ぶつぶつ自問していると、レオンが目を丸くして訊いてきた。そんなに変なことを言っただろうか。クレメーヌは首をひねった。
「え、だめでしょうか?」
「いや、姫がいいのならいいんだ……ただヴェルディアン殿にはもっとよいものを土産にと考えていたんだが……」
「そんな、城下にあるものも素晴らしいものばかりですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいが……」
どことなく納得していない様子のレオンに、クレメーヌはにこりと微笑んだ。
「本当のことですよ。公国にも素晴らしいものがたくさんあるので、帰ったら紹介しますね」
「ああ、楽しみにしている」
朗らかに笑うレオンにぽーっとなっていると、彼が話題を変えてきた。
「それはそうとメーヌはシャオスィというものを食べたことはあるか?」
「シャオ、シーですか?」
耳慣れない単語に、まばたきを繰り返す。
「いや、シャオスィだ。少し発音が難しいんだが、龍の背の向こう側にあるソルーク大陸の人々がよく口にする食べ物の名らしい。形は、そ、その、女性の……」
珍しくレオンが口ごもる。胸元へ視線を感じ、なんとなく彼の言いたいことがわかった。クレメーヌはとっさに腕を交差し、身をひねる。
「いや、これはリーンが言っていたんだぞ。リーンの奴が! 俺は見たことも食べたこともないんだ。その女性の、ではなく、白いふわふわとした塊の中に、アンコという甘くてねっとりとした物が入っている菓子らしい」
レオンの慌てふためく姿をはじめて見た。クレメーヌは内心で驚きながらも、彼の口から出てきた菓子の名前に飛びついた。
「そのようなお菓子の名前は初めて聞きます。それにアンコというものも知りません」
「最近、そのシャオスィという菓子を出す店ができたんだそうだ。とても美味しいらしく、賑わっているとコルドゥーラが言っていた」
「まあコルドゥーラ様が? さすがゴルディ商会の方ですね」
流行に敏感でなければ帝国屈指の商家にはなれないということだろう。
(コルドゥーラ様が美味しいとおっしゃっているなら絶対に美味しいお菓子だわ)
いつか食べることができるだろうか。見たこともないお菓子を想像しながら、あふれ出そうになる唾を飲み込む。そしてハッと、我に返った。
「もしかして今日はそちらへ連れて行ってくださるのですか?」
鼻息を荒くレオンへ詰め寄ると、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべている彼と目が合った。




