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「皆さんもどうですか? とっても美味しいですよ」
火照る顔に愛想笑いを張りつけ、己の失態をなかったことにしようとショコラを進めてみる。しかしそれはライバルを蹴落とそうとしている候補者たちにとって絶好のタイミングだったようだ。
「ありがとうございますクレメーヌ様。ですが私は小食ですので結構ですわ。それにしても私、クレメーヌ様が羨ましいですわ。そんなたくさん召し上がっても平気なんですから。皆様もそう思いません?」
エルヴィラがくすりと笑いながら同意を求める。間をおかずに、マリヤーレスが獲物をしとめる狩人のように瞳を輝かせながら頷いた。
「そうですわー。私なんてクレメーヌ様とは違って自分の体型が気になってしまってついつい控えてしまいますものー」
マリヤーレスが華奢な腰を強調するように、わざとらしく手をあてる。
「ふふふ。たくさん召し上がってくださるクレメーヌ様が顧客になっていただければ我が家も安泰ですわ。でも我が家のショコラは少量でも十分味わえるようにしておりますのよ」
言外に、そんなに大量に食べるなんてはしたないと言われているようで、クレメーヌはコルドゥーラの言葉にうなだれた。
(どうせ私は体型を気にしませんし、少量のショコラじゃ物足りませんよーだ)
食べることが何よりも好きな自分だって年頃の娘だ。容姿や体型を気にしていた頃もある。大好きな食事を控えてダイエットに挑戦したり、運動をして体重を減らそうと色々なことを試した。しかし、食事制限をすれば食べられないストレスから暴食へ走り、運動をすれば脂肪は減らず筋肉だけがつくという残念な結果ばかりが続いた。
どうせ痩せないのなら美味しいものを美味しく食べよう。そのほうが何十倍も幸せだ。
何をやっても減ることのない体重にいい加減嫌気がさし、あるときそう開き直ることにした。それでも面と向かって言われると落ち込んでしまう自分がいることに気づき、クレメーヌはなんだかおかしくなった。
「ふふっ」
「急に笑い出してどうしたんですの?」
嫌味を言った相手が急に笑い出して不思議に思ったのか、エルヴィラをいぶかしげにこちらを見る。
「なんでもありません。でも勿体ないですね。こんな美味しいものが少ししか食べられないなんて。あ、そうだわ、このショコラをベティやリズたちのお乳と一緒に温めてホットショコラにしてみたらもっと美味しくなるかも」
「ベティ?」
「リズ?」
「ヤギの名前です」
クレメーヌは故国にいるヤギたちのことを脳裏に浮かべた。
小さな山々に囲まれているヴィルデュハグーン公国は放牧が盛んに行われている。その中で特に力を入れているのがヤギの放牧だ。牛よりも小回りが利く分、ヤギのほうがヴィルデュハグーンの土地に適しているようで、公国ではヤギから取れる乳や肉の加工品を主な産業としている。執務そっちのけで国王自らヤギたちの世話をしているため、いつも宰相から小言をもらっていた父を思い出し、クレメーヌは頬を緩める。
(みんな元気かなー)
国にいる家族を思い浮かべながらクレメーヌはまだ湯気が立ち上っている紅茶を口にした。
「んー。この紅茶も美味しい。ゴルディのショコラはこの紅茶にもとっても合いますね。……これはバーレ侯爵領のみで栽培されている紅茶ではありませんか?」
「え、えぇ。よく御存じね」
クレメーヌがエルヴィラへ視線を向けると、彼女はすこし驚いた様子で見返してきた。紅茶を飲んだだけで原産地がわかると思っていなかったらしい。一度食べて美味しいと感じたものならばたいていのものは覚えている。この紅茶もその一つだ。クレメーヌは唯一の特技が褒められたようで嬉しくなった。
「もちろんですよ。このクセのないすっきりとした味わい。それでいて深みのあるコク。自国にいた頃は、しぼりたてのベティたちのお乳を入れてミルクティーにして飲んだものです」
公国で飲んでいたバーレ紅茶よりも風味が強いからきっと最上級のものなのだろう。
(あー、ベティたちのミルクが欲しい)
ショコラを口にしながらそんなことを考えていると、マリヤーレスが驚いたような高い声をあげた。
「クレメーヌ様の国では公家の方もヤギを飼ってらっしゃるの?」
「はい。家族みんなで世話をしてます。とっても可愛いんですよ」
帝国では考えられないことなのだろう。公族自ら家畜を飼うなど。クレメーヌは、いたずらが成功した子供の頃のような気持ちになった。
「小国の姫というのはそんなことまでしないといけないだなんて大変ですわね。私には到底無理ですわ」
「そんなに大変じゃありませんよ。好きでしていることですから。あ、そうだ、マリヤーレス様のところで採れるトウモロコシがベティたちは大好物なんですよ。あ、もちろん私たちもコーンスターチにして使わせていただいております」
エルヴィラが眉をしかめる。クレメーヌはヤギの可愛さを知ってもらおうと、なおも話を続けた。しかし、彼女たちにはまったく興味のわかない話だったようだ。
「そ、そうなんですの?」
「はい」
マリヤーレスの引き攣ったような笑みに気づかない振りをして返事をする。なんとか場を盛り上げようと思ったのが、失敗に終わったらしい。白けきった雰囲気をどう払拭しようか頭を悩ませていると、コルドゥーラが楽しそうに口へ手をあてた。