第二章 お忍びデート <1>
翌日、抜けるような澄んだ青空の元。昼の鐘とともに城から出てきたクレメーヌたちは、大通りのすぐそばで馬車から降りた。目と鼻の先に見える城へと続く路は、祭りのように人で賑わっている。
(馬車の中からだとわからなかったけど、人が歩く場所は一段高くなっているのね)
石畳の上を、カチャカチャと音を立てて馬が車を引いている。遠くを見れば黄色に橙、赤とすっかり秋めいた木々の彩が見えた。木の葉同様に、街を歩く人々も色鮮やかな毛織物を着ている。上質な生地を使ったドレスを着ている者はいないが、何度も繕っているようなぼろぼろの服を着ているような者も見当たらなかった。それだけこの街が栄えているのだろう。店が立ち並ぶ通りも清潔感に溢れ、行き交う人々の表情も明るい。
「ねえアンニ、この服装で本当に変じゃない?」
今から歩くのに変な格好をしていれば目立ってしまう。クレメーヌは城から着てきた服を見下ろした。袖のついた空色のワンピースに黒のボディスをつけ、腰には白いエプロンを巻いている。防寒用にと、房のついた青いショールを羽織っていた。靴はボディスと同色の革靴ブーツを履いている。もちろん髪の毛はおろさずにまとめて、白いスカーフの中に収納してある。アンニから渡されたものをそのまま着ているのだから問題はないとは思うのだが、自信が持てなかった。
「ねえ、アンニ聞いているの?」
返答のない侍女を訝しく思いながらも、しつこく確認していると誰かが近づいてくる気配を感じた。
「メーヌ。よく似合っている。安心していいぞ」
エプロンを触っていた手がレオンに優しく掴まれる。レースの手袋をつけた甲を親指で軽くなでられ、チュッと小さな音を立たせ唇を近づけてきた。さり気なく触れられた温もりに顔が火照る。クレメーヌは動揺を悟られないよう、外された手を胸元へ押しつけ礼を言った。
「れ、レオン様、ありがとうございます。ああの、メーヌって」
「ダメだったか? 市井を歩くのに姫ではまずいだろう? クレメーヌでもよかったのだが、愛称で呼んだほうが市井の民のようだと思ったのだ……」
眉をさげ悲しげな顔を見せるレオンに、クレメーヌは慌てて首を横に振る。
「いえダメなんてとんでもないです。ただちょっと驚いちゃって。あの、レオン様もとっても似合っています」
持って生まれてきたものが違うからだろうか。ベージュのシャツの上から青色のチュニックを被り、腰には紺色の紐飾りをつけている姿は行き交う人々となんら変わらない。それなのになぜか輝いて見えた。
(銀色に近い髪も素敵だけど、茶色い髪だと、お顔の端正さに磨きがかかったように見えるわ)
クレメーヌがじっと見つめていると、レオンが白い歯を光らせ微笑んだ。
「そうか? それならよかった。そうそうメーヌ、今日はアンニが傍にいないことを忘れずにな」
「あ、そうでした。今日はお忍びデートですものね」
城から出るときに見送られたというのに、忘れていた。
「完全に護衛を無くすことは叶わなかったがな……」
苦笑するレオンを元気づけようと、クレメーヌは拳を握り称賛する。
「それでもすごいですよ。私の目には護衛の方々がどこにいらっしゃるのかさっぱりわかりませんもの」
皇帝が城から出るのに護衛を一人もつけないなんてことができるはずもない。むしろもっと大仰なものになると思っていたくらいだ。それなのに辺りを見回しても影すら見えないのだから帝国の兵士たちの力量はすごい。
(さすがレオン様が治めている国の方々よね)
クレメーヌは尊敬の眼差しをレオンへ送った。するとおもむろに彼が手を握ってくる。
「メーヌがよいのならいいとするか……よし、時間は有限だ。さっそく少し歩いてみよう」
「はい!」
満面の笑みで応えると、レオンが歩き出した。




