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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第一章  二人きりの晩餐会 <3>

 食べきれないほどの量があったテーブルの上の食材もあらかた消え去った頃。レオンがワインを片手に口を開いた。


「先ほど話すと言っていたことに繋がるのだが、公国の秋は短いらしいな」


 クレメーヌは、ナプキンで唇を軽く抑え、ゆっくりと頷く。


「そうですね。こちらはまだ秋ですが、公国はそろそろ冬支度をはじめている頃です。場所によっては初雪が降っているところもあるかもしれません」

「そうなのか。そうなるとやはり行くのは春か……」


 突然思案し始めたレオンに、クレメーヌは首を横へ倒す。


「行くというのは?」

「ヤギ舎もそろそろ完成する。ミクたちをこちらへ連れてくる時期に合わせて、姫と一緒に公国へ訪れようと思っているんだ」


 予想もしていなかった提案にクレメーヌは目を見開いた。


「へ、我が国へですか?」

「ああ。正式な婚約を認めてくださったヴェルディアン殿へお礼の挨拶を直接したいと思っているんだ」

「そんなお忙しいのに、手紙で十分ですよ。手紙で。それにお礼を言うのはこちらのほうです。私のようなものをもらってくださるのですから」

「何を言う。俺がもらいたくてもらうのだぞ。それに、『顔見せだけと言っていたくせに、なし崩しに嫁にしたな』などとヴェルディアン殿に言われたくないからな」

「いくらなんでも父がそんなことを言うはず……」


 否定をしようとしたが、脳裏にレオンと同じことを言う父の姿が浮かび押し黙る。


(お父様なら言いかねないかも)


 だがそれは嫌味などではなく、信愛を込めた父なりの冗談のようなものだ。ニヤニヤ笑いながら家臣たちをからかう父親の姿を想像し、クレメーヌは頭を抱えたくなった。そこへ快活な笑い声が聞こえてくる。


「アハハハ、冗談だ。冗談。市民への披露目の前に行きたいとは思っていたのだが、やはり春まで待ったほうがよさそうだな」

「お披露目……」


 レオンの言葉で急に婚約者という立場が現実味を帯びてきたように感じる。気品のある風格に、洗練された顔立ち。誰もが羨む容姿を持った人の隣に、自分は婚約者として立ってもいいのだろうか。白い歯を見せて笑うレオンとは裏腹に、心がどんどん重くなっていった。


(私がレオン様の婚約者だなんて……お披露目の時に卵とか石とか投げられちゃったらどうしよう)


 自分の体型に対して何を言われても構わない。だが、そのせいでレオンが嫌な思いをしたらと思うと血の気が引く。残っている野菜をチーズにくゆらせ、気を紛らわせようとするがダメだった。考えれば考えるほど、思考は悪いほうへと進んでいく。好物を前にして意気揚々としていた気分は、すっかりしぼんでしまった。

 急に黙り込んだので不思議に思ったのだろう。レオンが気遣うように声をかけてきた。


「どうしたのだ?」

「いえ、ただ、私が婚約者でいいのかと」


 ためらいがちに零した不安を、レオンが幾分強い声音で否定してくる。


「何を言っている。俺はあなたでなければダメなのだ」


 だが、それでも納得することはできなかった。


「ですが、私は」

「クレメーヌ。俺は君が好きだ。君は、いくら鍛錬しても筋肉のつかない華奢な体つきで、顔も女みたいな俺をカッコイイと言ってくれるだろう。それと同じだ。俺は君がいつも卑下するその体型も含めて君が好きなんだ」


 何を懸念に思っているのかレオンにはお見通しだったようだ。彼の言葉は春を呼ぶ風のように、弱気になっていた気持ちを一瞬で吹き飛ばしてしまった。クレメーヌは目尻を濡らした涙を笑顔でごまかしながら、レオンを見つめる。


「レオン様はカッコイイですし、女の人に見えませんよ。あ、女性の服を着てお化粧をされていた時は女の人に見えましたけど……ですが、少なくとも今は男性にしか見えません」

「姫の言葉はいつも俺に勇気をくれる」

「そんな私のほうこそ、レオン様の言葉でいつも幸せにしてもらってます」


 きっと頬が赤く染まっているだろう。でも今はそれを隠すより彼の顔を見ていたい。


「二人でいると、こんなに幸せになれるんだ。民も俺たちを見て、お似合いの二人だと言うさ」


 レオンの一言でこんなにも暖かい気持ちになれる。彼が隣にいるのなら何も恐れることはない。不安になっていた気持ちが霧散していく。


「ふふふ。そうだと嬉しいです」

「ああ、絶対だ。だが、その披露目の前に公国へ婚前旅行だな」

「こ、婚前旅行……」


 からかいを含む言い方に、カーッと全身が熱くなった。動転するこちらとは裏腹に、レオンは楽しげに笑い声を立てる。


「ハハハ。それでだ、今その計画をリーハルトたちとしているんだが、すでに公国は冬支度の季節に入るのだろう。冬の間の移動は避けたほうがいいと思うのだ。だから来年の春先に向かうおうと思っている。公国から帰ったらすぐに民たちへの披露となってしまうが大丈夫か?」

「ええ、私のほうは問題ありません。冬の移動は危険ですもの。雪が積もっている道を歩くのは慣れている者でも大変です」


 降雪量の多い月などは自分の背丈など、あっという間に追い越されてしまう。閉じ込められないよう、少し積もっては雪かきをして家を守るのが常だ。


(帝国に降る雪とじゃ、量と質が全然違うのよね)


 たしか帝国の雪は湿り気のある雪で、翌日には歩くとツルツル滑ると聞いた。かたや公国の雪は風で吹き飛ぶほど細やかな雪が膝上を有に超えて積もる。足を踏み出すごとに雪に埋もれ、しまいには身動きが取れなくなってしまうため普通に歩くにはコツがいる。そんな慣れている者でも大変な思いをする冬の季節に慣れていない者が訪れては、身体を壊しに行くようなものだ。


「それでは、春先に訪問するという趣旨の手紙を公国へ送るとしよう」

「はい。私のほうからも手紙で伝えておきます。ですがそのせいで最近お忙しかったのですね。無理をされていたのではありませんか?」

「いや、忙しかったのはそれとは別件で……」

「別件?」


 他にも何かあるのだろうか。クレメーヌは首をひねる。


「ああ。えーと、その、つまり、な、姫はまだ城下へ行ったことがないだろう?」


 何か言いにくいことでもあるのだろうか。まどろっこしい言い方をするレオンを不思議に思いながらも、クレネーヌは素直に頷いた。

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