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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第一章  二人きりの晩餐会 <2>

「今日は姫の国でよく食べられているものが出されると聞いて早めにきたのだが、待たせてしまったか?」

「いいえ、私も今ついたばかりでした」


 クレメーヌは首を左右に軽く振って応えた。


「お忙しいなか、このような時間を設けていただきありがとうございます」


 婚約者選びから貴族の腐敗が浮き彫りになった時は多忙を極めていたようだ。しかしそれも夏頃には収束し始めたと聞いていた。それなのに、最近になりまた忙しそうにしている。“国の頂点”に立つ人だから暇になることなどない。それは十分理解している。


(今日だってレオン様から夕食のお誘いがなければ一人で食べていたはずだもの)


 ここ数日はそれが当たり前になっていた。クレメーヌはレオンの身体が心配になり彼を窺い見る。だが、レオンは事もなげに否定してきた。


「いや、問題ない」

「そうですか? ですがリーンハルト様も最近はお見かけしていませんし……」


 以前はちょくちょく顔を見せに来ていた彼の乳兄弟で、影武者もしていたリーンハルトにもまったく会っていない。最後に話したのは、数週間前だっただろうか。春の頃より作り始めたヤギ舎がそろそろ完成しそうだ、と自慢げに話してくれた。


(でもリーンハルト様ってレオン様の近衛騎士様よね? ヤギ舎に近衛騎士って関係あるのかしら?)


 もしかしてヤギの産毛を使った毛織物を帝国と共同研究することが極秘事項だからだろうか。クレメーヌは内心で首をかしげる。


(でもミクたちのことなら私も無関係じゃないはずなんだけど……)


 公国ではヤギの世話を任されていた。それなりに対処はできる。クレメーヌは何か手伝えることはないかと、尋ねようとした。しかし、声を発する前にレオンに話を畳まれてしまう。


「いや、あいつには別件で少しな。あとで姫にも相談するが、とりあえずは冷める前に夕食をいただこう」


 隠すのではなく、きちんと話そうとしてくれていることが嬉しくて、クレメーヌは元気よく返事をする。


「そういうことでしたら、もちろんです!」


 どんなときでも向き合ってくれるレオンの優しさに胸が熱くなった。


(レオン様ってなんでこんなに良い人なのかしら?)


 彼の整った顔を凝視していると、おもむろにニコリと笑いかけられる。


「それじゃまず姫が手本を見せてくれ」

「手本、ですか?」


 クレメーヌは言葉の意味が理解できず、首をかしげた。すぐさまレオンがああ、と頷く。


「この料理は公国の料理だろう。俺も何度か食べたことはあるが、姫が何から食べるのか知りたい」

「そういうことでしたら……いつも私が最初に食べるのはお野菜なんです。今日はどれから食べようかしら?」


 レオンの要望に応えるべく、食材を探す。ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、ラディッシュなどどれも美味しそうだ。そのすべてが一口でおさまるくらいの大きさでフォンデュフォークに刺さっている。


「うーん、迷いますね。あ、そうだわ。レオン様はどのお野菜がお好きですか?」

「俺か? 俺はイモかな?」

「それでは、今日はこのジャガイモからいただきます」

「ふむ。そういうところが姫の愛らしいところだな」


 じっと見つめられながら何気なく呟かれた言葉に、あたふたする。そのせいでジャガイモを取る際にガチャガチャと音を立ててしまった。


(もう。レオン様が急にあんなこと言うから……)


 クレメーヌは気を取り直すように身じろぎ、ジャガイモをチーズの中へ沈めた。くるりと器用にフォンデュフォークを転がらせ持ちあげると、チーズ特有の匂いと爽やかな蒸留酒の香りが鼻孔をくすぐる。


(いい匂い。この香りはサクランボの蒸留酒ね)


 クレメーヌは、まんべんなくチーズのついたジャガイモを頬張った。


「あつっ、はふ、はふ、ん、おいひいです。レオン様も早く召し上がってください!」

「ふふふ、ああ。そうしよう」

「うーん。美味しい。次は何にしようかしら?」


 故郷で慣れ親しんだ味が消える前に、次の獲物を見つけておかなくては。クレメーヌはそのまま食事に夢中になり、婚約者の存在を一時忘れた。

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