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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
番外編
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番外編2

『2016年度ノベル大賞』へ応募するために本編を削除したさいのお詫びとして掲載していた番外編を再アップさせていただきます。

「わぁーすごい!」


 草原が眼前に広がっている。レオンと二人で乗っている黒毛の馬が走れば走るほど大きくなっていく緑の絨毯に、クレメーヌは故国を思い出すような懐かしさを感じた。


「馬上から見たときも圧巻だったけど、近くで見るとさらに素敵だわ」


 クレメーヌは馬からおり、黒く塗られている柵へ近づく。柵の向こう側にある瑞々しい緑が太陽に照らされて眩しいくらいだ。


(青々してて美味しそうな干し草が作れそう。ここにミクたちがいたら喜びそうね)


 出産から立ち会った国にいる仔ヤギを思い出し、頬を緩める。


(……みんな元気でやってるのかなぁ……)


 ふいにおそいかかってくる郷愁がちくりと胸を刺した。その痛みをやり過ごすようにクレメーヌは黒い柵の全貌が見えないほど広大な、緑の大地を眺めていた。


「どうだ?」


 背後から、草を踏みしめる足音とともに柔らかな声が聞こえてきた。クレメーヌがハッと我に返り、振り返る。そこには、乗ってきた黒馬を木に繋いでくると言ってそばを離れていたレオンが、ニコリと笑いながら立っていた。


(すごい! レオン様の笑顔でミクたちに会えない寂しさが薄れたわ)


 レオンがどこか期待に満ちたような眼差しを向けてくる。クレメーヌは手を叩き、はしゃぎながら応えた。


「素敵な場所ですね!」

「クレメーヌのヤギたちにも気に入ってもらえるだろうか」

「それはもちろんです。名付け親が私のせいかミクは食いしん坊で……ってここに以前仰っていたミクのヤギ舎を建てていただけるんですか?」


 クレメーヌは口をあんぐり開けてレオンを見つめた。てっきり城の隅っこのほうで小さなヤギ舎を建てるものだとばかり思っていたのだ。それが自然の中で放牧するような形を考えていてもらったことにクレメーヌは愕きを隠せないでいた。


「で、でも連れてくるヤギはミクだけですよね? それだと広すぎるような……」


 いくらなんでもヤギ一頭に対しての広さではない。そう指摘するとレオンが肩を震わせ笑い出した。


「ふふふ、姫の意見はもっともだ。だが、安心してくれ。ヤギたちと言っただろう? こちらへ来るのはミクだけではない。他にも数頭譲り受けた」

「本当ですか! わぁー、楽しみです誰が来るのかしら?」


 自分の考えが杞憂だとわかりクレメーヌは安心した。ミク以外となるとミクの親ヤギたちだろうか。ヤギたちに会える日が待ち遠しい。


(いつ頃来るのかしら? あの仔たちのミルクを使ったお菓子がすぐに食べられるようになるなんて幸せだわ)


 公国で食べていたものを思い出すだけで頬が自然と緩んでくる。


「少し妬けるな」


 おもむろにレオンが横に垂らしている髪に触れてきた。


「えっ?」


 視線を彼へ向けると、熱のこもった蒼灰色の瞳に捕らわれ身動きがとれなくなる。だが、レオンはそんなこちらの状況など気づいていないようだ。髪を触っていた指を頬へと移動してきた。


「クレメーヌにとってヤギが家族のように大切な存在だということはわかっていたつもりだったんだが……」


 優しくなでられるたびに体温が上昇していく。瞳が潤むと同時に触れていた指が止まる。甘い拷問のような時間が終わるのかと安堵するのもつかの間、今度は顎へ手を添えられた。


「あ、あ、あの、レオン、様?」


 クレメーヌはたまらずに声を絞り出す。だが、レオンには聞き届けられなかったようだ。顎先にある指は外れることなく、顔を微かに持ちあげられた。


「これほどの笑みを作らせたのが自分ではないということが悔しい……」


 徐々に近づいてくるレオンの顔に視点をさまよわせる。このまま口づけされるのだろうか。クレメーヌがギュッと瞼を閉じたときだった。背後から聞こえてきた咳払いとともにアンニの声が聞こえてくる。


「レオン様、クレメーヌ様お待ちしておりました」


 レオンからの拘束が解かれ、ホッとしたようなでも少し残念だったような複雑な気分になりながら、近づいてくるアンニへ視線を向ける。にっこり笑う侍女と目が合った。しかし、その笑みは強張っているように見え、クレメーヌは首をかしげた。


(そんなに待ちくたびれるほど待たせたかしら?)


 馬を制御していたのはレオンだったため正確な時間はわからないが、寄り道もせずまっすぐここへ到着したはずだ。しかし先行していた馬車を追い抜かすことができなかったのも事実である。クレメーヌは素直に謝った。


「ごめんなさいね、アンニ」

「姫様のせいではありませんから……まったく女装陛下め。クレメーヌ様に手を出さないって約束を反故にするつもりかしら」


 こちらの謝罪にアンニが慌てた様子で首を横に振る。そのあと何やらぶつぶつ続けていたが小さな声でよく聞き取れなかった。


「え? 何よく聞こえなかったわ」

「いえ、あちらでリーンハルト様とコルドゥーラ様がお待ちですよと言ったのですよ」

「そんなふうには聞こえなかったけど…って大変! お二方をお待たせしていただなんて。レオン様、参りましょう」

 アンニが来てから一言も発しなくなったレオンを見つめると、やっとこちらを見てくれたと言わんばかりに満面も笑みを向けられる。それだけでクレメーヌの頬は上気した。


「クレメーヌは優しい人だな。呼んでもないのに勝手に来たやつらだ。気にすることはない」


 再びレオンの手が近づいてくる。しかしアンニが体を滑り込ませ割って入ってきたため、その手がこちらへ届くことはなかった。


「姫様、あちらでございます」

「え、あ、ちょっとアンニ、レオン様より先を行くだなんて……」


 アンニの手に引っ張られ、クレメーヌは後ろにいるレオンへ視線を向ける。無礼な振る舞いをする侍女に気分を悪くされてないかと不安に思ったが、大丈夫なようだ。優しい微笑みに、クレメーヌも口角をあげた。


「問題ない。本当は俺があなたの手を握り」

「そんなことより姫様」


 レオンの言葉を遮るようにアンニが話しかけてくる。


「ちょっとアンニ、レオン様がまだ話してたじゃない」


 先ほどからレオンに対して失礼な態度ばかりするアンニを諌める。しかし、彼女はこたえた様子もなく言葉を続けた。


「申し訳ありません。それでですね、コルドゥーラ様がゴルディのショコラ以外のお菓子をご用意してくださいましたよ」

「え、本当?」


 クレメーヌは怒っていたことも忘れ、アンニの言葉に飛びつく。


「本当ですとも」

「アンニ、コルドゥーラ様を待たせてはいけないわ。早く案内して」

「かしこまりました。クレメーヌ様、こちらです」


 色とりどりの菓子を想像し、クレメーヌはスカートの裾を走りやすいように少し持ちあげた。そしてそのままレオンの存在を忘れ、アンニのあとをついて行ったのだった。


 <了>

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