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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第六章 実る初恋
32/54

3<本編完結>

「ふふふ。すまん、すまん。話を戻そう」


 さっきから弄ばれいるような気がしてならない。だが、反論すれば墓穴を掘ってしまいそうで、クレメーヌは何も言うことができず黙って続きを促した。


「姫を誘拐したエルヴィラとマリヤーレスは無期限の国外追放だ。もっと重い刑も出されたが、未然に防ごうと思えば防げたものをあえて放置した形だからな。これぐらいが妥当だろうということになった。ちなみにヒューバー家も爵位返上の上国外追放だ」

「そうなんですか? ずいぶんと重い刑なのですね」


 たしかに税を着服し国民に負担を負わせようとするのは悪いことだが、そこまで厳しいものだとは思わなかった。バーレ前伯爵と同じ刑にクレメーヌは瞠目する。


「ああ。調べてわかったことなのだが、税の着服だけではなく他国へも金を流していることがわかってな」

「他国に協力者がいるんでしたら、国外追放は意味がないんじゃないですか?」

「そうでもないだろう。爵位もない上に、帝国に目をつけられているんだ。おいそれと手を出そうなどとは思わないはずだ」

「なるほど。それもそうですね」


 さすがは皇帝陛下だ。尊敬の念を込めて同意すると、レオノーラの雰囲気が変わった。瞳を潤ませ色香を撒き散らすように流し見てくる。


「レオノーラ様?」

「もう姫が気になることはなくなっただろう?」


 だからそろそろ返事を聞かせてくれ。レオノーラが吐息混じりに告げながら、にじり寄ってくる。クレメーヌは座ったまま後ずさった。しかしそれほど大きくないソファだ。すぐに退路は塞がれた。


「あああの、レオノーラ様? おお落ち着いてください」

「俺は落ち着いている」


 レオノーラの端麗な顔が近づいてくる。互いの息がかかるほどの距離に、クレメーヌは息を飲み込み目をぎゅっと閉じた。


(ももも、もしかしてもしかしなくてもキスされちゃったりするの?)


 緊張が高まる中、頬にレオノーラの体温を感じる。いよいよその時がきた、と覚悟を決めると同時に勢いよく扉が開いた。


「レオ、悪い。匿ってくれ!」


 軍服姿のリーンハルトが必死の形相で部屋の中へ入るなり、向かい側のソファの後ろへ隠れた。突然の訪問者にクレメーヌは我に返り、息が触れるほど近くにあったレオノーラとの距離をなんとか離した。


 鏡を見なくてもわかるほど赤くなっているであろう頬を冷まそうと手のひらで扇いでいると、廊下からコツコツと軽い足音が聞こえてきた。


「リーンハルト様? リーンハルト様はどこですの? あら皇帝陛下にクレメーヌ様、ご機嫌よう」

「ご、ご機嫌よう」


 茶会のときの印象が強いのか、未だにリーンハルトを追いかけるコルドゥーラに慣れない。クレメーヌは顔を引きつらせながら挨拶を返した。


「そうそうクレメーヌ様。ありがとうごさいました」


 突然礼を言われ、クレメーヌは疑問符を脳裏に浮かべる。それを見て、コルドゥーラが優しく微笑んだ。


「うふふ。バーレ紅茶のことですよ。まさか我が家が偽物を卸していただなんてお恥ずかしい限りですわ。我が商会もクレメーヌ様のように味覚を鍛えていかねばと父と話したんですのよ」


 話しているうちに何かのスイッチが入ったのか。コルドゥーラが鼻息を荒くする。


「そ、そうなんですか?」

「えぇ。それで不躾だとは思いますがクレメーヌ様! ぜひ私とお友達になってくださらないでしょうか?」

「え!」

「駄目でしょうか」


 思いもよらない提案に口ごもっていると、コルドゥーラが悲しげに目を細め、ちらりとうかがってくる。まるで弱い者苛めをしているような罪悪感を抱かされ、クレメーヌは急いで首を縦に振った。


「よ、よろしくお願いします」

「うふふ。嬉しい。では早速ですが、お友達のお願いを聞いてくださいますか?」


 さっきまでの悲しみは嘘だったかのような笑みに、クレメーヌは目を丸くする。コルドゥーラと友人になったのは、早まったかもしれない。何かを企んでいるように口角をあげる彼女に、クレメーヌは唾を飲み込んだ。


「わ、私にできることなら」

「簡単ですわ。リーンハルト様の居場所を教えてくださいませ」


 教えたほうがいいのか迷い、助けを求めるようにレオノーラへ視線を向ける。レオノーラが静かに頷くのを確認してから、クレメーヌはリーンハルトの居場所を指差した。


「ありがとうございます、クレメーヌ様! お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした皇帝陛下」

「いやいい」

「リーンハルト様! もう逃がしませんわ」

「うわっ! レオの裏切り者!」


 レオノーラがバラすとは思っていなかったようだ。四つん這いのままでソファの後ろから出てきたかと思えば、リーンハルトは立ち上がり捨てゼリフ吐きながら部屋を出て行った。


「あん、リーンハルト様お待ちになって」


 慌ただしくコルドゥーラが去って行くと、室内が急に静まり返る。それだけインパクトの強い人たちだったのだろう。クレメーヌが呆気に取られているうちに、いつの間にか再びレオノーラに捕まっていた。腕の中に抱えられている状況に目を白黒させていると、レオノーラの小さな笑い声が耳に入ってきた。


「邪魔者もいなくなったことだ。先ほどの続きをしよう」

「レオノーラさ」

「レオンだ。姫には名前で呼んで欲しいと言ったはずだ」

「あ、そうでした。でもその慣れなくて」


 どうしても言い慣れているほうを口にしてしまう。しかも、女の格好をしている相手に、男の名前を呼ぶのは違和感を覚えて仕方がない。せめて男性の格好をして欲しい。そんなことを考えていると、レオノーラがとんでもないことを言い始めた。


「婚約式の日までには直してくれればいい」

「婚約式? え、だってまだ私返事を」

「姫は俺のことが嫌いか?」

「……ずるい」

「ずるくてもいいから言葉で聞きたい」

「……す、きです。レオ……ん」


 意を決し紡いだ言葉は、レオンの口づけに阻まれ最後まで言わせてもらえなかった。開けたままになっている扉の向こうから聞こえてくるリーンハルトを追いかけるコルドゥーラの声を耳の奥で感じながら、クレメーヌはレオンの体に身を預けた。


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