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「姫はその体型を気にしているようだが、きちんとそれを受け入れているだろう。卑屈になることもなく前を向いている姿が、俺には眩しいほどに輝いて見えるんだ」
「陛下が言うと、私がすごく格好いい女性のように聞こえます。ぜんぜんそんなんじゃ、ありませんよ。ただの食いしん坊なだけなんですから」
「それは違う。俺は姫がただの食いしん坊だとは思わない。現にあなたは我々が気づかなかった紅茶の味に気がついたではないか。それがどれほどすごいことなのか、あなたは理解したほうがいい。それに……」
「それに?」
言葉を途切れさすレオノーラを不思議に思い、続きを促す。すると何かを企むようにニヤリと笑い、腕を伸ばしてきた。
「姫の今の体型は、抱き心地がすごく良さそうだ。うん、思った通りの抱き心地だ」
気づけばレオノーラの胸に抱えられ、クレメーヌはどうしたらいいわからず視線をキョロキョロと動かした。
「あ、あの、レレレレオノーラ様」
「失礼します。紅茶のお代わりをお持ちいたしました」
「ありがとう、アンニ。いただくわ」
普段なら主の会話に入ることはしないアンニからの割り込みにクレメーヌは心から感謝した。鋼の檻のように動かなかったレオノーラの腕があっさりと外れる。クレメーヌはレオノーラの気が変わらぬうちに、身体を離した。
「姫の侍女は過保護だな」
「恐れながら姫様は、まだ陛下を受け入れると宣言しておりませんので」
「これは手厳しい」
愉しげに笑うレオノーラと怖いもの知らずなアンニの会話に、クレメーヌはハラハラする。
(ちょっとアンニってばどうしちゃったのよ。いつも以上に辛辣じゃない?)
言葉は丁寧だが、どこか刺があるように感じるのは気のせいだろうか。クレメーヌはアンニの真意を探ろうと彼女をジッと見つめた。
「主を守るのは従者の勤めですから。まぁ、宣言しなくても態度で丸わかりでしょうが……」
「アンニ!」
我慢できずに叫ぶ。まさか、こちらをからかうための布石だったとは。黙って聞いてないでとめに入れば良かった、とクレメーヌは心の底から後悔する。
「皇帝陛下、失礼します。姫様、のちほど迎えにきますね」
「ああ。我が儘を聞いてくれて感謝する」
「へ? ちょっと、え? アンニ?」
紅茶を入れ終わるやいなや部屋を出て行くアンニに、クレメーヌは慌てる。だが、レオノーラは平然としている。彼が納得しているということは、話はついていたのだろう。それでも訳も分からないままアンニに置いていかれ、クレメーヌは急に心細くなった。
「侍女に頼んで少し姫と二人っきりになれる時間をもらったのだ。だからそんな迷子になった幼子のような顔をするな」
そんな顔をしていただろうか。クレメーヌはおもむろに頬へ手をあてる。レオノーラがくすりと笑った。
「まあいい。冷めないうちに侍女殿が入れてくれたお茶をいただこう」
カップをかたむけるレオノーラと同じように、クレメーヌも紅茶へ手を伸ばした。
(二人っきりになったとたん迫られるのかと思ってドキドキしちゃったわ)
先ほどのことがあったから、少し構えていただけに残念な気分だ。
(って、何考えてるのよ私!)
クレメーヌは気持ちを落ち着かせようと、カップに口をつけた。
「美味しい!」
爽やかで甘い香りが鼻を抜ける。そのあとをバーレ紅茶独特の深みのある香りが包み込む。
「これ、バーレ紅茶ですよね? でもこのフレーバーは初めてです」
「さすがは姫だな。これはバーレ領を新たに継ぐ当主とゴルディ商会が共同で開発したものだ」
「そうなんですか。でも、バーレ伯爵家はお取り潰しだと聞きましたけど?」
バーレ紅茶の偽装に関わっていた本家を含めた一族のものは皆、牢屋に入れられたらと聞いていたが違うのだろうか。首をかしげると、レオノーラが苦笑した。
「いや。本来だったら取り潰しだったのだが、バーレ紅茶の名をなくすわけにはいかないからな。今回の偽装に関わっていない分家を当主とすることとして終止符を打った。ちなみに他国へ金を流していた前伯爵は国外追放だ」
「そうですか。……あのエルヴィラ様も国外追放ですか?」
父親である伯爵が国外追放なら、娘である彼女はどうなるのだろうか。今の話を聞く限り、他国へ金を送ったのは伯爵の独断だったように思える。それならば、娘である彼女はもう少し軽い罪になるのかもしれない。クレメーヌが興味本位で尋ねると、レオノーラが不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「姫を誘拐した人間だぞ? 様などつけなくていい」
すみません、と謝るとレオノーラが深くため息をつく。
「そういうお人好しなところに惚れたのだから仕方ない」
「惚れっ!」
さらっと告げられた言葉に顔が熱くなる。
(気を緩めているときに、なんてことを言うんですかー)
クレメーヌがジタバタしたくなるのを必死で抑え込んでいると、いたずらが成功したとばかりに喜ぶレオノーラと目が合う。恨みがましく睨みつけると、降参と笑いながら両手をあげてきた。




