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レオノーラたちに救出されてから一週間が経った。あのあとすぐにでも詳細が聞けると思っていたのだが、事後処理に追われ今日まで時間が取れなかったらしい。やっと纏まった時間が取れると言われ、クレメーヌはレオノーラの部屋へやってきていた。
「あの、座り方がいつもと違うような気がするのですが?」
何度か訪れたことのあるレオノーラの部屋は、以前と変わらず最低限のものしか置かれていない。しかし前回と違うことが一つだけあった。いつも対面していたはずのレオノーラが今回に限って、隣に座っているのだ。ぴったりくっついているわけではない。それでもレオノーラの体温を右側に感じ、クレメーヌは身体を固くした。
「たまにはこんなふうな座り方も良いと思ってな。嫌か?」
レオノーラにじっと見つめられ、クレメーヌは激しく顔を横に振る。
(嫌ではありません。嫌では。ただ無性に恥ずかしいんです。それに私のほうがお尻が大きいから場所をとってますよね? なんて面と向かって言えないー)
男性が座ってもゆとりがあったのだから、大丈夫なはずだ。クレメーヌは胸の内で言い聞かせ、話を変えることにした。
「あの、ところでなぜドレスを着ているんですか?」
あばら屋へ助けに来てくれたときは軍服を着ていたはずだが、今日は女物の水色のレースのフリルがたくさんついたドレスを着ているのだ。てっきり女装はもう終わったものだとばかり思っていたため、覚悟を決めて部屋へ入ったのに少し肩透かしを食らった気分ではある。だが、ドレスを着ている姿のほうが見慣れている分、気が楽になったのも確かだった。
「姫を助けに行くのに女装もないだろう? それに、あのとき連れて行った騎士たちはリーンハルトの部下だから替え玉の件も知っていたしな」
「それでしたら、これを機会に正式発表なされたらいかがですか? この間助けていただいたときはとても凛々しくてきちんと男性に見えましたよ」
こちらの提案に、レオノーラは一瞬瞳を見開いた。そしてすぐ一笑する。
「ハハハ。姫には適わないな。フフフ」
何か可笑しなことを言っただろうか。首をかしげ続き待つと、レオノーラは笑うのをやめ真摯な眼差しでじっと見つめてくる。
「……余が皇帝だと偽らなくなったら姫は妃になってくれるか?」
ためらうように口の開閉を繰り返したのち発せられた言葉に、今度はこちらのほうが目を丸くした。なんと答えていいかわからず、黙り込んだまま視線を揺らす。
ふと腿に置いていた手の甲が重たくなる。下を向き確認する前に、その手がレオノーラによって持ち上げられた。
「元々、ヴェルディアン王に姫との婚姻を申し込んでいたのだ。ただ、少々膿みを出すのに手こずってしまったため今回の妃候補選びを起こしたんだ」
告げられた真実は予想もしていなかったものだった。
「え? じゃあ、お父様たちは私が嫁いだと思っているのですか?」
「いや今回の姫の来訪は顔見せだ。お互い初めて会うのだから人となりを知れるようにと。それにミクと言ったか。研究費をこちらが持つと言ったヤギも姫と一緒に帝国へ住むことになる。今、ヤギ舎を建築している最中だ」
「ミクも帝国に住むんですか!」
目をこれ以上ないほど見開くと、レオノーラがいたずらが成功した子供のような瞳で頷きながら微笑んでくる。
「姫が寂しくないようにとヴェルディアン王の親心だろう。だが、姫が顔見せのためにこちらへ来てくれたおかげで余は姫を心から好きになれた」
「好きっ? レオノーラ様が? 私を?」
突然の告白に、声が裏返える。しかしレオノーラは愛しそうに顔を綻ばせるだけだった。冗談を言っているわけではなさそうだが、信じられない。クレメーヌはレオノーラの表情を見逃さないよう注意深く観察しながら疑問を口にした。
「あのレオノーラ様って目が悪いんですか?」
パチリと一度またたいたあとレオノーラが大きな声で笑い出した。
「アハハハ、ひどいことを言う人だ。これでも余は見る目はあるつもりだぞ」
「でも……こんな体型ですし、顔だってレオノーラ様のほうが可愛いですよ?」
強調するように繋がれていないほうの手で横腹を叩けば、ボフッと鈍い音がなった。笑いをとろうと思ったのだが、上手くいかなかったらしい。レオノーラの蒼灰色の瞳は逸らされることなく、こちらを見つめてくる。
「余は……俺はそうは思わない」
レオノーラの一人称が砕けたものへと変わり、ドキリと胸が高鳴る。リーンハルトと話していたときですら変わらなかったのだ。それだけで自分が特別なのだと言われているようで、うぬぼれそうになる。
「人はそれぞれ劣等感を持っている生き物だ。それにどう立ち向かっていくかは個人の自由だと俺は思っている。俺の場合は他に代理を立て、自分という存在を消した。だが姫は違う」
レオノーラが淡々と語る。クレメーヌは黙ったまま聞いていた。




