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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第一章 いざ、出陣
3/54

   ※※※


 大きなガラスを背にした庭園の一角には、淡い桃色の花びらを満開に咲かせたアーモンドと色鮮やかな黄色い連翹れんぎょうの花。そして瑞々しい若草色の葉とともに地面に広がるいぬふぐりと野生のスミレといった色とりどりの花が咲き誇っている。その花々に負けず劣らず四人の女性がクレメーヌの周りを囲むように白亜のテーブルに色を添えていた。


「まぁ、エルヴィラ様のブローチとっても素敵ですわね。どこで注文されたんですの?」


 クレメーヌの正面に座っているヒューバー辺境伯の娘、マリヤーレスが緩やかに波打つ金茶色の髪の毛を揺らす。十五歳になったばかりだという彼女のビスクドールのように澄んだ碧眼はエルヴィラの胸元にある大きなブローチに釘づけだった。


「これ? これは私が生まれたときにこのバラのブローチが似合う女性になりますようにって父が特注で作らせたものなの」


 十八になった皇帝と同い年のエルヴィラがブローチを見せびらかすように、絹糸のように光輝いているプラチナブロンドの髪を軽く梳きながら後ろへなびかせる。一見すると本物と見紛うほどだ。胸元が大きく開いた黒いドレスの中心に咲いている一輪のバラが太陽に反射され煌めいた。透明度の高いこぶし大のロードクロサイトが本物のバラのように立体的に彫られている。


「素敵ですわね。それにお優しいお父様で羨ましいわ。私の父もバーレ侯爵を見習ってもらいたいわ」


 マリヤーレスが頬を染めうっとりと両手を合わせてブローチから視線を離さない。それを、エルヴィラを挟んで反対側に座っているコルドゥーラが微笑ましいそうに眺めていた。


「ふふ。何をおっしゃっているの。マリヤーレス様のお父上だって素晴らしい方じゃありませんか。先だっても国境付近を根城にしていた盗賊の討伐に成功したとか。うちは商売柄、よく利用させていただいておりますので父も大変感謝しておりましたわ」


 コルドゥーラが茶色の髪を指先でくるくる巻きながらマリヤーレスを流し見る。十六歳になったばかりの自分と一つしか違わないはずなのにこの艶っぽさはなんなのだろうか。同性だというのに彼女の茶色の瞳と目が合うだけで、胸がドキドキしてきそうだ。


(豪華な美少女集団だわ。さすが妃候補)


 容姿どころか後ろ盾もないに等しい自分がなぜこの集団の一人として選ばれたのだろうか。皇帝に訊けるものなら訊いてみたいものだ。クレメーヌがそんなことを考えている間にも候補者たちの話は続いていた。


「さすがは、ゴルディ商会ね。情報が早いわ」

「ふふふ」


 楽しげな笑い声が響き渡る。声だけ聴くと和やかな雰囲気だが、彼女たちの瞳の奧は相手の真意を探っているのか、真剣そのものだった。


(私、絶対場違いよね……アンニ、どうしよう)


 クレメーヌは後ろで控える侍女へ助けを求めようと視線を送る。しかしアンニはこちらの気持ちなど関係なしに、小さなガッツポーズを向けてきた。


(アンニのバカー。頑張れるわけないじゃないの)


 見当違いな励ましをしてくる侍女に、クレメーヌはガックリと肩を落とす。そこへ微かな風とともに甘い香りが鼻孔をくすぐった。匂いに誘われるままに顔を向ければ、そこにはずっと食べてみたいと思っていた一口大のショコラが塔のように高く積まれていた。


(そうだわ。私にはショコラがあるんだった!)


 クレメーヌは目の前に置かれている、庭園を囲っているアーモンドの幹のようなショコラを一つ口にする。舌に触れた瞬間にパキリと音を立てショコラが砕けた。中から味わったことのない滑らかなものが流れ込んでくる。クレメーヌは想像もしていなかった食感に目を見開いた。


「! 何これ」


 濃厚なカカオを追従するかのように広がるオレンジの香りに、うっとりとまぶたを閉じる。


「おいしいー」


 感嘆のため息と一緒に漏れ出たつぶやきに気をよくしたのか、コルドゥーラが嬉しそうに微笑んだ。


「ふふふ、ありがとうございます、クレメーヌ様。当家一押しのショコラを気に入っていただけて嬉しいですわ」

「本当に美味しいです! 普通のショコラだと思ったら全然違うんですもの。オレンジの香りがしましたけどこれって中身どうなってるんですか?」

「……うふふふ。それは企業秘密です」


 鼻息を荒く、まくし立てながら左隣に座っているコルドゥーラへ身を乗り出す。しかし顔をひきつらせ笑う彼女の姿に、クレメーヌは興奮しすぎたと我に返った。


「あははは。そうですよね。すみません。それにしても本当に美味しい。しつこくない程よい甘さで。このオレンジのソースみたいなのがきいてるんだわ。これだったらいくつでも食べられちゃう」


 口の中で残るショコラの味わいが、社交の場だということを完全に忘れさせていた。クレメーヌが何度もショコラを口に運んでいると背後から小さな咳払いが聞こえてくる。それは人目があるときのアンニから合図だった。


(あまりの美味しさに夢中になりすぎちゃったわ……)


 あ然と目を丸くしてこちらを見ている六対の瞳に、クレメーヌの体温が上昇するのがわかった。

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