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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第五章 レオノーラの秘密
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「味もわからない食い意地が張っているだけ公女様のせいでうちの紅茶まで悪く言われてしまったんですのよ」

「まぁ! なんてことを」

「うふふ、そのおかげで我が家の商会も被害を被ってしまいましたわ」


 わざとらしく肩を落とすエルヴィラを、マリヤーレスとコルドゥーラが慰める。クレメーヌは目の前で繰り広げられているものにあ然とした。


(なんなのこの人たち)


 怒りを通り越して呆れてしまう。こんな人たちのせいで大切な侍女を亡くしてしまったことを考えると、胸が引き裂かれるように痛んだ。


(なんとかして逃げ出さなくっちゃ)


 だが、柱に巻きつけられているロープはまったく緩む気配がない。クレメーヌは絶望しそうになる気持ちを必死で抑えながら、機会を窺った。


「うふふ。エルヴィラ様、そろそろ頃合いではありませんか?」

「そうですわね」


 コルドゥーラの提案に、エルヴィラがゆっくりと、だが着実にこちらへ近づいてくる。クレメーヌは、エルヴィラを拒もうと唯一ロープに巻かれていない足を動かす。しかし柱のせいで身動きがとれない状態ではそれも意味のないことだったらしい。エルヴィラがくすくすと嘲笑った。


「侍女があの世で待っていらっしゃるわよ。大丈夫。この毒を飲めば苦しまないで逝けるわ」


 一歩一歩足を進めながら、エルヴィラは胸元につけているこぶし大のバラのブローチを外す。そして、ブローチの側面を指先でひとなですると、中から小さな赤い容器が突き出てきた。


(ただの宝石のブローチじゃなかったのね)


 生まれた時にもらったというブローチにそんな仕掛けがあるとは思ってもみなかった。クレメーヌが驚き目を丸くしている間に、触れられほど近くまでたどり着いていたエルヴィラが見下ろしてきた。


(死んでも口を開けてやるもんか!)


 クレメーヌは歯をギュッと食いしばる。目の前にいるエルヴィラと視線を合わせないに俯くと、ヒンヤリとした細長い白い指が滑るように頬から顎、首筋へとつたっていく。そのたびにぞわりと肌が泡立ち、クレメーヌは自然とエルヴィラの手から逃れようと身体を揺すっていた。しかし抵抗虚しく、エルヴィラが顎を掴んでくる。強制的上げられた目線の先には、満悦そうに微笑むエルヴィラの灰色の瞳があった。


「さあ、口を開けなさい」

「うんん」


 クレメーヌは口を閉じたまま拒絶し、顔を激しく動かす。だが、エルヴィラの手が外されることはなく、むしろ彼女の尖った爪がクレメーヌの両頬に突き刺さった。


「往生際が悪いですわね。マリヤーレス様、公女様の鼻を摘んで差し上げて」


 後ろを振り返り言い放つエルヴィラの言葉に愕然とする。


(この人たちは本当に私を殺すつもりなんだ……)


 躊躇ちゅうちょなく殺めようとしてくる彼女たちに、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「んーんんんんん」


 クレメーヌは口を閉じながら考え改めるように目で訴えた。だが彼女たちには伝わらなかったようだ。


「お待たせしました、エルヴィラ様」


 マリヤーレスがエルヴィラの隣に立つ。


(万事休す。もうこれまでなの!)


 クレメーヌは、目をつむった。少し湿っぽい彼女の指に鼻を摘まれる。息苦しさにこめかみを脈打つ音が聞こえてきた。


(最後まで抵抗してやるんだから!)


 二人掛かりの力で抑えられながらも、クレメーヌは彼女たちの手から逃れようと顔を動かす。苦しさは倍増したが言いなりになるよりはいい。半ば捨て鉢気味になりながら、抗い続けた。しかし、それももう無理そうだ。酸素のいかない頭を激しく動かしたことで意識が朦朧としてきた。


(あの時レオノーラ様の部屋から出なかったらこんなことにはならなかったかなー?)


 男性だとわかったくらいで逃げ出したのは無礼だったかもしれない。


(傷つけちゃったよなー)


 哀しげ眉をひそめたレオノーラの顔を思い出し、胸がツキンと痛んだ。


(謝ることはできそうにないかも……)


 悲しみのものなのか、それとも苦しみのものなのかわからないが、瞳にたまった水がこぼれ落ちた。その時だ。パリンと何かが割れたような音とともにドタバタと複数の足音が聞こえてきた。

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