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「うふふ、目が覚めたようですねクレメーヌ様」
コルドゥーラが艶然と笑いながら、室内に入ってくる。クレメーヌは、コバルトブルーのロングスカートを揺らす彼女のあとから入ってきた人物に、瞠目した。
「ご機嫌はいかがしらクレメーヌ様?」
「エルヴィラ様がなんで?」
「私には私のために働いてくれる方がたくさんいてくださるのよ」
あなたと違ってね、と口に手をあて、胸元に咲いてる薔薇のブローチを軽くなでながらエルヴィラは淑やかに笑う。その隣には彼女に付き従うかのようにマリヤーレスが並んでいた。
「驚いているようですわね」
マリヤーレスがしたり顔で見つめてくる。クレメーヌは事の顛末をおぼろ気に予想した。
(さっきマリヤーレス様に追われていたのは、私を連れ去るための行動だったってこと?)
理由は逆恨みだろうか。しかしそんなことのために公女である自分を誘拐なんてしないだろう。きっとなんらかの目的があるはずだ。まずはどんな情報でもいいから三人の話を聞いてみよう。
クレメーヌは、エルヴィラを真ん中に横一列で並ぶコルドゥーラとマリヤーレスへ順に目線を向けた。
「うふふふ。驚くのも無理ないですわ。私たちがこんなことするなんて考えもしなかったでしょうから」
左側に立つコルドゥーラが穏やかな口振りで口を開く。その気安さからクレメーヌは、これまでの経緯を尋ねた。
「あの私はコルドゥーラ様に連れてこられたのでしょうか?」
「そうよ。私が追いかけて、庭園へ出て行くよう誘導したんですから」
「うふふ。マリヤーレス様のおかげで無事連れてくることができましたわ」
得意気な顔つきで説明するマリヤーレスをコルドゥーラが誉める。マリヤーレスがまんざらでもなさそうに微笑んだ。場違いなほど和やかな空気に、クレメーヌの緊張も緩みそうになる。クレメーヌは内心で気を引き締め直し、二人の会話に割り込んだ。
「あ、あの! 私の侍女はどこにいるんでしょうか」
大丈夫だと信じているが確信が欲しかった。アンニが無事に逃げ出していたのなら、二人は顔をしかめてくるに違いない。クレメーヌは見逃さないよう、彼女たちの表情を見据えた。しかし期待するような顔は一切見せず、マリヤーレスとコルドゥーラは目配せしたあと満面の笑みを向けてきた。
「うふふ、あの侍女は邪魔だったので始末しましたわ」
コルドゥーラが穏やかな口振りで告げてくる。言葉と表情があまりにかけ離れすぎていて、クレメーヌには違う言語を話しているように聞こえた。
「しまつ? え? アンニを始末したってこと?」
口に出してやっとなんと言われたか認識する。それでも言葉の意味を理解することはできず、同じ言葉を繰り返した。
「ええ。そうよ。侍女は始末したわ」
軽く頷き、言い聞かせるように発せられたコルドゥーラの声が、じわじわと脳内を浸透していく。
「嘘よ。嘘だわ。そんな! アンニがいなくなるだなんて! イヤー!」
顔を左右に振る。言葉の意味を理解していくたびに、体が寒くもないのにガタガタと震え出した。クレメーヌはついさっき握っていたアンニの温もりを忘れないように、右手をぎゅっと握り締める。それを今まで黙っていたエルヴィラが呆れた様子で見ていた。
「たかが侍女の一人や二人がいなくなったからって困ることでもないでしょうに。それとも今の状況がわかってないのかしら」
「アンニはただの侍女じゃありません! 私にとっては大切な……大切な……」
侮辱とも取れるエルヴィラの言葉に猛然と刃向かう。それでもまだ腹の虫がおさまらず、クレメーヌは彼女を睨みつけつけた。しかし膜を張ったせいでぼやける視界に、エルヴィラの表情を認識することはできなかった。
「エルヴィラ様。クレメーヌ様は、やっぱり今の状況がわかっていらっしゃらないようですよ」
「そのようね」
マリヤーレスの言葉にエルヴィラが呆れた様子で応える。そのあとをコルドゥーラが続いた。
「うふふ。大丈夫ですわクレメーヌ様。すぐにあなたも大切な侍女さんのところへ行けますから」
「どういうことですか?」
コルドゥーラの言葉に顔をしかめると、エルヴィラが何かを企んでいるような眼差しで見下ろしてくる。
「公女様には今からここで命を落としていただきますの」
「え?」
「あなたはそんな形をしているけど小国の公女様ですもの。あなたを殺した犯人をレオノーラにしたてあげたら、あの女だってただではすまされないでしょう。ふふふ、あははは」
恍惚とした表情で笑い出すエルヴィラに、クレメーヌは恐怖する。
「どうしてですか? どうしてそんなひどいことを」
震える声でなんとか発するが、エルヴィラの心には伝わらなかったようだ。むしろ余計に怒りを煽ってしまったらしい。
「どうしてですって? そんなのあの女が憎いからに決まっているじゃない!」
「そうよ。陛下にすり寄るだけでも腹立たしかったのに、あの女は陛下にあることないことを言って我が家を貶めたのよ。そのせいでお父様が領地を追われてしまったわ!」
マリヤーレスがエルヴィラに便乗する形で言葉を重ねた。クレメーヌはそれに反論する。
「それは辺境伯が不正をしていたから」
「お父様がそんなことするわけないじゃない!」
布を引き裂いたような声でマリヤーレスが遮ってきた。さらにエルヴィラがマリヤーレスの怒りに、油を注いだ。
「マリヤーレス様、この公女様はあの女の共犯者かもしれないですわよ?」
「なっ!」
エルヴィラの言葉に目を丸くする。しかし何も言わないのをいいことに、エルヴィラが自分勝手な言い分を告げてきた。




