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「あの、それでエルヴィラ様たちはどうなるんですか?」
今より風あたりが強くなってしまうかもしれないが、事件に加担していなければ罪に囚われることないだろう。興味本位から彼女たちの処遇が気になり、尋ねた。口に出した瞬間、これも機密情報の一つかもしれないという考えが頭をよぎる。だが、すでに言い終えてしまったためクレメーヌはレオノーラの返答を待つことにした。
ふいにレオノーラが虚空へ顔を向ける。うっすらと微笑んだその眼差しは冷たく、残忍さが見え隠れしていた。これが彼女の皇帝としての顔なのだろうか。クレメーヌは、ぞくりとした寒気を感じた。
「あの」
答えなくていいです、と拒否しようとしたが遅かった。こちらの声に被せるように、レオノーラの声が重なる。
「彼女たちの父親がしたことは帝国を軽んじる行為であった。今後このようなことが起きぬよう、彼らには見せしめとして領地返還の上、爵位剥奪という罰を与えた。事件に関与した者はすべて牢屋へ入れている。残念ながら今回の件に関与していない者たちを罪に問うことはできなかったが、その代わり修道院へ入る手筈になっている」
「それはエルヴィラ様やマリヤーレス様、コルドゥーラ様のお三方もですか?」
淡々と語るレオノーラを見ると、微かに首が上下に動いた。
「ああ、その通りだ」
クレメーヌは、どう言えばよいのかわからず押し黙る。妃候補という奇妙な縁で出会った彼女たちを好きになることはできなかった。しかし、親の勝手で俗世から離れなければならないとわかると、エルヴィラたちへの悪感情は憐れへと比重を変える。だからといって帝国に刃向かってまで彼女たちを助けようとは思わないが。そんな利己的な考えに耽っていると、聞き取れないほど小さな声が耳に入ってきた。
「姫はお優しいのですね」
知らぬ間に俯いていた顔をあげる。レオノーラの蒼灰色の瞳と目が合った。慈愛に満ちた彼女の微笑みに、クレメーヌは戸惑う。
「えっ? いえ、そのようなことは」
不憫に思っただけで優しくなんてない。クレメーヌは、見当違いなことを言うレオノーラに居たたまれなさを感じた。しかし、レオノーラは軽く首を左右に動かし、言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。
「お優しいですよ。そして、お強い」
(強い? どこが? 食欲が旺盛ってことかしら?)
レオノーラの真意がわからず頭を悩ましていると、正面からクスクスと軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「あととても素直な方だ」
うっとりとするような、柔らかな笑みを向けられ、鼓動が跳ねる。それと同時になぜか、抱え込まれたときのことを思い出し体温が一気に上昇した。
(だからレオノーラ様は女の子なんだってば!)
そんな趣味はないはずなのに。彼女と接すると、普段の自分ではなくなってしまう。クレメーヌは、恥ずかしさからもじもじと身体を小刻みに動かした。
「あー、お二方? 俺がいるのを忘れてませんか?」
ふいに割り込んできた低い声に、クレメーヌはギョッと目を見開く。すっかり、リーンハルトの存在を忘れていた。それはレオノーラも同じだったようで、苦虫を噛み潰したかのような顔を隣へ向けていた。
「いい感じだったからってそんな睨むなよ」
「睨んでなどいない」
「あーはいはい。そうですね」
「なんだその言い方は!」
「別にー」
砕けた口調のレオノーラとリーンハルトの言い合いに、場の空気が一気に変わる。小犬たちのじゃれ合いのようにも見える二人の馴れ合いに、笑いがこみ上げてきた。
「いまさらですが、レオノーラ様とリーンハルト様は仲がよろしいのですね」
クレメーヌが口元に手をあてながら笑い声を抑えていると、レオノーラが気まずそうな顔で視線を逸らした。その隣で、リーンハルトが我が意を得たり、と言わんばかりに満面の笑みで語り出す。
「レオとは幼い頃からずっと一緒にいますからね。よく城内を駆け回ったり、抜け出したりしてましたよ。最近はそうでもないですが、昔は殴り合いのケンカだってしたんですよ」
「そうなんですか?」
自分よりずいぶんと大きいリーンハルトと、自分よりずいぶんと細いレオノーラが拳をつき合わせていたなど想像できない。クレメーヌは正面に座っている二人を交互に何度も目線を向けた。
「ええ。まあ、最終的には俺がいつも勝っていたんですがね……イッテー」
リーンハルトがおどけながらウインクをする。そのあとをダンッと何かが倒れたような音が続く。何が起きたのかと視線をさまよわせると、リーンハルトがうずくまっていた。どうやら、レオノーラに足を踏まれたらしい。
(人って見かけじゃわからないのね)
レオノーラの印象を上書き修正しないといけないようだ。殴り合いどころか、言い争いすらしなさそうなレオノーラの子供時代の話に内心で驚く。見た目とは違い、ずいぶんとお転婆に過ごしていたことは今の行動からでも容易に想像できる。それは近寄りがたい印象を与えていた彼女のイメージを壊し、クレメーヌは親近感を抱いた。




