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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第五章 レオノーラの秘密
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 レオノーラに助けられたそのあと。抱きしめられたときの彼女の温もりや耳元で感じた息づかいに気が動転し、気がつけばクレメーヌはベッドへ寝かされていた。心拍数があがったため顔が熱くなっていたと思っていたのだが、本当に発熱していたらしい。慌てたアンニが急いで医師を呼び、診察してもらったのだが。彼女の見立て通り、今までの疲れが出てきたのだろう、とのことだった。もしかしたら、ミクの産毛の共同研究について決めかねていたのも身体の負担になっていたのかもしれない。幸いなことに翌日にはすっかり体調も良くなり、寝ずの番で看病してくれたアンニは大いに喜んでくれた。


 それからあっという間に日は流れ、再び茶会の日になっていた。しかし今回の茶会は前回までとはまったく趣が違っている。庭園で開かれていたはずの茶会がなぜかレオノーラの部屋で開催されているのだ。しかも皇帝陛下に成り代わっているはずのリーンハルトの姿もあった。あいかわらず侍女の一人もいないようで、クレメーヌは紅茶とお菓子の用意をすべてアンニに任せた。


(わぁ! おいしそう。どれから食べるか目移りしちゃいそう)


 一礼して下がるアンニへ無言で頷きながら、白亜のテーブルの上に置かれたクッキーを眺める。丸や四角、三角といった形のクッキーの上には色とりどりのジャムが乗せてあった。それはまるで宝石を乗せたブローチのように光り輝いている。クレメーヌはその中の一つを手に取った。アプリコットジャムが乗っている丸いクッキーだ。


(美味しい。甘さのあとからくる仄かな酸味とサクサクとした食感が絶妙だわ)


 クッキーに舌鼓を打っていると、背後から小さな咳払いが聞こえてくる。その音に、クレメーヌは姿勢を正した。


(クッキーに気を取られている場合じゃなかったわ。思い出させてくれてありがとうアンニ)


 心の中で彼女に感謝しながら、正面に座っているレオノーラをちらちらと窺った。


(問題はどうやって話しかけるかよね? やっぱり普通に話しかけるのが妥当かしら?)


 顔をレオノーラへ向けたまま黙考を続ける。視線に気づいたのか、紅茶を飲んでいたレオノーラが蒼灰色の瞳を向けてきた。


「どうかしたか?」


 レオノーラの話し方が公爵令嬢としてではなく皇帝陛下のときの口調だったことにクレメーヌは目を見張る。いくら自分の部屋だからといっても、これから他の候補者たちが来るのによいのだろうか。だが、丁度いい。せっかく彼女のほうから話しかけてきたのだ。クレメーヌはそのまま気づかなかったことにして、話を振った。


「いえ、あの皆様遅いなあと思いまして。今日は朝から城内が騒がしかったようですが何かあったんですかね?」


 レオノーラに抱えられてから初顔合わせだったため、なんとなく気恥ずかしくて話しかけることができなかったクレメーヌは、ようやく尋ねることができてホッと息をつく。


(やっと聞くことができたわ)


 ここへ訪ねるまでの道中、いつもはひっそりとしている廊下がやけに賑やかだったことが不思議でたまらなかったのだ。しかしその疑問に応えたのは、レオノーラではなく彼女の隣で優雅に紅茶を飲んでいるリーンハルトだった。


「妃候補たちが家に帰るからですよ」


 あっけらかんと言い放つリーンハルトの言葉が理解できず、首をかしげる。


「え? それはどういう」


 退去の知らせなど届いていないが、自分が知らない間に知らせがきていたのだろうか。クレメーヌが振り返りアンニを見ると、彼女は頭と手を横に振って否定してきた。


「リーン、それでは姫にわかりづらいだろう」


 レオノーラがリーンハルトを軽く窘めたあと、にこりと微笑んでくる。少しだけ体温があがった気がした。


「簡単に言ってしまえば膿を取り出せたので退去してもらったということです」

「姫のおかげで、バーレ侯爵、ヒューバー辺境伯そしてゴルディ商会の悪事が暴けた。姫には感謝してもしきれぬほどだ」


 クレメーヌは、ほくほくと顔を綻ばせるレオノーラとリーンハルトへ交互に目線を移す。


「バーレ侯爵とゴルディ商会のことはわかるのですが、ヒューバー辺境伯については何もしておりませんよ?」

「何をおっしゃっているんですか。姫がトウモロコシの件を教えてくださらなければ民を苦しませる上に脱税されるところでしたよ」


 ろくでもない貴族ばかりで困りますねと、告げてくるリーンハルトに、クレメーヌは疑問符を浮かばせた。


「トウモロコシを我が国へ優先的に融通してくださったのではないのですか?」

「残念ですが本当に不作だったのなら公国への輸出はなかったと思います」


 申し訳なさげに眉を下げたリーンハルトの言葉を疑うわけではないが信じきれず、クレメーヌはレオノーラへ視線を向ける。レオノーラが苦笑いをしながら頷いた。


「え? つまり昨年は不作ではなかったということですか?」

「ええ。ヒューバー辺境伯の自作自演だったようです。確かに去年は天候に恵まれなかったのですが、作物の影響はそれほどでもなかったようなのです。なんでも、帝都の定例会で本当に不作だった別の領主の話を聞いているうちに今回の件を企てたそうですよ」

「不作に見せかけるために倉庫に備蓄してあったトウモロコシを格安で公国に買い取ってもらったというのが真相だ」


 リーンハルトの説明をレオノーラが補足させるように継いだ。


(国が大きいと統率するのが大変なのね)


 あ然としながら思いついたのは、そんな感想だった。その点、公国は小さな国だからこんな大それたことを仕出かす貴族なんていない。改めて自分の故郷を誇らしく思い、クレメーヌは胸を張りたくなった。

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