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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第四章 うずまく陰謀
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「なぜ逃がしてしまうのですか!」

「でもレオノーラ様のおかげで何事もなかったですから、ね」


 次は自分の番だ。レオノーラから離れようと身じろぐ。抱えられていた腕が外されホッとしたのもつかの間、今度は両肩に手を置かれレオノーラが真っ直ぐ見つめてきた。


「あなたは本当にわかっているのですか? わたくしがあと少しでも遅ければ大変なことになっていたのですよ」

(ち、近い、近いすぎだってばレオノーラ様)


 吐息が顔にかかってしまうかもしれない。それほど近くにあるレオノーラの顔を直視できず、クレメーヌは視線を逸らした。しかしその行為がレオノーラには、真剣みが足らないように見えてしまったようだ。


「聞いているのですか」


 逸らすなら固定してしまえばいい。そう言わんばかりに、レオノーラが両手を頬へあててきた。


「はい! 聞いています。だから離してもらってもよろしいでしょうか?」

「え?」


 上昇した体温とともに潤みだした眼差しをレオノーラへ向ける。彼女の蒼灰色の瞳の数度またたいた。


「す、すまない」


 レオノーラが勢いよく後ろへ飛び退く。クレメーヌは人一人分開いた空間に安堵し、ひそめていた息を吐き出した。


「いえ、大丈夫です。その助かりました。ありがとうございます」


 レオノーラへ感謝の意を込め、頭を下げた。


「いや、間に合って良かった」


 もしかしたらレオノーラも動揺しているのかもしれない。先ほどまでの公爵令嬢の口調が、いつの間にか皇帝陛下のものへと変わっている。クレメーヌは彼女の気を紛らわそうと、先刻から気になっていた疑問を口にした。


「ところでどうしてここへ?」


 機密情報を聞きたくないがために退出してきたはずなのだが、リーンハルトとの話し合いは終わったのだろうか。クレメーヌが首をかたむけながらレオノーラを見ると、彼女は何を思い出したのか突然自身の体をまさぐり始めた。


「ああ、そうだ忘れるところだった。先ほどこれを渡すのを忘れてしまいまして」


 脇に挟まっていた箱を手渡される。


「これは?」


 少しひしゃげてしまった箱をひっくり返したりと観察しながら尋ねると、レオノーラがはにかみながら微笑んだ。


「ゴルディ商会のショコラです。先日、気に入っていらしたようなので」


 頬を染め上目づかいでこちらを見てくるレオノーラの姿に、クレメーヌは胸がきゅんと締めつけられるような気がした。ゴルディ商会のショコラをもらえたことよりも、レオノーラに微笑んでもらえたことのほうが嬉しいとさえ感じる。クレメーヌは早鐘のように動く心臓をこげ茶色の服の上からギュッと握りしめ頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。本当に嬉しいです」

「喜んでいただいて良かった」


 レオノーラが、安心したような笑みを向けてくる。さっきまでの怒りはなくなったようだ。


 マリヤーレスにはけんもほろろに否定されてしまったが、レオノーラにも礼を言うべきだろう。彼女こそが公国へ優先を促す決定権を持っている人なのだ。


「あの、レオノーラ様。トウモロコシの件なんですけど。我が国を優先していただきありがとうございました」

「……優先とは、どういうことですか?」


 一瞬の間があったあと、レオノーラが眉をしかめて見据えてきた。聞こえなかったのかもしれない。クレメーヌは、もう一度説明し直した。


「ですから、昨年不作だったにも関わらず公国に便宜を図っていただいたことです」

「クレメーヌ様。その話、詳しくご説明ください」


 にじり寄ってくるレオノーラの気迫に圧されそうになりながらも、クレメーヌは公国が例年通りにトウモロコシを購入したことを省くことなく話した。


「クレメーヌ様。今回もあなたのおかげで上手くいきそうです。すみません。リーンをまだ部屋に置いたままなので失礼します」

「あ、はい」


 わけのわからないままレオノーラは、慌ただしく去って行った。


(なんだったのかしら?)

「姫様大丈夫でしたか?」


 レオノーラの姿が見えなくなると、今まで無言のままそばに控えていたアンニが心配げな様子で見てくる。クレメーヌはアンニを安心させるため、柔らかく微笑んだ。


「ええ。レオノーラ様のおかげで何も問題なかったわ」

(私よりも小さいと思っていたけど、同じくらいだったのね。でも胸が固かったような?)


 ふいに、胸に抱えられたときのことを思い出し顔が熱くなる。


「姫様、顔が赤いですがまた熱が出たのですか?」


 アンニが周囲をうろうろしながら顔をのぞき込んでくる。しかし意外とがっしりとしていたレオノーラの力強い腕の中のことを思い出していたクレメーヌは、彼女の言葉へ返事ができる状態ではなかった。

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