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「ふふ。ああ、失礼。話の腰をおってしまい申し訳ない、姫」
「い、いえ、大丈夫です。でもあの今の話、聞いてもよろしかったのでしょうか?」
帝国の内部事情を曝されて困惑するクレメーヌとは反対に、レオノーラは平然とした表情をしている。
「今さらだな。それに今の話は前回の話とつながっているので問題はない」
その言葉に内心安堵しつつ、以前彼女が言った話を思い出す。
「妃候補に選ばれた家はいずれも後ろ暗いところがあるという話のことですか?」
「ああ。バーレ侯爵は他国とのつながりを持ち始めているのだが、それと同時に結構な額の金が他国へ流れているのもわかってな。……元々古参の貴族で領地も豊かだからある程度ならと思えるのだが、それにしては資産が減っていなくてな」
静かに頷いたあと淡々と語るレオノーラに、クレメーヌは頬を引きつらせた。
(そんな詳しい説明はいりませんから!)
レオノーラが何を考えているのかわからない。今の話を聞かせてどうしようというのだろうか。
(もしかして公国は試されているの?)
帝国が一枚岩でないことを聞かせた上で、公国がどう対応するか窺っているのかもしれない。公国の動きなどすぐに把握できるだけの力は、すでにミクの産毛の件で証明されている。
(なんとかして信用してもらわないと!)
クレメーヌがレオノーラの思惑を黙考していると、アンニがリーンハルトの前に紅茶を置いたのが見えた。爽やかな笑みをアンニへ向けたあと、彼はレオノーラの話を引き継ぐように口を開いた。
「そこで姫に気づいていただいたバーレ紅茶が出てくるというわけです」
一呼吸おき、リーンハルトはバーレ紅茶が入っているティーカップを見せつけるように持ち上げた。しかしそのカップはすぐに下ろされ、リーンハルトは疲労感を滲ませた表情を向けてくる。
「姫のおかげで解決できると思ったのですが、どちらの家が偽装に関与しているのか証拠がつかめておらず決めかねているのですよ」
ゴルディ商会は帝国内でも五指に入るほどの大商会ですしね、と苦笑するリーンハルトにクレメーヌははぁ、と曖昧に返事をした。
(これって全部本当の話なのよね? いくら公国を試すためだからって、ここまで詳しく話す必要ないわよね。もしかして口封じに殺されるなんてこと……)
サァーッと血の気がひいていくのがわかった。考え過ぎだ。いくら帝国でも公女である自分へ危害を加えるなんて有り得ない。そう思うものの伝え聞いている帝国の悪評が脳裏をよぎり、悪いほうばかり考えてしまう。
(でもあれはレオノーラ様のことを知らない人が言った噂だもの。レオノーラ様がそんなひどいことするはずないじゃない。考えすぎだわ)
「あ、そうそうヒューバー辺境伯から嘆願書がきてたぜ」
クレメーヌが鬱々と考え込んでいると、リーンハルトがほい、と筒上に巻かれた紙を懐から取り出し、レオノーラへ渡した。
「帝都への卸価格の引き上げの許可と税の減額だとよ」
あらかじめ嘆願書を読んでいたのだろう。リーンハルトは、レオノーラが中身を確認する前に概要を伝えた。
「ああ、去年は天候が悪くて不作だったが卸値を変動させなかったからな。今年はうまく採種できなかったのだろう。だが卸値の引き上げの許可はわかるがなぜ減税まで?」
「種が少なかった上に苗も上手く根づかなかったらしいぜ。だから減税した代金を苗の購入代にあてたいんだとよ」
「なるほどな」
「ああの!」
これ以上、帝国の内政を聞くのは精神的に耐えられない。クレメーヌは声を裏返しながら彼女たちの会話に割り込んだ。
「お忙しいそうですので失礼します」
クレメーヌは席を立ち頭を下げる。
「いや、別に問題ないが?」
「そうですよ。俺の用事はすぐに済みますから」
けろっとしたようすで言い放つレオノーラたちに、クレメーヌはとんでもないと、手と首を激しく横に振った。
「いいえ。また何もないときにご一緒させていただきたいと思います」
「そうか?」
「はい。失礼します」
クレメーヌは逃げるように部屋をあとにした。




