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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第四章 うずまく陰謀
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 茶会から三日が経ち、クレメーヌはレオノーラに誘われて彼女の部屋へきていた。本物のバーレ紅茶を片手に、洋酒の効いたパウンドケーキを頬張る。しっとりした歯触りと鼻に抜ける甘い香りに夢中になっていると、ふいにレオノーラが居住まいを正した。


「この間は姫のおかげで助かった。礼を言う」


 レオノーラの誠実な態度に、クレメーヌは急いで口の中の物を飲み込んだ。そして彼女と同じように背筋を伸す。


「とんでもないです。むしろ私が味のわかる仔豚のままだったことがわかって嬉しかったくらいですからお礼なんて」

「すまないよく聞こえなかった。味のわかる、なんと言ったんだ?」


 ゴニョゴニョと後半部分を誤魔化すと、レオノーラが首をかしげてきた。


「へ? あ、なんでもありません。個人的なことですので」

「そうか?」


 クレメーヌは、腑に落ちない様子のレオノーラへ愛想笑いを浮かべる。


「はい。あははは」

「うむ。それでだ、今日、姫を呼んだのにはわけがある」


 なんとか納得してくれたようだ。しかし安堵するのもつかの間、レオノーラの口調が改まる。


「わけというのは……」


 きっとミクの産毛のことだろう。公国へ送った伝書鳩が、ちょうど昨日返事とともに戻ってきたところだ。予想していたよりも少し遅かった。だが、公国内でも上層部しか知り得なかった研究を帝国が掴んでいたのだから、話し合いが長引いたとしてもムリはないだろう。結果として、ミクの所有者件産毛開発の研究リーダーに一任すると決まった。


(つまりそれって私に丸投げってことよね)


 クレメーヌはまっすぐに見据えてくるレオノーラを恐々と見つめ返した。


「ああ。姫が気づいてくれたバーレ紅茶のことだ」

「へ?」


 予想外の言葉に目をパチリとまたたく。なぜバーレ紅茶のことで呼び出されなくてはならないのだろうか。皆目見当もつかない状況に、クレメーヌは疑問符を浮かべた。しかし、レオノーラはこちらを気にすることなく話を続ける。


「姫の進言どおりバーレ紅茶を調べてみると、ゴルディ商会で卸していた一部のバーレ紅茶。つまりは前回の茶会で出されたフレーバーティーのことだが、そのベースとなっている茶葉がバーレ紅茶というにはお粗末なほどの茶葉だったことがわかった」

「じゃぁ、あれも一応はバーレ紅茶だったんですか?」


 やはり自分は『味のわかる仔豚』ではなかったということか。せっかく自信が持てそうだったのに。クレメーヌはがっくりと肩を落とした。


「ああ。といってもあの程度の茶葉を正規のバーレ紅茶と同じ価格にしていいはずがない。あれではバーレ紅茶というブランド銘を傷つけてしまうところだっただろう。恥ずかしながら姫が紅茶の違いに気づいていなかったら今でも気づくことができなかった。姫には誠に感謝する」

「いえ、そんな。お役に立ててよかったです」


 レオノーラの言葉が、萎れていた自信に力を注いでくれる。ベースだったバーレ紅茶がわからなくても、本物との違いに気づけた。だからまだ『味のわかる仔豚』の称号を名乗っても良さそうだ。胸のうちがほっこりとなる。気分よく紅茶を飲んでいると、ノックと同時に扉が開いた。


「レオー。紅茶くれー! っと、これはこれは、クレメーヌ姫。本日もご機嫌麗しくいらっしゃる」


 ズカズカと入ってきてようやくこちらの存在に気づいたらしい。一瞬驚いた様子だったが、リーンハルトが流れるような所在で頭を下げてきた。クレメーヌはそれにぎこちない会釈で返した。


「何かわかったのか、リーン」


 レオノーラがちらりとリーンハルトを流し見る。入室の許可なく突然乱入してきたかと思えば、リーンハルトはあたり前のようにレオノーラの隣へどかりと座った。


 クレメーヌは厚かましいかとも思ったが、アンニへリーンハルトの紅茶の用意を指示する。レオノーラが素性を偽っているためなのだろう。今この部屋にはアンニしか侍女がいないのだ。


「それがさーっぱり」

「お前なー」


 リーンハルトが両手をあげ肩を竦めるのに対し、レオノーラは少し残念に思っているようだった。


(なんの話かしら?)


 主語のないレオノーラたちの会話に首かしげるが、リーンハルトの面倒そうな声は止まらない。


「なぁ、この際両家とも牢屋に入れようぜ。それからバーレ紅茶を偽装したのがどちらの家か調べればいいだろう」

「愚か者め。それでバーレ侯爵が白だったらどうするんだ」

「あっ」


 頭を指で支えながら軽く揺するレオノーラにリーンハルトが言葉につまる。


(これって私が聞いてもいい話なの?)


 退出の意を言うべきかおろおろしていると、ふいにレオノーラがくすりと微笑んできた。

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