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三人が慌ただしく去って行き、二人きりになった。小鳥の囀りと三人のカップを片づける音だけが庭園に響いている。その音に重なるように、レオノーラの呟く声が聞こえてきた。
「……申し訳ありませんでした」
「え?」
弱々しいレオノーラの声に視線をやると、彼女は眉間にシワ寄せていた。
「クレメーヌ様にまで火の粉がかかるとは思っていなかったのです。今回の件はすべてわたくしの責任です」
周囲には聞こえないほどの小さな声だったが、クレメーヌには十分聞こえる大きさだった。その上、他の侍女たちを慮ってか、レオノーラはヴォーリッツ公爵令嬢の口調のまま見つめてくる。その声音とは裏腹に向けられた真摯な眼差しにクレメーヌはドキッと胸を高鳴らせた。
「いえ。あの程度のことは言われ慣れておりますから大丈夫です」
熱を持ち始めた頬を誤魔化しながら、クレメーヌはなんでもないように明るくふるまう。すると、レオノーラの蒼灰色の瞳が徐々につり上がっていくのがわかった。
「公国でもそんなことを!」
「ええ。あ、でも冗談半分のようなものがほとんどですよ? みんな悪気はないと」
公爵令嬢としての仮面が外れそうになっているレオノーラに、内心で慌てふためきながら彼女をなだめようと試みる。しかしそれは火に油を注ぐようなものだったみたいだ。
「悪気がないからといって、言っていいことと悪いことがあるでしょう」
激高しながら遮ってきたレオノーラに、クレメーヌは目を見張った。それを怯えととったのか、我に返ったレオノーラの眉がしょぼくれたように下がる。
「あ、いや、ごめんなさい。クレメーヌ様に怒鳴ったわけでは」
レオノーラの尻すぼみになる言葉に反比例して、目の奥が熱くなっていく。
「い、え。あ、りがとうございます」
ずっと誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。自分の代わりに憤ってくれたレオノーラの優しさに胸が詰まる。クレメーヌは溢れ出そうになる涙を、紅茶とともに胃の中へ押し込んだ。
「お礼を言われるようなことなんてしてませんよ?」
真底わからないとでもいうように首をかたむけるレオノーラに、クレメーヌはぶんぶんと音がなるくらい激しく顔を横に振った。
「そんなことありません。今、怒ってくれたじゃないですか。それが……それが私には嬉しかったんです」
レオノーラへ感謝の意を伝えるため満面の笑みを送る。しかしレオノーラは目が合うと、瞳を丸くしたかと思えばすぐに視線を逸らしてきた。
(どうしよう。すごくブサイクな顔してたんだわきっと)
泣かないように気をつけながら笑ったせいで顔が引きつってしまったのかもしれない。羞恥心から一気に体温が上昇する。クレメーヌは居たたまれなさから、残っていた紅茶をすべて飲み干した。冷たくなった紅茶が食道を冷やすとともに火照ってた体も冷ましていく。鼻を抜ける紅茶の香りが、先ほど気づいたことを思い出させた。
「あの!」
「はい!」
思ったよりも大きな声をあげてしまったらしい。レオノーラの肩がビクッと動いた。
「あ、すみません」
慌てて謝罪を口にすると、レオノーラはばつが悪そうにはにかんだ。
「いえ、こちらこそ。……それでどうかしましたか、クレメーヌ様?」
レオノーラが咳払いを一つし、話の続きを促してきた。クレメーヌはそれに軽く頷き、飲み干したばかりのティーカップを彼女へ見せつけるため持ち上げる。
「はい。えっと唐突な質問なんですが、これって本当にバーレ紅茶なのでしょうか?」
「どういうことでしょうかそれは?」
レオノーラが顔をしかめ、こちらの真意を探ろうと鋭い眼差しを向けてくる。クレメーヌはそれに応えるため、今までの出来事を順序立てて説明した。
「私がこちらへ来てからバーレ紅茶を飲んだのは三度。一度目は前回の茶会で、二度目はレオノーラ様の部屋いただきました。そして三度目が今飲みました。一度目のバーレ紅茶は確かに公国で飲んだ時と同じバーレ紅茶の香りがしました。しかし、レオノーラ様の部屋でいただいた紅茶と、今飲んだ紅茶は私の知っているバーレ紅茶の香りがないんです」
黙ったまま聞いていたレオノーラが、味を確認するためかカップに口をつける。香りを確かめるようにゆっくりと嚥下すると、こちらを見据えてきた。
「エルヴィラ様が持ってきた紅茶よりも多少薄いような気もしますが、等級のせいではないんですか?」
レオノーラの否定的な意見に、クレメーヌは小さく首を横へ振った。




