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「それにしても、ずいぶんと仲がよろしくなられたんですね、クレメーヌ様とレオノーラ様は」
「え?」
仲がいい素振りを見せていないのになぜそう思ったのだろうか。クレメーヌは思いもよらないコルドゥーラの発言に目を見張った。それはレオノーラも同じだったらしい。顔をコルドゥーラへ向ける気配を感じる。
「隠さなくともよいのですよ。先ほど仲良く微笑み合っていらしたではないですか」
なんて目ざとい人なのだろう。さすが商人の娘と言うべきか。あんな一瞬の間を見られていたとは思わなかった。クレメーヌがなんと言えばいいか戸惑っていると、マリヤーレスの甲高い声が庭園内に木霊した。
「まぁ! いつの間に。嫌ですわ、コソコソと二人だけで親密になられるだなんて」
「本当に。大人しそうな顔して影で何をするかわかったものではないですね」
冷めた目で見つめてくるエルヴィラたちの視線に、クレメーヌは亀のように首をすぼめた。
「うふふ、マリヤーレス様もエルヴィラ様もそんなふうに言ってはお二方がお可哀想ですわ。彼女たちは私たちと違って風情のある遠い場所から来たんですもの、話が合ったのではないですか」
遠回しに田舎者扱いするコルドゥーラの言い方に、クレメーヌは呆気にとられる。だが、別段言われて傷つくような内容でもなかった。
何か反論したほうがいいのだろうか。クレメーヌはレオノーラへ目線をやる。しかし、彼女は小さく首を横に振るだけだった。
(何も言わなくていいってこと、よね?)
面と向かってレオノーラの味方になれるチャンスだったのに残念だ。だが、下手なことを言ってコルドゥーラたちに、火に油を注ぐような結果になってしまっても困る。ここはレオノーラの言うとおり嵐が通り過ぎるまで黙って待っていよう。クレメーヌがこれからの指針を考え終えると同時に、コルドゥーラの愉しげな笑い声が聞こえてくる。
「それにしても、ふふふ」
「急に笑われてどうしたんです?」
マリヤーレスがキョトンと首を傾げコルドゥーラを見つめた。
「いえ、レオノーラ様のお顔を見ようと思ったのですが、クレメーヌ様が隠してしまわれているのが、なんだか面白くなってしまったんですの」
「まぁ。コルドゥーラ様ったら」
コルドゥーラの返答に、マリヤーレスがクスクスと笑い始める。そのあとを手で口を隠し上品に笑うエルヴィラが続いた。
「クレメーヌ様とレオノーラ様はそこまで仲良くなられたんですわね」
(ぬかったわ。対象が私になるなんて)
てっきり前回のようにレオノーラへ攻撃が行くと思っていたのだ。だからこそ今度は彼女を助けると意気込んでいたのに。
(穴があったら入りたいっていうはこのことなんだわ)
レオノーラへ打ち明けずに、自身の胸の内に留めておいてよかった。それでも羞恥心で顔が熱くなる。クレメーヌは赤くなった顔を隠すように下を向いた。
(キャー、もう恥ずかしい! 当分レオノーラ様のお顔、見られないかも)
ジタバタと動きそうになる足を紺色のスカートの上から抑えつける。その上に、白魚のような手が被さってきた。小さいと思っていた手は、想像していたよりも大きく。クレメーヌの右手はすっぽりと、少し骨ばっているレオノーラの手に覆われていた。クレメーヌは、自分たちを魚に勝手に盛り上がっているコルドゥーラたちに気づかれぬよう手の主へと顔を向ける。大丈夫かとこちらを気遣うようなレオノーラと目が合った。彼女の手に包まれて温かくなった手のように、目蓋の奥がじんわりと熱くなる。クレメーヌは滲み出てきそうな涙をぐっとこらえながらレオノーラから視線を外した。と同時に、重なっていた手の温もりがなくなった。名残惜しさにレオノーラへ視線を戻すと、ニヤリと何かを企んでいるかのような黒い笑みを浮かべていた。
「そうなんです。クレメーヌ様はお優しいので私のような者にも親切にしてくださいます。それをわたくしが陛下にお伝えいたしましたところ大変喜んでくださいました」
わざとらしいほど明るい声を出すレオノーラに、周囲がシンと静まり返る。一瞬後、コルドゥーラが声をどもらせながらこちらを見てきた。
「あ、ああなた、陛下に、そそそそんな下らないことを話していらっしゃるの?」
「ええ。陛下がお聞きになりたいとおっしゃられたので。あと茶会であったことも少し」
「まぁ! なんてこと!」
「茶会での話を殿方である陛下にするなんて、なんて無作法な人なの!」
にっこりと微笑みながら話すレオノーラの言葉に、エルヴィラとマリヤーレスがヒステリックな声をあげる。まさか茶会での出来事が筒抜けだとは思ってもみなかったのだろう。
(実際は、筒抜けどころの騒ぎじゃないけどね)
一気に形勢逆転となった。クレメーヌがハラハラしながらレオノーラたちを眺めていると、ガタッと椅子を引く音が聞こえてくる。その音に、中庭は再び静寂さ取り戻す。しかしすぐに、椅子を引いた張本人であるコルドゥーラによって騒がしくなった。
「申し訳ありませんが気分が悪くなったのでお先に失礼いたします」
口からの出任せではなく、本当に青ざめているように見える。それほど皇帝に知られたとわかってショックだったのだろうか。
(まぁ、人を貶めるような人に好意はもたないもんね)
彼女たちはこれで妃候補から除外させられたと思ったのかもしれない。
一方的に言葉を告げ庭園をあとにしたコルドゥーラを追うように、エルヴィラとマリヤーレスも城の中へ入って行った。




