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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第三章 味のわかる仔豚
12/54

   ※※※


「うふふ」

「まあ、おもしろい」

「おほほ」


 暖かな日差しが庭園に降り注ぐ。クレメーヌは前回と同じ場所の同じ席に座っていた。正面に座っているエルヴィラと彼女を挟むように座っているマリヤーレス、コルドゥーラの三人だけが和気藹々と盛り上がっている。


(この人たちのお父様たちが悪事に手を染めてるのよね……)

『膿を出すためだ』


 レオノーラから聞かされた言葉が脳裏をよぎった。


 証拠集めのために妃候補となった彼女たちは、この中に本物の皇帝がいるとは思ってもいないだろう。クレメーヌは隣に座っているレオノーラへちらりと視線を送った。


(何度見ても可愛いなぁ)


 白を基調としたドレスにはフリルがふんだんに使われている。膨脹色であるにも関わらず、太って見えないのはレオノーラ自身が本来細身であるためだろう。


(全身白の服なんて、私が着ちゃったら一回り大きく見えちゃうわ絶対に)


 ただでさえ丸っこいのだからと、ここ何年も自分が選ぶ服の色は落ち着いたものばかりである。今日も、シャツは白だがそれ以外はすべて紺色だった。アンニは淡いスミレ色の服を勧めてきたのだが、右から左へ聞き流しなんとか死守した服装なのだ。


(レオノーラ様だったら淡いスミレ色の服も似合いそうだわ)


 うっとりとレオノーラを眺めながら想像していると、こちらの目線に気づいたようだ。くすりと小さく笑ったレオノーラと目が合い、クレメーヌはドキッと胸を高鳴らせた。


(だがら相手は女の子なの!)


 なぜか彼女の蒼灰色の瞳に見つめられると鼓動が早くなる。しかも体温も上昇しているような気がする。


(皇帝陛下っていう雲の上の人だからかしら?)


 クレメーヌは気を紛らわそうとレオノーラから視線を外し、紅茶を一口飲んだ。


「あれ?」


 口の中に広がった風味に違和感を感じ首を傾げる。この味をつい最近どこかで味わったような。クレメーヌは再度確かめようとカップを持ち上げた。


「ふふふ、どうかしましたか?」


 小さく呟いたはずだがコルドゥーラには聞こえてしまったらしい。顔は笑っているが、彼女の茶色いアーモンドのような瞳の奥は真剣そのもので。クレメーヌは飲もうとしていた紅茶をテーブルへ戻した。


「ああ、いえ。……あの、この紅茶も美味しいと思いまして」

「ふふふ、そうでしたの。それではお礼を申し上げなくては。我がゴルディ商会が卸している紅茶を誉めていただきありがとうございます」


 座りながらでも優雅に礼をするコルドゥーラの姿に感心していると、エルヴィラが話に入ってきた。


「それにしてもクレメーヌ様は相変わらず食べ物のことばかりですわね。ですが我が家の紅茶を誉めていただいて何よりですわ」

「当然ですわバーレ紅茶の美味しさは帝国一ですもの」


 エルヴィラがちくりと棘を刺してくる。しかしそのあとに聞こえてきたマリヤーレスの言葉に驚き、エルヴィラの毒など気にする間もなかった。


(嘘、これがバーレ紅茶?)


 そんなはずはない。そう言い切りたかったが、レオノーラの部屋で飲んだ紅茶が脳裏を掠め断言することを躊躇ちゅうちょさせた。


(あの紅茶もバーレ紅茶だったのにわからなかったんだから、この紅茶がバーレ紅茶だって不思議じゃないわよね……って、そうよ。この紅茶、レオノーラ様のところで飲んだ紅茶と同じだわ)


 先刻感じた違和感はこれだったのだ。クレメーヌは、はまらなかったピースがぴったりとはまったような、すっきりとした気分になった。


(良かった。私の取り柄はまだ健在だわ!)


 ここが茶会の場でなかったら小躍りしたい気分だ。しかし、残念ながらそれはできそうにない。クレメーヌは、なんとか気持ちを落ち着かせようと小さく深呼吸を繰り返した。だんだんと平静さを取り戻していくのと比例して、バーレ紅茶とは違う紅茶がなぜバーレ紅茶だと思われているのかという疑問が脳裏を占め始める。


(それともこれもやっぱりバーレ紅茶なの?)


 脳内で悶々としているこちらをよそに、エルヴィラをおだてる話はまだ続いていた。


「私もそう思いますわ。先週、飲ませていただきました紅茶より等級は落ちてしまいますが、それでも市場では一番人気のある茶葉ですのよ。我が商会に専売の権利をいただけて父も喜んでおりますのよ」

「今日のお茶はコルドゥーラ様が?」

「ええ」


 恐る恐る尋ねると、コルドゥーラがニッコリと笑みを深め流し見てきた。その視線がなぜかレオノーラにも向けられているように思えて、クレメーヌは嫌な予感がした。


(な、何、またレオノーラ様に嫌みでも言うつもりなの)


 前回は助けることができなかったが、今回はできるだけ力になろう。ただでさえ皇帝という重圧をあの華奢な肩で背負っているのだ。せめて茶会の場では楽になってもらいたい。


(それにこの間は帝国の怖い噂を信じてレオノーラ様のことを少し怖い人だと思っちゃったけど、あの噂がレオノーラ様自身の噂だと思うほうが間違いだったんだわ)


 初めての茶会のときあれほど震えていた人間が、残虐なことをするはずがない。


(きっと帝国の重鎮たちがレオノーラ様の存在を隠すために敢えて噂を放置して、帝国の威厳を保とうとしてるんだわ)


 クレメーヌはコルドゥーラの興味がレオノーラへ向かないよう、自分の体を使って彼女の視界を遮った。

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