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「はぁ」
「クレメーヌ様。やっぱり行くの、やめますか?」
茶会が開かれる庭園までの道中、クレメーヌは無意識にため息をついていた。アンニは、それを茶会が原因だと勘違いしているらしい。心配気な顔で見つめてくる侍女へ、クレメーヌは慌てて首を横に振った。
「違うの。茶会に行きたくないのも本当なんだけど今のため息は違うの」
訂正を口にするも、アンニは信じていないようだ。胡乱な眼差しを向けてくる。クレメーヌは再びため息をついた。
「本当だってば」
「ではなぜ最近ため息ばかりついていらっしゃるのですか? アンニには話せないような心配事なのですか?」
クレメーヌは、瞳を潤ませにじり寄ってくるアンニにたじろいだ。
(新しい特技を探しているけど、なかなか見つからなくて悶々としてるの! なんて恥ずかしくって言えないわよ)
だが、アンニ自身黙って見守り続けることに限界がきてしまったのだろう。そこまで頻繁にため息をついた記憶もないが、涙目で追求してきたということはそういうことなのだろう。
(言わなきゃ駄目かしら? でもやっぱり恥ずかしいわ……)
それにアンニへ言ったとしても、彼女には理解してもらえない。きっといつものように、そのままの自分がいいのだと力説してくるに決まっている。クレメーヌは、アンニを誤魔化せそうな話題を脳内で巡らせた。
「あの、その、そう! 例の件のことよ。もうとっくにお父様からの返事が届いてもいい頃なのにまだ連絡がこないでしょう。だからなんだか落ち着かなくてついため息ついちゃったのよ」
これならアンニも納得するはずだ。それにあながち嘘というわけでもない。レオノーラが皇帝陛下だと知った日に彼女から打診されたリッツ織物の件について、クレメーヌは早々に公国へ手紙を送った。あれから一週間経つ。早ければ五日で返事がくるはずだと予想していたが、話がまとまらないのだろう。いまだ伝書鳩が戻ってきたという知らせはきていない。
クレメーヌは、どうだと、胸を張りながらアンニを見つめた。
「ああ、なるほど。そうだったのですね。ですが、姫様のため息はそれだけではないように感じましたよ」
「え? そう? そんなこともないと思うけど?」
自信があった誤魔化しをあっさりと見破られ、クレメーヌは目を泳がせる。しかしアンニの追及は止まらなかった。
「そんなことあります。アンニの目は誤魔化されませんよ」
「えー。まいったなー。アンニには適わないわね」
「当然です。それで何が原因なのですか」
自信ありげに胸を反らすアンニに苦笑する。本気で心配してくれる彼女を騙すみたいで心苦しいが仕方ない。厳密に言えばこのことも気にはなっていたのだから嘘というわけではないはずだ。クレメーヌはそう自分に言い聞かせた。
「だって考えてもみてよ。公国の産業はヤギのミルクを使った加工品なのよ。その加工品を多く売りたいのに、帝国が求めているのはまだ実現するかどうかもわからないミクの産毛なんですもの」
「? なら姫様。ミクの産毛の研究を共同でする代わりに帝国が輸入しているヴィルデュハグーン公国の加工品を増やしてもらってはいかがでしょう?」
思いも寄らないアンニの提案に目を見開く。それと同時に高揚するのがわかった。
「アンニ! あなた天才だわ」
でまかせに近かった心配事が一瞬で解決したのだ。これが成功すれば、本来の目的である公国の特産物の宣伝以上の仕事を完遂することになる。クレメーヌは嬉しさのあまりアンニへ抱きついた。
「そうだわ。そうよ。あー、なんで今まで思いつかなかったのかしら」
「姫様、嬉しいのはわかりましたから落ちついて下さい」
クレメーヌは胸元で苦しそうにもがくアンニを急いで解放する。
「あ、ごめんなさい。嬉しかったからつい」
「いいえ。主の憂いを消すことができ、とても嬉しいです。では懸念事項もなくなったことですし行きましょうか、姫様」
「へ?」
「何が、『へ?』ですか。お茶会ですよ。お・茶・会! 少し早く歩かないと遅刻ですよ!」
「あーそうだった」
すっかり忘れていた。これから茶会という名の女の戦場へ行かなくてはならないのだった。せっかく浮上した気分が一気に重くなる。
「……やっぱり行きたくないなー。なんで、週一で集まって親睦を深めましょうなんてことになっちゃったんだろう」
しかも茶会ということはレオノーラにも会うということだ。皇帝と一緒の席に座るなど恐れ多すぎる。
(それにまだ新しい特技見つかってないし……)
まだ解決していない本当の悩みを思い出し、小さくため息をついた。
「前回の茶会で皇帝陛下が提案した言葉を候補者様方が我先にと賛成した結果ですよ。といっても言ったのは皇帝陛下」
「シッ! それを口にしてはダメよ!」
クレメーヌは、皇帝直々に釘をさしてきたことを平気で話そうとしたアンニの口を押さえ、周りをキョロキョロと見回す。どうやら自分たち以外の人影はないようだ。クレメーヌは強ばらせた体の力を抜いた。
「むごぉぅむむまむ」
バシバシと腕を叩かれアンニを見る。そこには苦しそうに顔を真っ赤にさせる侍女の顔があった。
「あ、ごめん」
どうやら口と一緒に鼻まで塞いでしまっていたらしい。クレメーヌは、勢いよく酸素を吸い込みすぎて咽せるアンニの背中を優しくなでた。




