フェスタ・アウラ
「ははっ、ほんとすげぇよ」
一発も射つ事の無かった機械弓を手にしながらファバは感嘆の声をあげた。
彼の周りには魔狼ブラディウルフだった物が散らばっている。
その勝利の余韻に浸りもせず、レグスは魔狼の死体に突き刺さった短剣を抜き取りながら言う。
「すぐに移動するぞ」
「移動ってこの夜の山をか!?」
「ブラディウルフの血は仲間を呼び寄せる。夜に浮かぶ光に虫が惹かれるように、魔狼の血は魔狼を呼ぶ。こいつらは群れをいくつか持つ王国を築いていてな、その王国の大きさは群れの大きさに比例する。一つの群れが二匹ならば、四匹の王国、三匹なら九匹、四匹なら十六匹という具合にな」
「じゃあこいつら……」
ファバはぞっとした。自分達に襲い掛かってきただけでも二十はいたはずだ。
「この数だ。辺りにはまだ数百はうろついてる事になる。……ファバ、そのローブは捨てておけ」
戦ってはいないもののレグスが斬った勢いで飛び散ったブラディウルフの血が少年のローブにべっとりとついている。
「わかった。だけどあんたはどうすんだよ、それ」
当然レグスのローブや、使用した剣や短剣にも血がついている。
「ローブは捨てる。が、さすがに剣と短剣まで捨てるわけにはいかないからな。これを使う」
レグスは小袋からいくつかの木の実を取り出した。
「それは?」
「『セイラの実』だ。聖なる実とも呼ばれていて、この実の匂いをほとんどの魔物達は嫌う。血を拭き取ったら実を潰して擦り付けておけ、こいつらの鼻をある程度は誤魔化せる」
セイラの実を三つほどファバに放るレグス。
言われた通り靴などについた血を拭き取り終えた少年が実を潰すと、辺りには鼻を突く香りが漂った。
「なんだこれ」
「それが魔物が嫌う実の匂いだ」
「人間でも結構きついぜ、これ」
よく言えばさわやかだが、魔物でなくとも人によっては不快に感じるだろう。
「慣れる事だ。これから旅を続けるなら使う機会も多くなる」
剣や短剣などに突いた血を拭き取ると、レグスも実を使う。
「あとはこれだ」
そして荷物から新たに奇妙な小石を取り出し、焚き火の炎にそれをかざす。
すると小石が光を発し始めた。
小石の正体は『火光石』と呼ばれる不思議な石で、炎に反応し光を発するようになる特性を持っていた。松明代わりに使うのである。
星光露を使用している人間には必要ない物で、レグスは光を放つ小石をファバに投げ渡す。
そうした行為に少年は驚かない。
これまでの旅の途中、レグスからは既に星光露の事は聞かされていたし、火光石を使う事もあったからである。
「いくぞ」
焚き火の始末を終えて二人は目的の村へと向かい歩き出した。
二人が目的の『ボウル村』に辿り着いたのは、夜が明けてしばらくしてからの事だった。
セイラの実の効果だろうか、村に着くまでにまた魔物に襲われるような事はなかった。とりあえず危機を乗り越えたと言えるのだろう。
そう、とりあえずは。
「何者だお前達」
村の入り口に設置された木造の見張り台から男が訪問者であるレグス達に問う。
隣には別の男が弓を構え、こちらに向けている。二人共、東黄人である。
「助けが欲しい。私達は国を追われこの地に流れてきた。このボウル村じゃそういった者に救いの手を差し伸べてくれると聞いてやって来たのだ」
レグスの偽りの言葉に見張り台の男達はなにやら話し合っている。
「いいだろう」
そしてどうやらレグスの言う事を一応信じたらしい。しかし無条件とまではいかない。
「だが武器はそこに置け。荷物も調べさせてもらうぞ」
無論、レグスもこの手の事は想定済みである。
「ああ、わかった」
レグスは剣と短剣を、ファバは短剣と機械弓を地面に置いた。
それを見張りの男が確認し村の中へと合図を送る。すると木造の門が開かれ、そこから幾人かの男達が現れた。
男達は皆青目人であった。彼らが二人に近付く間も見張りの弓は二人を狙ったままである。
「見せてもらうぞ」
ある者は荷袋を開き中を確認し、ある者は地面に置かれた武器を調べ、そして一人がレグスの格好を見ながら尋ねてくる。
「どこから来た?」
青目人達がよく使う青語ではなく黄語、つまりはエジア語で尋ねる男。
「ザナール」
「名は?」
「ゲッカ、こっちはトウマだ」
レグスは偽名を名乗った。
「追われた理由は?」
「もとは旅商人をしていたが、危ない目に遭う事も多くてな。しばらく前からザナールに店を構えていた。だがそこで問題が起こった」
「どんな問題だ」
「地元の商人ギルドと揉めてね。奴らにあらぬ罪で告発されたというわけだ」
「罪状は?」
「詐欺から殺人、邪教崇拝まで。もちろんそんな事はしていない。だが相手は青い目の商人達だった。結果は見えている。そこでこの子を連れてこの地に逃げてきた」
「あんたの子か? いや、若すぎるか。弟か?」
「血の繋がりはないさ。縁あって引き取った子だ」
「その顔は?」
ファバの顔を見ながら男は問うた。
「生まれてすぐに重い病気にかかってああなったようだ。安心しろ、うつるようなもんじゃない」
レグスの一言一言を、疑うような目をしながら男は聞いている。そして彼は荷物や武器を調べている者達に不自然な点がないか聞く。
「イザーク、カール、どうだ?」
言語が青語に切り替わっていた。
「この剣も短剣もかなりの業物だ。だいぶ良い値がつくぞ。剣の方は魔力もありそうだし、短剣はこりゃ毒か。それなりの商人なら入手できる物かもしれんが、毒は気になるな」
「だ、そうだが?」
男がレグスを見て返答を促す。
「旅商人をしていたと言ったはずだがな。これでもそこらの冒険者などよりはよほど旅に慣れているつもりだ。武器も荷物もその時の経験から、必要な物を最低限持ち出してきた」
平然とした顔をしながら青語で嘘をつくレグス。表情からそれを見破るのは不可能だろう。
「綺麗な青語だ」
この辺りの東黄人にありがちなぎこちない青語ではない、レグスの流暢なそれに男は反応を示す。
「当然だ。商売をやるに青語は避けて通れない」
旅をするのにも商売するのにも、フリアどころかグレイランドを除く大陸の大部分で共通語と化している青語は、最低限の教養とすら言える。
「旅に慣れてるのは間違いなさそうですよ」
荷袋を調べている男が言った。
「火光石にセイラの実なんかもありますけど、こんな高価なもん使ってるのは、ある程度金を持った冒険者か商人ぐらいでしょう。しかしまぁ、ほかにもいろいろとありますけどちょっと全部まで判断つきませんね、こりゃ」
「判断つかずか……、どうしたものか」
考え込む男に武器を調べていた青目人が言う。
「ロニー、この機械弓、パピーだぜ。しかも出来がすこぶるいい。こりゃあちょっとやそっとで手に入るもんじゃねえぞ。どうするよ? 俺達だけじゃ無理だろ。上の人間呼んだ方がいいんじゃねぇか?」
仲間に言われロニーは溜め息をついた。
「仕方がない、ボルマンの爺さんを呼んできてくれ。あとは村長にも知らせを」
「ああ、わかった」
ロニーからの指示を受けた仲間の男が村の中へと消える。彼がボルマンという人物を連れてくるまで、レグス達は待つしかなかった。
しばらくして、二人の前に青目人の老人が現れた。どうやらこの老人が彼の人物らしい。
「まったく朝っぱらからこんなところに連れ出しおって。若いお前らの仕事だろうが、これは」
愚痴を吐きながら近付いてくる老人は杖を手にしてるものの、その足取りはしっかりしており歩行の補助を必要としているようには見えない。
「ボルマンさん、そう言わんで下さい。俺達だけじゃどうにもならんのですよ」
見張りの村人達はどうやら彼に対して頭が上がらないらしく、下手から不満気な老人を必死になだめていた。
「で、こやつらか」
ボルマンがレグス達の方を見る。
「ええ、もとは旅商人をしてたらしいんですが、荷がいろいろと特殊で、いちおうボルマンさんに見てもらおうと……」
ロニーが足元に広げられた荷を指しながら言った。
「常日頃の勉学を疎かにしておるから、いざという時にこうなる。どれ、見せてみろ」
と言いながらボルマンはまずレグスの剣を調べにかかる。
鞘から抜き、刃に触れ、柄を眺め、そして頷き、彼は言う。
「お前さんこんなものどこで手にいれた」
レグスを見るボルマンの目には疑いの色がはっきりと見てとれた。
「古い商売仲間から譲られた物だ」
「商売仲間……、そうかい」
それだけ言って老人は短剣、機械弓、荷袋の中に入った様々な道具も順に調べていく。
「どうですかね、ボルマンさん」
見張り役の村人が不安そうに尋ねる。
「ふん、旅商人だっけかのう」
ボルマンがじろりとレグスに視線を向けた。
「もとだ」
「どっちでもええがの。……はい、そうですか、お通り下さいといくような物じゃないわな、これは」
老人の結論に村人達の緊張感が一気に高まる。
「何者じゃお前さん」
「同じ台詞を繰り返すのは好まないのだが」
「それはこっちも同じだ。つまらん嘘はよせ、若いの。名を偽り、身分を偽り、何を企んでおる」
老人の目を完全に欺く事は不可能であると、レグスは早々に悟る。
荷を理解する知識を持ち、偽名である点を言及する視点を持つ者、その特徴から導かれる存在。
「魔術師か……」
説明を受けなくともボルマンの正体をレグスは見破る。
名と魔術は深い関係にある。名は持ち主の『位置』を示す大切な物。魔術師に名を知られるという事は、自身の存在がどこにあるかを、心の在り処を知られるという事。
魔術師達は言う、名は精神の深淵へと導く『地図』であると。
「ある程度知識はあるようだし、面白い道具も持っている。しかし、それでも同じ道を行く者にも見えん。もう一度問おう、お前さんが何者かを」
ボルマンの再びの問いに、レグスは真実を見せる。
懐から取り出される一枚のメダル。
そのメダルには、片目にそれぞれ色違いの宝石を埋めた三匹の蛇が描かれていた。
「これは……」
老人の顔色が変わる。
「その反応、さすがは魔術師だな。こんな場所で蛇の名を知っている者に出会えるとは予想外だったが、話が早く済みそうで助かる。……協力してもらえないか、老魔術師殿よ」
冷めていながらも力あるレグスの言葉。
対して、メダルを見せられてから気怖じした感のあるボルマン。
何をそんなに恐れているのか周囲の人間には理解できない。
「脅しか?」
「まさか。誤解しないで欲しい。蛇の仔が皆、殺生を好むわけではない。私は無駄な争いは望まない。その協力を貴方にお願いしたいまでの事」
「それは必要あらばこの村にも災厄をもたらすというわけだろう、蛇の仔よ」
「災厄をもたらすのは私ではない。人の愚かさがそれを招くのだ」
「まさしくお前達の事ではないか」
「私だけではない。誰しもが持っているモノだ。この村の人間もそれは同じ。だから貴方に協力を頼んでいる、災厄を呼ばぬ為に」
あからさまに脅すような言葉遣い。
これまでその片鱗は見せていたが、なんの罪もない辺境の住民相手にこんな事をするのかと、ファバはレグスの新たな一面を目の当りにした気分だった。
「こんな辺鄙な村で何をしようというのだ」
「話が聞きたいだけだ」
「話だと?」
「最近、この村から領主が奪っていったという石についてだ。魔術師である貴方ならいろいろとご存知なのではないか?」
一月ほど前、カラロス山のボウル村から奇妙な石が発見され、それをザネイラの領主が手にしたという噂が一部の者達に広まったのはここ二週間内の事である。
ザネイラの領主について情報集めていたレグスは、ダナの街でそれを掴んでいた。
「やはりアレか。だが、お前達のような輩に話す事は何もない。あの石はもはやここを離れた物だ。村とは無関係。立ち去れ蛇の仔よ。お前が望む物はここにはない。石を望むなら領主の館があるラバルへと行け」
「話す事はない、か。それでは私としても困るのだがな」
沈黙の時が流れる。
異様な空気に、見張りの者達とファバまでも黙り込んでいる。
その沈黙を破り先に動いたの老人であった。
ボルマンが杖で地面をつくと大地がまるで槍のように変形し、レグスを貫かんと天を刺す。
しかし、槍先にレグスの姿は既に無く、彼はボルマンを押し倒していた。
「ぐっ」
地面に叩きつけられ、声を漏らすボルマン。
つかのまの出来事に周囲の人間もつい遅れて反応してしまう。
「ボルマンさん!!」
押さえ込まれた老人に村人達が駆け寄ろうとするが。
「動くな!!」
レグスが叫び、彼らの動きを牽制した。
見張り台にいる弓持ちも所詮は素人、この状態ではレグスを狙ったとしても誤射しかねない。
彼らに出来る事は何もないかのように思われた。
「レグス!! なにやってんだ!!」
その時、一人の少年が叫んだ。
連れのファバである。
この時ようやく村人達は、対抗となるであろう手段に気付く。
男達は素早くファバを取り押さえ、レグスに言う。
「おい、ボルマンさんを放せ、この野郎!!」
「このガキがどうなってもいいのか!!」
村人の要求も拘束されわめく少年も、レグスにとって重要ではない。
今彼にとって重要なのは、押さえ込んだ目の前の老人である。
レグスというのか、と言いたげな笑みを老人が浮かべる。
それを見逃さず、レグスはボルマンの首を締め上げる。
「やめておけ、お前が術をかけるより先に私はお前の喉を潰せる。それとも頭ごと潰そうか」
後ろで騒ぐ村人達を無視して二人のやり取りに集中するレグス。
魔術師相手に一瞬の油断も許されはしない。いつ彼の術が襲ってくるかわからないのだから。
しかしこの状況に観念したのか、老人は手を挙げ降参の合図を送る。
それを見たレグスが締め上げた手を放すと、ごほ、ごほ、と咳き込みボルマンはうずくまる。
「おい、本当にガキがどうなってもいいんだな!!」
村人が叫ぶがレグスは相手にしない。彼らを制止するのはボルマンの役目だった。
「待て!!」
息を落ち着かせてから老魔術師は言う。
「降参だ、やはりわしらがどうこう出来る相手ではないわ。その子を放してやれ、イザーク」
「でも……」
「いいから、わしの言う通りにしろ!!」
一喝され、村人達はしぶしぶファバを解放した。
「レグス!!」
レグスに駆け寄り、その背後へと回るファバ。
それを見てボルマンは言う。
「不思議な男だ。冷酷で恐ろしい目をしている癖に殺気がない。お前さん、本当にあの『蛇の仔』か?」
「誤解があるだけだ。言ったろう、私は無駄な争いは好まぬと」
「そうか、失礼をしたな……。とにかくここではなんだ、村へお通しよう、レグス殿」
「ああ」
魔術師の決定に村人達も逆らえない。
ボルマンの許可を得たレグスとファバの二人は己の武器と荷を手に、ようやく村の中へと足を踏み入れる。
ボウル村はカラロス山中腹、標高九百五十フィートル地点に存在し、魔物が跋扈する危険なこの山において人が住む唯一の集落である。しかもこの村では青目人と東黄人が協力し合って暮らしており、パネピアでも珍しい東黄人差別のない場所となっていた。
村で暮らす青目人の多くは、かつてのアンヘイ王国による悪魔的支配から逃れ、この地に匿われていた者達やその血をひく者で、その大恩を理解している彼らはアンヘイの滅亡後、人種の立場が逆転した今日にあっても、今度は救いの手を差し伸べる側としてここでの生活を営んでいる。
人種を超えた結婚もこの村では珍しい物ではない。青黄混血の者の姿もよく見られ、それに嫌な顔をする者は一人としていない。
ボウル村がこのような特殊な形態を維持出来たのは、魔物が多く潜む危険な地でありながら、これといった産物もなく、時の支配者達の目を惹かなかった点にあるだろう。
そしてもう一つ、なぜ魔物という脅威が近くにありながら村は存在し続ける事が出来たのか。
答えは村の中心にあった。
「すげぇ、なんだこれ」
それを目にした時、ファバから自然と感嘆の声が漏れた。
灰色がかった石造りの白柱、それに囲まれた人が何十人も乗れるであろう巨大な切り株のような石の台。この空間だけは村の中でも異質であった。
信心深くもない少年であっても、建造物からは神秘性と美しさを感じ取る事が出来た。
「フェスタ・アウラ」
レグスがそれを目にして呟く。
「ほう、さすがはアウロボロスの御仁。若くしてよく勉強なさっておられる。いや、それとも若いのは外見だけかの」
ボルマンは何やら意味ありげにそんな言葉を吐いた。
「邪推はよせ魔術師ボルマン。良き師にめぐり合えば、年月に関係なく多くの知識を得られるものだ」
「蛇の仔の親、いったいどれほどの御仁か気になるわい」
「なんだよさっきからフェなんたらやら、なんとかボロスやら、二人だけで盛り上がって」
意味深な話に付いていけない不満があるのか、割るようにしてファバが口を開く。
「俺にもわかるように言ってくれよ」
「フェスタ・アウラ。フリアに点在する古代人の遺跡だ」
無知な少年にレグスは目の前の遺跡について説明する。
フリアの地がその名を得るよりも昔、この地には古代人と共に古き精霊達が暮らしていたという。
古き精霊はその霊力を以て、この地に大いなる恩恵と時に災いをもたらし、人々は彼らを畏れ敬い、天界に御座すという十二の神々ではなく古き精霊達を信仰したとされている。
フェスタ・アウラは古き精霊達の恵みに感謝する宴を催す際に使用された建造物で、春の始まりと秋の終わりの年に二度、月夜の日に人々は飲み歌い、楽曲を奏でて、白柱に囲まれた中央の石台の上で夜通し踊り続けた。
そんな祭りの賑わいに惹かれ、古き精霊達が人々の前に姿を見せる事もあったとの記録まで残っている。
かつては各地に大小様々なフェスタ・アウラがあったようだが、今ではこの遺跡の姿を確認出来るのは辺境に現存するいくつかのそれと、古い書物の中だけとなってしまっている。
「そんな古いもんなのかこれ」
「少なくとも二千年前からこの地にあった物だ」
はるか古の遺跡、当時は汚れ一つなかったであろう白柱も、人々が踊ったという石台も、徐々に風化が進み、汚れ、ひび割れが目立ってしまっている。
さりとてフェスタ・アウラの神秘的な美しさ全てが損なわれたわけではない。
遺跡を眺めながらボルマンが口を開く。
「そしてその頃から、このフェスタ・アウラはこの地を守護してきた」
「守護?」
ファバにはこの石の遺跡が村の守りにどう役立つかわからなかった。だがボルマンは言う。
「お前さんも感じるはずだ。フェスタ・アウラに宿る霊力を」
「霊力たって……、見てたらなんか変な感じはするけど、これが霊力ってやつなのか?」
「そうだ。このフェスタ・アウラには古き精霊達の力が宿っている。そしてその力は幾千年もの間カラロス山の魔物達を寄せ付けぬ結界となった」
「これにそんなすげぇ力があるのか。……こんな田舎でどうやって魔物達から身を守ってるのかと思えばそんな秘密があったわけだ」
「だがそれももう長くないだろう……」
老人の表情が険しくなる。
「近年、急激にフェスタ・アウラの霊力が弱まっている。最近では村の近くまで魔物が姿を現すようになっての」
「おいおい、大丈夫かよ」
「大丈夫ではない。何か手を打たねば、このままではいずれ村は滅ぶ事になる」
「滅ぶって……」
「そこでだ。お前さん達に頼みたい事がある」
ボルマンの頼み事、それは村の危機から村民を救う為の手助けをして欲しいとの事だった。
なんでも彼は昔からフェスタ・アウラについての研究をしており、ボウル村にもその為に滞在しているのだという。そして彼が所有する古い文献にはこの村にあるのとは別に存在するフェスタ・アウラについても記載がされおり、これを上手く利用して村民達を救おうというのだ。
それにはまず文献に記載されたフェスタ・アウラが実在しているのかを確認しなくてはならない。だがその道のりは決して安全なものではないという。
「さきほどまで刃を向けようとしていた相手に、ずいぶんと都合のいい話だ」
レグスの口調は冷たいものだった。
「わかっておる。だが見ての通りこの村は特殊だ。近場の街では純血の青目人はともかく、東黄人や混血の者となると容易に受け入れてはくれまい。とくに混血者は東黄人からすらも憎悪の対象となりやすい。村民揃って移り住むというわけにはいかんのだ」
「それが私達に何の関係がある」
「礼というわけではないが協力してもらえるのなら、領主が持ち去った石についてわしが知る限りの事を話そう」
遠目から村人達が不安そうにレグス達を見つめいてる。彼らの運命はレグスの決断にかかっているとも言えるだろう。
「話にならないな。現物が手に入るならともかく、情報だけでは。それも石についてどれだけ知っているか怪しいものだ」
「少なくともあの石については、お主よりも知っておるつもりだ」
「では今ここでそれを喋らせるのも悪くない」
「わしは何も話さんよ。お前さんらが頼みを聞いてくれるまではな」
「魔術師よ、お前が守ろうとするこの村の人間を一人、一人、順番に狩っていくなど、私には造作無い事。耳にしているはずだ、貪欲な蛇の仔の噂は」
「出来んよ、お前さんにはそんな事。たとえ蛇の仔であったとしてもだ。……目がそう言っておる」
目を逸らさず老人は断言した。
その時であった、レグスが身につけていた指輪に異変が起きる。
「レグス、指輪が!!」
「その指輪……」
青白く光り出す指輪にファバとボルマンは驚く、そしてそれは所有者も同じ。
指輪は光るだけでなく不思議な力を発していた。その力は目の前の遺跡から感じる力に似ている。
霊力、人が操る魔術とは違う精霊が宿していたという特別な力。その力をレグスは指輪から感じていた。
長年指輪を身につけていた彼にとっても珍しい出来事だった。
以前、指輪からこのような力を感じたのは……。
「何故フェスタ・アウラと同じ力を……」
老魔術師が指輪の謎をレグスに聞こうとするが。
「さあな」
その謎の答えを知りたいのは彼も同じ。
指輪がフェスタ・アウラに反応しているのは間違いない。
「だが気が変わった。いいだろうボルマン、お前の頼み、聞いてやろう」