赤の荒野Ⅱ
荒野に入り二日目の移動は順調であった。
東の先に樹海の片隅を置きながら北に北に。朝から日暮れまで大きな障害もなく事は進行する。
それでこそわざわざ毒虫巣くう土地を選び通る甲斐があったいうもの。この調子なら問題もなくこの地を抜けられるはずだろう。
そんな感触を得ながら、レグス達は荒野での三日目を迎えていた。
「しかし夏の盛りでなかったのがせめてもの救いだな。炎天下にこんな影もないようなところを延々と歩かされちゃあ馬じゃなくてもバテちまう。飲み水だって持ちやしねえだろうよ」
代り映えせぬ景色の中で幾度目とつかぬ些末な話題をガドーが口走る。
しょせんは退屈しのぎにすぎぬ会話ではあったが、事実飲み水の貯えは減るばかりの状況。
ずいぶんと軽さを増したそれに彼がわずかの不安も抱いていないと言えば嘘になる。
その点はファバも同じらしく、懸念するように少年は問いかけた。
「ここを越えてからもまだしばらく歩くんだろ。ほんとに大丈夫なのかよ」
「さてね……。マルフス、どうなんだそこんとこ。次の水場にちゃんと間に合うんだろうな」
「マルフスの助言を聞いてご主人様が立てた計画だ。間違いがあるはずがない。水は飛んで逃げはしないし、走って逃げもしない。お前達が文句を言わずに歩けばそれだけ早く到着できる」
灰色肌の小男は自信満々に答えるが、さしてガドーの表情は晴れやしなかった。
水場が枯れてしまうなどままある事だと、彼は気がついていたのである。
それでも普段ならば気にもかけない可能性の話。いまさら口にしたところで何が解決するわけでもない。
ガドーは脳裏によぎった不安を胸の内にしまうと違う話を始める。
「そういや知ってるか? ジリカの馬は十日と水を飲まずに動けるらしいぞ」
「なんだそりゃ」
「昔、酒場で会った商人連中がな。そんな話をしてたのを思い出した」
「嘘くせえな」
どうにも信じられないといった様子で受け答えるファバ。
無理もない。少年の常識からすればそれはありえない事で、ガドーの方も酒の席で他人から聞いた話を語っているだけにすぎないのだ。
しかし話半分のつもりの話題にディオンが反応する。
「そりゃ馬じゃなくてラクダのことだろ」
「おっ、知ってんのか?」
「知ってるも何も実物を見てるからな」
ガドーの問いにデリシャ出身の男は故国で暮らしていた頃の記憶を思い返しながら言う。
「ジリカは海一つ挟んだ先にあるデリシャの隣国だ。しかも蒼宝海東岸の一帯には『海東三国』、古くはジリカ領にあって今はユロア側に寝返った連中もいる。砂漠の国はデリシャにとっていにしえの頃から続く大切な交易相手、象牙だなんだと今でも積み荷を載せて船が行き交ってるよ。俺も交易品の護衛ってことで何度か海を渡って向こうの街まで行ってる」
「その時にジリカの馬を見たってわけか」
「だからラクダな。全然違う生き物だよ。向こうの街でも見たし、デリシャの方にもわざわざ連れてきてる連中がいたから、さして珍しいものでもなかったさ」
そのように話すディオンに遠い砂漠の国の事情など知らぬ少年はあらためて尋ねる。
「じゃあガドーの話も単なる与太話ってわけじゃねえのか」
「ああ。ラクダは一度水を飲ませれば十日ぐらいは水なしでも動いていられる。もちろん一度に飲む量は馬よりも多いがな。それでも水源の限られた砂漠の国じゃあ欠かせない相棒さ。積み荷だって馬よりも多く運べる」
「なんだよそんな便利なのがいるなら皆そのラクダってのを使えばいいじゃねえか。俺達だって……」
「そう思うだろ? だがそう上手くはいかないんだなこれが。デリシャにこんな昔話が残ってる」
含みある笑みを浮かべるとディオンは故国に伝わるという話を語り聞かせた。
それは若い商人達のラクダに関する失敗についての逸話であった。
ある日砂漠の国からやってきた男から友好の証にとデリシャの若い商人達へ贈られた一頭のラクダ。そのラクダを気に入った彼らは今度は大金をはたいて何十頭も海の先から買い集める事を計画する。
それを無謀だと忠告する者もいたが若い商人達は聞く耳を持たなかった。不足する代金を補う為に馬をも全て売り払い借金までしてラクダを買い集めてしまう。
最初の交易は上手くいった。
馬では行けぬような街まで多くの荷物を運べるラクダでの商売はそれまでよりもずっと大きな利益をもたらしたのである。
成功に気を良くした若い商人達は調子付き、計画に賛同しなかった者を彼らは『お前達がやっていることはラクダという大船を恐れて、小舟で海を渡り交易するようなものだ』と、馬鹿にし笑ったという。
だが成功は長く続かなかった。
どうしたわけか買い集めたラクダは何年もせぬうちに次々と病や怪我を繰り返すようになり、使い物にならなくなってしまったのである。
結局ラクダを使った交易は頓挫し、最後には大きな利益どころか大きな借金だけが残る結果となった。




