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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
72/77

大犬岩の戦いⅡ

 時は少し遡る。

 大岩の天辺に立つ射ち手が登り来る男達との決着をつける前、岩下ではディオンとガドーの二人が敵との激しい斬り合いを演じていた。

 剣戟の音が何度と響き、避けし避けられの攻撃は空を切った。

 恵代派の兵もまた相応の実力者であり簡単には勝てぬ相手だったのだ。


 それでも時間は彼らの味方となった。

 隻腕となりし男の動きは多量の出血により急速に鈍りだして、ついにはガドーの剣がその胴体を深々と斬り裂く。


「しゃあっ!!」


 手間取った苛立ちもあったのか、思わず吼える青き瞳のフリア人。

 しかしまだディオンが相手する騎上の敵が残っており、喜んでばかりもいられない。


――次はあっちだな。


 己の剣に付いた血を払い飛ばし、ガドーはもう一方の標的に向かわんとした。

 だがその瞬間、背後に立つ何者かの気配と共に強烈な悪寒が彼を襲う。


――うおっ!!


 不意の一撃。

 それを剣でどうにか受け止めると、ハゲ頭の青目人は体勢を立て直しその攻撃者の正体を見定める。


――ちっ、忘れてたぜ。


 そこに立っていたのはレグスに馬を斬られ自身と同じく徒歩となってしまった男、ウーザック。

 事前のトリクスの評でも要注意人物としてあげられていた剣の使い手で、本来ならばガドーがやりあうべき相手ではない。


 だが目の前に立つ敵の様子はどうにもおかしかった。

 とくに何をしたわけでもないのにひどく表情が強張り、額に汗が浮かんでいる。


――足を痛めたか。


 それも満足に走れないほどの重症だろう。

 だからこそ落馬した地点からこの場に来るまでこれほどの時間を要したに違いない。


――ずいぶんと苦しそうだな、これなら……。


 相手の様子から勝機を見出した男は、先ほどの一撃のお返しとばかりに手負いの剣士へ斬りかかっていく。


 一度、二度と剣が振るわれる。

 その攻撃をウーザックは負傷した足をかばいながらも器用に受け流した。

 見事な腕前。トリクスが評していた通り、一筋縄ではいかない相手らしい。


――そう簡単にはいかねえか……。


 ガドーは仕切り直そうと前がかりとなった重心を下げて、相手との距離を再度取ろうとした。

 だがその時ウーザックの様子が変ずる。

 手負いの剣士は鋭い殺気を放ち痛むはずの足を勢い良く踏み出すと、逆に間合いを詰めてきたのである。


――なっ!?


 予想外の機にして予想外に速く、予想外に力強い一撃だった。

 振り抜かれた剣が撃音を鳴らしガドーが手にする物を弾き飛ばす。


――くそっ。


 瞬くほどの間に形勢は決した。

 圧され無様に尻もちをついた男に止めの一撃を振り下ろそうと手負いの剣士が迫る。動きは決して素早いものではなかったが獲物を逃すような隙もない。


 絶体絶命。まさにその時、大犬岩の天辺より影が一つ風を切った。

 岩上の敵を全て打ち倒したカムからの援護射撃である。

 だがウーザックはそれすらも難無く斬り落とし防いでしまう。


 それでもその機に合わせてガドーが動けていれば、窮地を脱する好機となったやもしれない。

 しかしあまりに咄嗟の事すぎて彼の方も動けずじまい。結局事態は何も好転しなかった。


――どうする、どうする、どうする。


 残された時はほとんどありはしない。

 その中で全力で思考を働かせ死地からの脱出を図ろうとするガドー。


――あの足だ。とにかく奴の間合いから出られればいいんだ。とりあえず全力で後ろに走るか!?


 否、背を見せた途端に斬りかかられて終わりだろう。


――初撃を見極めて避けてからにするか!?


 否、この状況からそれが出来る相手ならそもそもこんな事態にはなっていない。


――逆に飛び込んでみるか!?


 否、ウーザックは一挙手一投足を見逃すまいと警戒を怠ってはいない。その瞬間に斬られてしまうだけの事。


 否、否、否。

 どのような算段も数々の戦場を生き抜いてきた男自身の実績と経験が否定し、告げてくる。

 それは逃れようもなく湧いてくる本能的な予感。


――ああ、死ぬなこれ。


 恐怖や後悔、あるいは覚悟を決める猶予すら存在しない。

 示された死の宣告をただ漠然と受け入れる男に向かって眼前の剣士は自らの得物を振り上げる。


 そしてそれが振り下ろされる間際。


――へっ!?


 突如としてウーザックが横倒しに崩れ落ちた。


 慮外の光景に唖然とするガドー。

 倒れたその男の首を異物が貫いていた。見紛うわけもない致命傷である。


――いま何か……。


 ウーザックが倒れる寸前に何かが飛来していた。

 その事を思い返してガドーが視線を動かしてみれば、そこには見慣れた少年の姿があった。

 戦いに参加する事を許されずべルティーナやマルフスらと共に大犬岩の裏手に隠れていたはずのファバ。その彼が、小型の弩を手に立っていたのである。


――あいつ……。


 自らの為した事にどこか呆然とした様子で突っ立つファバ。

 そんな彼と顔を見合わせる男もまだ現状を認識しきれたわけではない。


「ガドー!!」


 別の方より窮地を脱したばかりの男を現実へと引き戻す声が飛ぶ。

 声の主はディオン。ちょうど彼も斬り結ぶ敵に勝利したところのようであった。


 そう、ここは戦場でまさに戦いの最中。そして彼らは今生き残っているのである。

 その事に思い当たりようやく正気を取り戻すと、ガドーは己を救った少年の活躍をとりあえずは称えてやる事にした。


「はっ、やるじゃねえか」


 日頃生意気なファバの事だ。どれほど頭勝な態度で応ずるかと思えばそうはならなく、無言のまま笑顔とも呼べないぎこちない表情が返ってくる。

 どうやらまだ実感が伴いきらないらしい。


 そんな彼らのやり取りに、背後よりまた一つ声が飛ぶ。


「ファバ!!」


 岩上の女の声だった。険しい表情を浮かべながら彼女は真っ先に少年へ問いかける。


「何をやっている。べルティーナ達と隠れている約束のはずだぞ」

「俺だって戦えるんだ、こんな状況でじっとなんてしてられるかよ!!」


 カムの厳しく叱るような口調に対してやや恐縮した様子を見せながらも、ファバに退く気はない。


「だから勝手をすると?」

「今だって俺がいなきゃガドーの奴が危なかったろ!!」

「そういう問題じゃない。未熟な者が各々に勝手をすれば戦術が成り立たなくなる。お前だけでなく皆の危険に繋がりかねない行為だと、そう教えたはずだぞ」


 例外を容易に認めてしまえば規律はゆるみ悪化していく。そしてそれはやがて取り返しのつかない大きな失敗へと繋がる。

 だからこそ戦場ともなれば尚更そこに厳しくならざるを得ない。

 軍や傭兵団にしても命令違反は基本厳格に罰せられる。それは時に、結果として上手く事が進んだようなものに対してすらもである。


 されどもレグス達一行は正式に契約を交わした兵士や傭兵という集まりではない。

 ましてや己を助けた少年を責められるがままにしておくのは忍びなく、ガドーは横から助け舟を出してやる事にする。


「まあそう怒ってやるなよ。確かに勝手ばっかするってなっちゃあ問題だがよ。状況に合わせた各自の判断ってやつも戦場で生き残るにゃ必要な術だ」


 生真面目に命令に従ってるだけでは捨て駒扱いでいつかは殺される。

 厳しい規律の中にありながらも要領よく『上手くやる』。それは傭兵稼業で生きていくに必要な能力であり、彼が数々の戦場で見てきた現実でもあった。


「何よりこいつは見事敵の一人を仕留めた。男を上げたんだ。こういう時はまず褒めてやるもんだぜ」


 傭兵としての経験から出てくるガドーの言葉にもカムの表情は変わらない。

 それもそのはず、実のところ彼女にとって戦場における規律などたいした問題ではなかったのだから。

 彼女が真に懸念を抱く理由はもっと別の所。未熟な少年にすぎない者が人を殺める、その行為自体を忌諱していたのである。

 たとえそれが魔境の地を旅する身、その戦いにおけるものとはいえ、出来る限り危険や殺傷沙汰から遠ざけたい。そんな思いが表情を曇らせていたのだ。


 無論そのような心配を少年自身が望むはずもなかったが。


――キィィィ。


 両者の思いがすれ違う中、空より鷹の鳴き声が響く。

 その合図が知らせるのは次なる敵の襲来だった。


「ちっ、もう来やがったか」


 吐き捨てるように呟くガドーの視線の先、一キトルほどの距離に砂塵が立ち上っていた。馬の脚ならそう猶予があるわけではない。

 しかも騎影は三十以上、先ほどよりもずっと多い数である。対してこちらは今だ徒歩になったままの男も含めて万全とは言い難い態勢。同じように戦っていては犠牲が出かねない。


 その危惧あってだろう、岩上の女は迫る敵の増援を見据えながら下にいる仲間へと呼びかける。


「べルティーナ!!」


 彼女が呼ぶは一流たる炎の魔術の使い手、戦力としてこれ以上とない存在。

 だがそれは事前の取り決めに反するものだった。

 それでも、灰瞳の娘はうんざりとした表情を浮かべながらも呼びかけに応じて立ち上がる。


「結局はこうなるのよね」

「ファバ、ガドー。べルティーナの側にいろ」


 徒歩の二人に指示を飛ばすと、カムは大犬岩の急勾配を滑り降りて裏手にとめてある愛馬の背へと向かった。

 相手の数が数だけにこのまま待ち受けるよりも馬上から仕掛けるのが得策と判断しての事である。



 カム達が敵の増援に反応していた頃、レグスとゴンゾの戦いも終局を迎えようとしていた。

 第一陣で最も長引いたこの対決。原因はその戦い方にあった。

 黒き魔剣の使い手は深く斬り込むような真似はせず、常に様子を窺うように間合い際での戦いを徹底していた。馬を巧みに操りながらそんな戦い方をされては徒歩の大男の戦鎚では人馬共に捉えきれない。おかげで両者決定打に欠け、延々と戦い続けるはめになったのである。


 もとより短気なゴンゾが苛立ちを募らせないわけがない。

 自棄になったように大振りを続ける彼だったが、遠目に見えた砂塵に気づくと顔色を変えてレグスに告げた。


「ちょこまかちょこまかと散々逃げまわってくれたが、これでてめえらも終わりだな!!」


 もとは自力だけで決着をつけるつもりであった大男もこの際に至ってはそんな事も言っていられない。不覚を取った恥辱よりも目の前の敵に対する苛立ちが優っていたのである。

 第二陣のグゼン隊には三十を超える数がある。それだけいれば思わぬ奮戦を続ける異端者らとてさすがに凌げるはずもないだろう。


 それをわかってのことか、対するレグスの纏う空気も変わる。


――ようやく覚悟を決めやがったか。


 これまで手間取ったのはあくまで逃げるように立ち回る相手の戦法のせいであり、決着を急ぐというのならそれは巨漢の戦士の望むところ。

 間合い踏み込んでの戦いならば早々に叩き潰す自信が彼にはあった。


――来やがれ、その馬ごと叩き潰してやる!!


 不敵な笑みを浮かべるゴンゾに向かいレグスが馬を走らせる。

 やがて両者の距離が縮まると、突き進む馬上より黒き剣が振り抜かれた。


 その攻撃は戦鎚を構える大男の虚を衝く。

 それもそのはず、黒剣が振り抜かれたのは斬撃の間合い遥か遠くの地点。

 つまりは投擲による攻撃だったのだ。


 対して手にする戦鎚で飛んでくる黒剣を叩き落とすゴンゾであったが、その瞬間何かが彼の頬を深く切り裂いた。


――せこい真似ばかりしやがって。


 憤る大男の背後に短き刃を血に染める得物が転がっていた。

 黒き魔剣の影に隠れるように放たれたその短剣こそがレグスの真の勝負手であったのだ。


「残念だったなクソ野郎。そんな姑息な手、俺には通じねえ」


 頬より流れ出る血は致死量とはなりえない。それは対峙する者にとって絶望的といえる状況のように思えた。


「さてそんな様で次はどうするつもりだ。尻尾を巻いて逃げ出すか? 卑怯者にはお似合いだな」


 ゴンゾの悪口(あっこう)に応じてか、レグスが空手のまま馬を進め始める。

 まともな攻撃手段すらなさそうなこの状態で彼がどうするつもりなのか。日頃短慮な大男とてさすがにその行動を訝しむ。


――なにを考えてやがる。あと何本か隠し持ってやがるのか? だがどのみちそんな物でこの俺を殺れるかよ。


 忍ばせた短剣は不意であってこそ効果的な攻撃手段となる。よもやこの状況で二度三度と同じ手が通じるわけがない。

 警戒し構えながらも、巨漢の戦士は自らの勝利を確信していた。


――今度こそ仕留めてやる!!


 気迫は十二分。

 間合いへと近づくレグスに特段動きは無く、今度はゴンゾの方から先に攻撃を仕掛けた。


――なっ!? なんだ!?


 だが、一歩と踏み出した途端にその体躯は崩れるように地面へ倒れ込んでしまう。

 何が起こったのかわからない。

 体は思うように動かず、力が入らない。まるで支えきれぬほどの鉄を纏ったかのように全身が急激に重くなり、その感覚が増していた。


――どうなってやがる!? いったい何がっ!?


 目がかすみ、息苦しい。思考すらも働かなくなっていく。

 すべてがあっという間の出来事。混乱したまま悶え苦しむ大男を尻目にレグスはその傍らへ馬を止めた。

 そして投げつけた自らの武器を拾い上げると彼は次の戦いへと備え始める。先ほどまで相手していた男に対してはもはや一瞥をくれてやる程度の関心しかありはしない。


 それも無理からぬ事で、何故なら短剣にはアプラサイの猛毒が塗布されており勝負の行方は刃が標的の頬を捉えた時点で決してしまっていたのだ。

 そしてそもそもがこの長期戦は敵の増援を確実に釣り出すためレグスがわざと演出したものにすぎず、彼がその気なら決着はずっと早くにつけられていたのである。


 そんな事とはつゆ知らず、グゼン率いる三十騎以上の騎兵隊は加勢を急ごうと馬足を速め迫ってきていた。

 無論迎えうつ側とてその突撃を黙って受けてやる気はない。

 高慢で美しき炎の魔術の使い手、べルティーナの放つ強力な魔法が第二陣との戦端を開く。

 急速に熱を帯びる空気。肌をヒリつかせるその異変に、素質のある者は先んじて危険を察知する。


「散れ!!」


 グゼンが叫ぶとほぼ同時に爆炎が炸裂した。

 その炎に直接巻き込まれたのは三、四騎程度の小人数であったが、爆音は全馬へと影響する。


「魔法だ!! 固まって動くな!! 連発は利かねえはずだ、一気に距離を詰めて術師から先に仕留めろ!!」


 少なからず動揺する隊の者たちに対して素早く指示を飛ばすグゼン。

 落ち着いた定石通りの対応。多くの場合それは褒められてしかるべきものであったに違いない。


 だが今回は相手が悪すぎた。

 べルティーナはもとより魔術師として一流の実力の持っており、古き偉大な血統に目覚めた今の彼女は規格外と評していいほどに抜きん出た炎の力を有している。

 爆発からほとんど間をおかずにして魔法の火矢が作られ、それはグゼン隊の者たちへと降りそそいだ。


――詠唱もほとんど無しに、これだけの魔法を!?


 否。この程度の術にべルティーナは詠唱を『まったく』必要としない。

 それでいて術の威力は並の魔術師のモノを遥かに上回っている。

 より速く、より精確で、より破壊的。

 これほどの魔法の使い手を相手にする事などグゼンらにしてみればそれこそまったくの想定外であった。


「聞いてねえぞ、トリクスの野郎……」


 恨み節を吐き捨てる男の表情は事態の深刻さを認識し歪んでいた。

 対して三十騎余りの騎兵隊を圧倒する娘のそれは無表情といっていいほどに冷めきっている。

 戦いの高揚感は一切なく敵に対する激しい感情もありはしない。ただただ作業的に彼女は目の前の標的へ炎の魔術を放ち続けていた。


 そして彼らグゼン隊の脅威となったのは何も魔法の力だけではなかった。

 慌てふためく男達に向かって放たれる鋭き一矢。それは不安定な馬上からであっても的確に乗り手の急所を捉えている。

 その射ち手となったのは独特な民族衣装を纏う草原生まれの女、カム。彼女の騎射技術もまた一目にして並外れたものと知るに十分であった。


「退け!! 退却だ!!」


 戦力差は明らか。ろくに剣を交える事も出来ないままグゼンの口より退却の号令が発せられた。


 だが釣り出した獲物を逃すほどレグス達は甘くない。

 その剣が、その弓矢が、その鉤爪が。恵与派の兵士達を追撃し散々と討ち取っていく。

 当然グゼンもその対象であった。


「くそう、なんて様だ……」


 どれほど後悔したところでもはや手遅れ。彼もまた無念のまま討たれるしかなく、それは他の者とて同様の事。

 やがてグゼン隊最後の一人が倒れて大犬岩の戦いは終結した。

 派兵戦力の全滅。この戦いにおいて二角の砦は、彼らが騎兵隊を送り出した時には思いもしなかったであろう大敗を喫したのである。

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