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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
71/77

大犬岩の戦い

 ルオンドールの決断より間もなく、二角の砦から四十四騎の兵が出た。

 先をいくはゴンゾ隊、十二名。

 砦の中でも特に命知らずの戦士達を集めた荒くれの集団で、その中には寡黙ながらも異端者狩りに容赦を知らないウーザックの姿もある。

 続くグゼン隊三十二名も、仲間を殺されてその敵討ちに燃える者や、殺し飽きた魔物ではなく人間相手に暴れられる事を喜ぶ戦い好きな連中など、いずれも戦意の高い者ばかり。

 罠があるやもしれぬというのに大犬岩へと向かう彼らの足は速かった。


 戦いへの興奮と今だ空青くも夕暮れに近づきつつある日の傾きが、その気を自然と逸らせていたのである。


――キィィィ。


 そんな中、空に聞こえた甲高い鳴き声。

 グゼンが目線を上げれば、そこには飛行する生物の姿があった。


――鳥……。


 一羽の鳥が空を飛んでいた。

 日常にあればなんてことのない光景にあって、何故か今回ばかりは彼の心に妙な違和感を抱かせる。

 だがそれは小さなモノ。


「どうかしましたか?」

「いや……」


 ハッキリとした形を成しているわけではなく、あやふやな存在にしかすぎない引っ掛かりは若い兵の問いかけと共に流されるようにして消えた。


 やがて彼らは目的地まで二キトルもない所まで近づく。

 砦より点在し広がる雑木林はこれ以上西には続かず、あといくらも進めば大犬岩まで開けた平地が続くことになる。

 ゴンゾ達はともかくグゼンの隊は迂闊にその姿を晒すわけにはいかない。二隊は行動を別にする必要があった。


「俺達はこのまま北へ回り込んで奴らの退路を断つ。ゴンゾ、ウーザック、先駆けの役目、油断してしくじるなよ」

「はっ、誰に物を言ってる。異端の雑魚なぞ軽く捻りつぶしてやるだけだ。お前らの出番なんてありゃしねえよ!!」


 前を行く大男は威勢良しに、双眸険しき寡黙な男は無言のまま目だけで返答する。

 長い付き合いにあってそれはいつも通りのやり取りだった。

 戦働きにおいて二人の実力はグゼンも信頼している。彼は三十以上の騎兵を率いて雑木林沿いに北へと進路を取り直した。


 それより程なくの事、十二の騎影が大犬岩の地に現れる。

 伏せた犬を模ったかのような巨岩を中心に据えるその地は周囲に開けた土地が広がっておりほとんど隠れようもない。故に遠目ではあるが、向かう者と待ち受ける者は互いの姿を即座に捉える事が出来た。


 眼に映った標的の姿に、戦鎚を手に突き進む大男の後ろより声があがる。


「奴らだ!!」


 ゴンゾ側から確認出来たのは岩上に一人と馬上に三人。事前の報告の七人にすら満たない数。

 だがそれは些細な事。

 土壇場で逃げる者があったのなら容赦なく残りを片づけるのみ。いくらかの伏兵があろうと散々と打ち破るのみ。やるべきことに変わりはなかった。


 この機にあってはまどろっこしい口上も牽制も必要なく、ただ襲い、ただ殺す。

 期待と喜びにも似た高ぶりのままゴンゾは大声を発する。


「会いたかったぜ、異端のクズ野郎共!!」


 馬群は速度を上げた。

 真っすぐと向かってくるその集団を見つめながら対するガドーが口を開く。


「きた。カム、頼むぜ」


 どこか祈るような緊張感のある声だった。

 さりとて岩上に立ち弓矢をつがえ構える女は落ち着き払ったもの。


「任せておけ」


 微塵も動揺はなく彼女は冷静にその瞬間を待つ。


 射程と馬群の速度、さらには射った矢が届くまでの時間まで。

 そのギリギリを見極めた刹那の時。

 カムの指先より弓弦が弾かれ、一射目が鋭く風を切った。


――ヒィィィン。


 矢は見事馬群の一頭を捉えて沈める。


「うおっ!!」


 騎乗していたのは戦鎚を手にする大男。

 彼はとっさの判断で自ら馬上より飛び降りて地面へと転がった。


「クソっ、この駄馬がっ!!」


 いきなりのゴンゾの落馬。

 大声を出すだけの元気があり命に別状こそ無かったが、戦場を素早く駆け回る為の足を失ったのは痛い。

 出鼻を挫かれた恵代派の兵士たちの間には少なからず動揺が走った。


「構うな!! 突っ込め!!」


 それでもウーザックの指示に兵達はすぐに落ち着きを取り戻す。

 さすがは魔境の地で戦いを重ねてきた男達である。立て直しも早い。


「おうっ!!」


 威勢の良い声と共に馬群はさらに速度を上げた。

 はだかるはレグス、ディオン、ガドーの三騎。そのうち黒き魔剣の使い手が先陣を切り一人突出する。


「はっ、馬鹿が!!」


 それを無謀な単騎駆けと見て、血気に逸る二騎が前に出て迎えうった。

 そして三騎が交わり、斬り結ばれた瞬時にして勝敗は決する。


「ぐおっ!!」


 単騎の黒剣が恵与派の兵を一方的に斬り裂いたのである。


――この男……。


 ウーザックは一目で相手の力量が予想以上のものであることを知った。

 されど彼もまた幾度と強敵を葬ってきた恵与派の戦士。

 多少相手の剣術が優れていようと、捌けないほどではないと判断していた。


 先の二人とは違い最大限の警戒を以って馬上の攻防に備え、寡黙な戦士は剣を構える。


――ヒィィィン。


 両人の勝負の結果。悲鳴をあげたのはウーザックが騎乗する馬であった。

 警戒を強めた彼に対しては初撃で致命傷を浴びせるのは難しいと判断し、レグスは足の方を確実に奪いにいったのである。

 そしてその狙いは見事に成功した。

 落馬する相手を尻目に黒剣の使い手はそのまま走りぬけていく。


「ウーザックさん!!」


 落馬したウーザックを心配した恵与派の兵の一人が馬の速度を緩めて引き返そうとする。

 だがその瞬間、飛来した矢が彼の頭部に命中し、急所を射抜かれた若き兵士は人形のように崩れ落ちた。

 その姿を見て、ようやくウーザックは自分達の見込みの甘さを痛感したのである。


 黒剣の使い手だけではない、岩上の射ち手もまた予想よりもずっと優れた使い手なのだと。


「先に射ち手を黙らせろ!!」


 普段決してあげる事のないような大声で叫び、ウーザックは残る騎兵達へと命じた。

 もはやゴンゾ隊の誰の表情からも余裕の色は消え失せていた。


 決死の勢いで大岩に迫る七騎の馬影。

 しかしそれを素通しさせてやるような気は岩下を守る男らにもありはしない。


「ガドー、食いつきすぎるなよ」

「わかってら」


 短い言葉を交わした後、ディオンとガドーは目前の騎兵を迎えうたんと馬を走らせた。

 数の上では二対七の圧倒的不利。

 だがそれはまともにぶつかり合えばの話であり、彼らの役目はほどほどに相手しながら時間を稼ぐこと。あとは岩上に立つ弓の名手に任せれば確実に敵を始末してくれる。

 故に馬群を無理に押し止める必要はなく、勢いを上手く流せるよう二人はそれぞれ左右に馬をひらいた。

 レグスのように強引に中に斬り込めるほどの力がない事を彼らは自覚している。狙いは最初から相手の両端だけにあったのだ。


 直進する騎影がぶつかり、互いが剣を振るう。

 その結果、直後に大きく崩れた影は一つだけ。


「ああっ、これだから馬上での打ち合いは嫌なんだよ」


 地面へと転がり落ちた影がうめくように吐き捨てた。


 それはガドーの声だった。

 彼だけが剣戟の衝撃に耐えられずあっさりと態勢を崩して落馬してしまったのだ。


「ガドー!!」


 反対側を駆け抜けたディオンが心配し声をかけてくるが、心配される側にしてみれば情けない事この上ない。

 強がるようにガドーは大声で返答する。


「問題ねえ!! それよりも連中だっ!!」


 恵与派の兵七騎全てに抜かれる失態。

 いくらカムが頼りになる味方とはいえこのまま全て相手させるわけにはいかなかった。

 仲間の無事を確認すると、ディオンは馬頭を反転させて急ぎ敵騎の後を追う。


 いっぽう二人の妨害を抜けた恵与派兵士達も無傷というわけではない。

 直後には岩上から三度と放たれた矢がまた一騎捉えて数を六と減らしており、さらにはディオンを相手した兵がひどい重傷を負っていたのだ。


「くそっ、くそっ、くそおおお!! あのクソ異端者めっ!!」


 馬を走らせながら口汚く罵るその男の片腕が無くなっていた。

 斬り飛ばしたのは他ならぬディオンの剣。

 刹那の攻防で利き腕を失った彼は残る手で綱を握りどうにか馬を進めていたのである。


「あのクズ野郎!! 絶対に許さん!!」


 男の胸の内より北の異端者に対する激しい怒りが湧いていた。

 実のところディオンが信仰するのはフリア教ではなくデリシャの神々であり異端ではなく異教にあたるのだが、そんな事は彼が知るはずもない。

 それに腕を奪った相手という重大さに比べれば、異端だろうと異教だろうと憎悪の対象とするには些細な違いである。


 程なくして恵与派の六騎は大岩のすぐ傍まで辿り着く。

 だが高さ九フィートル以上もある岩壁が立ちはだかり、このまま一気に敵の射ち手を追い詰めるというわけにはいかなかった。

 岩上へは下馬をして登っていく必要がある。しかもその足場は限られており、全員がいっせいにというわけにはいかず何人かは後ろに遅れる事になるだろう。


 ならばと、兵の一人が言う。


「ナドール!! 一本貸せ!!」


 それは利き手を失い隻腕となった男。

 常に二本の剣を持ち運んでいる仲間にそのうちの一本を寄こすように彼は言うのである。


 その視線の先には、再び妨害しようとこちらへ向かってくる憎き仇の姿があった。


「その腕でやれるのか?」


 片腕、しかも利き手を失ったとなればどうしたって分が悪い。

 当然の懸念に男は一歩と譲らぬ怒声を以って答えた。


「うるせえっ!! さっさと寄こしやがれ!!」


 流れ出る血は止まらず、治療する時間もありはしない。

 この戦いの勝敗がどう転ぼうと彼の命運は既に決まっていた。

 ならばせめて、体力が残るうちに復讐の機会に全力を注ぎ、成らずとも捨て駒として時間を稼ぐだけの働きをする。

 背負っていた丸盾を捨て去り真っすぐと己が仇を見据える男の姿に、恵与派の兵士達はその覚悟を理解した。


 ナドールは黙って愛剣の一つを死兵と化した男の方へと投げ渡してやる。

 そして自らも下馬することなく、引き返し向かってくる敵の方を見やった。


「助けはいらねえぞ、ナドール」


 最優先すべきは岩上の射ち手の排除。

 共に岩下で戦わんとする仲間に対して隻腕の男は不服げに言うが、ナドールはそれを笑う。


「その様で二人も相手するつもりか?」


 男が視線を別にも向ければ、そこには落馬し徒歩(かち)で向かってくる敵がもう一人。

 ガドーである。

 もとより距離もそうあるものではない。

 騎兵一人相手するも精々の状況でそれはあまりに分の悪い話であった。


「上はあいつらに任せればいい」

「ちっ、あの褐色野郎には手を出すなよ。俺の獲物だ」

「それはお前の活躍しだいだな」


 二人が軽口を叩く間にも敵は迫り、背後では残る仲間の四人が射ち手目指して大岩を登っていった。



 ここに至り、大犬岩の戦いは三方に展開する。

 一方はレグスと巨漢の戦士ゴンゾの戦い。これは黒剣の使い手が馬を巧みに操り敵の最大戦力を翻弄していた。

 もう一方はディオンとガドー、隻腕の男とナドールの戦いで、その実力は伯仲しており予断許さぬ斬り合いとなった。

 最後は岩上のカムとそれに向かう四人の恵与派の兵士達。最初に戦況が動いたのはこの方である。


 大岩を登る荒くれの戦士達は盾を構え岩陰を利用し歩を進めていた。

 そんな彼らにカムほどの名手といえど必中とはいかず、その距離は確実に縮まっていく。

 それでも高さ五フィートルの地点で彼女の放つ矢が敵の一人を捉え、その足を射抜いた。


「ぐおっ!!」


 足場の悪さもあり射たれた兵士は体勢を崩し地面へ落下。

 叩きつけられ打ちどころが悪かったのだろう。兵はうめき声をあげた後はそのままピクリとも動かなくなる。

 これで残るは三人。


 しかし岩上に着くまでに仕留められたのはここまで。

 残る敵はついに登り着き、カムの眼前に立ちはだかった。


「はっ、ついに追い詰めたぜ弓女!!」


 軽装の射ち手と盾構えの戦士達が大犬岩の天辺で対峙する。

 両者には二の矢を放てるほどの距離はなく、兵士達が岩肌の斜面を十歩足らずと駆け上がればその剣の間合いに捉える事ができる。


「一本の矢で三人は殺せまい」


 恵与派の兵士達は自然と笑みを漏らしていた。

 カムにゼティス教徒の言葉は理解できなかったが、その笑みが何を意味しているかぐらいは直感的に覚れる。されど彼女はつがえた弓矢を放さずに狙いをつけ続けた。


――あくまでその弓で相手しようってのか。


 弓を構える女の腰には刀剣が下げられていたが、彼女がそれに手を伸ばす気配はない。

 気が動転して存在を忘れてしまっているのか、それとも弓とは違い剣の扱いには自信がないのか。

 どちらにせよこの至近距離では兵士達からすればどう悪くたって一殺が限度と考える。


 そして彼らはその犠牲を恐れ、いつまでも睨み合うほどの臆病者ではない。


「いっせいにいくぞ」

「おう」


 覚悟を決めた男達は息を合わせ踏み出し目の前の女へと斬りかかった。


 その刹那に恵与派の兵の一人が射抜かれる。だが残る二人が止まらない。

 次に弓を構えるのを許さず戦士達は距離を詰める。


 それでもカムは冷静さを一切失わなかった。

 彼女は間合いを見極めながらそのギリギリのところを判断すると、体勢低く斜面を滑るようにして相手の方へ飛び込んだのである。

 まさか弓の使い手が距離を自ら詰めるとは思わず、恵与派の兵士達は完全に虚をつかれた。


 すれ違いざまに足を払い、カムは反応の遅れた兵の一人を転がす。

 そして素早く立ち上がり弓を構え直すと、無様に晒した背後より急所目掛けて矢を放つ。

 その一連の動作は鋭く流れるように美しく、無駄がない。


「くそっ!!」


 対して最後に残された男の動きは荒々しく乱雑なものだった。

 彼の胸中にあるのは動揺、怒り、あるいは焦り。反転し踏み出す足は半歩と余計に広く、振り上げた剣には力が入りすぎている。

 もしカムが弓ではなく刀剣を手にしていたのなら、彼の攻撃はもっと慎重なものになっていたのかもしれない。

 だが現実に目の前に立っていたのは剣すら持たぬ無防備なはずの女である。前へと前へと男の剣が急いたのも無理はなかった。


 そしてそれこそがカムの狙い。

 振り降ろされた剣をひらりと躱して、その反撃に彼女は相手の顎を蹴り上げる。

 鮮やかな一撃だった。

 大の男の図体がその一発の蹴りでグラりと揺れて力なく倒れ込む。

 岩上の勝者が決まった瞬間である。


 それでも勝利の余韻に浸る間もなく、カムは次に為すべき事へと行動を移した。

 彼女は恵与派の兵の手から転がり落ちた剣を拾うと、それを気絶する持ち主の急所に突き立て、さらには最初に射抜いた兵士にもまだ息がある事を確認するとその止めをも刺す。

 手際良く進められる行為に迷いは見えない。

 すでにまともに戦えなくなった相手に最後の一撃を加えるなど気分の良いものではなかったが、怠れば如何なる元凶となるやもしれない。仲間の命がかかっているこの状況では甘さを捨てざるを得なかったのだ。


 そうして周囲の安全を確保するとカムは再び弓を手にして岩下の状況を窺った。

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