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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
70/77

二角の砦

 果てから天上へと昇り、果てへと沈みいく太陽。

 雲がゆらりゆらりと流れ、風が静かに吹き抜ける。

 昨日とも変わらぬ日々の光景、いったい誰がそこに迫り来る嵐の予兆を感じ取ることができたであろうか。

 少なくともテサルの街から東に十キトル、恵与派の牛耳る二角の砦の兵士達にそれは不可能だった。


「あいつら今日の昼過ぎまでには戻るって話じゃなかったのかよ」

「調子に乗って遊びすぎてんだろ。そろそろ戻ってくるさ」


 防壁上にて守衞の任につく男達が気怠げに会話をしていた。

 魔境の地とあれど、日々を過ごすうちに人間どうしたって緩みが生まれ緊張感を失う。

 今この二人の男の頭の中をしめているのは周囲の危険に対する警戒よりも、先日からテサルの街へ出ている仲間達のことであった。


「そろそろねえ。だがもう日が傾き始めてる、まさか何かあったんじゃねえのか? 様子見に何人か出した方が……」

「それを決めるのはルオンドールさんさ。俺たちは大人しく見張りやっときゃいいんだよ」

「まあそうだな。……ああ、俺もまた遊びに出てえなあ」

「てめえはこないだ行ってきたばっかだろ」


 そのように彼らが不毛なやり取りを交わしていると……、前方に一騎、馬に乗り砦に近づいてくる者の姿が見えた。


「なんだありゃ」


 覚えのない人影。

 いや、よくよく目を凝らしてみれば馬の乗り手とは別にもう一人姿が見える。


「誰か連れてるぞ」

「ああ、けどどうも妙だな」


 堂々と馬に跨る乗り手とは違い、もう一人は頭が低く疲れたように垂れ下がっている。

 遠目にはその妙な不自然さを訝しむ事しかできない守衛達であったが、騎影が砦に近づくにつれて次第にその様子はハッキリとした。


「おいっ、あれトリクスじゃねえか!?」


 守衛が驚きの声をあげる。

 乗り手に連れられていたのは先日テサルの街へと向かった仲間の一人だったのだ。


 何が起こったのか、細かい事情はわからない。

 だが彼らによからぬ事が起きたのはたしかであろう。

 砦の守衛達が一気に騒然となる。


「ちっ、なんてこったい。帰りが遅せえと思ったら」

「とにかくトリクスのやつを助けねえと」


 まもなく門が開かれ、慌ただしく砦の兵士たちが飛び出すが相手はそれを大人しく待ちはしない。

 乗り手の男はトリクスの背を蹴り飛ばし地面に転がすと、そのまま嘲笑うかのように馬を走らせ引き返していった。


 その騎影を目で追いながら守衛の一人が場の指揮官へ問う。


「追わせますか?」

「やめておけ」

「ですが……」

「いまから馬を出したところで追いつかん。それに相手の数がわからないんじゃこっちの被害が増えかねん。とにかく砦長の指示を仰ぐ」

「はい」


 追跡よりも事態の把握を優先する砦の兵士達。

 それに肝心なのはトリクスの存在である。地面に倒れる仲間のもとへ近づき、彼らはその状態を心配する。


「おいトリクス、大丈夫か!?」

「ええ、大丈夫です。少し殴られただけですから……」


 声に弱々しさはあるものの、答えるトリクスには確かに命に関わるような傷が見られはしなかった。

 それでも手酷くやられたようで顔や体には殴打の痕がいくつもある。


「いったい何があった!? さっきの男は何なんだ!?」

「北の異端者です。奴らの襲撃を受けました」


 ゼティス教徒はフリア教徒を北の異端者と呼ぶ。

 逆もまた然りなのだが、彼らのそれはフリアの者達よりもずっと徹底していた。


「他の連中は?」

「……全滅です」


 無念の報に兵士達からは嘆きの声が漏れた。

 だがいつまでもこんなところで悲しみにくれ話し込んでいるわけにもいかず、トリクスは口調を強めて言う。


「とにかく砦長のところへいって話をしないと」

「大丈夫なのか? 報告なら俺達が……」

「いいえ、僕が一番事態を把握できていますし、砦長もそれを望まれるでしょう。殺された仲間の事を思えば、こんなケガで休んではいられない」


 そう言ってルオンドールのもとへ向かわんとする彼の姿は、周囲の人間には仲間を失った無念と憤りに突き動かされる恵与派の兵士としか映らない。

 まさかその男が裏にもう一つの顔を持っているなど、誰も気づけなかったのである。



 襲撃の報を受けたルオンドールはすぐに砦の主立った面々を集め、会議を開いた。

 その場で口火を切るようにゴンゾという名の大男が主張する。


「異端の屑共がナメた真似しやがって!! 皆殺しだ!!」


 砦にいる人間の中でも最も短気で凶暴な大男。彼の怒りは仲間を失ったことに対するものというよりかは、その自尊心に起因していた。

 異端者ごときに喧嘩を売られた、それが何よりも許せなかったのである。


「奴らを皆殺しにする、それしかねえっ!! ルオンドール俺に任せろ!!」


 今にも部屋を飛び出していきかねない勢いで迫るゴンゾを砦長の立場にある男は冷静に制する。


「まあ待て。情報の確認が先だ。打つ手はそれから判断する」

「なに呑気な事言ってやがる。ぐだぐだこんな事やってたら、奴らに逃げられちまうだろうがっ!!」

「……その心配は必要ないかもしれません」


 二人のやり取りに口を挟んだのはトリクスであった。

 襲撃からの唯一の生還者として彼もこの場に呼ばれていたのである。


「奴らの狙いはどうやらゴンゾ、あなたのようです」

「そいつぁどういう意味だ」

「奴らは今回の襲撃を報復だと言っていました。覚えていますか、先日あなたが街へ行った際に揉めた青目人の男のことを」

「あの野郎かっ!?」

「はい。僕を砦まで連れてきたのはあの男です。襲撃者の中にはあなたに弓を向けていた東黄人の女の姿もありました。間違いありません」


 あの日不愉快な思いをさせられた連中に、今日もまた不愉快な思いをさせられている。

 我慢強くもない大男にとってそれは耐え難い出来事だった。


「ふざけやがって!! トリクス!! あの時てめえが止めなきゃ、あの場で奴らを全員ぶっ殺してたんだ!! そうすりゃあの屑共がこうも調子に乗るこたあなかった!!」

「僕は砦長の命令に従って行動したまでです」

「なんだとお?」

「やめろゴンゾ」


 ルオンドールのその言葉に気色ばむ大男は矛先を向ける相手をまたも変える。


「そもそもがだ。毎度毎度のごとく、俺に目付をつけようなんざ何様のつもりだルオンドール」

「俺には砦長としての立場がある。いくらお前とはいえ街で好き放題暴れさせるわけにはいかない」

「えらくなったもんだな、ええ!? いったい誰のおかげで今の立場があると思ってんだ砦長さんよお」


 二角の砦において多くの兵士から恐れられるルオンドールも、一部の古馴染み相手となると様子が異なってくる。

 彼の出世は古くからの仲間の活躍あってこその面もあり、ゴンゾ達も日頃は半歩引いてその顔を立たせているが、内心では対等だという自負があった。

 特にゴンゾのような人間は強烈にそうした意識を持っており、こうした場にもなると立場の上下など何の歯止めにもならなかった。


「おいおい内輪で喧嘩なんかしてる場合じゃねえだろ。話が本題からズレてるぜ」


 見かねて仲裁に入るのはグゼン。

 彼もまたルオンドール達の古馴染みで、その悪行に積極的に関与する男の一人である。


「トリクス、相手の戦力はどれぐらいだ?」

「数でいえば確認できたのは七人です」

「七人だあ!? ゴンゾと一緒に先に砦に戻ってた連中を引いたとしても、こっちもそれなりの数がいたはずだろ?」

「僕を入れて十二人です」

「それで全員ヤラれちまったのかよ」

「不意を衝かれて、ろくな応戦もできずにそのまま……」


 グゼンの問いに深刻な声色で答えるトリクスであったが、その情報は正確なものとは言い難かった。

 襲撃者の戦力を七人と数えるのはかなり無理のあるもので、実際に切り込んだのはレグスのみ。それをカムが弓で援護してはいたが他の者達はまともに戦ってすらいない。

 実質的にはわずか二人だけで襲撃は行われていたのである。

 だがその事実を伝えては考えなしのゴンゾはともかく、ルオンドールやグゼンには過度な警戒感を与えてしまう。虚実を混ぜて、彼らの思考を自らが望む方向へと誘導しようとしていた。


「言ったろ!! ビビるこたあねえんだよ!!」


 短気な大男はトリクスの狙いも知らずに調子付く。


「たかがそれぽっちの異端者共、俺が出ればあっという間に皆殺しだ!! モタモタするこたあねえ!!」

「そう単純にいきゃあいいけどな」

「なんだとお? グゼン、てめえ俺が不覚を取るって言いてえのか?」

「そうは言ってねえだろ」

「じゃあ何が言いてえってんだ?」


 考え浅く喚いてばかりのゴンゾに呆れてため息をつきながらグゼンは話を他へと振る。


「ルオンドール、お前はどう考えるよ」

「襲撃者の正体がこの春に出た異端の開拓団なら小さくても三、四十人の規模はあるはずだ。確認できた数が七人ばかりというのは気になる」

「たしかにちょっと妙な話だ」

「トリクス、異端者共がわざわざお前を生かして返したのは、襲撃が先日の揉め事の報復だという事を伝える為だけか? 奴らは他に何か言っていなかったか?」

「はい、実はその事ですが奴らからの伝言が……」


 トリクスは視線を大男へと向けて言葉を続ける。


「『大犬岩(おおいぬいわ)』でゴンゾ、あなたを待つと」

「この俺を呼び出すとはいい度胸じゃねえか」

「わざわざのご指名とは徹底してるな、執念深いことだぜ。ここまでやる相手だ、間違いなく罠だぜこりゃ」


 短慮なゴンゾと警戒を怠らないグゼン。

 対照的な二人の反応に、それまで黙って成り行きを見守っていたもう一人の男ウーザックがようやくその口を開く。


「確かに罠の臭いを感じる……。だが、異端者に仲間を殺されて黙って見過ごすなどありえない」


 荒々しさはなくとも強い怒りを感じる声色であった。

 彼もまた恵与派の人間として悪行を重ねてきた身である。模範的な信者とはいえない。

 だが腐ってもゼティス教徒。

 異教異端の者を虐げる事が許されても、その逆は決してあってはならない。

 染みついたその観念が、襲撃に対する報復を求めていたのだ。


 ゴンゾも興奮しながらそれに同調する。


「ウーザックの言う通りだ!! 俺たちぁゼティス教徒だ!! 正義ってもんを示さなきゃならねえ!! 罠があるっつうならその罠ごとブッ叩いてやるだけのことよ!!」


 計算通りに進む大男達の言動にトリクスは内心ほくそ笑んだ。


――そう、恵与派といえどゼティスの信徒。異端者に仲間を殺されて目を瞑るなどありえない。ルオンドール、疑い深いあなたがそこにどれだけ危険の臭いを感じようと、周囲の人間が報復以外の選択を許しはしない。


 二角の砦において独断で悪行を為し、まるで小さな王のように振舞う男だろうと、完全な支配者などにはなりえなかった。

 恐怖で他者を制するならば、自らが支配する人間に侮られてはいけない。

 どれだけで慎重で冷静な判断を下そうとしたところで、周囲の人間がそれを臆病だと捉えてしまえば、たちまち支配の土台は崩れていく。

 恐怖による支配は、支配者をも恐怖によって支配する。

 彼は冷酷で容赦のない、恐れられる男であり続ければならなかったのである。


 たった七人ばかりの襲撃に怯み、反撃の出来ない者を誰が恐れようか。

 選択は最初から限られていた。


「その罠ですが、奴らからもう一つ伝言が……」


 難しい顔で思考するルオンドールの様子を横目に、トリクスは次なる情報を提示して場の流れを操作し続ける。


「さすがにゴンゾ一人を呼び出したところで応じないと考えたのか、襲撃の際と同じ人数、つまり十一名までなら護衛を認めて相手すると」

「向こうは七人のままでか? 嘘くせえ」

「嘘だろうが何だろうがかまうもんか!! その挑戦受けてやるぜ!!」


 グゼンとゴンゾの反応は相変わらず対照的。

 ただここにきてルオンドールは彼らとは違った反応を見せた。


「……なるほどな、そういうことか」


 一人納得するかのように呟く男に、他の者達は怪訝な面持ちを浮かべる。


「そもそも襲撃がわずか七人だけというのが気にかかっていたが……、案外たいした罠などないのかもしれん」

「おいおい、お前までそんな楽観的な」


 日頃疑い深く慎重に行動する男のモノとは思えないその言葉にグゼンは驚いた。

 だが彼には彼なりの根拠あっての発言らしい。

 ルオンドールは自身のその考えに至るまでの理屈を説明し始める。


「異端の地から壁を越えて人を送り出すとなると相応の金と立場が必要だ。開拓団を任せる人間もそこらのゴロツキというわけにはいかない。信頼できる人間を選び団を任せている。そうして選ばれた人間がこの魔境の地で俺達ゼティス教徒と殺り合おうだなんて考えると思うか? 団員の一人二人が少々揉めた程度でここまで露骨な手段を用いる方が不自然だとは思わないか?」


 一瞬、この襲撃の裏にある陰謀に彼が気づきかけているのではないかとトリクスは警戒した。

 だがどうやらそうではないらしい。


「不自然も何も現に仲間が襲われてんだ。いくつもある開拓団の内に、そういう馬鹿がいたって不思議じゃないだろ」


 グゼンの指摘にもルオンドールは不敵な笑みを浮かべて言う。


「ああ、人が増えればそれだけ馬鹿の数も増える。とくに下の方にな。そしてそういう奴らが問題を勝手に起こしてくる」

「今回の襲撃をやらかしたのは一部の人間だってわけか?」

「そうだ。そう考えた方がいろいろと説明がつく。七人という少人数も、奇妙な伝言の方もな。血の気の多い一部の人間が同調してるだけなら伏兵があるにしても倍いるかどうか……、どんなに多くても二十人程度のはずだ」


 人間とはこうも昏愚たりえる生物なのか。

 ルオンドールほどに猜疑心の強い男ですら他に選択肢がないとなれば、選ばざるを得ないそれにどうにか希望を見出そうとする。

 合点がいくから事実と見抜くのではなく、合点をいかそうとなんとか材料を拾い集めて望む事実を作りあげようとする。


 その滑稽さに失笑が漏れそうになるのを堪えて、トリクスは彼の思い込みたがりの後押しをしてやることにした。


「たしかに奴らは誰が仕切っているのかハッキリしないというか、どうも統率感に欠けているような印象を受けました。砦長の読みが当たっているとすると納得がいく」


 敵の戦力が最大限で二十人程度ならば打ち破るなど容易である。

 そう考えた砦の主は迷いのない口調でついに出撃の命を下す。


「決まりだな。ゴンゾ、連れていく十一人はお前が選べ」

「おうよ!!」


 発された命令にそれまでの不満を忘れてゴンゾは声を弾ませた。

 殺された仲間の無念を晴らせるからではない。生意気な異端者を自らの手で血祭りに上げられる、それが何よりの喜びだったのだ。


「相手の出す条件なんかに乗ってやる必要はないんじゃねぇか?」


 グゼンのなおも慎重なその指摘にルオンドールは頷く。


「当然だ。だが大犬岩の周囲は起伏も少なく開けた場所だ、最初から大人数で動けば悟られる。グゼン、お前は残りの騎兵を率いてゴンゾの後につけ。頃合いを見て突撃をかけ異端者共を殲滅しろ」


 砦の戦力的にゴンゾの隊を除いてもまだ三十騎は出せる。

 先鋒の部隊に食いつかせてから残りの兵をぶつけ、合計四十以上の騎兵戦力で一気に決着をつける。

 それがルオンドールの作戦だった。


「ちょっと待て!!」


 だが暴れたがりの大男はその作戦に不満があるらしく激しく抗議する。


「異端者の十人や二十人、俺の率いる隊があればそれで十分だ!! グゼンの援護なんか必要ねえ!!」

「だったらグゼンの隊が着くまでに決着をつけることだ。それが出来ないのなら文句は言わせない。これは砦長としての命令だ」


 日頃ある程度のわがままを許すゴンゾ相手とはいえ、ルオンドールもここを譲ってやるつもりは一切なかった。

 殺された兵士達の報復には容赦なく相手を粉砕する必要がある。失敗は許されない。一兵士ごときの憂さ晴らしに付き合っている場合ではないのだ。

 そしてゴンゾの方も最後の一線は弁えている。彼は舌打ちをして不満をありありと示すがそこまで。

 面白くなさげに沈黙する大男、それを横目にグゼンが問う。


「追跡はどうする?」

「深追いはしなくていい。日が落ちきるまでに戻れる範囲にとどめておけ」


 蛮人と魔物が跋扈する地では追撃戦すら楽にはいかない。

 逃げた相手を下手に追い回せばそれだけ危険は増す。

 異端者に対する報復の為とはいえ、そこまでするのは割に合わないとルオンドールは判断していた。

 それは他の面々とて同じらしく彼の言葉に異議を唱える者はいない。


「討ち漏らさなきゃいいだけのことよ!!」


 よもや敗北の可能性など考えるわけもなくゴンゾは不敵に笑った。


 勝利を疑っていないのは彼だけではない。

 四十の騎兵、それも魔境地で戦い経験を積んだ戦士達ばかりを投入するとなれば数に劣る相手に負けるはずがないと、この場に集まる誰もが確信していたのである。……ただ一人、裏切者の内通者トリクスを除いては。

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