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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
68/77

ネズミのクイーケル

『酔いどれの狼亭』を出たレグスの向かった先、それは宿のある通りより離れた狭い路地奥であった。

 夜の静けさと暗がりがいっそう不気味に印象付くその一角にはボロの建物が並んでおり、彼はそのうちの一つへと躊躇なく入っていく。


 中では男が一人、特別やる事もない様子で腰掛けていた。

 埃だらけの長机に肘をつきながらその男は言う。


「悪いが今日はもう店じまいだ」

「酒を飲みにきたわけじゃない。噂好きのネズミに用がある」


 そう返答してレグスが裏表をそれぞれ上にした二枚の銀貨を並べ置くと、男はあらためて風体を窺うようにしながらゆっくりと立ち上がる。


「……ちょっと待ってな」


 そのまま二階に姿を消す男。

 しばらくして戻ってくるなり彼は指し示すように下顎を動かして告げた。


「二階の右手一番奥の部屋だ」


 言われた部屋に足を運び扉を押し開くと、中からは卑屈めいた声が聞こえた。


「噂の英雄様がさっそくこのネズミに御用とは、光栄だねえ」


 古びた小部屋で窓際に寄せた机を前に、痩せ身の男が腰掛けている。

『ネズミのクイーケル』、探していた情報屋だった。


「なにかお困りかい? いいや決まってるね。お仲間の事だろ?」

「情報が早いな」

「それで食ってるのさ。鈍間じゃ話にならない」


 初めて会ったにも関わらず、それぐらい知ってて当然だという態度でクイーケルは言った。

 評判倒れのヘボというわけではなさそうである。


「そうさな、特別価格金貨一枚だ。それであんたの悩みは全て解決、安心して今晩を過ごせるようにしてやるさ」


 軽薄な調子で要求する情報屋にレグスは金貨を指で飛ばし渡す。


「まいどあり。なあにお客人心配なさんな。これからどうすればいいかだなんては明々白々だ。慌てず騒がず、大人しくしておく事だ。それで万事解決よ。何故って? そりゃあんたがご立派な英雄様だからだ。証拠もなしに壁の王が目にかけてる人間に手をだそうなんてするのはとんだ馬鹿のすることさ。だけどそんな馬鹿共でも上の目は気にする。自分達が越えちゃならない最後の一線がどこに引いてあるかぐらいは承知しているってわけだ」


 口元に意地の悪い笑みを浮かべながらクイーケルは続ける。


「もちろん、もちろんだお客人。あんたが本当に壁の王が認めるほどの英雄なのかどうか、それはわからない。おっと誤解しないでくれよ、俺が疑ってるわけじゃない。言いたいのはあんたが本物の英雄だろうとそうでなかろうと、もはや関係ないってことさ。重要なのはあんたが壁の王からの紹介状を示したっていうその一点だ。それが本物だろうと、万が一偽物だろうとどうだっていい。だってそうだろ、消えたのはたかが娼婦の女一人だ。手間をかけてまで調べ上げるような必要もない。面倒事なんてのは誰でも嫌う。何事もなくあんたにはここを去ってほしい。この街の偉いさん方はそう考えている」

「よく口がまわる」

「性分なもんでね。だけど内容は本物さ。そうじゃなきゃこの仕事は続けていられない。そしてあんたは『ネズミのクイーケル』の名が本物だって知ってるからここに来たのさ、違うかい?」

「たいした自信は結構だが、お前の言う本物とやらには嘘が混じっているものなのか?」

「どういう意味だい」

「事件は一年前から続き、消えた人間の数は十人を超すと聞いている」

「そりゃ言葉のあやってやつだぜお客人。あんたのお仲間はあくまでエレンとかいう娼婦が消えた件で連れていかれた。だから俺は一人と言ったまでのことさ。もちろん娼婦共の失踪が続いてるのは俺だって知っている。消えたのは今回を含めて計十三人。最初は……」


 どれほど事細かに事件の情報を把握しているか。

 それを示すかのようにクイーケルは消えた女達と籍をおく娼館の名や事件の発生した月までをも、何の資料に目を通すことなくつらつらと言い並べた。


「……どうだい、これでも俺を疑うってかい?」

「悪くない記憶力だ。名が知られているだけのことはあるらしいな」

「悪くない? この明晰で優れた頭脳を悪くないで評しちまうのかい? さすが英雄殿は人を見る目が凡人共とは違うらしい」


 クイーケルは皮肉混じりにそう言ったが、実際レグスの記憶力は彼に劣るものではない。

 だからこそ黒き魔剣の使い手はいくつもの言語を操り、偉大な魔術師の残した多くの知識を受け継ぐ事が出来たのである。


「まあいいさ。とにかくあんたは悪くない頭脳の持ち主からの助言を守ることだ。その助言が本物だということはこのクイーケルが保証する。……さあもう用は済んだろ? だったらさっさと御帰りいただこうか」


 退室を促すその言葉には従わず、レグスは赤々と輝く宝石を取り出し男の前に置く。


「何の真似だい?」

「ネズミの助言などよりも聞いておくことがある。消えた女達の行方と、一連の事件の犯人についてだ」

「言ったはずだぜお客人、大人しくしておくだけで全ては上手くいくって。事件の犯人? 女どもの行方? どちらも必要ない情報だ」

「必要かどうかはこちらで決める」

「……言う事はごもっとも。だがこの世界で長くやっていくための鉄則ってものがあってね。つまりだ、客は選べってことさ。高い金を積めば何でもかんでも教えるってわけにはいかない」

「その言葉、裏返せば既にお前はそれだけの情報を握っているというわけだな」

「そう考えていたからあんたはここにきた」

「否定はしない」

「お客人、この件に関してはこれ以上踏み込んだ情報は無しだ。それがお互いの為ってやつさ」

「お前の為の間違いではないのか」

「否定はしない」


 意趣返しのように言い情報屋はニヤリと笑った。


「では私からもお前に一つ忠告しておくとしよう。常に客を選べる立場にあるとは思わない事だクイーケル」


 無感情にも近い落ち着いた声色。

 それこそがある種の警告となってネズミの耳もとへ響く。


「誰のもとにも避けられぬ嵐は訪れる。時にお前が客を選ぶのではなく、客がお前に選択を迫る事もあるのだという事を忘れない方がいい」


 そう言ってレグスは一枚のメダルを提示した。

 その瞬間、相手の表情からは一切の余裕が消え失せる。


「こいつは……」


 続く言葉が出てこず街一番の情報屋は思わず息を呑んでしまう。

 欲深き三匹の蛇。

 メダルの表面に象られた紋章が意味するものを彼は理解していた。


「もう一度問おうネズミのクイーケル、消えた女達の行方と一連の事件の犯人についてを」


 レグスの言葉は相変わらず無感情に近い落ち着いた声色で発せられていたが、受け取る側の男にとって最早それは脅迫めいてすらいた。

 クイーケルはため息を一つ吐いて言う。


「……あんたどこまで情報を掴んでる」

「消えた娼婦達は少々扱いに困る女達だった。手を焼いた娼館側が、制裁や見せしめの為に始末しているのだと噂する人間もいる」

「その噂、あんたはどう思う?」

「単なる制裁や見せしめの為に店の人間が動いてると考えるのは無理がある」

「なぜ?」

「問題を起こすような娼婦はある日突然に発生するわけではない。にも関わらず、事件が起こり始めたのはあくまで一年前からだ。それまでは他の方法で対処できていた。魔境の街に逃げ場はない。店から追い出し睨みをきかせるだけでも十分に効果はあるだろう。わざわざ大事件を起こすような手間は必要ない」


 一部の者を除けば娼婦として働く者の多くは他の仕事で食べていけないからこそ、その道で生きる事を選んだのである。

 だからこそ、店を追い出され客を取ることを許されなくなった娼婦の末路など容易に知れるというもの。

 そしてそのレグスの推測は当たっていた。

 テサルの娼館では手に負えない問題児に対してはまず除籍という形で対処していたのである、……少なくとも一年前まではそうなっていた。


「店を取り仕切る人間の方針に変化があったのかもしれない」

「その可能性も考えなくはなかったが。クイーケル、娼館を裏で取り仕切る組織は全て同一のものか?」

「……いいや」

「つまり異なる組織が同様の時期に方針を変えたことになる。それもより凶悪的にだ。不自然極まりない」

「不自然だろうと娼館の違いを問わず女どもは消え始めた。それが現実だお客人」

「その現実を見極める為に、向けるべきモノに目を向ける必要があると言っている。見せしめの為に何人もの人間を手にかけるなら、その死体までも活用するのが自然だが、一連の事件でそれは発見されていない。女達は忽然と姿を消すだけ。もしこの街の法が厳格に働いていて死体一つで店を取り潰される危険があるというなら、娼館側も失踪を装う理由が出てくるが、その場合は見せしめの手段を過激化させる危険性との矛盾が生じる。いずれにしても娼館を取り仕切る連中が制裁や見せしめの為だけに一連の事件を仕組んでいるとするのは無理がある」

「否定ばかりも結構だが、それじゃあいつまで経っても肝心の答えが見えてこないんじゃないのかい」

「事件の解決が遅れる理由、それを考えればいい」

「この街の衛兵がそれだけ無能ってことさ。いやいやもしかしたら天才的な人物による犯行だからこそかも、なんたって十三人もの人間を消して尻尾すらつかませないんだ」

「情報屋の解答とは思えないお粗末さだな」

「そう言うあんたの結論は?」

「他国の人間、それも捜査の手が及ばないような勢力の者がこの事件には関わっている。女達の行方とも無関係ではないだろう」

「大胆すぎる結論だ」

「そうでもない。これが事件におけるあらゆる疑問点を解決する唯一の結論だ」


 娼婦達が消え始めたのが何故一年前からなのか。それは娼館側の事情ではなく外部の者が要因となった犯行だから。

 死体はどうして一つも発見されないのか。被害者は街の外に連れ去られたから。

 これほどの事件にも関わらず解決の見通しが全く立たない理由は何か。衛兵どころかそれ以上の立場にある者ですらが容易には手が出せない相手だから。

 何故、何故、何故……。

 あらゆる疑問とその答えが道となり結論へと導く。


「なるほど、さすがはフリアの悪名高き蛇の仔だ」


 迷いないレグスの様子についに観念したのか、クイーケルはあらためて大きくため息を吐くとおもむろにその口を開いた。


「あんたの睨んでる通りさ、事件の裏には外の人間が大きく関わっている。さっきあんたは俺に事件の犯人と女達の行方を尋ねはしたが、本当のところ聞くまでもなく目星はもうついているんだろ?」


 魔境の植民市といえど連邦貴族の領有する街でこれほどの横暴を働き、その咎めすら受けない勢力など限られている。

 それも外部の犯行ともなれば尚更。

 ここ二日ばかりの滞在中に遭遇した出来事も思えば、レグスの頭に浮かぶ答えは一つしかない。


「ゼティス教徒」

「そうさ奴らさ。あの腐れ異教徒どもが娼館側の何人かとグルになって女をさらっている」

「連中の悪評は壁の向こうでも耳にしていたが、聞きしにまさる蛮行っぷりだ」

「以前はもう少し行儀ってもんを弁えてたんだがね」

「一年前に何があった」

「発端はそこじゃあない。あんた、ここら一帯の植民市と連中との間で行われてる交易については知ってるか?」

「大規模な交易を定期的に行っているらしいな。だがそれは形式上のものにすぎず、実態は多額の貢納金と変わらない」

「貢納金ってのは言葉が悪いな。東の激戦地で魔物相手に日夜戦っている連中に対する支援の一つさ、肉の壁代ってやつだな。フリアの王達が壁の民にやってることだ」

「その交易が今回の事件にどう関わっている」

「五年前の事だ。奴らがテサルを含めた各植民市に交易の支払い金額を引き上げるよう要求してきた。少なくない額だったが、それでも全ての街がその要求を呑んだ。本国の領主や市長達は楽観的だったのさ、植民市の上げる利益に比べればまだまだ十分に払える額だと。……だが翌年にも奴らは支払い額を引き上げるよう要求してきた。さすがにこの時は大揉めだ。半年以上時間を費やして、最終的には街側が要求額の六割を呑む代わりに、翌年以降の引き上げは無しという取り決めに落ち着いた」

「しかしその取り決めは破られた」

「ああそうだ。今から二年ほど前、この街でちょっとした事件が起きる」


 それはいっけん些細な事件であった。

 酒に酔っての喧嘩沙汰。死者すら出ておらず、怪我人も数名程度で済んだ小規模なもの。

 だがこの事件は後にテサルの街に大きな暗い影を落とすことになる。

 喧嘩騒ぎの怪我人の中にゼティス教徒が含まれていたのである。

 彼らは事件を『住民からの不当な暴行』とし、また相手の発言の中にゼティス教を侮辱する発言があったと街へ賠償金の支払いを求めてきた。その金額はテサルの街がゼティス教徒達との交易に支払っている年額その十倍にも及ぶ。明らかに道理の通らない、支離滅裂とすらいえる金額だった。


「全部最初から仕組まれてたのさ。以前の取り決めで交易金をいじれなくなった代わりに、賠償金という名目で奴らはこのテサルから有り金を搾り取ろうとした」

「手法が強引すぎるな。そのうえ金額が金額だ。それでは交渉そのものを成り立たせる気がないようにしか見えない」

「まあ誰にだってそう見える。実際街側は奴らの要求を拒否した。単なる喧嘩沙汰だ、常識的な範囲の額に抑えるようにとな」


 口元に意味深な微笑を浮かべながらクイーケルは言葉を続ける。


「だが奴らの返答はこうだった、『我々はテサルの街を消し去ることもできるという事を忘れるな』」

「脅しにしても過ぎた言葉だな。灰の地への進出以後、ユロアの貴族とゼティス教徒は良き友人とはいかずとも長らく上手く関係を保ってきたはずだ。いったい何が起きている?」

「東の異教徒どもの急変には、奴らの内力の変化が関係してる」

「内力の変化……」

「わかるだろ? 派閥争いってやつさ。ゼティス教会は一枚岩の存在だと誤解されがちだが、あれだけの人間を抱えていて組織内での対立がないなんてのはありえない。『恵与派』を知ってるか?」

「『教導派』と呼ばれる旧来からの教条主義的な本流と対する派閥に、そういうものが存在しているとは聞いている」

「本流……、確かにゼティス教全体でみればそうに違いない。だがこのテサルから東一帯に広がる奴らの勢力圏では様子が違う」

「恵与派の影響力が強いと?」

「強いなんてもんじゃないさ。今や一帯の主導権は恵与派が完全に握っている」


 そう言うとクイーケルは恵与派の増長と一連の行動との繋がりを具体的に説明し始める。


 その話を理解するにあたってまず必要となったのは、ゼティス教徒達の国情についての大まかな知識であった。

 彼らは山がちで石や岩が多い痩せた土地から成る半島に本国があり、その暮らしは近海で取れる魚や海鳥の肉で食い繋ぐだけの豊かとは言えないもの。時に窮乏すらも受け入れ、ひたすらに信仰と聖戦に生きるのを是とする事で長きに渡ってその暮らしに耐え抜いてきており、そしてまたそれこそが教導派と呼ばれる者達の教えとして古くからのゼティス教徒の生き方となっていたのである。

 だがその一方で同じ海を挟んだ先、異教の神を崇めるユロア人達は肥えた土地と豊かな資源にまで恵まれ、優れた工業技術や発達した芸術文化の成果を確立された交易体制を以って存分に享受していた。

 信仰厚きゼティス教徒といえど、そのあまりに残酷で対照的な姿を横目に無心でありつづけられる者ばかりではない。清貧を美徳とし死後の救済にこそ重きを置く教導派に異を唱える者達がいつしか現れ始める。

 それこそが恵与派と呼ばれる勢力であった。

 彼らは『神々の豊饒なる恩恵は正しき信仰に生きるゼティス教徒こそが受けるべきであり、それを為してこそ信仰のあるべき姿が守られる』と主張し物質的な現世利益を強く求めたのである。


 そしてその主張は、過酷な魔境の地で戦う男達に強く支持されることになっていく。

 聖戦に直接従事する戦士達は衣食の面において本国の一般信徒達よりもいくらか優遇されていたとはいえ、苦労に見合うとはとても思えないようなものだった。

 何より後方では、血と肉で切り開いた道にあとからユロア人達がやって来ては次々と植民市を築き莫大な富を得ていくという有り様。

 人の情としてそこに不満を抱くなという方が無理のある話であった。


 クイーケル曰く、そうした不平不満が長い時を重ねて溜まり続け、恵与派は勢力を拡大させていったという。

 そしてついにはテサルの街から東一帯の地域を恵与派が牛耳るまでとなり、それが近年の彼らの動きに繋がっているとの事だった。


「五年前の最初の交渉こそ本国の許可を得ていたようだが二回目以降は独断専行。本国の教導派が後から奴らの勝手を追認しているような状態さ」

「だが植民市との戦争ともなれば、教導派もおいそれとその勝手を許すわけにはいかないはずだ」

「それでも一度始めてしまえば簡単には止められない、奴らはそう考えている。それにあの脅しには実は二重の意味があって、……わかるかい、蛇のお客人」

「謎かけに興味はない」

「つれないねえ、まあいいさ。東の最前線にある大要塞『テザン・エーナス』の放棄、それがあの脅しのもう一つの意味だ」


 それまで終始無感情に受け答えしていたレグスだったが、この時ばかりは彼の瞳の奥が僅かに揺れた。


「聖戦を諦めるというのか?」

「東の一帯を捨てても奴らにはまだ他の砦が残っている。南だ。そっちさえあれば『光臨の地』を目指すという聖戦自体は継続できるってわけさ」

「連中にとって東の地での戦いには『聖なる鉄の家』を奪還するという重要な目的もある。信仰上の意義を考えれば、南があればいいで簡単には済ませられないはずだ」

「『黒葉山脈』を再び越えて『鉄誓の騎士アローソ』が築いた栄光の地『聖なる鉄の家』を取り戻す、たしかにそれは奴らにとって長年の悲願だっただろう。……だが彼の大英雄様が死んでから二百年が経つ。その間に戦線は後退し続けて、ここ三十年はテザン・エーナスから一キトルと先に進めずにいる」


 東の戦線におけるゼティス教徒達の苦境をクイーケルは指摘する。


「信仰の為とはいえこんなドン詰まりじゃいい加減嫌気もさしてくるさ。だからこそ恵与派がここまで力をつけた。栄光の地の奪還に本気で取り組んでいるゼティス教徒なんざ少数派ってわけだ、……この東の一帯では」

「大要塞から兵を退けば、同時に一帯の植民市からの莫大な交易収入も失う事になる。動かした兵士を連中はどう食わせていくつもりだ」

「悪くない着眼点だぜ、問題はそこさ。そいつらに霞を食わせていくってわけにはいかない。口を減らすか、外からまた奪うか。どちらにしても南は南で大荒れになるだろう。当然教導派はそれを嫌うし、恵与派は恵与派で東の一帯は奴らにとっての大基盤。植民市から巻き上げる交易収入は自由が利く財布にもなっている。戦況がどれだけ悪かろうと、手放そうだなんて簡単に決断できるもんじゃあない。どうしたって未練がましくもなるさ。特に金を扱える上の立場の人間はな」

「それがこの二年のゴタゴタにも繋がる」

「察しが良いね。二年前の事件は結局相場よりもある程度上乗せした賠償金を街が支払うことで決着したが、それじゃあ不満だったのが末端の人間さ。奴らはそもそもからして南に移りたがっているのが多い。これ以上ここで戦わせるなら俺達にももっとオイシイ思いをさせろと暴れ始めた」

「一年前からの事件、裏で直接の指揮を執っているのは誰だ」

「ルオンドールという男さ。十キトル先にある『二角の砦』を任されている。こいつが筋金入りの悪党で、自分の悪行に手を貸さない人間は同じ恵与派だろうと始末するほど徹底している。今じゃ砦の兵士は奴の私兵の如く飼い馴らされた連中ばかりってわけだ」

「砦の規模は?」

「この辺りじゃ比較的小さなもんさ。まあ二百人足らずってとこだな。それでもゼティス教徒だ。街の人間には手が出せない」

「街の人間でなかったら?」

「どういう意味だいそりゃ」


 怪訝そうに問うクイーケルに、レグスは事も無げに答える。


「私がルオンドールを殺そう」

「何を言い出すのかと思えば……、俺の耳は急に悪くなっちまったようだ」

「ルオンドールを殺し、連れ去られた女達を助けだしてやると言っている」

「話を聞いてなかったのかい? これは奴一人を殺して解決するような問題じゃあない」

「問題の根本的な解決など私の知るところではない」

「だったら大人しくしておくことさ。この件にあんたが首を突っ込む道理はないだろ」

「そうでもない」

「衛兵に捕まってる仲間のことかい? 言ったろ、待ってればそのうち解放されるって。下手に動けば事態は悪くなるだけさ」

「ルオンドールを殺す理由はそれとは全く別の話だ」

「へえ、どんな理由があるってんだい」

「邪魔をした」

「はい?」

「連中は私の旅路を邪魔した。その代償を支払わせる必要がある」

「……冗談だろ?」

「冗談ではない。蛇の尾を踏んだ者はどうなるか、その原則があってこそ『三欲の蛇』は恐れられる。だからこそ、連中には必ず代償を支払わせる」

「数日出発が遅れるだけの話で、あんたは砦の主を手にかけようってのかい」

「たかが二百人足らずの砦だ、躊躇する理由がない」

「恐ろしい男だね、呆れるほどの話だ。……あんたの実力がそれほどのものだとしても、お仲間の事はどうする? ゼティス教徒相手に騒動を起こせば、街側もあの男の処遇を考えなくちゃいけなくなる」


 場合によっては身柄の引き渡しとなることもあるだろう。そうなればガドーは無事ではいられない。

 だがまるで動揺する様子もなくレグスは言い切った。


「お前はあの男が私の古馴染みか何かと勘違いしているのかクイーケル。手駒の価値を決めるのは私だ。たかが男一人の為に何をためらう必要がある」

「男一人で済むとは限らないさ。なにせ事が事だ、あんたの身だってどうなるか」

「蛇の尾を踏むというのなら何者だろうとその代償は支払わせる。街の人間にその覚悟があるのなら好きにするといい。だがこの話、お前達にとっても悪い話ではないはずだ」

「何を根拠に」

「『畑を荒らすカラスは畑に吊るす』。これは統治における鉄則だ。たかが娼婦といえど街の人間に手を出され、その報復も満足に行えないともなれば奴らはますます調子付く事だろう。見え透いた芝居で犯人について知らぬふりを続けたところで、市長だけでなく本国のクレファ伯の威信までもが確実に損なわれていく。いつまでも傍観している余裕などないはずだ」

「エフモントは優秀な男さ。何かしらの対策は打ち始めているはず」

「具体的には?」

「俺は単なる情報屋、腕には自信があるが何でも知ってるってわけじゃあない」

「だったら街の事を何でも知っているお前の飼い主に伝えておけ、蛇の仔が『掃除を手伝ってやる』と言っていると」

「飼い主? あんた何を言って……」

「商売するネズミの棲み処を見つけられない男を優秀とは言わない。エフモントを優秀な男だと言ったのはお前だクイーケル」


 街一番の情報屋。

 その背後にいる人物を、レグスは部屋を訪れる前から見抜いていた。


「返答は明日一日待つ。それを過ぎれば掃除はこっちの都合だけで始めるとしよう」


 一方的な宣言にもクイーケルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる事しかできない。

 その反応で十分。

 ここでの用はもう済んだと、レグスはネズミの棲み処より悠然と立ち去った。

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