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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
67/77

テサルの街Ⅲ

 まだ多くの者が寝台から起き上がりもしない朝早くの事、酔いどれの狼亭に覚えのある喚き声が響き渡る。


「何にも知らねぇってことはねぇだろ、オヤジさんよお!!」


 ひどく慌て苛立った様子で宿屋の主人にそう訴えかけているのは、昨日に一度娼婦エレンとこの宿を後にした男だった。

 彼の必死さとは裏腹に応対する者の反応は芳しくない。両者の間にしばらくラチの明かない問答が続いた。


 その最中、背後より唐突に声をかける者がいた。


「ずいぶんとご機嫌じゃねぇか、ガドー」


 振り返り見れば、そこにはよく見知ったデリシャ人が立っていた。


「ディオン……」

「『ディオン……』じゃねぇだろ。交代の番すっぽかしやがって」


 約束の時間になっても現れぬ男に代わって一夜丸ごと馬の番を続けるはめになったディオン。

 彼の口調は非難めいたものだった。


「こっちは寝ずの番で、ちょうど今カムの奴と代わってもらったところだ。……まったく赤っ恥もいいところだぜ」


 女一人の番は危険だと言って自分達がやると大見得を切ったのはディオンである。

 相方の勝手のせいとはいえ計画が崩れて結局カムにも任せることになったのは何とも体裁の悪い話だった。


「すまねぇ……」

「聞いてるぜ、昨夜はお楽しみだったそうじゃねぇか」

「馬鹿言え、お楽しみなもんか!! こっちにも事情があんだよ!!」

「ほう、どんな事情とやらがあるってんだ?」

「それはだな……」


 ガドーが言いよどんだ丁度その時、騒ぎに反応した客達が二階の部屋より降りてくる。

 中には二人が見慣れた者の姿も混じっていた。


「朝から騒々しいな。何があった」


 階段上から問いかけたのはレグスである。彼の問いにディオンが言う。


「そいつを今から聞こうとしているところさ」


 レグスとディオンは早朝より騒ぎ立てる男の答えを待った。

 いや、彼らだけでなくファバやあるいは他の客達までもが男の次の言に注目していた。

 場の視線を集めながらガドーはある種観念したかのように口を開く。


「やられたんだよ」

「やられた?」

「部屋に入るなり酒を飲まされて、気がついたら陽が昇ってやがった」

「……おいおい、まさかお前」


 一瞬の間をおいて、ガドーの言わんとすることを察するディオン。

 横聞きした他の客達からもからかいの声が飛ぶ。


「へへっ、そいつはお気の毒さまだな。ここいらの女どもは客をカモとしか見ちゃいねぇ。手癖が悪いのも多くて、俺のところの若いのも何人かやられてたぜ」


 テサルの隔離区画における窃盗被害は他の色街に比べても多くなる傾向にあった。

 区画内における街の方針が、娼婦達のそうした行為を助長してしまっていたのである。


「で、いくらやられたんだ」


 ディオンの問いにガドーは気まずげに答える。


「……全部だよ」

「全部?」

「ああ、財布まるごとだ。あの女、有り金全部持っていきやがった」


 吐き捨てる男の言葉にディオンは呆れてため息をついた。


「なにやってんだよ、覚えたてのガキじゃあるまいし」

「仕方ねぇだろ!! まさか助けてやったその日に人様の財布盗むとは思わねぇだろ普通!!」

「……それでどうすんだ? 素寒貧のガドーさんよ」

「とりあえずあの恩知らずの居場所知ってる奴がいねぇか聞いてまわっちゃいるんだが……」

「成果は?」


 仲間からの端的な尋ねにガドーは苦々しげに首を振った。


「無駄無駄、あきらめな」


 冷やかしをかねた声が再び他の客達より飛ぶ。


「この街の連中が余所者なんかにまともに協力するかよ。それこそ区画外に逃げちまえばこっちには手の出しようもねぇ。衛兵を抱きこんでるのもいるって噂だぜ、今頃その女も壁の向こうでよろしくやってるだろうよ」


 防犯防疫の理由から隔離区内に滞在する人間には移動の制限がかかっている。

 それは外から来る人間だけでなくこの街の住民も同じで、もちろん娼婦エレンもその時々での自由な往来が許されているわけではなかった。

 されどどんな物事にも抜け道は出来上がってくるもの。

 盗みを働く者の中には衛兵の協力者を得て隔離区画外へと逃げる者もいるらしい。


 だがそうした実態があるにせよ、盗まれた当人、それも有り金全てともなればそう簡単に諦められるものではない。


「レグス、出発の時間を遅らせちゃくれないか。昼まででいいんだ。それまでには必ず何とかするからよ!!」


 周囲の声を無視して懇願するガドー。

 対して旅の予定を取り仕切る男は僅考して言う。


「……そうだな。出発は太陽が昇りきってからとする。ディオン、遅れのぶん道中では急ぐことになる。時間まで十分に体を休めておけ」

「ああ」

「助かるぜレグス!!」


 望みを汲んでくれたのだとガドーは喜びを露わに声を弾ませるが……。


「勘違いするなガドー」


 レグスの意図は彼が思っていたようなものとは違っていた。


「街を出るまでお前は大人しくしていろ」

「なっ!?」

「奴らの言う通り逃げた娼婦一人を当てもなく探し回ったところで、余計な騒ぎのもとになるだけだ」

「路銀もなしに旅をしろってのか!?」

「旅を続けろとは誰も言っていない。身の振り方をよくよく考えろ」


 そう言うとレグスは会話を打ち切り、一足先に場を後にした。


 非情な宣告を告げられた男はその後ろ姿を唖然と見送るしかできない。

 そんなガドーのもとへファバが寄って来て同情と呆れ半分に口走る。


「ありゃあ完全にキレてるぜ。俺、知らねっと」


 言うなり醜顔の少年はレグスの後を追ってそのまま外へと向かった。


 宿に残されたのは二人の男。落ち込むガドーと頭を掻くディオン。

 知らぬ顔というわけにもいかず、一方はもう一方へと慰めの声をかけてやることにする。


「まあそう気を落とすなよ、ガドー。金の都合なら俺の手持ちからつけてやるよ」

「……いいのか?」

「ああ、こっから先いくらと使う場面があるかもわからんしな。それで何とかなるだろ」

「恩に着るぜ。けど、レグスの奴が……」


 レグスの言い放った『身の振り方を考えろ』との言葉は金の問題だけにあるわけではない。

 それはディオンとて理解していたが、それでも弱気になる仲間を元気づけようと彼は言う。


「こんな街まで来ていまさら降りる降りないの話もねぇだろ。あいつも本気で言ってるわけじゃねぇさ、……たぶんな」

「だといいけどよ」

「まっ、何にせよだ。財布の事は諦めて大人しくしておくこった。我らが大将の機嫌をこれ以上損なわないようにしないとな」

「ああ……」


 諦めるには大きすぎる金額ではあったが、この旅そのものには代えられない。

 ガドーは苦渋の選択を下し、出発の時間までを大人しく過ごすことにした。



 それから時が経ち、太陽が高く昇った頃。

 馬と荷の準備を済ませたレグス達は出立の為に街の正門前へと移動する。

 そこにはガドーの姿もあった。

 ディオンの言った通り、レグスも本気で彼を旅から外そうとしていたわけではなかったのである。


 そして彼らが街を出るにあたっての最後の確認を終えて、門を潜らんとしたその時。


「待て!! そこの一行!!」


 門の番兵とは異なる衛兵の集団が近付いてきた。


「何事か?」


 番兵達が尋ねると衛兵らは一行の反応を窺いながら言葉を続ける。


「昨夜は『酔いどれの狼亭』に宿を取っていたな? ガドーという名の男がいるはずだ」

「俺に何か用かい?」

「エレンという名の娼婦に覚えがあるな?」

「……ああ」


 苦々しい表情を浮かべて返答するガドーに、衛兵達は顔を見合わせる。

 そして向き直ると予想だにもしなかった事を彼らは口にした。


「娼婦エレンの失踪に関して話が聞きたい。我々についてきてもらおうか」


 衛兵達の態度は強行的であった。

 出発を急ぐレグスらがその場で話を済ませようとしたにもかかわらず、あくまでガドーの連行に拘ったのである。

 それは事件に関する情報を集めたいというよりかは容疑者に対する態度そのものだった。


 結局街の衛兵相手に無理には逆らえず、ガドーは詰所の方へと連れていかれてしまう。

 そこは旅の仲間からも隔離された空間。

 その一室にて、疑惑の目を向けられた男は自らの潔白を己の弁を以って主張するしかなかった。


「だから言ってるだろ。起きた時には姿を消しちまってたんだって!!」

「それを証言してくれる人間は?」

「んなもんいるわけねぇだろうがっ!!」


 衛兵達はガドーに対してしつこく質問を浴びせ、何度も同じようなやり取りを繰り返す。

 そこには明らかな悪意が感じられた。

 最初は大人しく応じていたガドーもいいかげん頭にきて声を荒げ始めるほどである。


「だいいち俺は被害者だ。有り金全部あの盗っ人女に持ってかれてんだ。居場所を知りたいのはこっちだっつうの!!」

「女が消えた丁度その時に、逃げるように街を出ることになったのは、あくまで偶然だと?」

「逃げるようにだ!? 出発が今日だってのは事前に決まってた事だぜ。おたくの何とかっていう偉いさんとも街に入る時にやり取りしてる。昨日門の担当だった番兵どもに聞いてみろよ、傍で聞いてたはずだぜ」


 ガドーの証言に目配せで人を確認に走らせながら衛兵は質問を続ける。


「お前の行動に関しては他にも気になる点がある。先ほどから自分はあくまで財布を盗まれた被害者だと証言しているが、だとしたら何故その被害を我々に訴えるわけでもなく黙って街を出ようとした?」

「問題が起きても自己解決が基本だとぬかしてたのはてめぇらだろうが」

「それは外の人間同士が起こす揉め事に関してだ。それに、たとえお前が自らの手で解決を図ろうと考えたにしても、我々にまったく話をしないなど大金を失った者の行動にしては不自然極まりない」

「それはあの野郎に、レグスの奴に止められたからだ。東黄人の男が一人いたろ、ガキじゃない方だ。あいつが旅を取り仕切ってる。奴が出発まで大人しくしてろって言ったから、俺はそれに従った」

「有り金を失くしていたのにか?」

「金の都合は別の仲間がつけてくれることになったからな。それにな、おたくらを頼りにしなかったのにはもう一つ理由がある。宿にいた他の連中も言ってたぜ、この街の衛兵は役に立たねぇってな。たいした評判じゃねぇか、盗人に協力してる奴までいるらしいってな」

「聞き捨てならんな。我々の中に不法行為に手を貸す者がいると? ありえない話だ」

「どうだかな。俺なんかを取り調べるより、あんたらの身内を調べた方が事件解決の近道ってやつなんじゃねぇのか?」

「……貴様」


 挑発的で反抗的なガドーの態度に衛兵達は眉をひそめる。

 だが覚えもない事件で疑いをかけられ不快な思いをしているのは彼の方とて同じ。

 両者の間には険悪な空気が漂い、取り調べは長時間に及んだ。


 そして夜を迎える時間になってなお疑いが晴れることはなく、結局ガドーはその日詰所から出られぬままとなってしまう。

 これではレグス達も一度出発を諦め『酔いどれの狼亭』へ戻るしかなかった。



「実際、明日もこの調子ならどうすんだ?」

「どうするもなにも待つしかないだろ。あいつが何かやったわけじゃない。近いうちには出てこれるさ」


 夕食にと並べられた宿の料理に手をつけながら会話を交わすファバとディオン。

 同席にはレグスとマルフス、隣席にはひとり離れてベルティーナが腰掛けている。

 唯一カムだけがこの場にいなかったのは、彼女が馬の番についている為であった。


「近いうちっていつだよ」

「明日か明後日かそのまた次の日か。とにかく、連中だって証拠もなしこのままってわけにはいかねぇさ。こっちにはそれなりの後ろ盾だってあるんだからな。……そうだろ? レグス」

「ああ」


 後ろ盾とは壁の王ゴルゴーラの事だった。

 彼の王の紹介状までも所持していた者達に対して、強行的な拘束処置が長く続く事はないとの読みがディオンにはあったのだ。

 もちろんその程度の事は、幼い少年はともかくとして他の面々の頭の片隅にも入っている。

 だからこそ旅の仲間が突然衛兵に連れて行かれるというような事態にも関わらず、表面上彼らに大きな焦りは見られなかったのである。


 だがたとえ危機的な状況でなくとも予定に遅れが発生しているのは確か。それを面白く思っていない者は当然存在する。


「放っておけばいいのよ。あんな役にも立たない男」


 灰瞳の娘の苛立たしげな言葉。それを受けてディオンが言う。


「そう言うなよ、ベルティーナ。なんだかんだで長くやってきた仲だろ?」

「そうね。ヘマばっかりやってた記憶しかありはしないわ」

「おいおいそりゃないだろ。それなりに仕事だってこなしてきたはずだぜ、俺も、あいつも」


 三人には雇用する側される側として、壁を越える前からの付き合いがある。

 人となりも相応に把握しており、ベルティーナのこの振る舞いがどの程度の意味を持つかをディオンは理解していた。

 高慢な魔術師の娘の仕草の一つ一つがガドーに対する不満を訴えていたが、それでもこうして愚痴愚痴と言ってる分には彼女もまだ本気とはいえない。彼女が本気でガドーを見捨てようと考えていたのなら、それはもっと冷酷で、無慈悲で、容赦のない恐ろしい形となって為される事になるだろう。

 ベルティーナとはそういう女なのだ。


「ねぇねぇ」


 一行が今後についてを話している最中に横合いから見知らぬ女が声をかけてくる。

 色香を漂わす娼婦風の女。

 場所が場所だけにその手の女がいるのは特別珍しい事ではない。


「ディルクとモメたっての、ひょっとしてあんた達?」

「ディルク?」

「衛兵長のディルク。事件で外の人間を無理に引っ張ったって聞いたから。さっきそれっぽい事言ってたでしょ?」

「……まあ、たしかに俺達の仲間が衛兵に引っ張られはしたが」


 問われて隠すような事でもなくディオンは素直に肯定した。


「やっぱり。災難よね、エレンが消えたとばっちり食らっちゃって」

「とばっちり?」

「何もやってないんでしょ?」

「もちろん」

「じゃあやっぱりとばっちりじゃない」

「そりゃそうだが、衛兵どもと違ってあんたは俺達の言い分をあっさり信じてくれるんだな」

「信じるっていうか、だってねぇ」


 そう言って向かいに座る者と意味深に顔を見合わせる女。

 気になる素振りを見せる彼女にディオンは問う。


「その口振りだと事件について何か知ってそうだな」

「ううん、知ってるっていうか。……あんた達この街に最近来たばっかでしょ、見ない顔だし」

「昨日着いたばかりだよ」

「でしょ。だったら知らないと思うけど、こういう事件って今回が初めてってわけじゃないのよ」

「……興味深いな」

「一年近く前からね、もう十人以上にはなるかな。しかも被害にあうのは決まって私達みたいな仕事をしてる人間。こういう仕事だし危険はつきものではあるんだけど、やっぱりちょっと異常よね」

「その異常事態を衛兵どもはちゃんと把握してるはずだよな?」


 問いに対して女はゆっくりと頷く。


「だから彼らもわかってるはずよ、今回の件も犯人は別にいるだろうなんて事は」

「そのわりには連中ずいぶんと強引だったが」

「まっ、そのへんはね。いろいろあるのよ」

「そのいろいろは教えてくれないのか?」

「ううん、それは……。注文してたお酒もなくなちゃったしまた今度機会があったらね」


 ためらうような表情浮かべた後、机にあった空の杯を取って言う女。

 それは体よく断ろうというだけの仕草にすぎない。


 さりとてディオンも易々と諦める気はない。席を立とうとする女達を彼は呼び止める。


「そう言わずにもうちょっと時間をくれよ」

「けど……」

「うちの女性陣は愛想がどうも足りなくてね。美人との会話には日々飢えてるところなのさ。もちろん、もっと話を聞かせてくれるっていうなら相応の礼はする」


 言いながらディオンは金貨一枚を取り出して相手の女の手に握らせた。

 酒代にしては高額すぎるそれが何を意味するのか。男が言外に要求するモノを受け取る側も理解している。


「噂程度の話よ。私達が言ってるわけじゃないから」


 そう前置いてから女は事件についての詳しい情報を語り出す。


「姿を消す娘にはある共通点があってね。……いわゆる問題児なのよ」

「問題児?」

「この街でこの仕事する娘はみんなどこかしらの娼館に籍をおいてるの。もちろんそのお店で仕事するのが基本になるんだけど、手が空いちゃった時なんかは外にお客さん捉まえにいくわけ」

「エレンとかいう娘も昨日ガドーの奴に営業かけてたみたいだが」

「うん。まあそれ自体はお店も認めてる事っていうか、やらせてる事だからいいんだけど。問題はその後なのよね」

「どう問題があるってんだ?」

「お店の中での仕事って料金から何まで全部上の人達に決められてて、私達はただお客さんの相手をするだけ。でも、外で仕事する時は自分達で相手を選べて値段の交渉までできちゃう。つまり私達にとってちょっと美味しい仕事ってわけ。もちろんお店から言われてる料金ってのもあるんだけどね、律儀に守ってる娘なんてまずいやしないわ。お店の方もやりすぎなきゃ大目に見てくれるしね」

「なるほどな。つまりやりすぎて大目に見ていられなくなったのが、問題児ってわけだ」

「そっ。欲張りすぎて料金でお客さんとモメるの繰り返したり、取り分をごまかしたり、ひどい娘になると取ったお客の数自体ごまかしたりする娘までいて、そこまでしちゃうとさすがに上の人間もいい顔しないわけ」

「エレンも?」

「ここ半年くらいかな。外に出た時お客さんとモメる事が多くなってたみたい」

「客の財布に手をつけてか?」

「財布?」

「彼女に財布を盗られたとガドーの奴は言っていた」


 ディオンの言葉に女は意外そうな顔をする。


「へえ、あの娘がねえ」

「違うのか?」

「ううん、私もエレンと仲がいいわけじゃないから。お店も違うし。私が聞いてるのは単純に値段交渉でモメるのが多くなったって話。お調子者ってところはあったけど、彼女仕事はまじめにやってた方だったから盗みまでやってるってのはちょっとびっくりかも。まあそれだけ追い詰められてたってことかもね」

「追い詰められる?」

「彼女の弟が病気がちみたいでね。今までは安い薬でごまかしてたらしいけどそれがもう効かないみたいで、半年前からずいぶん調子が悪いみたい。流行り病ってわけじゃないからすぐに病人区に送られるわけではないけど、あまりひどいようならそうなっちゃうだろうし、そうなったらそうなったでもう先が見えちゃってるみたいなもんだし。どうにかもっといい薬買おうと頑張ってたみたいだけど……」

「頑張りが悪い方に働いたと」

「ええ」

「……しかしあんたの話を聞いてると、一連の事件の犯人はもう半分わかってるようなもんに聞こえちまうが」

「私が言ってるわけじゃない。そういう噂をする娘もいるってだけ」

「その噂は当然衛兵どもの耳にも入ってるんだろ?」

「そうね。だから言ったでしょ、あんた達の仲間が引っ張られたのはとばっちりだって」

「どうして俺達がそのとばっちりをくうハメになったんだ? さっきあんたは事情があるようなこと言ってたが」

「エレンはね、ディルクのお気に入りなのよ」


 嘲笑するように鼻を鳴らして娼婦は言葉を続ける。


「こういう仕事してると熱上げちゃうお客さんってのがどうしてもいてね。衛兵連中にもそういうのがいるわけ、結構ね」

「衛兵長もそうだと?」

「だから必死なのよ彼も」

「消えた娘を本気で探し出そうってんなら俺達よりもまず疑うべき相手がいるだろ」

「そこはそこで事情があってね。こっちの世界はこっちの世界で上の繋がりってのがやっぱりあるから。だから衛兵連中だって簡単には手がだせないのよ」

「人が消えるほどの事件でもか?」

「消えるってもこっちの世界の娘ばっかりだしね。まあでも、ディルク達もずいぶん不満はためてたみたい。お気に入り娘が消えたりするのもそうだけど、単純にこの街で自分達以外の人間が大きな顔してるってのが気にくわないって連中もいて。それでその不満もあって今回は強引にでも誰か引っ張って事を動かそうとしたんでしょうね。その結果があんた達の災難ってわけ」

「……ほんとにただのとばっちりだな」

「でしょ? だからまあお仲間の事は心配しすぎる必要はないと思うわ。いくら外の人間相手だからってこれ以上無茶なことやったら彼らもタダじゃすまなくなるだろうし、それがわからないほどの馬鹿でもないでしょ」

「そう願うよ」


 事件についての会話はそこで一段落ついたが、相手の女は席を立とうとしなかった。

 それどころか目の色を変えて彼女から別の話題を切り出してくる。


「……ねぇあんた達、お仲間があんなことになっちゃって今結構暇してるんじゃないの?」

「予定じゃあとっくに街を出てるはずだったからな。ガドーの奴が解放されるまで動きようもなく困ってるのはたしかだ」

「だったら今から私達と遊びましょうよ」

「今から? 仲間が連れてかれてる最中にか?」


 苦笑いするディオンに娼婦は気兼ねしない。


「いいじゃない。何してたって待つなら一緒よ。どうせならその時間を楽しく過ごすべきよ」

「お誘いは嬉しいがね。俺は今夜馬の番につかなきゃならないし、それに……」


 言いながらデリシャ人の男は視線をレグスへと向ける。

 一般的な成人男子なら色事に興味を示すのは自然であるのだが、どうにもこの男に限ってはそのような気配がまるでない。

 そして案の定、彼の口から出る答えは予想していた通りのものだった。


「俺は俺でやる事がある」

「ケチ」


 二人の男に誘いを断られ娼婦の女は不服そうな態度をとった。

 彼女の目にはファバはもちろんのこと、マルフスも客の対象となっていなかったのである。


「まあそう気を悪くしないでくれよ」


 女にディオンが言う。


「この街で遊びたくなった時はお嬢さん方を真っ先に指名すると約束するよ」

「ほんとに?」

「ああ」

「……絶対よ。私はアンシェリーク、こっちの娘はフローチェ。二人とも『花園の蜂蜜館』ってところで働いてるから」

「アンシェリークにフローチェ、花園の蜂蜜館ね」

「忘れちゃダメよ」

「安心してくれ。美人の名前を覚えるのには自信がある」

「そう。だったら二人がお店に来てくれるのを楽しみにして待ってるわ」


 口先だけの約束を彼女とて本気で信じているわけではないだろう。

 それでも女が笑顔を作り応じたのは、無粋さはこの手の仕事には損とよく知るからである。


「ああ、でもなるべく急いでちょうだい。こっちのお店そろそろ閉めちゃうみたいだから」

「閉める?」

「臨時営業なのよ。春先に新しい開拓団が多く出るってことでこっちにお店を出してたんだけど。でもほら、一段落してお客さんもずいぶん減っちゃったでしょ。それでそろそろ閉めようかって話になってて」

「壁向こうの本店に帰るわけだ」

「そういうこと。だから急いでちょうだいね。それじゃ」


 そう言って『酔いどれの狼亭』を出る娼婦達。

 彼女らが去った後、ディオンはあらためて同席する仲間達に問いかけた。


「……さてと、いちおう伺っておこうか。今後について当面どうするかを。って言ってもさっきの話を聞くかぎり完全に内輪のゴタゴタに巻き込まれたって感じだ、やっぱり待つしかないと思うがね」


 応じてレグスが言う。


「お前達はこのまま大人しくしていろ。俺は少し調べたいことがある」

「さっき言ってたやる事ってやつか?」

「娼婦共の話の信憑性を含めて気になることがある」

「どうするつもりだ?」

「その筋の人間にあたる」

「……情報屋か。当てはついてるのか?」

「ああ」


 腕の良い情報屋ほど客を選ぶ。

 どうして初めて訪れたはずの魔境の植民市で、闇雲にその存在を喧伝するわけもない彼らについてレグスが知っているのか。

 小さな驚きと疑問こそありはしたが、デリシャ人の男は深く問おうとはしない。


「そうかい。なら大人しくあんたに任せるとしよう」


 ディオンの言葉を聞いてレグスはひとり宿を後にし、夜の街に姿を消した。

 それからまもなくしての事、宿に残る面々が部屋に戻ろうかという時になってぽつりとベルティーナが漏らす。


「……嫌な予感がするわ」

「嫌な予感?」

「レグスの事よ。壁の地でも岩人の都でもあの男が勝手してろくな事になった覚えがないわ」

「まさか。さすがにこの状況じゃ無茶のしようもない」

「そういう常識が通用する男に思えて?」


 その問いにディオンは反論できない。

 視線を逸らし苦々しげに笑う彼を見てベルティーナはため息をついた。


「だがあいつはそういう男さ。何だかんだで上手くいく事だって多い。壁の地での一件も結果としては悪くなかった」

「そうやって好きにやらせるから、気がついたら余計な問題まで抱え込むはめになるのよ」

「俺達が言えたことじゃねぇさ」


 二人の存在そのものがレグスの旅にとっては余計であるのだ。

 その自覚ぐらいはディオンとて持っている。


「ずいぶんと肩を持つじゃない? 言っておくけど私は貴方と違ってあの男とは対等な立場にあるのよ。迷惑被るような勝手を黙って耐える道理などありはしないの」

「だったら今からでも後を追って、釘でも刺しにいくか? 狭い区画だとはいっても探し回るのはそれなりに骨が折れると思うが」


 そしてたとえ無事見つけられたとしても、レグスという男が警告に素直に従うはずもない。

 結局ベルティーナにも内心それがわかっているのだろう。彼女は大きくため息をついて答える。


「……部屋で祈ることにするわ、朝起きたらこれ以上問題が増えていないように」

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