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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランドⅡ
66/77

テサルの街Ⅱ

 必要となる手順、その問答を終えてやっとのこと街の中へ入る事を許されたレグス一行。

 彼らは秋の荷の交渉を終えたゲルミアと手短に別れの挨拶を済ませた後、外壁に備え付けられた鉄門を潜ると、案内の衛兵に連れられて外来者用の滞在区画へと移動した。


「おうおう結構なものじゃねぇか、ヘドの貧民区よりはマシなようで安心したぜ」


 区画内を見渡しておおげさに声を発するガドー。彼がベルフェンの悪名高い貧民区をわざわざ言にのせたのは皮肉を飛ばす為以外のなにものでもない。

 一行が目にした街の光景、それはここに送られる者の立場を如実に示していた。


 狭い道幅と押し込められるようにして並ぶ三階、四階建ての建物の群れ。

 縦へと伸びたそれらは陽射しを遮り一面に影を落としており、通りを歩く人影は疎らであるにも関わらず周囲に目につく高い壁と建物のせいで、どうしても圧迫感と狭苦しさを覚えずにはいられない。

 ここが危険な灰の地でなければ、誰がわざわざこのような場所を選び滞在したいと思うだろうか。

 そしてこの息苦しく鬱屈さすら感じさせる場所に、今日一日とレグス達は過ごさねばならなかった。


「街の守りを考えれば外壁の拡張も無闇できるものじゃないだろうからな。ある程度手狭にはなるさ」

「ある程度ねぇ……、まっ野宿するよかは何ぼかマシだけどな」


 諭すように言うディオンにガドーはしぶしぶといった様子で頭を掻いた。

 その不満をあしらうかの如く案内の衛兵は言う。


「我が街を気に入ってもらえたようでなによりだ」


 そして足元より伸びる道を一つ指しながら告げる。


「馬留めはこの道を進んだ先にある。何人か見張り番が交代でついてはいるが、馬や荷の安全を保障するものではないということは理解してもらいたい。外から来た人間が起こす滞在中の問題に関してはあくまで自己責任、当事者同士での解決が基本となる」

「つまり盗みにも知らん顔をするっつうわけだ。楽な仕事もあったもんだよな」


 ファバの指摘にも衛兵は表情を変えず涼しげに言いのけた。


「不安があるなら自分達で見張りの人間を用意するようにしてくれ。他の開拓団はそうしている」


 余所者同士が起こす揉め事には不干渉。それがこの街の基本方針。

 もちろん限度はあるだろうが、少なくとも馬や荷を盗まれる程度で動くつもりがないのは確からしい。

 されどもともと、旅路に寄った見知らぬ街で荷や身の安全を他者に委ねること自体が間違いともいえる。


「だったら私が見ておくとしよう」


 仲間達と顔を見合わせた後に、カムが自然と申し出た。

 その申し出に対して渋い顔をつくりながらディオンが異論を挟む。


「いや、そいつはちょっとマズいな。こんな場所ともなると女の一人行動は悪い虫が寄ってきかねない」


 ここはテサルの隔離区。わざわざ巨壁を越えようだなんて連中には出自も定かではないならず者も混じっている。

 実際先ほどから部屋の窓辺や建物の影、あるいは通りで立ち話するガラの悪い男達より、新しくやって来た同業者の面を拝もうとする視線が向けられていた。

 その中にはとりわけ卑しい色を帯びたモノも紛れ込んでいる。カムとて気がついていないわけではないだろう。


 だが彼女は傍らの鷹を示し事もなげに言う。


「一人ではないさ。ライセンがいる」

「そういう問題じゃない。そもそも目をつけられないに越した事はないだろって話だ。それとも馬の番を任せてもらえないほど俺は信頼されちゃいないのかね?」


 皮肉るような口調とは裏腹に真剣な眼差しで懸念するディオン。

 彼の様子にカムは素直にその意を酌んでやることにした。


「……わかった。ただ何かあったらすぐに知らせられるようライセンにはついていてもらう」

「決まりだ。見張りは俺とガドーが交代でやる。それでいいな?」


 勝手に指名される形ではあったがガドーもレグスやカムには散々と世話になってる身である。それはこれから先も同じで、今日の馬の番ぐらいで文句を言えるような立場にはなかった。

 ハゲ頭の青目人は仕方がなしに頷く。


「まあしゃあねぇわな」


 それからいくらかの会話を交わし一行は案内の衛兵と別れると、件の場所に自分達の馬を留め置いて、見張りにディオンとライセンを残した。

 他の者達は明日の出発まで落ち着ける部屋を確保しようと、宿のある通りへと向かう。


 移動した先、狭い通りにはいくつもの看板が並んでいた。

 その中より、酒樽を抱えて飲み干す狼が描かれたモノを見つけて足を止めるレグス達。

 宿の名は『酔いどれの狼亭』。酒場も兼ねた一般的な宿であり、街の宿事情に詳しくはない一行はこの店を街の衛兵より紹介されていたのである。


「おっ、ここか。……まあ普通だな」


 ほどほどに痛みや汚れの目立つその看板と飾り気もない外装を見やりながら言うガドー。

 彼は先頭を切って店の扉に手をかけると、小さく軋ませながら押し開いた。


――どれどれ。


 さほど広くもない店内。正面の受付には宿屋の主人らしき男が立っており、右手側には二階へ上がる階段と飲食用の客席がいくつか見えた。そこには先客達の姿もある。


 娼婦めいた若い女と同席する髭面の男。

 酒の入った杯を片手に遊ばせる目つきの鋭い男。

 鉄製の駒を使って賭け事に興じる者達。


 誰も彼もガラの悪い同業者といった風貌で、彼らとは視線を交わせども言葉は交わさず、一行は真っ直ぐに受付へ向かった。


「よおオヤジさん、泊まりの部屋を頼む。最低でも六人分だ、二部屋は欲しい」


 軽い調子で切り出すガドーに宿屋の主人はちらりと後続の様子を窺いながら応ずる。


「四人部屋がいくつか空いてる」

「いいね。そんじゃそいつを二部屋頼もうか。一泊いくらだ」

「一部屋銀貨五枚。二部屋で銀貨十枚だ」

「十枚!?」


 提示された金額に耳を疑いガドーは抗議した。


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺はいつのまにそんな高級店を選んじまったんだ!? それとも何か、この宿はこう見えて王室御用達、いかした葡萄酒や温泉でもついてるってのか?」

「メシなし風呂なしの素泊まりで二部屋銀貨十枚だ」

「冗談、いくらなんでもそいつはボリすぎだぜ!! 銀貨一枚あればたいていの安宿には泊まれる。アンタの店じゃだせていいとこ一部屋銀貨二枚ってとこだろ」

「一部屋銀貨五枚だ」

「……そうかい。だったらこっちは他を当たったっていいんだぜ?」


 頑として譲らない宿屋の主人にガドーは切り口を変えて交渉する。


「なあオヤジさん、聞いてるぜ。先に街に着いた連中の多くはもう出発して宿の空きには余裕があるって。だったら部屋を遊ばせるよりはいくらかでも値引いて客入れた方が賢いってもんだろ。どうよ、こっちも大負けで譲って一部屋銀貨三枚ってところで」


 だが返ってくる答えは変わらなかった。


「一部屋銀貨五枚だ」


 銅貨一枚分と譲る気のない相手の様子にガドーは肩をすくめて同行者達の方を見た。

 その様子に愉快げな笑い声があがる。


「無駄だぜ、ここいらの宿はどこも同じさ」


 声の主は客席より一連のやりとりを見ていた男。若い娼婦を同伴する髭面の先客であった。


「どんなオンボロ部屋でも銀五枚はとられる。部屋代だけじゃねぇ、パンを一切れ頼めば銅貨八枚、エール一杯頼めばその倍は取る。それがこの街のやり方だ、俺達余所者から毟れるだけ毟り取るつもりなのさ、こいつらはよ」


 非難めいた目つきで客席の男は宿屋の主人を睨みつける。

 しかし睨まれた方も気後れせずに言い返す。


「価格はギルドの取り決めだ。俺の一存でどうこうできるものじゃあない。恨み言吐くのはかまわねえが、いくら交渉しようと値引きはなしだ」


 客席の男だけでなくレグス達に対して向けられた言葉でもあった。

 再び顔を見合わせる一行。その中でベルティーナが煩わしげに口を開く。


「たかが一泊ばかりの宿代ごときでモメる方が面倒だわ」


 長い旅路に浪費は禁物であるが、とはいえ魔境の地では金の使い所に限りがあるのも確か。

 銀貨の一枚二枚を惜しんで無理筋の交渉を続けるよりは、黙って支払いさっさと腰を落ち着ける方が賢い選択であるには違いなかった。


「仕方がねぇ。ほらオヤジさん、あんたの勝ちだ」


 ため息をついて全員分の宿代である銀貨十枚を支払うガドー。

 机の上に置いたそれを愛想もなく片手で引き寄せながら宿屋の主人は応じる。


「まいど。部屋は二階の奥、好きな空き部屋を使ってくれていい」


 その言葉に従いレグス達は二階へ向かおうとした。

 だが矢先に髭面の先客より声がかかる。


「おい、あんたら。暇があるなら一杯付き合っちゃくれないか? おらぁ退屈してんだよ。こんな場所で足止め食らっちまってよ」

「足止め? 何かあったのか?」


 気になる言葉にガドーが問うと相手の男はニヤリと笑う。


「おっ、なんだ知らないのか? だったら親睦を深めながらの情報交換といこうぜ」


 見知らぬ髭面の男からの誘い。

 あまり乗り気になれるようなものではなかったし、たいしたことを知ってそうにも見えない。

 他の者達が誘いを無視し二階へあがる中、それでも一応とガドーだけがその席へとついた。


「オヤジさん、俺にもエールと適当につまめるもんを頼む」


 腰を下ろすなり客席から注文を済ませると、ガドーは向かいの男にあらためて問い掛けてみる。


「で、なんで足止めなんか食らってんだ?」

「『火吹き蜘蛛』の群れが出たのさ」

「……どこに?」

「南の山道さ、『オータン』に繋がるな。知ってるだろ奴らの凶悪さは」

「実際に遭遇したことはないが話には聞く。オークやゴブリンなんかよりはずっと厄介な相手だと」

「はっ、オークやゴブリンなんて奴らに比べれば何てことはない雑魚よ。奴らは巨大で、一匹一匹が俺達よりデカイ図体してやがる。鉄のように硬い爪足で狙った獲物を貫き、そのうえ所構わず火を吹きやがる。下手すりゃあっというまに大火事だ」


 少々おおげさに見える手振りを加えながら髭面の男は火吹き蜘蛛の凶悪さを訴えた。


「こんな僻地の森がどれだけ焼けようと知ったことじゃないが、荷を駄目にされたらかなわねぇ。それで南に向かう連中で協力して、まずは奴らの巣穴を探し出しその掃除をしようって事になったのよ」

「あんたは留守番か?」

「そうだ。誰かが大切な荷を守る必要がある」

「そりゃツイてるな」


 運ばれてきたエールに手をつけながらガドーは言う。


「危険な仕事は仲間に任せて、あんたは悠々と昼間から酒が飲めるってわけだ」

「安酒を銅貨十六枚でな。あと何日もここにいたら俺は尻の毛まで抜かれちまうよ。……なあ、おめえさんは壁を越える前は何やってたんだ?」

「何って」

「言ったろ、こちとら退屈してんのさ。面白い話があるなら酒の肴に聞かせてくれよ。灰の地まで来るからにはそれなりの修羅場はくぐってきたんだろ?」


 壁の地での一件やレグスという人物についてを語って聞かせれば、きっと目の前の男は興味を示すに違いなかった。

 だが内容が内容だけによくも知らない人間相手に馬鹿正直に話すわけにもいかず、ガドーは無難に話を転がす事を選択する。


「別にたいしたことはねえさ。生まれ故郷を飛び出してからはしばらく傭兵やって、北に南に東に西に転々と戦場稼ぎ。けどまあたいして稼げもしなかったからな、途中で気ままな一人稼業に転身だ」

「元傭兵か。俺も同じさ。十六で村を出てちんけな傭兵団に転がり込んだ。それからはこいつ一本で生き抜いてきたのよ」


 傍らに置かれた愛剣を叩きながら言う髭面の男。

 何やらもっと語りたげな彼の表情から察してガドーは適当に続きを促すことにする。


「へえ。あんた見たところそれなりに年食ってるみてぇだが、昔は今と違って傭兵稼業も儲かったって聞くぜ。俺なんかと違って若い頃はそれなりに稼いでたんじゃねぇのか?」

「おうよ、若い自分には稼いだもんさ。なにせあの頃は領主達にも気概ってもんがあったからな。やれ爵位の継承権がどうだの、やれ鉱山の採掘権がどうだのと戦場にゃ事欠かなかったし、払いもよかった。自主独立、フリア人の精神ってもんが生きてた時代だ」

「そいつは素晴らしい時代だ」

「そうだ、いい時代だった。だがそれが今じゃどうだ。揉め事が起こればすぐに教会の連中が出張ってきやがる。領主共は坊主の顔色と懐の金の事ばかり気にしやがって血を流す覚悟も意地も持ちやしない。根性なしのタマなし野郎ばかりになっちまった!!」


 過去を懐かしみ、時代の変化に憤る男。

 そんな彼に対してどこか冷めた笑みを口元にたたえながらガドーは応じる。


「そのタマなし野郎ばかりになったおかげで戦争が減って平和になったと喜んでる連中もいる」

「平和? 平和だって!? 平和なんてクソ食らえだ!! 忌々しいこの時代に比べりゃ、狂王が暴れまわってた頃のがいくらもマシってもんだぜ!!」

「おいおい」


 狂王の凶行を持て囃すかの言動。

 フリア教会の人間が聞いたら眉をひそめるどころか卒倒しかねないものである。

 それこそ場所が場所なら、その一言で火あぶりにされたっておかしくはない。


「あの頃はどこも地獄のような戦場ばかりだった。けど俺達傭兵は食いっぱぐれる心配だけはせずにすんだ。それだけじゃねぇ、戦場で手柄を立てればどこまでも出世できたんだ」

「しがない傭兵から貴族様になっちまった連中もいるしな。あんたにもその好機があったわけだ」

「ああ、そうだ!!」

「『赤鼻のブルレック』『鉄歯のオノン』『千剣のゾット』、そいつらとあんたが今も肩を並べてたかもしれない」

「ブルレック!! あのクソ野郎の名前を俺の前でだすんじゃねえ!!」


 巷で語られる解放戦争で生まれた幾人もの英雄達の物語。

 その中から傭兵出身の者の名をガドーが何気もなしにいくつか上げてみれば、髭面の男は嫌悪感をあらわに反応した。


「いいか若けぇの教えておいてやる。あの野郎はな、とんでもないクソ野郎よ」

「というと?」

「忘れもしねえ。天秤月のガザンでの戦いでのことだ。俺達はその日小さな砦を攻撃することになってた。攻撃するったって何も砦を落とそうとしてたわけじゃない、早い話が囮だ。別方面で城攻めやってる連中の手助けとしてな。簡単な戦になるはずだった、砦にこもる敵をちょっとばかし突付いてやって注意を向けるってだけの。だがぼんくらの将軍共は敵の戦力を見誤ってやがった。砦には予想以上の兵が詰めてやがったのさ。当然奴らは打って出てきた」

「どうなったんだ?」

「どうなるもこうなるもねえ、戦況は最悪だった。なんせこっちはあくまで囮役、俺達傭兵を除けば、戦力の大半は補充されてきたばかりの新兵連中だったのさ。ろくすっぽ剣も槍も振ったことない連中が狂王の軍を相手になにができるってんだ!?」

「そいつはお気の毒様だな。で、その気の毒な戦場とブルレックはどう関わってくる?」

「もう関わってるんだよ。このクソったれの戦場にはクソったれのブルレックもいたんだからな!!」

「へえ、あの赤鼻に囮をやらせようだなんて雇い主も思い切ったもんだ」

「思い切るもクソも奴の名が売れて、領主共の覚えがよくなるのはこの後の話だ」

「なるほどな。けどあんたがどれだけ嫌おうと戦場じゃ頼りにはなったんじゃねえのか? なにせあの『赤鼻のブルレック』だ」

「ああ、頼りになったとも。奴と奴の傭兵団の活躍はたいしたもんだった。たしかに頼りにはなったぜ、三日続いた戦いのうちの二日目まではな!!」


 忌々しげな口調に強い憎悪を込めながら髭面の男は言葉を続ける。


「三日目だ、三日目に奴らなにをしやがったと思う。……敵前逃亡だ」


 敵前逃亡は重罪である、判明し捕まれば死罪ともなるほどの。

 とはいえ戦場でそれが起こるのは特別珍しいことでもなかった。

 特に傭兵達にとって個々の戦場とは数ある仕事場の一つでしかなく、戦況不利となれば時に臆病な新兵達より先に逃げ出すことすらあるほどだった。

 もちろん傭兵という立場であろうと、契約が有効なうちは彼らも雇い主の指揮下にあり敵前逃亡は罪に問われた。

 だが騎士や徴兵されてきた人間とは違い、彼ら傭兵はしょせん流れ者の集まりにすぎない。

 姿を一度消してしまえばその罪を問うことは難しく、雇い主たちの方もそういう連中だと割り切って使っているのが実情でもあった。


「敵前逃亡? あの赤鼻が?」

「そうよ、あのクソ野郎は逃げたのさ。俺達傭兵仲間にすら何も告げず、てめぇの団ごとな」


 敵前逃亡が発生すればその負担は戦場に残された者の方へといく。頼りにしていた仲間の逃亡を戦場に残された者が腹立たしく思うのは当然の事である。

 だが傭兵の利己的な性質は傭兵であった彼自身がよく知るところのはずだ。

 戦場をそれなりに転がしていれば、この手の経験をするのが一度だけなんて事はまずありえない。

 だからこそガドーには腑に落ちなかった、目の前の男がどうしてここまでブルレックという人物を憎んでいるのかが。


「何があったんだ? 話を聞いてるかぎりじゃ戦況は良くないなりに戦えてはいたんだろ?」


 機微に聡い連中なら逃げるとすれば初日のうちか遅くとも二日目には逃げてたっておかしくはない。

 後に英雄と呼ばれるほどの男にしては三日目の逃亡は動きが遅いように思える。


 その疑問に答えるように髭面の男はおもむろに口を開く。


「三日目に敵の増援がきた」

「なるほど。そいつを見て支えきれないとブルレックは判断したわけだ」

「いいや、それは違う。奴は増援のことなどとっくに読んでやがったさ」

「読んでた?」

「早朝、敵の増援が到着する前に戦場からは奴の姿が消えていた、奴の率いる傭兵団ごとな」

「追撃を振り切るためにあんたらを利用したわけか」

「それだけじゃねぇさ。問題は逃げた後の奴の行動よ。わかるか? 奴がどうしたか」

「さあね、もったいぶらずに教えてくれよ」

「俺達を置き去りした後、そのまま何食わぬ顔で城攻めの方へと加わりやがったのさ」

「おいおい。ずいぶん思い切った行動だが、そいつはちと問題があるんじゃねぇのか? 立派な契約違反だろ」

「ああ、そうさ。だが奴は最初からこいつを狙っていた。なにせ城攻めの方は主力が担う大舞台よ、ちんけな砦攻めの囮とはわけが違う」

「わけが違うってもその契約違反はまずいだろ。勝手に戦場を変えたともなると、どんだけ働こうと無報酬にされたって文句は言えねえ。それどころか結果を出せなきゃ打ち首だ」


 ガドーの指摘を男は鼻で笑う。


「あのクソ野郎には結果を出す自信があった。そして現に出しちまったのさ、囮役の俺達を犠牲にしてな。たしかに城攻めでの功を上げたところで奴には金貨一枚と報酬は支払われなかったさ。だけどそんなことは奴にとってたいした問題じゃなかった。最初から狙いは一つ、名を売る事だけを奴は考えてたのさ。どんな汚い手を使おうともな」


 重大な契約違反も帳消しにするほどの功績、それをあげてしまえば結果として悪名よりも武名が優る。

 なにせ時代は解放戦争の真っ只中である。

 腕が立つ者ならその人格を問わず、欲する雇い主は山ほど存在した。

 赤鼻のブルレックはそれを計算したうえで無謀にも思えるような勝負手を打ったのである。


「そうして最後には貴族にまでなっちまったってわけか」

「ああ、まったくおかしな話だろうがよ。真面目に契約を全うしたはずの俺達が冷や飯を食らい、好き勝手にやったあのクソ野郎がああも好い目を見るなんてよ。ブルレックのクソ野郎だけじゃねぇ、他の連中だって同じよ」


 憤懣やる方ない様子で髭面の男は吐き捨てる。


「鉄歯のオノンはてめぇの傭兵団を長年支えてきた副長の女を襲ったうえ、抗議にきた古株連中ごとぶっ殺しちまったっていう鬼畜野郎よ。千剣のゾットは報酬額を一方的に吊り上げようとして、その支払いを雇い主が拒むと領地の村を襲ってやりたい放題、人攫いまでやってたって話だ」

「そいつが本当ならなかなかの悪漢っぷりだな」

「本当ならってなんだ。俺の話を疑ってるってのか?」

「そういうわけじゃねぇさ。ただ戦場が一緒だったっていうブルレックはともかく、他の連中の話もずいぶん詳しいんだなと思ってな。『鉄歯』や『千剣』とも戦場が一緒だったのか?」

「そうじゃねぇ、そうじゃねぇが……。だがあの戦争にいりゃあ自然と耳に入ってくる話だ。おめえだって傭兵やってたっつうならわかるだろ? 目立った連中の話ってのはどこからともなく流れてくるもんだってな!!」


 ムキになった様子で男は言うが、つまりはオノンやゾットに関しては出処も不確かな噂話という事だろう。

 成功者に対する妬みや嫉み混じりのその話がどれだけ信憑性があるかは怪しいものである。


 とはいえ、こうした悪い噂の全てが根も葉もないとは言い切れない。

 なにせもともと傭兵稼業などロクなものではない生業だ。

 野盗紛いの行為に手を染めてる傭兵団は数知れず、悪行一つと手を汚していない者などいくらも居はしまい。

 それは後に英雄と呼ばれるほどの存在になる者とて例外ではないだろう。


「とにかく俺が言いたいのはだな。解放戦争の英雄だなんだと持て囃されちゃいるが、連中も一皮剥けばしょせんその程度の野郎だってことよ。なのにそんな奴らが今じゃ一端の貴族面して『忠義だ』『正義だ』とのたまいやがる!! 笑えねえ話だぜ、まったく。散々やりたい放題やってた連中がよ」

「そういうあんたはどうなんだ? 一緒になってやりたい放題やってたんじゃねぇのか?」

「馬鹿言え。俺はこの方真面目に剣を振るってきたんだ。長く傭兵やってたがさらった女の数なんて片手でかぞえられるほどしかいねぇ」


 ガドーの問いに髭面の男は平然と言ってのけた。それは彼が特別恥知らずな人間だからというわけではない。


 傭兵のみならず軍隊による敵地での略奪行為などはそれ自体が報酬のうちに組み入れられる事は珍しくなかったし、時には自領内でのそうした行いすらも黙認される場合もあった。

 もちろん良識高い者の中にはそれを不道徳だと非難する者もいたが、その言がまともに相手される事はまずなかった。

 平時の秩序と戦時の秩序は異なる。

 それは戦場においては人殺しですら称賛されるという明確な事実が何よりも証明していたのである。


「だけど殺した敵の数は両の手がいくつあったって足りねえほどよ!! ……なのに、なのに。神々ってのは不公平なもんだぜ!!」


 異教徒の街で男はフリアの教会が崇める天の十二の神々を批判して嘆いた。


「なんでブルレックみてえなクソ野郎が貴族で、真面目にやってきた俺がこんな化け物だらけの辺境の、こんなつまんねえ宿で、こんなつまんねえ女と一緒につまんねえ酒を飲んでなきゃいけねぇんだ!?」


 己の境遇を呪うその言い草に、それまでてきとうな相槌を打つばかりであった同席の若い娼婦が怒りの声をあげる。


「ちょっと、つまらない女って何よ!!」

「ああん? つまらない女はつまらない女だろうがよ、男に媚を売るぐらいしか能のない女なんてのはな」

「最低!!」

「うるせぇ!! 商売女ごときが口ごたえするんじゃねぇ!!」

「なによ!! その商売女ごときに昨日泣きついてきたのはどこの誰よ、あんたがどうしてもって言うから客に取ってあげたんじゃない!!」


 人目を気にせず言い争う娼婦とその客。傍から見ればまさにつまらない喧嘩に他ならない。

 呆れるしかないガドーであったがこのまま延々と続けられても困るだけ。面倒に思いながらも彼は二人を注意することにした。


「おいおい喧嘩するなら余所でやってくれよ。他人の揉め事を目の前で見せられたって酒がまずくなるだけなんだからよ」


 すると第三者から口を挟まれて多少冷静になったのだろうか、興奮を抑え気味にして若い娼婦は髭面の男に言い放った。


「いいわ。あたしだってあんたの退屈な話なんかこれ以上聞いてなんかいられないんだから」

「なにを!!」

「ケチな客の愚痴聞いたって銅貨一枚の儲けにもなりゃしないんだもの」


 そう言って彼女は席を立つとガドーの方へと回りその腕をとった。

 そしてわざとらしく対面の男にも見せつけるようにしながら、艶のある目配せをして誘いをかける。


「ねえお兄さん、こんな愚痴愚痴つまらない話ばっかりする男なんて放っておいて、これからあたしともっと楽しいことしましょうよ。お兄さんみたいなカッコイイ人がお客さんなら喜んで奉仕しちゃうわ」

「よく言うぜ、まったく」


 見え透いた世辞をあしらおうとするガドーだったが、若い娼婦の方とてその道で食ってきた女である。

 気後れする様子もなく彼女は言葉を続けていく。


「あらどうして? お客さん素敵よ。誰かさんと違って若くて強そうだし、体力もありそう」


 もちろんそうしたやり取りを昨夜からの客であった男の方は憎らしげに睨みつけてはいたが、娼婦からすれば彼はもう終わった客である。

 まともに相手する必要もなければ義理もありはしない。彼女の関心はすでにガドーへと移っていた。


「商売熱心なのは結構だが、悪いがこっちにも都合ってもんがあんだ」

「あら、なにか予定でも入ってるの?」

「夜更けには仲間と馬の番を代わることになってる」

「だったらまだまだ十分時間があるじゃない!! 交代の時間まででいいからあたしと遊びましょ」

「そのまま徹夜しろってか」

「大丈夫、一晩寝なくても人間死にはしないもの。それにあたしとの時間は、そうするだけの価値があるって約束するわよ」


 そう言ってしつこく営業をかける若い娼婦であったが、結局ガドーの結論に変化はなかった。

 レグスの取り決めた出発日は明日。旅するのが魔境の地となれば女遊びに無理をしようなどという気にはなれない。

 それが彼のこの時の心境であったのだ。


「もうなによ、せっかく器量好しのエレンちゃんが相手してあげようってのに!!」


 営業が空振りに終わった娼婦は腹立たしそうにして再び席を立った。

 彼女にしてみれば髭面のつまらない男もハゲ頭の新顔も、今日の客にならないのであれば同じ用無しにすぎないのである。

 さっさと次の客を捉まえようと、エレンはこの宿より場所を移そうとしていた。


 それからまもなく、食事を再開しようとしたガドーの背後より短く鋭い悲鳴が上がる。


「キャッ!!」


 振り返り見れば、店外に向かったはずの女が出入り口より後ずさりしていた。

 彼女の前には一人の男が立ち塞がっている。


 赤茶けた髪と鋭い眼光。

 二フィートルはあろうかという背丈。

 筋骨隆々たる四肢。


 若き娼婦がたじろぐのも無理はない大男だった。

 眼前の女を見下ろしながらその大男は言う。


「コイ」


 ぎこちなくとも威圧感のある声。

 だがエレンはわずかな躊躇いを見せながらも強い口調で拒絶の意を示す。


「いやよ、あんた乱暴すぎるもの!!」


 言うなり彼女は先ほどまで着いていた席の方へ慌てて駆け戻った。


「それに今日はもうこの人の相手をするって決まってるの!! だから帰って!!」


 面倒事に巻き込まれる予感がする。

 断りの理由付けに利用されて顔をしかめるガドーであったが、それでも彼は女の嘘に付き合ってやることにした。

 己の腕をとる彼女のその手が震えていたからである。


――よほどの難アリみたいだな。


 それは二人のやり取りからだけでなく、他の客達や店の主人の様子からも窺い知ることができた。

 大男の登場まではどこか怠惰に緩んでいた場の空気が瞬時にして冷々と張り詰めてしまっていたのである。

 同席する髭面の男などは何も聞こえぬ見ていぬといった態度で顔を伏せている有り様だった。


 それなりに場数を踏み、危ない橋を渡ってきたであろう同業者達までもがこうも豹変した理由。

 単に威圧的な大男の風体にすくんでいるだけだと考えてしまうのは無理があった。


――ったく面倒な……。


 そう思いながらもガドーは腰をあげて娼婦の前へと庇い立つ。


「悪いな、聞いてのとおりだ。今日は諦めて他の子を当たってくれよ大将」

「ドケ。コロスゾ」

「……穏やかじゃねぇな、落ち着けよ。娼婦だって客を選べんだ、そんな調子じゃ皆怖がって逃げちまうだけだろ?」

「ドケ。コロスゾ」


――話にならねぇ野郎だな。


 同じ言葉繰り返すだけの大男に呆れながらも三度説得を試みようとするガドー。

 その瞬間だった。

 拳が有無を言わさず彼の顔面を打ち抜いたのである。


「キャアアッ!!」


 エレンの悲鳴が店内に響き渡った。


 他の客達は殴り飛ばされたガドーを遠目に窺うばかりで何もしない。

 赤の他人を助けてやるほどお人好しではない事はわかっていたが、喧嘩好きの荒くれどもが囃し立てることもせずに静まりかえっているのはどうにも異様だった。

 その異様さは事態の逼迫した状況をこれ以上なく表している。


「てめぇ……」


 拳を見舞った相手を睨みつけながらガドーは起き上がろうとする。

 が、彼の膝はグラつき上手く立つ事ができなかった。

 それだけの威力がある一撃だった。わざと体勢を崩して衝撃を逃がしてなければ、あの一発でノビてしまっていたことだろう。


「嫌よ、やめて!! 放して!!」


 満足に動けぬ男を尻目に、大男は娼婦の腕を掴み力ずくで連れ去ろうとしていた。


「待て、待ちやがれ」


 なんとかそれを引きとめようとガドーは精一杯に声を張るが、もはや大男は相手にもしない。

 細腕で抵抗するエレンをずいずいと引っ張っていく。


「誰かっ、誰か助けて!!」


 若い娼婦の悲痛な叫び声があがる。

 だが彼女の周囲にいるのは殴られ動けぬ男と手助けする様子もなく遠目より窺うばかりの客達。

 騒ぎに衛兵が駆けつけてくる気配もなく、運命はもう彼女を見放しているかのように思えた。


 されどその時、鋭く刺すようにそれは響き渡った。


「止まれ!! そこを動くな!!」


 横暴な大男に対して迷いなく発された警告、皆の視線が自然とその方へと向く。

 そこには階段上にて弓矢をつがえ持つカムの姿があった。


「その手を放してもらおうか」


 武器を構えた女の言に、大男は不敵な笑みを浮かべる。

 そして彼はそのまま警告を無視し店外へ踏み出そうとした。


 その刹那、射られた矢が大男の足先わずかの距離に突き刺さる。


「やりやがった……」


 傍からそんな声が漏れ聞こえた。

 抜き身の武器を向けるだけでも殺す殺さぬのやりとりになる事は珍しくない。

 それを矢まで飛ばしたとなれば、言わずもがなである。


「次は外さない。その体に大穴をあけられたくなけば大人しくその手を放して、ここから出て行け」


 二射目を構え警告する女の目は本気だった。

 場の誰もがそれを理解していた、もちろん大男も。


「キャッ」


 投げ捨てでもするかのようにエレンより手を放す大男。

 そして彼は向き直り己に矢を放った者をジッと見据えた。


 警告に怖気づき素直に従ったわけではない。

 むしろ逆、幾ばくかの間の後に大男は一歩一歩ゆっくりと階段の方へ自ら近付いていく。


「警告はしたぞ、次はその体に大穴があくことになると」


 弦を引く手に緩みはなく、間合いを見極める瞳に迷いはない。

 迫る大男があと一歩踏み出せば射ろうという、そのギリギリのところで……。


「ゴンゾ!!」


 標的となった男を呼び止める声がする。


 声の主は年若き青年だった。

 皆の注目が大男とカムの二人に集まる中、いつのまにか店内へ入ってきた彼は少し低い声色にて何事かを口にする。

 それは聞きなれぬ異国の言葉。少なくとも青語や黄語でないことは確かだった。


――何者だ?


 カムは外見より出自を探ろうと青年を観察するが無駄であった。

 金髪碧眼。青い目は青目人の特徴ながら彼の話した言葉は青語ではなく、そのうえ他にこれといって特徴が見えないのである。

 背丈は若干低く、体格は痩せ型というほどでもない。全体としてどこか掴みどころに欠ける印象の風貌だった。


「いやあ失礼しました。彼、青語が苦手で」


 殺気立った大男と異国の言葉をいくらか交わした後、青年はカムの方へと向き直って言った。

 口にする言語は青語に切り替わっている。


「街で余計な問題を起こさないよう注意はしていたんですが、日頃が暑苦しい男所帯なもので。一夜相手して頂いた彼女のことをすっかり気に入ってしまったあげくにこの有り様、本当に申し訳ありません」

「娼婦には娼婦の、客には客の守るべき礼節があるはずだ。娼婦相手だからといって勝手が許されるわけではない」


 弓を構えたまま指摘する女に青年は頷いて言う。


「ええ、このような事がないようによく言って聞かせておきます。ですからその物騒な物をおろしては頂けませんか? そんな物を向けられていては彼も気がおさまらない」


 その言が罠でないことを確認しながらカムは慎重に弓をおろして問う。


「……お前達何者だ?」

「隠し立てるような者でもなければ、口立てするような者でもない。人心地つく為にこの街を訪れた旅の者です。そういうことにしておきませんか、お互いのためにも」


 カムからの返答はなかった。

 しかし青年はその沈黙を了承と捉え、長居は無用とばかりに大男を連れてその場を後にする。


 彼らの姿が消えるなり、店内に張り詰めていた緊張した空気は霧散した。


「ありがとう、助かったわ。あのまま連れていかれていたら、あたしどうなってたか……」

「礼など必要ない。当然の事をしたまでだ」

「いいえ、誰にだって出来ることなんかじゃないわ。どっかの男どもとは大違いよ」


 エレンは言外に他の客達を非難しカムに感謝の意を示すが、自分を助けてくれようとした人物がもう一人いたことを思い出すと、慌ててその者に駆け寄った。


「もちろんあなたは別よ!!」


 ガドーに対して申し訳なさそうな表情をつくり娼婦は言う。


「ごめんなさいね、大丈夫? あたしのせいで」

「たいしたことはねぇよ。ちょっとばかしいいの貰って足にきただけだ。何ともねぇ」

「よかった」

「それより連中何者だ? ただの迷惑な客ってだけじゃねぇんだろ?」

「それは……」


 言いよどむエレン。

 返答は彼女の口からではなく他方より飛ぶ。


「街の東に駐屯するゼティス教会の連中だろう」


 場にレグスが現れて言った。騒ぎに反応して二階の部屋より飛び降り、表へとまわっていたらしい。

 彼の言葉に娼婦は遠慮がちに頷く。


「なるほど、そういうことか」


 その反応に合点がいったとガドーは皮肉な笑みを浮かべた。


 ゼティス教会は蒼宝海の南、ジリカ大王国の南西より伸びる巨大な半島を統治する一大勢力である。

 天の十二の神々を崇めながらも、彼らは主神を『正義と力の神ゼティス』と明確に定めており、『自由と自愛の女神フリア』を最も敬愛しながらも十二の神々はあくまで対等であるとするフリア教とは教義を異にしていた。

 また古くより神々の光臨の地の奪還を目指して聖戦を繰り返してきたその狂信的な信仰心は有名で、彼らと関わり合いになることを望む異教徒や異端者はまずいない。

 触れぬが吉の狂犬集団。

 そうした評価がフリア人やユロア人が下すゼティス教徒に対する一般的な評価であった。


 あの二人がゼティス教会の人間だというのなら、他の客の腰が引けた対応も頷ける。

 だが……。


「けど、それにしたってちょいと奇妙だな」


 ガドーの頭を一つの疑念がかすめていた。


「余所者が連中と関わり合いになりたくねぇつうのはわかるがエレン、おまえさんまでそうおっかなびっくりしてるってのはどういうわけだ? この街の人間なら衛兵だって頼れるわけだろ?」

「衛兵なんて頼りになんないわよ、もう何人も被害者が出てるってのに連中に好き放題させて。あたしらみたいな商売女なんてしょせんその程度の扱いなの」


 恨み節を吐き捨てながら若い娼婦はガドーに懇願する。


「ねぇ、お兄さんお願い。あたしを部屋まで送ってくれないかしら? 連中とまた鉢合わせなんてことになったら不安で……」

「まあそれぐらいならしてやっても構わねぇが」

「ほんと!? ありがとう、やっぱりお兄さんって素敵な人だわ。それとついでに『お話』の相手もしてくれたら、もっと惚れちゃうかも」


 それがただのお話で済むはずでない事は明らかである。


「そういうことかよ。まったく商魂たくましいね」

「生活かかってんの!! あたしを助けると思って、お願い!! もちろんさっき助けてくれたお礼にウンっと安くしておくからさ」


 ガドーとて男に生まれた身。商売あってのこととはいえ異性の色ある誘いに悪い気はしない。

 自制もあって一度は断った誘いも、事態に変化があれば返答にも変化があろうというもの。


「わかったよ。そこまで頼み込まれたとあっちゃあ俺も男だ、馬の番を代わるまででいいなら『話し相手』とやらになってやってもいいぜ」

「やった!!」


 商談成立を娼婦は喜ぶが、それをしぶい顔で見ていたカムが口を挟む。


「ガドー、連中はまだ街の中をうろついてるはずだ。単独行動は控えた方がいい。彼女を部屋に送るぐらいなら私も手伝うが……」

「野暮なこと言うなよ。それにさっきの今日で連中だってそうそう無茶はしねぇさ」

「だが……」

「お姉さん大丈夫よ!! あたしのとってる部屋がある辺りはあいつらもそう簡単には手出しできないような場所だから」

「だそうだ。だいいちゼティス教徒が怖くて壁が越えられるかっつうんだ。問題ねぇよ、交代の時間までにはきっちり戻ってくる」


 そう言い残すと仲間の注意も聞かずガドーはエレンと共に街の一角へと姿を消した。


 それはその男にとって一時の息抜きにすぎない行為のはずであったろう。

 だがしかし、約束の時間になろうと彼が帰ってくる事はなかった。

 結局はカムの懸念が当たり、ガドーの身に問題が生じたのである。

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