再び森へ
レグス達がオルザの森を訪れてから二日目、その昼時も過ぎようかという頃。
村での最後の食事を済ませた一行は荷をまとめ、いよいよ植民市テサルに向けて出発しようとその準備に取り掛かっていた。
館の外、小屋に止めていた馬を引っ張り出してガドーが荷を取り付けていると、そこへ二人組みの男が近付く。
彼らは昨夜の宴で一緒に酒を飲み騒いでいた男達でもあった。
「もう出発するんだってな」
「あんたらみたいな客人ならいくらでも長居してくれたって構わねぇんだがなぁ。どうだ、もう二、三日ゆっくりしてくってのは?」
短い滞在を惜しむ彼らに、ガドーは笑いながら返答する。
「そうしたいのは山々だがウチの大将はせっかちな野郎でね。次の冬に捉まる前に、出来るだけ距離を稼ぎたいそうだ」
「距離を稼ぐって……。そういやあんたら具体的にはどこまで行くつもりなんだ? テサルで仕舞いってわけじゃないんだろ?」
「ずっと東だ。そこに行けば精霊の国とやらが見つかるそうだ。まあ俺もよくは知らねえんだけどな。けど当の精霊様がそう言ってんだ。きっと本当にあるんだろうよ」
漠然とした内容の話に男らは心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫なのか? 東の地は人の手に負えないような怪物ばかりが棲むって話だ」
「怪物って?」
「恐ろしい悪霊に、凶暴な巨人族、それにドラゴンとか!!」
「ドラゴン!! そいつはいいな!!」
わざとらしい反応に男らはムッとして言う。
「あんた信じちゃいないな!? たしかに俺らはほとんど森からも出やしねえけどよ。でもこれは魔女さまから聞いた話だ」
「そうさ。言っとくけどな、あの方は最初の魔女さまの孫に当たるお人なんだ。最初の魔女さまは森の外からこの地にやって来た。それもずっとずっと遠くから。その長い旅の最中に彼女の見聞きしたモノが今の魔女さまにはちゃんと伝えられてるんだ。だから怪物の話も本当の事に決まってる!!」
真剣な目をして訴える男らにガドーも態度をあらためる。
「悪い悪い。別に信じてねえってわけじゃねぇさ。東の先には前人未到の地が延々と広がってんだ、ドラゴンが棲んでたって驚きなもんかね。大昔の話とはいえ、竜災の記録だって教会にはきっちり残ってるようだしな」
「だったら……」
「だからこそよ。別にそいつらとやりあおうってわけじゃねぇんだ。ドラゴンに巨人族、そいつをこの目で見られりゃ立派な大冒険譚にならぁ。そのうえ精霊の国を訪れて生きて帰ったとなりゃ、それだけでめでたく詩人が歌うような冒険者達に仲間入りというわけよ」
「何言ってんだ!! 怪物に出会っちまったが最後だ!! 死んじまったら冒険譚もクソもねぇ」
「たしかに死んじまったらそこで仕舞いだな。けどよ、こっちもそんな危険はとうに承知よ。じゃなきゃあ、壁を越えたりなんかしねぇ。おたくらのご先祖様だって一緒だろ? 事情はいろいろあるだろうが危険を承知でユロアから開拓の旅に出た、それから成功も失敗もあって、今ここであんたら二人がこうしてるわけだ」
目つきを変えて彼はさらに語る。
「俺も同じさ。もう覚悟決めちまったのよ。てめぇの命を天秤に掛けて、それでも勝負するってな。ここでビビって降りちまうぐらいなら、俺は端から故郷の村を飛びしたりなんかしねぇで今頃畑の世話でもして、のんびり暮らしてら」
そう口にした言葉が冒険せぬ者達に対する侮辱にも取られかねないものだと気が付いたのだろう、ガドーは修正するようにさらに言葉を付け加える。
「……おっと、別に畑仕事を馬鹿にするつもりはねえんだぜ。ただ、何て言うか、こいつあ俺達のような人種の性っつうやつなのさ。他人様に馬鹿だ無茶だと笑われようと、この生き方ばかりはどうにもなんねえのさ」
そこまで言われてしまえば男らの方ももう何も言えはしない。
彼らは荷を取り付け終えて馬を引き仲間のもとへと向かうガドーの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
「また旅の帰りにはこの村に寄っていってくれよ!!」
「無理はせんようにしなよ。無理だと思ったら意地を張らずに引き返すのも必要な勇気ってものさあ」
「ファバ、気をつけてね」
「途中でくたばったりなんかするなよ。負けたままじゃやっぱり悔しいからな。いつか再戦させてくれよな」
出発の支度を終えた一行の周囲には人だかりが出来ていた。
そこには村の大人達だけでなくアレットやタパニといった子供達の姿もあり、その数は村の全員といって差し支えないほどのものであった。
もちろんこれほど盛大な見送りをレグス達が望むはずもない。
彼らは村長からの指示があったわけでもないのに、その日の作業を中断してでも自発的に集まってきていたのである。
それは僅かな滞在時間にも関わらず、一行が恩人であり友人であると心の底から魔女の森の民に受け入れられた証でもあった。
だがどれほどの歓迎を受けていようとレグス達は次の街へと向かわねばならない。
出発の際、セルトラが武装したエルフの戦士に声をかける。
「それではゲルミア、よろしくお願いしますね」
「お任せください。彼らをテサルの街まで必ずや無事に送り届けてみせますよ」
村と街との間に広がる森の大部分は人手の加わっていない原生林となっている。
交易の為に往来があるといっても、その頻度は決して高くはない。村の位置を秘匿する為もあってか道の整備もなされておらず、魔女の張る結界の外側では危険な猛獣や魔物の姿を見かける事は珍しくなかった。
その為、道中の案内と護衛を兼ねての任がゲルミアの率いる一団に与えられていたのである。
エルフと単眼の大猿イパから成るその一団の構成員は、森の地形の把握と戦闘能力において有数の実力者ばかりが選ばれており、まさに精鋭集団と言っていいものとなっていた。その力の入れようっぷりにも、森の民の友誼の厚さが表れている。
そんな森の戦士達に付き添われながら村を出発するレグス一行。
見送る村人達の姿が遠ざかる中、それを気にするようにファバは途中何度となく振り返った。
「なんだそんなに連中の事が気になるのか? この村が気に入ったなら残っていったらどうだ、歓迎してくれるだろうよ」
名残惜しげな少年をガドーが冷やかすと、からかわれた事に腹を立てながらもファバは正面へ向き直り返答した。
「馬鹿言え、ちょっと立ち寄っただけの村だろ。俺の冒険はまだまだ始まったばかりだっつうの!!」
そうして彼らは居心地のよかった村から離れ、大きな危険が伴う旅路に再び身を投じるのであった。




