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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランド
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宴の夜

 月と星々が森の木々を照らし出す夜の頃。長たるセルトラの館に大勢の村人達が集められていた。

 場所は集会用の大広間。

 そこに食台が置かれ、いくつもの美味しそうな料理がその上に並べられている。

 広間には人の子からエルフにポーグルと、異なる種族の顔ぶれが見えていた。歳も子供から老人まで数十人にはなろうという数である。


 だがこれだけいても、それは村の一部の者にしかすぎなかった。

 村の人口は四百人近くにもなるらしく、大広間といえど食台の並んだ部屋ではとても収まりきらなかったのだ。

 単眼の大猿イパなどは巨体のせいで一人と入れず館の外に追い出されてしまっていた。


 しかしそれも仕方のないこと。

 なにせこの夜この席は、並ぶ料理の数々すらも、第一には彼らの同胞の恩人、長たる魔女が招きし異邦の客人であるレグス達のための場であったのだから。


「皆さん今宵はよく集まってくださいました。残念ながらこの場にはおられぬ者達もいますが、もちろん各家にも料理を運ばせていますので、どうか気兼ねないようお願いします」


 魔女の挨拶に呼応するように中年の男が声を大にして言う。


「そうだ、せっかくの越冬祭と村の恩人方の歓迎会を兼ねて宴を開こうってんだ。盛り上がらない方がこの場にいられなかった奴らに悪いってもんだ」

「ええ、そういうことです。今夜は何より私達の同胞、アレットの命の恩人である方々にお礼を兼ねた宴席の場となります。それに相応しい夜としましょう。では、春の実りと出会いという素晴らしい恵みに感謝して」


 そう言ってセルトラが果実酒入りの杯をかかげると村の者達も同じように応じていっせいに声をあげる。


「春の実りと出会いに感謝して!!」


 それが歓迎の宴の始まりの合図であった。


 村の子供達が待ってましたとばかりに食台の上の料理にワッと駆け寄り手をつけ始める。

 豚に羊に兎に鹿肉といった様々な肉料理、それに蜂蜜と果実を使った甘い焼き菓子。

 どれも普段は口にすることができない美味しい物ばかりで、客人のことなど忘れて子供らは夢中となっていた。

 もちろん今夜の宴席を楽しむのは幼い子供たちばかりではない。

 ポーグル達が手にした楽器で宴の場に相応しい陽気な音を奏でる中、大人達もまた木杯を手に賑やかに談笑していた。


 そんな中、立食が基本となる村の者達とは違って椅子の置かれた余裕ある席についた異邦の青目人が唸った。


「こいつはたいしたもんだぜ」


 彼が称えたのは口にした林檎酒の味である。

 その反応に、同席していた村の男達の一人が得意気になって言う。


「林檎酒にしても蜂蜜酒にしても、この村自慢の品さ。テサルの街の奴らだってこの味は認めてんだ」

「そりゃあ認めるだろうよ、これだけ美味い林檎酒は大陸広しといえどそうはねぇだろう。フリアでも十分ひと商売やれる味だぜ」


 ガドーの言葉に嬉しそうに男達は笑う。

 そして今度はこっちも試してくれと蜂蜜酒を入れた木杯を彼の前に差し出す。


「かぁっ、美味い!! 美味すぎる!!」

「そう美味そうに飲んでもらえたらこっちも作り甲斐があったってもんだよ、旦那。ささ、どんどん飲んでくれ。少ないがエールも用意してあんだ」

「おうおう、そりゃ嬉しいが、あんたらも他人が飲んでる姿ばっか眺めてねぇでどんどん飲みなよ」


 そうガドーが勧めると男達は苦笑する。


「いやぁ俺達はほどほどにしとかねぇと、明日も仕事があるからなぁ」

「おいおい、こんな場でなにケチなこと言ってやがんだ。あんたらがつまらねぇ遠慮してちゃあ、せっかくの美味い酒が台無しじゃねぇか。ほら飲め飲め」


 そう言って無理矢理彼らの杯にも酒を注いでいくガドー。

 注がれた酒を無下に出来ず……。


「そうかい、じゃあ」


 と言いながら男達も遠慮がちに飲み始めていくが、そんな態度も最初のうちだけである。

 気品なんてものとは日頃無縁の田舎村の男衆である。酒が入ってしまえばタガが外れ、自然と飲めや歌えやの大騒ぎとなっていくは自明であった。


 そうした酒飲み達の席とは別の場所でも、それぞれがそれぞれの振る舞いで今夜の宴席を楽しんでいる。

 羊肉の香草の包み焼きをほおばり、丸焼きにされた豚の足にかじり付き、兎肉のシチューを流し込む。『小さな体によくもそれだけ入るものだ』という食べっぷりで同席する老夫婦の目を丸くさせていたのはファバであった。


「お前はもう少し落ち着いて食事ができないものなのか? いくら宴の場だからって、ご主人様の旅に同行する者としてみっともなさすぎる」


 マルフスが品に欠ける汚い食べ方に呆れて注意するが。


「うるせぇ、どう食おうが俺の勝手だ!!」


 とファバは聞かぬばかりか、あげくの果てには他人の皿に置かれた串焼きにまで手を伸ばす始末だった。


「それはマルフスのだ!! お前はもう自分の分は食べてしまったろ!!」

「世の中早い者勝ちだ。チンタラ食ってる方が悪いんだよ!!」


 東黄人の少年と灰色肌の小男が言い争い、食い争う席の隣りでは……。

 デリシャ人の男が村の女達に囲まれながら約束の魚料理に舌鼓を打っていた。


「ああ、美味いねこりゃ。こんな森の中で、まさかこれだけ美味い魚料理にありつけるとは思ってもなかったな」


 満悦して言うディオンに女の一人が手を合わせながら喜ぶ。


「気に入ってもらえたようでなによりですわ」

「だけど、これだけ美味い物を用意してくれたアンタらだからこそ、一度はデリシャの魚も食べてみてもらいたいもんだなぁ」

「そんなにも美味しい物なのですか?」

「当然。デリシャってのはとにかく魚が美味い国さ。いや魚だけじゃないな。タコにイカにエビに貝だって、デリシャの海は美しいうえに美味い物の宝庫なのさ」


 と、故郷の海を自慢する男を見る女達の瞳はどこか熱っぽい。

 その理由は、生まれてから一度と森から出ることもない女達の遠い異国の地への憧れというよりかは、どうも語る男の方にこそあるようであった。

 ディオンの顔立ちには、村のエルフ達のように単に整った美しき容貌というだけのものとは違い、野性味を感じさせる色気がある。

 それも村の男衆の粗野なだけな荒々しさとも違う、気品と精悍さを持ち合わせた男の色気である。

 そして、まさにその魅力が、初な年頃というには少々歳を食っていた女達をまるで初恋に浮つく乙女のようにしてしまっている原因だった。


 他方、ベルティーナとカムの席では同席する若い娘達が、年頃に合った好奇心を刺激されてお喋りに夢中となっていた。

 彼女らの話題はもっぱらカムの身に付ける見事な民族衣裳にあり、宴の場にと着込んできた自らの衣服と見比べてはため息をついて羨ましげに言うのである。


「本当に素敵!!」

「まるで花嫁衣裳みたい!!」


 とはいえ、その見事な民族衣裳も身に付けている女にしてみればただの平服にすぎない。


「おおげさだな。長旅の間なかなか手入れも出来ず、この通りあちらこちらが擦り切れ破れてしまったままだ。こんなボロボロになった服を着せて娘を花嫁に送る母親などいはしない」


 熱心に魅入る村娘達に苦笑を浮かべるカムであったが、実のところ内心ではそう悪い気もしていなかった。


 幼少の頃より毎日のように当たり前に身に付け、見てきた一族の民族衣裳。

 何も恥らう必要のない見事な出来の物ばかりであったのに、それが当たり前であったから、幼き日の自分はまったくその価値に気づけぬままでいた。

 見た事もない遠い草原の外の国に憧れるばかりで、身近に溢れていた大切な物を見落としつづけていた愚かなジバの娘。

 失い、もはや取り戻せぬようになってから気づかされた愚かな女であったからこそ、こうして自らが仕立てた衣裳を褒められることに気恥ずかしさと共に純粋な喜びを感じていたのである。


 とはいえ、『これぞジバの女の服』であると胸を張れる出来かと問われればそれはまた別の話である。

 何せカムの身に付ける服は、教えを受けた幼き日の記憶と草原の外で習得した技術を頼りに作った物にすぎず、母や祖母、一族の女達の見事な針の技を完璧に習い受け継いだわけではない。

 実際、記憶に残る一族の衣裳は自身の仕立てたそれよりもずっと見事な物ばかりであった。

 その事をよくよく自覚しているからこそ、カムには負い目があったのだ。


「それに、たとえ新しい物であっても私の仕立てる服など、一人前のジバの女達から見れば未熟なものだ」


 彼女の言葉に村娘達は互いの格好を見合わせた。


「これだけ素敵な服なのに未熟だなんて……」

「そんな事言われたら私たちの服なんて、ねぇ」


 その反応にカムは少し懐かしげに過去を振り返って言う。


「草原の地でも針仕事は女の領分だったが、幼い頃の私は弓や馬の方に夢中で、針の扱いをよく学ぼうとはしなかった。横着して途中で抜け出しては母によく怒られていたな」

「まぁ、今の落ち着いた雰囲気からはなんだか想像もつかないわ!!」

「誰だって愚かな子供の時代はあるし、そこから年を取る。……こうして故郷の地を去って旅をして暮らすようになって今さら、もっと真面目に習っておくべきだったと後悔しているところだ」


 それは単に女の嗜みを学び損ねたというようなものではなく、一族の女が代々伝えてきた誇りある技術、それを学ぶ機会を永劫失ってしまったことに対する後悔であった。


「でもそのお話が本当なら故郷の皆さんはもっと素敵な衣裳を着てらっしゃったってことよね? 何だか信じられないわ。こんな素敵な服以上の物だなんて……」

「幼い頃に、祖母が手伝い仕立てた衣裳を纏って嫁いでいく叔母の姿を見送ったことがあったが、それはもう宝石のように美しい姿だった。あの見事な花嫁衣裳に比べれば、私のこの服などまさにただのボロ衣だ」


 幼少の記憶を思い出してそう語るカムの言葉は決して大袈裟なものではなかった。

 実際、ジバの裁縫技術は弓や乗馬の技術と並んでフリア各地のものと比べても非常に優れたものであったのだ。

 その価値に気づいた行商人達がわざわざ草原の外から物を買い付けに来るほどであり、仕入れたそれらの品々を彼らはフリアの街々で売り払っていたのである。

 だが、草原の民がそこから得られる利益はさほど多くはなかった。

 何故なら行商人達は草原の民に根深く存在する氏族間の対立を利用して安く買い叩いては、それを何倍、時に何十倍という高値で売りさばいていたからだ。


 利益の多くは草原の外へと流れ、残る僅かな富をめぐって草原の内で争いが繰り返される。

 それがブルヴァという土地の実情となってしまっていた。


 もちろん草原の族長達の中にもその事に気づいてなんとかしようとしていた者もいたし、カムの父ムーソンもその一人であった。

 彼は異なる氏族が争うのではなく協力する事の重要性を長年訴え、行商人達による買い叩きを防ぐだけでなく、互いの裁縫技術を持ち合わせることによって、より品質の高い品を生み出す努力をすべきだと主張し続けていたのだ。

 ムーソンは正当な取引によって正当な利益を得られるようになれば、ゆくゆくは略奪をも慣わしとする草原の民の生活を変革出来るはずだと本気で考えていた。

 むろん優れた裁縫の技術一つで草原の民が抱える問題の全てが解決するわけではなかったろう。


 だが、草原の女達が代々伝えてきた技術には、父の思い描いていた理想を実現するその第一歩となるだけの価値があったのだと、草原の外で暮らすようになった今のカムにはよくわかるのである。


 そうして草原の民としての誇りと父親の無念とを思いながら彼女が話す最中。


「お姉ちゃん」


 可愛らしい声が横から聞こえてくる。


 声のする方を見れば、食台にひょっこり顔を出している幼い少女がいた。

 そしてその少女はニコニコと笑みを浮かべながらカムに問いかけてくるのである。


「タルト美味しい?」

「タルト?」

「そちらの果物の入った焼き菓子のことですわ」


 聞き返す女に、同席する村娘の一人が答えた。


「ああ、これか。ちょうど今から食べようと思っていたところだ」


 と、カムが優しく言うと少女は嬉しそうに間延びした口調で話し出す。


「あのねあのね。春苺の入ってるやつはね。ふわぁって甘くておいしいの。リチェの実が入ってるのはね、きゅうって甘くておいしいの」

「そうか。それはどっちも美味しそうだな」

「うん、どっちもおいしいの」

「どっちを食べようか迷ってしまうな」

「うん。ミミはねぇ、今日はねぇ、春苺のやつ食べようと思ってたんだぁ。でもねぇ、リチェの実が入ってるのにねぇ、ヨーグルトもついてたの。だからねぇ、そっちを食べちゃったの!!」

「そうか。そっちを食べたのか」

「うん!!」


 そう言って頷くと何がおかしいのやら、幼い子供独特の調子でけらけらと少女ミミは笑い出す。

 それを微笑ましそうに眺めながら……。


「春苺の入ったやつはもういいのか?」


 と、カムが問う。

 すると一瞬キョトンとした表情になってミミは言った。


「リチェの実が入ってるの食べたもん」

「もうお腹いっぱいか」


 子供の小さなお腹ではそういくつも食べられるものではないだろうと、ひとり納得するカムであったがどうもそれは違うらしい。

 ミミは首を振って否定しながら、奇妙な事を言い出す。


「おしまいだもん」

「おしまい?」

「うん、約束したからおしまい」

「約束?」

「お母さんと約束。だから、今日はもうおしまいなの」


 少女のその言葉の意味を理解できず、カムは束の間困惑していた。

 だが、話を横で聞いていた村娘達の様子がおかしなことに気がつくと、何か思い当たることがあったのか、彼女は席から立ち上がって周囲を見渡し始めた。

 そして険しい表情となって心の内に嘆くのである。


――ああ、私はとんだ大馬鹿者だ!!


 少し気をまわせばすぐにわかることだった。

 大広間の食台の上には一見しただけではどこもたくさんの料理や菓子が並ぶように見えていたが、それぞれの席に付く人の数はあまりに違うのだ。

 レグス達客人の席には少人数しか付かず、残る村人達は十人も二十人もになって一つの食台に集まっている。

 これではいくら台上に多くの料理が並べられたように見えたところで、とても足りはしない。

 実際彼ら村人達の為に用意された料理の多くはあっという間に食べつくされており、少ない取り分であろう料理や菓子を少しでも子供達に分け与えようとする両親の姿や、もはやねだる物すらなくて、ただ手持ち無沙汰に退屈そうにする子らの姿さえも見られる有り様だった。

 しかもそんな状態にあって、追加で料理や酒が運ばれてくる気配は全くなかったのである。


 手配が遅れているのか。あるいは村の者達が驚くほど小食な者達の集まりなのか。

 そんな馬鹿げた想像を働かせるよりも答えはもっと単純ものだ。

 どうしてあの時、ゴロムの洞窟の中で交わした会話の中で、恵まれた森の豊かさを語る少女の表情が不意に曇り、言葉を濁らせたのか。

 どうしてあの時、もてなすべき客人の昼食の席で酒の提供を渋るような真似をしていたのか。

 どうしてあの時、森深くで暮らす村人達にとっては数少ない楽しみとなっているであろう今年の春の祭事を見送るつもりだったなどと村の長たる魔女は言っていたのか。

 それらの理由とも繋がる単純な答え。

 今この村には、宴に際して村の者達全員の腹を満たすに十分なだけの余裕がないに違いなかった。


 何も不思議なことではないだろう。

 平年多くの果実が実り、肥えた獣達の肉を取る事ができる地であろうと、天候が不順となれば不作となり、迷い込んだ魔物が森を荒らせば不猟となる。

 それはオルザの森に暮らす者達とて避けられぬ摂理に違いない。この地もまた、不作や飢えと無縁の楽園の地などでは決してないのである。

 しかも村の規模は大きく人口が四百人近くといるうえに、あれだけ大柄なイパ達などは人の子よりもずっと多くの食料を必要としている事だろう。

 いくら森の恵みが豊かといえど、平年時さえにも村の食料事情に大きな余裕があったわけではないことは簡単に想像がついた。


 いざという時に備えて毎年少しずつ蓄えてきた余力も、巡り悪く不作不猟が続けばあっという間に尽きてしまう。

 そうしてまさに今、この村は大切な春の祭事さえも満足に行えないほどに窮していたのである。


「お姉ちゃんどうしたの?」


 村の実情に気がつき険しい顔を浮かべる女に、不安そうに少女が問う。

 その問いに、カムは無理にでも表情を和らげて返答した。


「いや、なんでもない。それよりミミ、少し頼まれてはくれないか?」

「ミミにお願い?」

「そう、お願いだ」

「なぁに?」


 カムは焼き菓子の乗った皿を一つ取って言う。


「美味しい焼き菓子を食べるのをミミに手伝って欲しい」


 その提案に幼い少女は驚き途惑う。


「でも……」

「こんなにたくさんの焼き菓子、私達だけじゃとても食べきれない。でもせっかく皆が用意してくれた物を残してしまっては悪いだろう?」


 そう言いながらカムが視線を同席する村娘達に送ると、その意図を察して彼女らも調子を合わせる。


「ええ、そうね。残してしまったらもったいないわ」

「ミミがお手伝いして食べてくれると私達も助かるのだけど」


 それを聞いて少女はパッと表情を明るくした。


「じゃあね、これをミミが食べてあげるね!! それでこっちはシュゼットに持ってってあげるの!!」

「ああ、好きなだけ持ってっておやり」

「うん!!」


 嬉しそうに頷いてミミは焼き菓子を一切れずつ手にすると、彼女の母親や他の子らが集まっているであろう方へトテトテと走っていった。

 その幼い少女の後ろ姿を見送ると申し訳なさそうにして同席する村娘が言う。


「あの、ごめんなさい……。今日はお客様をもてなす為の席なのに、逆に気をつかわせるような事になってしまって」

「気にするような事じゃない。実際これだけたくさんの料理や菓子を並べられたってとても食べきれるものではないんだ」


 カムの言に、それまで隣で言葉少なく食事を続けていたベルティーナが口を開く。


「馬鹿ね、あんなことしたらすぐに他の子らだって寄ってくるわよ」


 その指摘にもカムは平然と言い切って応じる。


「それならそれでいい。旅糧にはまだ余裕がある。今夜の料理にありつけなかったからといって何も飢えて死ぬわけじゃない」

「ああそう。好きになさいな」


 呆れて言うベルティーナの予想は的中した。

 ミミが焼き菓子を手に戻ると、それを見た子供達の間に話は瞬く間に広まり、僕も私もとカム達の席に押し寄せて来たのだ。

 もちろん周囲の大人達はそんな真似を止めようとはしたが、この大広間に集まっているのは躾のいきとどいた良家のお坊ちゃまやお嬢様ではない。大人の注意を簡単にきくほど村の子供達の聞き分けはよくなかった。


「僕はこれがいい!!」

「わたし苺の!!」

「お肉お肉!!」


 我先にと群がってくる子供達に対して、カムは事前の宣言通り惜しみなく料理や焼き菓子を分け与えた。

 同席する村娘達も同じである。

 そうして、大切な客人用にと食台の上に十分すぎるほどに用意されていたはずの料理や焼き菓子は次から次へと無くなっていき、やがて気がつけば空の皿ばかりが並ぶようになっていた。


 だがそれでも、子供達全員に行き渡ったわけではないようで、競争に出遅れた一人の少女が物欲しそうに食台の上を眺めていたのである。

 彼女はカム達にはもう分け与えるだけの料理や焼き菓子が残っていない事を確認すると、その隣で静かに食事を進めるベルティーナに目をつけ、そっとその傍らへ近付く。

 そして期待に満ちた目を浮かべて、様子を窺うのである。


 だがしばらくしても、その女はまるで無反応で食事を続けるだけであった。


「ベルティーナ」


 カムがその名を呼ぶが、やはり無反応に変わりない。

 呼びかけを無視して食事を続ける女の様に、物欲しそうに立っていた少女もさすがに彼女がカムのように優しくはない事を察してしょんぼりと肩を落とした。


 そして少女が諦めてその場を去ろうとしたその時、大きなため息が聞こえる。

 ため息の主は他ならぬベルティーナであった。


「……ほら、焼き菓子でもなんでも好きなだけ持っていきなさいな」


 うんざりとした様子ながらも焼き菓子の乗った皿を取って少女の方へと差し出すベルティーナ。

 差し出された少女の方は笑顔になって礼を述べると、その皿から焼き菓子を取って嬉しそうにそれを頬張った。

 こうして一度甘えを許してしまえば、その後に起こることは火を見るより明らかである。

 あっちのお姉ちゃんからも貰えると、子供達が次から次へと寄ってきてはベルティーナの前に並ぶ料理と焼き菓子の取り合いを始め、カムのそれと同様に皿の上にあったものは瞬く間に空となっていった。


 あらかたの料理と菓子を子供達に奪われ、ずいぶんと寂しい光景となった食台を前にしながら客人たる二人の女は言葉を交わす。


「すまなかったな」

「謝るくらいなら次からはもう少し考えて行動するようにしてもらえるかしら」

「これでもよく考えた上での行動だ。迷惑をかけた事は悪いとは思っているが、また同じような状況があればやはり私は同じ事をするだろう」


 その返答にベルティーナは再び大きくため息をついた。


「……でしょうね」

「ああ。だが寛大なベルティーナ嬢の慈悲の心には感謝の意を示さなくてはならない。礼を言うよ」

「勘違いしないでちょうだい。私はベルフェンでも指折りの料理人たちが作るもっと繊細で美味な料理や菓子の数々を口にして育ってきたの。こんな田舎料理や田舎菓子ごときには興味がないだけよ」

「ではそういうことにしておこう」


 意地でも高慢な態度を突き通すベルティーナの振る舞いにカムは苦笑しながらも、この話題をそれ以上深く掘り下げようとはしなかった。


 そうした出来事もありしばらくもすれば、主催者であるセルトラ達の目論みがもはや破綻を迎えてしまっている事は誰の目にも明らかとなった。

 タガの外れた子供達は遠慮を知らず他の客人の席までまわって分け前をねだり始め、よりひどいのはガドーとそこに同席する村の男衆が起こす乱痴気騒ぎである。

 彼らは見かねて注意しにきた男達をも無理矢理巻き込んで、酒を酌み交わしては飲めや歌えやの大騒ぎ。

 今夜の場は建前は別として、もとより参加者の自制に期待して催した宴の場である。

 歯止めとなるはずの者達ですら限度を知らず騒ぎを大きくする調子では、用意した酒や料理が足りるはずもなかった。


 どんどん減らしていく酒や料理の光景を渋い顔で確認しながら、近侍のエルフが長たる魔女へと報告に向かう。


「魔女さま、予想以上に料理や酒の減りが早くこのままではとても……」


 言わずもがなセルトラとてその事には気がついている。


「仕方がありません。すぐに追加の料理とお酒の手配を」

「ですが……」


 長からの指示にエルフの男はためらった。

 客人の歓迎の為にと、残り少ない貯えからどうにか捻り出して用意したのが今夜の酒や料理の分であり、今も食料庫に残っている分は不作不猟に備えて何とか飢え死にを避ける為のぎりぎりの量にすぎない。

 それを放出する事はこの村にとっては大きな危険が伴う事を意味する。

 冬が終わり春を迎えたとはいえ、今はまだ節制に努め次の冬に備えて貯えを少しでも多くしなければならない状況であったのだ。本来迂闊に大盤振る舞いする余裕などあろうはずもなかった。


 だがセルトラはそれを承知でなおも命じた。


「大切なお客様にこれ以上気を使わせるわけにはいきません。安心しなさい、私にも考えはありますから」

「わかりました」


 再びの命令にエルフの男は従う。

 魔女の頭の中にいったいどのような考えがあるのか、それを尋ねるような真似はしない。

 長たる彼女を信頼して彼は追加の酒と料理の手配へ急ぎ向かう。


 そしてそうした苦労を知ってか知らずか、さらに多くの酒と料理が運ばれてくると宴の場はより盛り上がりを増して、ガドーと村の男衆達の騒ぎなどは夜更けまでも続く事となったのであった。

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