昼食後の稽古
「だから踏み込みが雑なんだよ!! ひゃっぺんやったって負ける気がしねぇなそれじゃあ」
「くそっ……」
ガドーとファバの再開された稽古は昼食前のそれと同じように代わり映えのしないものだった。
傷一つ付かぬ男に対して少年は土に汚れて傷だらけ。
それでも彼は諦めることなく何度でもその男に挑んでいく。
上空でゆるやかに流されていく雲より変化のない一方的な光景、それが繰り返される中、突如二人は聞き覚えのある少女の声を聞いた。
「ガドー!! ファバ!!」
見ればそこには村の子供達を連れ、胸に岩人のカロンを抱くアレットの姿があった。
「おう、どうしたアレット。ガキ共をそんなに引き連れて」
稽古の手を止めて男が尋ねると彼女は周りの子供達を見やり笑顔で答える。
「皆がもっと話がしたいって言うから」
「話?」
「森の外の話!!」
村に入る時の一騒ぎにしてもそうだが珍しい訪問者に子供達は興味しんしんなのだ。
無理もない。生まれ故郷の村を飛び出してまで剣で食ってゆく道を選んだガドーにもその気持ちはよくわかった。
「ああ。まぁ話が聞きたいってんなら別にしてやってもいいぜ。どうせ暇だしな」
「おい!!」
ファバが非難の声をあげるが彼は相手にしない。
それを見て、すかさず村の子供達が質問を飛ばす。
「ねぇ、二人で稽古してたの?」
「まぁな」
「その剣、本物だよね!!」
「おうよ。こいつで魔物共をバッサバッサとぶった斬ってきたのさ」
「危なくないの!? 俺達も村の大人に剣の使い方教えてもらってるけど、木で作ったやつで練習してんだ」
「お前らみたいなチビの訓練はそれが一般的だろうよ」
そう口にしながら思うところあってかガドーは子供達に問う。
「ちょっと待て、もしかして今もその木剣持ってねぇか?」
「家に置いてるけど……」
「よぉし、だったらそいつを持ってきな。森の外の話もいいが、外の世界の剣ってやつも教えてやろうじゃねぇか」
「ほんと!?」
外の世界を旅する男に教われるとあって子供達は喜んだが、ファバの方はそんなものに納得するはずもない。
「何勝手なこと!!」
その抗議を手で制してガドーは言う。
「ただし、こいつはとっておきの奥義だ。教えてやれるのは一番腕の立つ奴だけだな」
すると子供達の視線がひとりの少年に集まった。
「タパニだ!!」
「タパニが俺達の中で一番強いんだ!!」
タパニと呼ばれた少年は他と見比べても一回り体格も良く気の強そうな顔つきをしていた。
異論を唱える者もいない。どうやら文句なしで彼が一番の使い手であるらしい。
「そうか。だったらおめぇがうちのファバと勝負してみな」
「ふざけんな、なんで俺が!!」
反発するファバに男は言う。
「試験だ試験。ガドー流奥義を伝授するに相応しい男は誰か、ハッキリさせとかねぇとな」
「なにがガドー流だ!! もったいぶるような腕なんかしてねぇくせに」
「なんだ、自信がねぇのか? まさか同じガキ相手に負けるのが怖いなんて情けねぇことは言わねぇよな?」
「言うわけねぇだろ!!」
「だったらいいじゃねぇか。決まりだ決まり。おめぇだってちったぁ試してみてぇだろ? 今の自分が同じ年頃のガキ相手にどれだけやれるもんか。大人相手と違って負けた言い訳はきかねぇぜ、てめぇにそいつより才能があるかどうかハッキリとわかる」
ここまで言われて流せるほどファバの精神は成熟していない。
それにそういった事に全く興味がないといえば嘘になる。
「ちっ、仕方ねぇな」
舌打ちしながらも彼はタパニとの勝負を受けてやることにした。
それからガドーは村の子供達に木剣を取ってこさせると、一本をファバへと渡す。
その大きさはタパニの使う物とさして変わらない。
背丈も武器の間合いもそう変わらぬとなれば、勝負は言い訳のきかぬものとなる。
「有効打は俺が判断してやる。かすった程度じゃとらねぇからしっかりと打ち込めよ」
木剣を手に向かい合う少年らにガドーが確認すると、二人は黙って頷いた。
「タパニー!!」
「タパニ頑張れ!!」
「負けんなよ!!」
見守る子供らの声援が飛ぶ。
当然それは同胞の少年を応援するものばかりで、一部アレットのように怪我なく二人の勝負が終わるよう心配そうに見守る少女達もいたが小数派だ。
場の期待の多くは少年タパニに集っていた。
「おりゃ!!」
「このっ!!」
勝負の開始当初、両者の動きには硬さがあった。
互いに距離をつめながら、木剣を突き出し合って探るように打ち合う。
逃げ気味の姿勢、勝ちにいくというよりも負けないようにという立ち回り。
お互い負けたくないという強い思いが悪い方へと影響していたのだ。
それでも、何度か打ち合う内に緊張もほぐれてくると、戦いは段々と激しさを増していく。
先に覚悟を決めて相手へと踏み込んでいったのはタパニの方だった。
――へぇ、たいしたもんだ。
強く打ち込むタパニの姿にガドーは感心する。
森深くの田舎村の子供が振るうにしては筋の良さを感じさせる戦いっぷりだったからである。
――まぁエルフの連中に教わってるだろうからな。
エルフという種族はだいたい何をしても人間のそれよりかは巧くこなしてしまうものだ。
もしかすれば街々の下手な使い手に教わるよりかは、この森に住まうエルフ一人に稽古をつけてもらう方がよほど良い剣の師になるのかもしれない。
――たいしてこっちは……。
一方、視線をファバへと移してガドーはため息をつく。
必死の防戦でなんとかしのいでいるがその優劣は明らかで、見る間にタパニが押し始めていた。
――こりゃ勝負あったな。
その確信通り、二人の勝負はまもなくして決着した。
「いてっ!!」
タパニの木剣がファバの防御を破って命中したのだ。
「やったタパニだ!!」
「タパニが勝った!!」
同胞の少年の勝利に喜びの声をあげる村の子供達。
対して敗れたファバは尻を地面について唖然と自分を負かした者を見上げていた。
「おうおう、見事に負かされやがって。ダっせぇたらねぇな」
ガドーにそう声をかけられハッと我に返るなり、ファバは言い訳を並べて繕おうとする。
「ちょっと油断しただけだ!! 次やったら俺が勝つ!!」
「次やったらねぇ」
呆れ失笑する男に少年は木剣を叩きながら訴えた。
「こんなもん使い慣れてなかったから!! けど、もう一回やれば今度は俺が勝つ!!」
「得物のせいするとは情けねぇなぁ。けどまっ、そうだな。実戦じゃもう一戦とはいかないがこいつは試験だ。しっかり実力をはからないとな。十本勝負といこうじゃねぇか」
「ずるい!!」
「タパニが勝ったのに!! そんなの後出しだ!!」
ガドーの言葉に村の子供達が反発するが……。
「いいよ、俺はそれで」
タパニ自身はあっさりと承諾した。
その態度に、ガドーはあらためて感心する。
――いい面してるぜ。
幼稚な負けず嫌いを見せるファバと違って、気の強さを感じさせながらも堂々と落ち着いた顔つきのタパニ。
精神的な部分のおいても二人の差がハッキリと見えた瞬間だった。
「おいファバ」
「ああ?」
次の勝負を始める前にガドーは助言を与えようとするが、それを見た子供達がまた抗議する。
「二人の勝負なのに!!」
「そうだよ!!」
その抗議に苦笑して男は言った。
「弟子に助言ぐらい許してくれよ」
「てめぇの弟子になった覚えはねぇよ!!」
「いいから聞け」
弟子扱いが気に食わない少年に構わず、低く真面目な声でガドーは言う。
「あのタパニとかいう小僧、今のお前が格好つけて勝てる相手じゃねぇぞ」
「別に格好なんか……」
「だったら何チンタラ打ち合いなんてしてんだ? アレはお前の間合いじゃねぇだろ。打ち合い勝負なんて俺らは教えてねぇぞ」
「ちっ、わかってるって」
ガドーに説教垂らされるのは面白くなかったが、らしくない戦い方をしていたのは確かだった。
背丈のそう変わらぬ相手に木剣同士の勝負。間合いが五分に近付き邪念が入った。下手に打ち合っても勝てる相手と錯覚してしまっていたのだ。
――くそっ、ガドーなんかにつまんねぇ説教くらうなんてよ。
悪態をつきながらも頭を冷やしファバは覚悟を決める。
そうして彼はさきほど自分を負かした相手とまた向かい合う。
――もう下手はうてねぇ。
得物が変わろうとやるべき戦い方は同じ。
二戦目、ファバは打ち合いではなく一気に間合いを詰めて勝負を決めにかかる。
それは石火の早技であった。
最初の一撃で彼の木剣がタパニの腹部に痛撃を浴びせたのだ。
「嘘だろ、タパニが負けちまった!!」
「いや見ろよ!! あいつだってタパニの一撃を食らってんだ!!」
腹を押さえてうずくまるタパニに対して、もう一方も自分の片腕を押さえて座り込んでいる。
「どっちだ!? どっちの勝ちだ!?」
勝敗を気にする子供達の視線が集まる中で、ガドーが判定を下す。
「ファバの勝ちだな。腹を斬られちゃまず助からんが、腕一本なら生き残る可能性は十分にある。それに先に当てたのもあいつだった」
その判定に落胆と不満のため息を村の子供達は漏らすが、当人らの反応は異なった。
「勝ちは勝ちだぜ」
腕を押さえながら勝利宣言するファバに、タパニは言う。
「ああ。けど一回負けただけだ」
その顔には少しばかり笑みすら浮かべていた。
彼も一本負けたことを悔しくは思っていたがそれ以上に、手強い相手の力量に驚きと喜びを感じて闘志を燃やしていたのである。
それがタパニという少年の気質だった。
その後、二人の勝負はより白熱した。
とにかく一撃、早々に勝負を決めにかかるファバと、それを凌ぎ打ち合い上等で押し勝つタパニ。
得手不得手は違えど彼らの剣力は拮抗していた。
打ち合いにもっていけばタパニが、そうでなければファバが勝利する。
そうして取って取られてを繰り返し十本勝負、その最後を制したのは……、ファバだった。
「よっしゃあ!! どうだ、言ったろ!! 俺が勝つってよ!!」
結果は六対四、差はわずかだったが勝ちは勝ち。東黄人の少年は吼え勝ち誇った。
その姿とは対照的にタパニの応援にまわっていた村の子供達はがっくりと肩を落とす。
「ああタパニ負けちゃった」
「まじかよ、あいつが負けちまうなんて」
そんな彼らの落胆を尻目にファバはふてぶてしく言い放つ。
「最初はちょっと得物が違って戸惑っただけだ。俺はお前らがこの村でボケっと飯食ってる間も、危険な旅をしながら実戦積んでんだ。地力が違うっつうの」
その上から物を言う態度には反感を覚える子らも多かった。
だがタパニ自身には気にするそぶりはまるでない。
「実戦かぁ。やっぱそうだよなぁ。俺もせめて狩りぐらいには連れてってくれって言ってんだけどなぁ。でもゲルミアは後一年は待てってゆずらねぇし」
ゲルミアはタパニの剣の師でもあるエルフのことだった。
村の狩猟隊をまとめており、彼の判断でそこに加われるかどうかが決まる。
そしてその狩り長のエルフは有望な少年の成長を把握してはいたが、まだ危険がすぎると狩りへの帯同を許しはしなかったのだ。
いくら稽古を重ね積もうと、危険を身近にして過ごすのと村の中で安穏と過ごすだけでは得るものが違う。
実戦に優る経験は無いのだと、ファバとの勝負の結果に実感してタパニはため息をついた。
ただその沈んだ表情もすぐに切り換えて彼は言う。
「最初はこんなもんかと思ったけど、やっぱすげぇんだな、外の世界を旅してるってのは。負けたよ」
そう言って彼は己を負かした相手に手を差し出す。
「負けたのは悔しいけどさ、けどすげぇ楽しかった。ありがとうな」
それは最初の一本を取られ慌てて言い訳は並べた少年の見苦しさとは正反対の清々しさだった。
そのような態度に面食らいながらも、ファバも応じて手を握り返す。
「まぁ……、お前も中々悪くなかったかな」
その取り繕ったような間の抜けた称賛にタパニはおかしそうに笑った。
「そっか中々か」
「二人ともたいしたもんだったぜ」
少年達が握手を交わす中、ガドーが拍手し両者の健闘を称えた。
それをファバは少し鬱陶しそうにする。
「てめぇに褒められたって何にも嬉しくねぇよ。おいガドー、茶番は終わりだ。さっさと稽古に戻んぞ」
当然のように彼は稽古の再開を要求したが、ガドーの返答は思いもせぬものだった。
「何言ってんだ? ガドー様の試験はまだ終わってなんかねぇぞ」
「はぁ? 十本勝負には俺が勝ったろ!!」
「誰が試験は十本勝負で終わりだなんて言った?」
「なっ!!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる男にファバは言葉を失うが、タパニの方は前のめりになってその話に食いつく。
「まだ他にも何かやんの!?」
「剣の扱いに関しちゃ、ちょっとばかしファバの方が上回ってるつうのはわかった。けどな、戦いの上手下手は何も剣の腕だけで決まるもんじゃない。何しろ実戦じゃ、人間相手にしろ魔物相手にしろお行儀良く向かい合ってサシで勝負だなんて決まりは無いんだからな。奇襲奇手上等ってなもんよ。つまり使い手には己の剣力を活かすだけの別の力も要求されるわけだ」
「別の力?」
「要はココとココよ」
ガドーは両の手で少年二人の頭と太ももを叩く。
「アホと鈍間は生き残れねぇ。傭兵稼業、冒険者稼業の鉄則よ。剣一本でやってこうつうのならそっちの力試しもしておかないとな」
「それで何すんの?」
期待に満ちた瞳で己を見つめるタパニにガドーは言う。
「『衛兵と盗賊』」
「衛兵と盗賊?」
魔女の森に住まう子供達には、それがどのようなものであるのかが全くわからなかった。
ファバも同様であり、ガドーは自らが口にしたモノについてを大まかに説明する。
「何人かの衛兵役と盗賊役に分かれてやるもんでな。衛兵役は盗賊を追い、盗賊役は衛兵から隠れるって試験だ」
「かくれんぼじゃん」
説明を聞かされた村の子供らは似たような児戯を思い出すらしい。
「うん、かくれんぼだね。私達もよく遊んでるよ!!」
「ニノンかくれんぼ得意だよ!!」
どこか楽しそうに反応する彼らとは違い、ファバは苛立ちをあらわにする。
「いい加減にしろよガドー。ガキの遊びなんかやってる暇なんてねぇんだよ」
「ガキの遊びなんかなもんか。こいつはフリアの傭兵団でも採用されてる立派な適性試験だ。これをやらせりゃそいつの戦場での判断力、人の動かし方ってのも見えてくる。もちろん鈍間かどうかもな」
「だから何だよ、どっちも剣の稽古するだけなら何も関係ねぇだろうが」
「まぁそう言うなって。剣闘士にでもなりたいっつうなら何も考えずに馬鹿みたいに剣だけ振り回してりゃいいがよ、けどお前はそんなもんなりたくて旅してんのか?」
その問いにファバは何も言えない。
「魔境を旅しようってんならこういう実力も必要になってくる。それがどの程度あるもんか見てやろうってわけよ」
「てめぇごときに見てくれなんて頼んじゃねぇよ」
「嫌ならいいんだぜ、別に。今日の稽古はタパニにつけてやることにするから」
「はっ? なんでそうなるんだよ!!」
「この程度の試験からも逃げ出す腰抜けに稽古つけてやっても、それこそ時間の無駄だしな」
「てめぇ……」
安い挑発にわかりやすく腹を立たせるファバ。
彼にしてみれば一行の中でも下から数えた方が早い剣力の男にそんなことを言われるのが余計に許せないのである。
「タパニ、お前はどうするよこの試験、やってみる気はあるか?」
「あるよ。なんか面白そうだし」
「おお、こっちの少年は素直でいいね。どっかの腰抜けと違って」
それが当て付けであることは見え見えであったが、しかしファバの精神もまた子供らしく未熟であるのだ。
「くっそ、くだらねぇ!! くだらねぇ……、けど、やってやるよ!! やりゃいいんだろ!! けどなガドー、これで仕舞いだからな。また後から試験だなんだって付け足すなよ!!」
「わかってるって。これが終わったら気が済むまで稽古つけてやるよ。ただしお前が勝てばの話だけどな」
「絶対だかんな!! あとでとぼけんなよ!!」
そう約束させてファバはもうしばらくガドーの言う試験とやらに付き合ってやることにした。
『衛兵は相手をつかまえて十を数えれば、その盗賊を牢屋に移すことができる』。
『盗賊は基本、衛兵から逃げることしかできない。ただし、相手に気づかれずに背中を叩くことができればその衛兵を倒すことができる』。
『牢屋に入れられた盗賊は捕まっていない盗賊が触れることで逃がすことができる』。
『衛兵は宝を守りながら時間内に盗賊全員を捕まえなくてはならない』。
『逆に盗賊は時間内に宝を盗むか、衛兵を全滅させなくてはならない』。
『行動範囲は互いに村の中までとする』。
などなど、『衛兵と盗賊』の決め事がガドーから説明された後、今度は役決めが始まる。
足の速さなどを考慮して話し合われた結果、衛兵役をファバとアレット、それに何人かの子供達がやる事となり、盗賊役にはタパニと残る子供達が選ばれた。
「そいじゃとっとと始めるぞ」
そして作戦を立てる時間を与えた後、ガドーは百を数え始める。
その間に盗賊役となった子供らは騒ぎながら村中の何処かへと散らばっていった。
男が百を数え終えるとファバ達も続き村中に散らばっていく。
足の遅い何人かの子供が宝とされた石ころの見張り役に残されていたが、極少人数だ。
――さてと、それじゃあ俺はのんびり見物させてもらうとするか。
ガドーはそこからやや離れた場所に腰を下ろして、その後の成り行きを見守る事にした。
そうしてしばらく、村中を走り回り、追いかけ、逃げまわる子供の姿を彼が眺めていると……。
「おい、ガドー」
背後から声がかかる。
振り返り見ればディオンが立っていた。
「おう」
「風呂が空いたぞ」
「おっ、そうか。そいつは丁度いい」
ベルティーナ達の湯浴みが終わった事を告げられて男は軽い調子で応ずるが、そこにもう一人あるべき者の姿が見当たらずディオンは問うた。
「ファバはどうした」
ガドーは黙って一点を指差す。
そこには村の子供達に必死に指示を与えては走り回るファバの姿があった。
「何やってんだありゃ」
「衛兵と盗賊」
「衛兵と盗賊?」
一瞬ディオンは言葉の意味を理解できずにいたが、すぐに思い当たるものあって問い直す。
「……ってあれか、ガキの遊びの?」
「他に何があるってんだ?」
「いや……、へぇ、ファバのやつがねぇ」
奇妙なモノでも見るかのように、走り回る東黄人の少年の姿に目を細めるディオン。
その傍らでガドーが小刻みに笑い出す。
「どうした?」
怪しんで尋ねると笑う男は愉快そうに答えた。
「あいつら『衛兵と盗賊』がフリアの傭兵団の試験にも使われてるもんだってつったらマジで信じやがって。まったく子供ってのは馬鹿なうえに純粋で助かるぜ」
男の返答にディオンは呆れたように言う。
「さてはお前、稽古の相手が面倒になって押し付けたな」
「おうよ。しつこいったらありゃしねぇからな。ガキはガキと遊んでりゃいいのよ」
「ファバが聞いたらまた怒るぞ」
「ハッ、知ったことかよ。それに俺としちゃあむしろ感謝してもらいたいぐらいなんだがなぁ。あの馬鹿が他のガキ共と一緒になって遊べる貴重な機会をくれてやったんだ、俺なりの気遣いってやつよ」
「お前なぁ……」
なおさら呆れるディオン。
その反応すら気にもせずガドーは立ちあがると、そのままその場を後にしようとする。
「おい、どこへ行く」
「決まってんだろ、風呂だ風呂」
「風呂ってお前、アレはどうするつもりだ」
何も知らずにいるファバ達を指してディオンが問うと、男は悪びれもせず言ってのけた。
「放っておきゃいいだろ」
そうしてさっさと館へと向かいガドーは歩き出す。
ディオンもやれやれと思いながら後を追おうとしたが、途中でその足がふと止まった。
そして彼は再び子供達の方を見やると、つかのま静かにそれを見つめる。
どうにも奇妙な感覚だった。
平穏な暮らしの中で、元気に遊びまわる子供達の姿は微笑ましい光景といえるはずだった。
なのに微笑ましさとは別の、何か希薄な感情が自分の中におぼろげに存在していたのだ。
――同情。
そんな言葉が一瞬彼の頭の中を過ぎった。
同じ年頃の子供と一緒になって遊ぶ。
そんなことすらも過酷な旅を共にする少年にとっては日頃ありはしない体験に違いない。
ガドーは言っていた、これは『俺なりの気遣い』なのだと。
それはまったくの本心というわけではなかったろうが、存外まるっきりの嘘とも言えないのかもしれない。
友と遊び、時に喧嘩をして、温かな家族と共に食卓を囲む。
そんなありがちな子供らしい『幸福』とは無縁に、多感な少年時代をただ恐ろしく危険で過酷な旅に費やしていく。
それはファバ自身が選んだ道であり、また、選ばざるを得なかった運命でもある。
そのような境遇に今さらながら、自分は同情しているのだろうか……。
だがあの日、あの壁の地で、取り戻したはずの『ありがちな幸福』とやらを自ら放り捨てたのはいったいどこの誰だというのか。
妻を、親友を裏切り、己の内に燻っていた愚かな思いに当てられて見果てぬ地へと足を運んだのは、いったいどこの誰だというのだ。
他人の身の上に同情する資格などあろうはずもない。それにそんなものをファバ自身が望みはしないだろう。
――馬鹿馬鹿しい。
己の胸中でささめいた希薄な感情を鼻で笑い捨て、ディオンは歩みを再開する。
そうして館の浴場へと向かった二人の男が去った後、そこにはただ子供達の喧騒と笑い声だけが響き残っていた。




