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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランド
58/77

魔女の館

「こちらが皆様が村に滞在する間、泊まっていただくことになる私の館になります」


 レグス達が案内されたのは村でも一際目立つ大きな木造の建物であった。

 それこそが森を治める魔女セルトラの館であり、護衛や世話役の従者を含め何人かの村人がここで同居していたが、それでもなお十分すぎるくらいの広さを建物は有していた。

 しばらく使用されていない空き部屋や集会用の広間、共用の食料庫と贅沢な事に大きな浴場までも備えている。

 森深く、田舎の村とは馬鹿に出来たものではない。

 村の家々から寝具さえ運び入れれば、十人に満たない客人達を迎えるに何ら不足することはない邸宅であった。


「中もしっかりしたもんじゃねぇか」

「下手な宿よりは快適に過ごせそうだ」


 馬をおいて中へと通されたガドーとディオンは館の内装に感心するように見入った。

 年季を感じこそすれど、おんぼろさはまるで感じない。

 目に付く窓枠一つにしても細かい装飾が施されており、手間がかかっているのがよくわかる。


「良い家を作るには良い建材と良い大工、それに良い職人が必要となる。この村には全部揃ってるようね」


 セセリナの言葉に長たる魔女は笑みをたたえる。


「森の恵みにエルフと人の子の知識と技があればこそ、そして木材を運び入れるのにはイパ達の怪力も役立ってくれました。この館はまさに村の者全員の協力の上で建てられたものなのです。家具の一つ一つも皆が用意してくれて、中には子供達が作ってくれたものまであるのですよ」

「子供が?」

「はい。この村では皆、幼き頃より畑の耕し方や家畜の世話だけでなく家具作りなど様々な事を学んで育ちます。覚えのよい者になると大人顔負けの細工を施したりする子までいて、そうした調度品が私の部屋にも置かれているのです」


 セルトラのその話に興味深げにガドーが反応する。


「村の子供全員が職人見習いってわけか」

「もちろん得意不得意はありますから、大人になってからもそれを仕事にするとは限りませんが。ただ、才能というのはどこに眠っているかわかりません。ですから子供内に出来るだけ多くの事に触れさせ学ばせる。それが祖母オルザの考えであり、この村の基本方針となっています」

「とりあえずは学ばせるか。街の職人ギルドの連中が聞いたらひっくり返るな、商売上がったりになっちまうってな」


 領地にもよるが、ある程度大きな街になれば各ギルド事に商売の権利はもちろんのこと、食い扶持に関わる技術や知識そのものが門外不出として厳しく管理されることは珍しくない。広く知識を共有し、誰もがその技を競えるという環境は厳格なギルド社会では考えられない事だった。

 逆に小さな村ともなれば皆その日の暮らしに精一杯で、多くの子は家の仕事の手伝いばかりに追われて、何か新しい事を学ぼうだなんて機会にすら出会わずに大人になっていく。


 様々な事を学ばせてくれる場や機会を、村の大人達の方から用意してくれる。

 そうした事が出来る村や街はフリアの地にもそうありはしない。


「では皆様、申し訳ありませんがお泊りになっていただく部屋の用意が整うまでの間、こちらの部屋をお使いください」


 やがてレグス達はセルトラに連れられて館の一角に面する部屋へと通された。

 中には一見して他の調度品とは不釣合いな椅子が並べられており、突然の来客の為に急いで運び入れたとわかる。

 つまりこの部屋は臨時の客室なのだろう。


「皆様の部屋の用意が済みしだいお呼び致しますので。それと昼食と浴場の準備も急がせていますから、そちらも済みしだいお声をかけさせていただきます」

「何から何まで悪いねぇ魔女さま」


 ガドーに対して無言の笑みで応じた後、館の主は何人かのエルフ達をその場に残して別室へと移動した。


「さてと、どう時間を潰したものかね」


 青目人の男は手荷物を床に置くと、並べられた椅子の一つに腰を落とした。

 その様子を横目に、ファバはレグスへと呼びかける。


「なぁレグス、昼飯まで時間があるみたいだし俺の稽古に付き合ってくれよ」

「そんな時間はない」

「なんでだよ」

「明日にはここを発ってテサルの街に入る予定だ。その前にできるだけの情報を集めておく」

「そんなの他の奴らにやらせとけよ」


 不満気な少年をレグスは冷ややかに見返した。それが彼の答えでもある。


「ったく、いっつもこれだぜ。何かと忙しい忙しいって」


 レグスという男は何事も自分で行動したがる性質であった。情報を集めるにしても危険に立ち向かうにしても。

 故に空く時間は限られており、約束していたはずのファバの剣の修行は他の男達が相手してやる事の方が多くなっている様であった。

 そしてそれが少年にはいたく不満だった。

 彼が強く惹かれ欲したのは、あの圧倒的で残酷なまでに強いレグスの剣である。

 その男に教わっている間、ファバは生傷が増えるのも厭わず手にした短剣を振るうのに夢中になれた。

 たとえそれがどれほど厳しい稽古であっても、他の誰に教わるにない充実感が確かに存在していたのである。


「剣の稽古なら俺が付き合ってやるぜ、昼飯前の運動がてらにな」


 ガドーが言うとファバはあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。


「またガドーかよ」

「おい、なんだよその反応は。俺が相手じゃ不満だってのか?」

「いつまでもへぼ相手にやってたって仕方がねぇよ」

「へぼだぁ? そのへぼに全然勝てもしねぇのはどこの誰だってんだ」

「昨日勝ったろ」

「ああん?」

「俺が一本取った」


 ゴロムの洞窟の中では暇をする間、少年は模擬戦形式での稽古を繰り返していた。

 そしてガドーを相手にした最後の一戦で彼は見事勝利することができたのである。

 指導を兼ねた稽古ゆえの油断があったとはいえ、剣で食ってきた大人の男に一度でも勝てたことはファバにとって大きな自信となっていた。


「あんなもん、まぐれで一本とっただけじゃねぇか」


 呆れたように言う男の反応にかまわず少年は断言する。


「勝ちは勝ちだぜ」

「ああそうかい。だったらもう一勝負といこうじゃねぇか。それとも何か? 次やったらコテンパンにのされちまうから、しばらくは勝ち逃げしておきたいとか考えてんのか?」

「誰が勝ち逃げなんか」

「だったら文句はねぇよな。言っとくがいつもみたいにぬるい稽古とはいかねぇぞ」

「上等だ!!」


 ニヤついた態度で挑発してくる男に少年はムキになって声を荒げた。

 そのやりとりに、苛立った様子でベルティーナが口を開く。


「なんでもいいけど、騒ぐなら外でやってちょうだい。耳障りだわ」

「いやぁ、こいつがちょっと生意気言ってやがるんで……」


 とっさにガドーが言い訳を並べようとするが、ベルティーナは冷然と睨みつけてそれを許さない。

 雇用関係が消滅してなお彼はずっと年下の少女に頭が上がらずにいたのだ。


「ほらいくぞ」


 男は気まずそうに椅子から立ち上がって東黄人の少年を館の外へと連れ出す。

 その途中。


「ほんと情けねぇ野郎だぜ、いい歳した男が小娘にへこへこしやがって。ああ、こんな男に教わってたら、俺の剣まで腐っちまうね」

「うるせぇ。この世界、年齢なんてものはクソの役にも立ちゃしねぇんだよ」


 揶揄する少年に返したガドーの言葉はひどく実感のこもったものであった。



 太陽が上天を昇りゆく中、館の外へと出た二人は距離をとって向かい合う。

 手には真剣の得物が握られており、稽古といえど一つ間違えば軽い怪我では済まないだろう。


 遠目に映る村人達の作業姿を見やった後、青い目の男が告げる。


「あれだけ大口叩いたんだ、今日は覚悟しとけよ」

「そっちこそ覚悟しとけよ。今日負けたら、まぐれなんて言い訳はきかなくなるかんな」

「口の減らねぇガキだぜ、まったく。……ほら、こいよ。ビビって動けねぇっつうなら、こっちからいってやろうか?」

「ほざけ!!」


 ガドーの挑発にファバは短剣を手にためらなく向かっていく。

 そして彼が間合いへと踏み込んだ瞬間、相対する男の剣が動いた。


――よし!! もぐれる!!


 ガドーの剣の軌道を読み、確信するファバ。

 だがその刹那、彼の上腕部に衝撃が走り、その小さな体が吹っ飛んだ。


「言ったろ今日は覚悟しとけって」

「てめぇ……」


 ジンジンと痛む腕を抑えながら苦悶の表情を浮かべるファバ。

 打たれた痛みと痺れで動けず、少年は内心毒づく。


――クソっ!! ハゲ野郎、マジで今までぬいてやがったな……。剣速が段違いじゃねぇか。


 そんな彼をガドーは笑った。


「おいおい、どうした。まさかもう降参か?」

「んなわけねぇだろ……、ハゲ!!」


 気力を振るいファバは立ち上がって短剣を構え直すが、相対する男との背丈、手にする武器の差はやはり歴然。どうしたって己よりも圧倒的に広いガドーの間合いの内に踏み込んでいくしかない。


 それでも彼は臆さなかった。腕の痺れが治まると同時に再び向かっていく。


――今度こそっ!!


 先ほどより強く踏み込み少年は攻撃をかわそうとする。

 だがそれを簡単に許すほど相手も甘くはない。


「二本目だな」


 またも衝撃と共に地面に転がされた少年をガドーが見下ろした。


「何度だってやってやらぁ!!」


 その言葉通り、何度負かされようとファバは挑み続けた。

 飢えた獣が執拗に喰らいつくように、打たれても打たれても怯むことなく彼は相手の間合いへと踏み込んでいく。

 そうして金属の塊に打たれ続けては、いくらガドーが斬らぬよう骨を折らぬよう加減して振るったところで無傷とはいかない。

 少年の全身に打ち身の痣が浮かび、転倒した際に出来たであろう擦り傷が増えていく。対して、さほど汚れもなく身奇麗なまま剣を構える男の立ち姿。

 二人の対照的な姿には力の差がそのままの形で表れていた。


「ちっくしょう……」

「あれだけ偉そうに言ってたわりには一本も取れやしねぇじゃねぇか。やっぱこないだのはまぐれだったんじゃねぇのか?」

「俺だってもっとデカイ剣が使えたら……」

「だから背が伸びるまで待てってか? 魔物共はてめぇの泣き言なんて聞いちゃくれねぇぞ。ないならないなりに頭を使え」

「偉そうに……、ぬかしてんじゃねぇ!!」


 懲りずに一直線に向かってくる少年を見てガドーは呆れたようにため息をついた。


 その油断をファバは逃がさない。

 相手の間合いに入る寸前、短剣を持つ手とは別、もう一方を標的に向かって強く振り抜く。

 するとその手の内より、いつまにか握り込んでいた土と砂が飛び出した。


「なっ!!」


 予想外の一手。

 顔面に土砂を浴びて面食らったように男が怯む。


――しめたっ!!


 その隙に一気に相手の懐へ飛び込もうとするファバ。

 近付きさえすれば軽く振り回しの利く短剣のが圧倒的に有利。勝機は十二分にあるはずだった。

 だが……。


 意中の外からの攻撃に少年の体が宙に浮いた。

 ガドーは剣でなく自らの足でファバを蹴り飛ばしたのである。


「馬鹿野郎!! 目がイカれたら、どうするつもりだクソガキがっ!!」


 怒声が周囲に響くが少年からの返答はない。

 土汚れを手で拭い落としながら蹴り飛ばした相手の行方をガドーが見れば、そこには倒れ込んで動けぬファバの姿があった。


――ちっ、とっさで体が反応しちまった。


 視界を奪われ、加減の利かない剣で払う事こそ躊躇しやめはしたが、代わりに放った蹴りは子供の体では大怪我をしかねないほどに強力だった。


「おいっ、大丈夫か」


 心配して近寄ってくる男を少年は苦痛に涙目を浮かべて睨みつける。


「まさか骨をやってねぇだろうな」

「触んな!! これがぐらい、なんともねぇ……」

「いいから見せてみろ」


 強がるファバを無視して体の具合を調べるガドー。特に骨の様子は念入りに触って確かめる。


「まっ大丈夫そうだな……。それとだ、実戦じゃともかく稽古で目を狙うのはナシだ。たかが砂でも下手すりゃ失明もんだぞ」

「知るかハゲ。てめぇが頭使えつうから使ってやったんだろ」

「ったく、これだからガキは……。負けが込むと程度もわきまえず直ぐに無茶をやりやがる」


 そう言って立ち上がるとガドーは館の方へと向かい歩き出した。

 その後ろ姿に、慌てて少年が呼び止める。


「おいっ!! どこに行く気だよ!!」

「昼飯だ、昼飯。いい加減、いい時間だろ」

「待てよ、まだっ……!!」

「ほんと懲りないガキだぜ。わかったよ、また飯の後で相手してやるから、ちょっと休憩させてくれ」

「絶対だかんな!! 勝ち逃げはなしだぞ!!」


 ファバの底なしの負けず嫌いっぷりをあらためて目にしてガドーは苦笑した。

 それは少年への侮蔑というよりかは、このしつこさに纏わり付かれることを予見できなかった己の浅慮に対する類いのものであった。


――下手打ったぜ。


 昼食後の稽古を思い、うんざりとした気分を抱えながら男は館の中へ引き上げる。


 それからほどなくして……。

 最初に案内された客室とはまた別の部屋へと一行の全員が呼び集められた。

 部屋に入るなり、食欲をそそる香ばしい匂いが彼らの鼻をくすぐる。

 たまらず一声をあげたのはディオンだった。


「おお、うまそうだ」


 麦粥と豆とキノコのスープ、それに香草を使ったソースで味付けされた鶏料理。それが人数分だけ皿に分けられて並んでおり温かな湯気をのぼらせている。いくつかの大皿には春の実りたる果実が盛られていて、それだけでも大の男が腹を膨らませるのに十分な量であった。

 宮廷料理のように豪奢ではなかったが、長旅の飢えの多くを食いも飽きた保存食で凌いできた者達にとっては大変なご馳走である。


 ただ、そこにある物の姿が見えずディオンの表情が一瞬だけ曇る。


「どうした?」

「いや……」


 男は言葉を濁すが、問うたガドーは並べられた料理をあらためて見直しその理由に気がつく。


「ああ、そういや魚がどうとか言ってたな」


 鳴き谷の洞窟で話題にのぼった魔女の森の魚料理。

 内心結構な楽しみにしていたディオンはそれが見当たらぬことに少しばかり落胆していたのである。


「まっ、そう肩を落とすなって。何も飯は日に一度って決まってるわけじゃないんだ。お楽しみは後にとっておかなくちゃな」


 そう言って笑うガドーだったが、卓上に置かれた容器の一つを取ってその中身を口に含んだ途端に彼の顔からは笑みが消えた。


「なんだこれ、ただの水じゃねぇか」


 真顔となって呟いた男は、話が違うとばかりに座する館の主の方を見る。

 すると、それまで入室してきた一行の様子を静かに見守っていた彼女が初めてその口を開いた。


「何分急ぎの昼食でしたので、用意できるものが限られていまして」


 その返答に今度はディオンが笑う。


「だとよガドー。お楽しみは後にとっておかなくちゃな」


 魚料理はともかく、酒樽一つ用意するのに何がそんなに時間を要するのか。

 ガドーには皆目理由がわからなかったが、出す気のない物をゴネても仕方がない。

 彼は重く腰を落として席へ着くと並べられた料理にしぶしぶ手をつけ始めた。


 味の方は悪くない。

 いやそれどころか森深くの村で出された田舎料理と思えば、むしろ上出来である。

 実際カムやファバ、マルフスといった面々は口にした料理の味に賛辞の言葉を送っていたし、ディオンもまた気持ちを切り換えてそこに混じり素直に食事を楽しんでいる。


「まぁ悪くはねぇけどよ……」


 しかしガドーだけが露骨にどこか不満気であった。

 その不満をセルトラも察してか、彼女は繕うように弁解する。


「昼食には間に合いませんでしたが、お酒のほうも今夜の宴席には十分な量を用意させていただきますので」

「おっ、そうこなくっちゃな」


 男の反応に安堵しながらセルトラは言葉を続ける。


「もちろん料理ももっと手間のかかったものをお出しできますので、楽しみにしていただければと思います」

「俺は簡単でいいから魚様にありつけたら有り難いね」


 ディオンの注文にも白き木人の魔女は快く応じた。


「はい、それももちろん」

「いやぁほんとにあんたら森の民っつうのは恩人のもてなし方ってもんをよくわかってるぜ」


 先ほどまでの不機嫌面を変えて今度は満足気に言うガドー。


「きっちり旅の先々でも伝え広めておこう。オルザの森には偉大で美しい魔女と素晴らしく親切な村人達が暮らしているってな」

「それはちょっと……、静かに暮らしている村なので良くも悪くもあまり人の噂に立つのは……」


 男の軽薄な称賛にセルトラは困ったような笑みを浮かべた。

 その彼女の言葉に、レグスの傍らで小さな精霊が相槌を打つ。


「そうね。ラカミィの血を引く者が生き残ってたなんて知れたら、人間の悪い好奇心を刺激しかねないわ」

「はい。実は隣街との交渉などの際にも村の者達に任せて私の正体はなるべく伏せるようにしているのです」

「へぇ、そうかい。けど正体不明の魔女が治める森ってのは、そいつはそいつで警戒されそうなもんだが」


 ガドーの疑問に館の主は頷き答えた。


「そうですね。ですが古い時代にラカミィの血には特別な力があると信じてよからぬ事を企んだ者達がいたのもまた事実なので……」

「まぁ秘密にしたいってのなら俺達も従うさ。別に望んで迷惑をかけようってわけじゃないんだ」

「申し訳ありません、お気をつかわせてしまって」

「迷惑ならすでにかけてしまっているみたいだがな」


 仲間の言葉を訂正するようにカムが発言する。


「こうして食事や寝床の面倒ばかりか、わざわざ歓迎の宴席まで設けさせようというのだから」


 同胞の恩人を遇すると、一行を村へと迎え入れたのは他ならぬセルトラ達自身である。

 それでも村にとって過ぎた負担になるような事はカムの本意ではない。

 彼女としては歓迎の宴席など設けなくとも、すでに十分すぎる歓待を受けたつもりであったのだ。


「気になさらないでください。今年は春迎えの越冬祭がまだでしたので、今夜の宴席はそれをかねたものにしようかと考えているのです」


 魔女の言葉にファバが問う。


「越冬祭?」

「無事に冬を越え春を迎えられた事を祝う村祭りです。諸事情あって今年は見送ろうかと思っていたのですが、せっかくの機会ですし村の者達の息抜きにもなればと」

「フリアでいう感謝祭みたいなもんか。節制の冬を終え、早春を過ごし、まさに春々の風月、偉大なる女神フリアの自由と自愛の風に感謝をささげて酒を飲む」


 故国の祭りを思いながら口にするガドーにディオンも追従する。


「冬越えの祭りってのならデリシャじゃ当の真冬にやるもんだったな。蒼宝海で取れる海の幸で冬越えの精をつけようってな具合にな。感謝祭つったら俺の国じゃ実りの秋にやるもんだった」


 国が違えば宗教が変わり、文化も変わる。

 祭りの風習一つにしても地域ごとに呼び名も開催時期もバラバラである。

 ただその多くに共通することもある。それは……。


「まぁどの祭りもたいがいは飲んで食って馬鹿騒ぎする為の方便にすぎないんだけどな。神々への感謝はそのついでだ」

「違いねぇ」


 そう言ってディオンとガドーが笑った。


 やがて歓談を交えて昼食が進むうちに、一人のエルフが入室してきた。

 そのエルフは長のもとへ寄ると何事かを耳打ちする。それを聞き終えてセルトラは言った。


「浴場の方の用意も済んだとのことですので、昼食後はゆっくりと湯船につかり長旅の疲れを癒してください。今日は一日皆様の貸切としていますので」

「いいねぇ。そいじゃ飯もたらふく食ったし、さっそくひとっ風呂浴びてくるとするかな」


 浴場に向かおうと席を立とうするガドーにファバが噛み付く。


「おいっ、食ったらまた俺の稽古に付き合うって約束だろ」

「ああ? そんなこと言ったっけなぁ」

「てめぇ!!」


 少年は抗議しようとするが、とぼける男はまともに相手する気はないらしくそのまま浴場へと向かおうとする。

 だがファバとは別に、冷ややかな口調でガドーを呼び止める者がいた。ベルティーナだ。


「ガドー、貴方は後になさい。貴方の入ったあとじゃ湯船につかる気も失せるわ」

「ひでぇ……、嬢さんそいつはあんまりじゃないですか」


 容赦ない言に今度はガドーが抗議の声をあげるが……。


「何か文句があるわけ?」


 ベルティーナの冷然とした態度に彼はそれ以上何も言い返す事ができなかった。

 その様子をディオンが笑い言う。


「淑女優先ってわけだ」


 そうなると当然ガドーの時間が空く。

 それを逃すまいと、意地の悪い口調で少年が彼に確認する。


「じゃあガドーは俺と稽古する時間あるよな」

「くそっ……、面倒くせぇ」

「面倒くせぇってなんだよ。もともとそういう約束だろ!!」

「はいはい、わかったわかった」


 問い迫られ、ついに男は観念する。

 その様子を満足そうに見届けると、ファバは自分の容器に残った水をいっきに飲み下そうと口の中へ流し込んだ。


 ちょうどその時、何事かを思案していたカムがおもむろに口を開く。


「しかし広い浴場をベルティーナと二人きりで貸し切るというのも何だな……、ファバ、お前も一緒にどうだ?」

「ぶほっ!!」


 唐突な話に思わず気管に水を詰まらせる少年。

 たまらず咳き込む彼の様子を尻目に、彼女は言葉を続ける。


「背中ぐらいなら流してやるぞ」


 落ち着いた口調。

 自然体に真顔を浮かべてそんな事を言い出すものだから、それがからかっているのか本気で言ってるのかファバには判断がつかなかった。

 さりとて、どちらにしても彼からすればおもしろくない話である。


「ふざけんなっ!! なんで俺がっ!!」

「さすがに他の男共と混浴するわけにもいかないだろう」

「俺も男だ」

「子供は男のうちには入らない」

「俺は子供じゃねぇ!!」


 少年の反論に、傍らで聞いていたマルフスが指摘する。


「くだらないことでギャアギャアと騒ぐのは十分子供だ」

「てめぇっ」


 歳は違えど背丈はそうは変わらぬ小男の指摘にカッとなるファバ。

 その様子を見てガドーも面白半分で話に入ってくる。


「毛も生えてねぇうちは十分子供だな」


 二人の男の言葉は、あからさまに少年を小馬鹿にしているものだった。


――どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!


 少年の気性は烈火のごとく百の言葉を並べて吼えたがっていた。

 しかし彼もいい加減学んでいる。

 ここでムキになって吼えても男達は態度をあらためることはない。早い話、この場は分が悪いのだ。


「とにかく!! 俺はいまから剣の稽古で忙しいんだ!! 女共とのんびり風呂なんて入ってられるかよ!!」


 ファバは一方的に宣言してその居心地悪い場所から去ることにした。


「いくぞっ!! ガドー!!」

「はいはい、わかってるって」


 失笑して少年の後を追おうとしたその男を、カムが呼び止める。


「ガドー」

「ああ?」

「稽古をつけてやるのはいいが、あまりやりすぎるな」


 昼食前、稽古から戻った少年の手当てをしてやったのは他ならぬ彼女であった。

 普段より厳しい稽古の痕に万が一を懸念してカムは言っているのだ。


――なるほどな、それでか。


 ファバに対する突拍子もないあの提案のわけをガドーは理解する。

 そして言葉なく手の仕草だけで応じて部屋を出ると、館の廊下を歩きながらひとり苦笑を浮かべるのである


――そんなに心配なら、代わってくれりゃいいんだがね。


 カムが弓の扱いでだけでなく刀剣の扱いにも優れているのは既に彼も知るところであった。

 そのうえ彼女の気質を考えれば、実際ガドーが頼みさえすればファバの稽古相手を代わってくれても何ら不思議ではない。

 だがそうして面倒事を押し付けるわけにもいかない、彼なりの事情というものもある。


 カムは戦力としてのみならず鷹を使って昼夜問わず一行の旅に大いに貢献しており、マルフス、あの灰色肌の小男すらその知識は貴重で役立つモノが多い。

 レグスやセセリナは言わずもがな、ベルティーナは一流の魔術師でありディオンは明確に己の力量を上回る剣の使い手である。


 対してガドー自身はどうか。

 剣力で食ってきたなどという自負は同行する者達の前では霞んで消えてしまう。

 戦力的には生意気な東黄人の少年と共にまったくの不要の存在。

 唯一己よりも弱く無能なあの子供の面倒ぐらい見てやらねば、彼らと旅を共にするせめてもの義理が立たない。


――まぁこれも仕事のうちか。


 己にそう言い聞かせてガドーは館の外へと向かった。

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