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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランド
53/77

ヤヌトゥトゥ=ティラ

 北東へ五日ほど移動を続けた後、一行は『鳴き谷』と呼ばれる幽谷地へと足を踏み入れる。

 谷は草木もほとんど生えぬ巨大な岩山群から成っており、その隙間を強い風が吹きぬけると、まるで怪物の鳴き声のような風音が耳に聞こえてきた。

 側面にそびえ立つ岩壁は、雨水や風によって削られ奇怪な模様を描いている。それは物珍しい景色であったが、興味を惹くのも一時の事にすぎない。


 荒い砂と岩肌が延々と続く谷の景色を見渡しながらファバが言う。


「見事に岩しかねぇな」


 実際には所々に背丈の低い草と羽休めにとまっている鳥の姿を見ることもあったが、それも気休めにはならない殺風景さだった。

 一日と過ごす間もなしに退屈を覚える少年に、そんな場所だからこその利点もあるのだと灰の地をよく知る小男マルフスは言う。


「だからこそ、この岩谷には魔物共も近付かない」


 もともと食料事情に厳しいグレイランドではあるが、鳴き谷は不毛の地と呼べるほどに魔物の餌となる動植物がほとんど存在しない。

 その為、彼らが鳴き谷一帯に近付くことは滅多になく、その点においては安全が確保された場所であるといえた。

 さきほどから鷹のライセンも谷の空を優雅に舞うだけで、警戒を要するような鳴き声をあげることもなく飛び続けている。谷の陰間から魔物達の奇襲を受ける心配をする必要もなさそうであった。


「その魔物も近付かないようなこんな場所に、好き好んで住む奴もいるってんだから、驚きだぜ。なんだっけ、『ゴロム』とか言ったっけ?」

「鳴き谷の岩人にとっては一面に広がる砂と岩こそが食料だ。彼らにとってはこの鳴き谷こそがまさに楽園」


 己の知識を得意気に語るマルフスの言葉を聞いてディオンが言う。


「岩と砂を食ってりゃ腹が膨れるなんて、夢のような話だな」


 そんな会話を交わしながら谷間を進んでいくと、一行の前に岩壁に開いた巨大な横穴が出現する。


「でけぇほら穴だな。ここに入るのかよ」


 馬を四、五頭並べてもまだ余裕がありそうな横幅のある大穴だった。

 大穴を見つめる少年にマルフスは言う。


「穴は鳴き谷の地下を通していたる所へと繋がっている。ゴロムの王が住まう『岩海の青殿』にも、マルフス達が目指す『オルザの森』にも」


 レグス達が壁の地で立てた当初の予定では『鳴き谷』を谷間の道沿いに抜けて『赤牙の荒野』を通ることになっていた。

 だが、赤牙の荒野を挟んで対立する亜人達が大きな戦を始めたという情報が前哨地でもたらされ、一行は予定経路の変更の必要に迫られた。

 そこで赤牙の荒野に代わり、鳴き谷からオルザの森を目指すことになったのだが、その為には目の前の大穴を通る必要があると、マルフスは言う。

 しかも穴の中は谷以上に入り組んでおり、道を知らずに踏み込もうものなら二度と穴の外には出られなくなるという。


「そんなとこ入ってって、本当に大丈夫なんだろうな?」

「壁の民と鳴き谷の岩人との間では交易品をやり取りすることもある。だから壁の民はゴロムの都までの道を知っている」


 そう言って小男は小さな羊皮紙を取り出し広げる。そこには壁の民の文字がびっしりと書き込まれていた。


「なんだ、地図じゃねぇよな?」

「王が住まう青殿への道筋を書いた暗号だ」


 マルフスの言葉にベルティーナが反応する。


「暗号ってことはただ文字が読めればいいってわけじゃない。そこに書かれた暗号の意味はちゃんと理解しているんでしょうね?」

「当たり前だ。マルフスは答えを知っている。それにマルフスはバノバと一緒に青殿へ行ったことだってある。道を間違えるわけがない」


 小男は強く言い切った。


 その小さき壁の民に道案内を任せることに対して、レグス達に一抹の不安がないわけではない。

 だが赤牙の荒野を行く危険とを天秤に掛け、彼らは洞窟の中へと踏み入る決断をする。


 暗い洞窟内を行くなら明かりがいる。

 明かりの確保に魔法の眼薬である『星光露』やベルティーナの魔術に頼る手段もあったが、マルフスが言うにはゴロムの縄張りである洞窟内に危険はないとのことだった。

 だから彼らはその言葉を信じて、貴重な魔法薬や魔力の消費を抑える為にここは素直に松明の炎に頼ることにした。


 案内役でもある小男に松明を持たせ、馬の手綱を引きながら入り組んだ洞窟内を進んでいくレグス達。

 道中、洞窟内の様子を見渡しながらディオンが口を開く。


「ずいぶん空気が乾いてるな。洞窟の中にしちゃあ珍しい」

「ゴロムは水気を嫌う。湿気た場所を住みかにはしない」


 先頭を行く小男がそう答えると、彼の後ろにつくレグスが突如足を止める。


「待て、何かいる」


 その警告にマルフスが前方の暗がりを照らすが、先は傾斜があってよくは見えない。


「魔物か?」

「まさか、ありえない」


 ディオンの言葉を小男は否定するが、ちょうどその時、傾斜の先より何かが姿を見せた。

 少年が武器を構えながら叫ぶ。


「ふざけんな!! 何がありえないだよ!!」


 傾斜の先より現れたのは巨大なナメクジような生物であった。


「馬鹿!! やめろ!! あれは魔物なんかじゃない!!」


 ファバの射線上に立ち塞がるようにしてマルフスは言う。


「『ナジーナ』はゴロムの良き友、良き隣人だ。彼らに危害を加えれば、ゴロム達は黙っていない!!」

「あれが魔物じゃあねぇっつうのかよ?」

「だからそう言っている!! 言ったはずだここには魔物なんていないと!! 武器をしまえ!!」

「そう言ったってよ……」


 たとえ魔物でなくとも人の危険となるような生物はごまんと存在する。

 突然現れた巨大ナメクジを前にして警戒するなという方が無理のある話であった。


 途惑う少年を尻目にその生き物はモゾモゾと地面を這い進み近付いてくる。

 その様子を冷静に見極めて、レグスが言う。


「マルフスの指示に従え。下手な殺気はいたずらに相手を刺激するだけだ。敵意のないものに向ければかえって危険を生む」


 指示に従いファバ、ディオン、ガドーの三人は構えていた武器を下ろす。

 するとナジーナはマルフスの言葉通り襲い掛かってくることもなく、一行の横を悠々と通り過ぎていった。


 その後ろ姿を見送りながら少年は不満気であった。


「あんなのがいるってんなら先に言えよ」

「マルフスはこの洞窟に危険はないと言った。マルフスの言葉を信じないお前が悪い」

「ああ、そうかい。てめぇの知識とやらはたいしたもんだぜ。けどよぉ、そこまで言っておいて魔物が出たら、そんときはけじめをつけてもらうぜ」

「無知で足手まといなだけのお前に言われることじゃない」

「なんだと、てめぇ!!」


 声を荒げるファバにディオンが注意する。


「よせ」

「なんだよ、あいつが喧嘩を売ってくるから俺は……」

「だからって売り言葉に買い言葉ってわけか? すぐカッとなるのは悪い癖だぞ。お前さんもお前さんだマルフス。毎度一言二言余計がすぎる」

「マルフスは事実を言っているだけだ」

「何でも口にすりゃいいってもんじゃないし、もう少し言い方ってもんを考えてくれって話だ。無駄に揉めて我らが大将の不興を買うのはお前さんだって本意じゃないだろ」


 一行の視線がレグスへと集まる。

 その表情は窺い難いものであったが、少なからず彼がファバとマルフスのやり取りをよく思っていない事は見て取れた。


「何も言わないってのが、かえって怖ぇよな」


 茶化すようにして言うガドーを無視してディオンは話を進める。


「それにファバの言い分にも一理ある。お前と違い俺達にとって灰の地は不慣れな土地だ。見慣れない生き物と出会えば魔物と間違えることだってある。今のだってファバが矢を飛ばす寸前だった。多少面倒でも、間違いが起こらないよう事前に説明しておくってのは、お互いの為だぜマルフス」


 その言葉にいちおうは納得したのか、マルフスは面倒そうにため息をついて言う。


「わかった。これからはお前達が赤ん坊並の無知さと理解して気をつけることにする」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 小男の嫌味な言い方にもディオンは大人の態度で応じた。

 それを見てガドーがマルフスに問う。


「で、この洞窟には今の化け物みたいなのがウジャウジャしてんのか?」

「ウジャウジャはしていない。だが洞窟の外と違って中にはゴロム以外にも暮らす者達がいる。とにかく、何がでようとこちらから手を出さないなら安全だ。洞窟に暮らす者達はゴロムの友。友を傷付ければ彼らは黙っていない」

「あんな気持ち悪いのが友達ねぇ」

「ナジーナがいなければゴロムはこの洞窟で快適に暮らすことができない」

「どういう事だよ」

「ナジーナは洞窟内の水気を吸収してまわっている」

「へぇ、それで洞窟の空気がこんなに乾いてんのか」

「体内に溜め込んだ不要な水は洞窟の外まで運び出して排出する」

「ってことは今のも溜め込んだ水を捨てるために洞窟の外へ向かってたわけか」


 洞窟に暮らす者達の共生についての説明を受けた後、一行は移動を再開する。

 そうして奥深くへと再び歩き続けた彼らはときおり奇妙な生物達の姿を見かけもしながら、確実に岩人の都へと近付いていった。


 そして洞窟に入ってから半日ほど経った頃、一行は進行方向に差す光を目にする。

 その光を指差しながらファバが言う。


「明かりだ!! 外に出ちまうのか?」


 暗い洞窟内を歩き続けた反動もあってか、少年の声色には幾ばくかの興奮が滲んでいた。


「違う。あれは太陽の明かりじゃない。ゴロムの都の光だ」


 マルフスの言葉にディオンが問う。


「都の光? つまり目的地に着いたってわけか? 岩海の青殿とやらに」

「そうだ。岩人の王が住まう青殿はすぐそこだ」


 そう言って先頭を歩みながらマルフスは一行に語る。


「『鳴き谷の洞窟奥深くには海がある。そこには魚に代わり、石の体から成る小さき者と巨大な岩窟の王が暮らしている』。……見ろ、これが青き岩窟に築かれたゴロムの都『ヤヌトゥトゥ=ティラ』だ。谷の外の者達は岩海の青殿と呼んでいる」


 巨大な半球上の空間にその光景は広がっていた。

 青き光を放つ結晶群が空洞の天井を覆い、その光に色とりどりの鉱石が照らされ、まるで珊瑚の如く輝いている。

 そして空洞部の中央に座すように一際目立つ青き巨岩の宮殿が悠然と存在し、それは地の底ではなく、美しき海の中へと迷い込んできたような錯覚に陥りかねないほどの幻想的な光景であった。


 一行の中でも海というものを身近にして育った男が言う。


「なるほど岩海の青殿ね。たしかにこいつは海だな。俺の故郷の海もちょっとしたもんだったが、こりゃたいしたもんだ」


 ディオンは蒼宝海に接するデリシャ出身の男だ。故郷の海の美しさをよく知る男ですら目の前の光景には圧倒されるばかりであった。

 生まれてから海というものを目にしたことがなかったファバにとってはなおさらである。


「すげぇ……、どうなってんだ……」


 呆気に取られる少年の横で、ベルティーナは冷静に目の前の光景を分析する。

 天井の結晶を見つめながら彼女は言う。


「発光石の一種ね。それも青い光を放つ発光石、珍しい」

「『涙光石』だ。古き大地の神の涙がかたまりできた物だと言われている」


 ひとえに涙光石といえど放つ光の濃淡は様々であり、その見事な光の調和が、美しき青の海の如く空間を作り上げていたのだ。


「ガラリアの水晶宮も見事なものだったけど、それ以上ね」


 いつの間にか指輪から出てきていた精霊が数百年も昔となった己の記憶を甦らせながら感心していると、それと同時に低く響き通る声がした。


「人の子と精霊とは、珍しい組み合わせだ」


 突如聞こえた声の方へと向くと、そこには岩の体で出来た身長二フィートルほどの男が立っていた。


「壁の地の子よ、どうしたことだ。岩雫の出荷はまだ先のはず。このヤヌトゥトゥ=ティラにいったい何の用があって来た」


 一行の中で岩人の言葉を理解できるのはセセリナとマルフスだけであった。

 言葉のわからぬ者達に代わって、小男が岩人の問いに答える。


「ゴロムの戦士よ、オルザの森に向かう為だ。お前達の王に森へと繋がる道を通る許しを貰いに来た」

「魔女の森に? なぜそんなところにわざわざ」

「赤牙の荒野で大戦が始まった。避けて通るにオルザの森を選んだ」

「魔女の森に住まう者は我らの友ではない。だが、身元定かではない者までもをあの森へと通すわけにはいかない。壁の地の子よ、お前の連れる肌の色の違う者達はいったい何者だ」


 訝しみ問う岩人にマルフスではなくセセリナが答える。


「怪しい者じゃないわ。壁の西から来た六人の人間と美しい精霊よ。あなた達やオルザの森の民に危害を加えにきたわけではないと、私が保証するわ」

「精霊は人の子と違い簡単には言葉を違えぬ。だが風の精霊は軽薄で気まぐれともいうぞ、シルフよ」

「ちょっと何よ、聞き捨てならないわね。シルフですって? あんなのと私達スティアを一緒にしてもらいたくはないわね」

「スティア? そんな精霊聞いたこともない」

「いくら綺麗な場所だからってこんな穴ぐらにこもってばかりだからそうなるのよ。あなた達に比べたら短命な人間達のがよほど物ってものを知ってるわね」

「ううむ。我が無知を責めるならまだしも、我らゴロムを侮辱するならば、いくら精霊の言葉とあっても看過できぬ」


 憤る岩人にマルフスは慌てて書状を広げる。


「ゴロムの戦士よ、これを見よ」


 書状には特徴的な印がしるされていた。

 岩人の戦士とてそれを見紛うことはない。


「壁の王の印……」

「ここには壁の王ゴルゴーラの名において、我が主に対して格別の計らいをするようにとの旨が記されている」

「我が主?」

「我が主レグスは星々の定めた唯一の王にして救世の仁。お前達岩の民にも決して無関係な話ではない」

「信じ難い話だ」

「だが事実だ。星々の言葉の通り彼は現れた」

「星を見れぬ者に、星の言葉は聞こえない。どうしてその者が星の定めた王だと壁の地の民が知る。お前達は星と最も縁遠き民のはず」

「その通りだ。だがこのマルフスには星が見える。その声を聞くことができる」

「以前似たような事を言っていた壁の民の男がいた。自分が連れる子供は星を読めるのだと。大事を為す宿命を背負い生まれた者なのだと……」

「そうだ。ゴロムの戦士よ、あの時の子供こそがこのマルフスだ」


 灰色肌の男の訴えに岩人は言う。


「まさか。小さき壁の民よ、我らと違いお前達の肉体の成長は著しく早く、あっという間に我が背を越すほどになるはずだ。それがどうだ。あの日からの時の流れとお前の背格好、釣り合いがとれているようにはまるで見えないではないか」

「星が見える壁の民がいるなら、チビのままの壁の民がいたって驚きじゃないはずよ」

「あの日マルフスは確かにここいた。それをマルフスの記憶が証明するはずだ、ゴロムの戦士よ」


 そう言って小男が育ての親である男とこの地を訪れた時の記憶を語ってみせると、岩人はひどく驚いた。


「信じ難い。だが確かに書状の印と記憶が示す事実は、お前達の言葉に違わぬもののようだ。ううむ……。我らゴロムは預言者の言葉になど興味はない。だがもしお前が本当にあのバノバの子であるというなら、我らの王に会わせぬというわけにはいかない。良いだろう、マルフス。しばしそこで待つがいい」


 岩人は何事かを決断すると近場にある奇妙な色をした岩の一つを強く叩いてみせた。

 岩が鐘のような音を発して、青洞中に鳴り響く。


 するとしばらくして、赤子ほどの大きさをした岩が何処からか転がってくる。

 そしてそれはレグス達の目の前で停止すると立ち上がり、口を開いた。


「はいはいはい。なんだなんだ」

「客人だ」

「客人?」

「勇者バノバの子マルフスを名乗る者が、壁の王の印が付いた書状と共に現れたと伝えよ」

「それだけでいいのかい?」

「地上の戦を避けて通る為、魔女の森までの通行の許可を求めていると」

「はいはい了解よ。じゃ、よろしく頼むぜ」


 そう言うなり小さい岩人は手足を丸めて背を仲間の方へと向ける。

 ゴロムの戦士はその丸まった岩人を掴み上げると王が住まう巨岩の宮殿へと向かって彼を投げ飛ばした。


「うおっ、投げ飛ばしやがったぞ……」

「いくら体が石で出来てるからって大丈夫なのかよ!?」


 驚くガドーとファバに淡々とマルフスは答える。


「ゴロムの体は頑丈だ」


 そして己が投げ飛ばした岩人の軌道を見送ったゴロムの戦士がレグス達に命じる。


「ついて来い」


 ゴロムの戦士に案内されて一行は岩人の都ヤヌトゥトゥ=ティラへと足を踏み入れる。

 都の中ではレグス達の背丈を越える岩人達の姿も散見されたが、暮らす者の多くは手の平に乗るほどの小さなゴロム達であった。


「人間だ」

「変な色の人間だ」


 小さな岩人達が一行の周囲を走り回り、興味深げに見つめ騒ぎ立てる。

 ゴロムの言葉を知らぬ少年には彼らが何を騒いでいるのかがわからない。


「何を騒いでんだ?」

「物珍しいんだろ、人間ってやつが」


 ディオンの言葉にマルフスは頷く。


「若い岩人は交易の為にやってくる灰色肌の大男達しか人間を知らない。だから色の違う人間を珍しがってる」

「俺達からしてみりゃ、石で体が出来てる奴らのがよっぽど珍しいけどな」


 そんな事を話しながら移動を続け、一行は巨大な石段の前にやってくる。

 そこで案内を務めたゴロムの戦士は立ち止まってレグス達に命じる。


「ここで待っていろ」


 岩人の王に謁見する前に、このゴロムの戦士が直接レグス達についての説明に向かうらしい。

 奇妙な訪問者に騒ぐ小さな岩人達と寡黙に見張る大きな岩人の戦士達に囲まれ、待たされる事しばらく……、一行にお呼びがかかる。


「のぼれ」


 馬や荷の多くをその場に置いてレグス達は石段をのぼっていった。


 その先で彼らが目にしたのは、だだっ広い空間に建立された巨大な球状の物体であった。

 窓も見えぬ不可思議なその球がゴロムの王が住まう宮殿なのだろうか。


 ガドーとファバが目の前のそれを眺めて言う。


「遠目にも見えてたが、間近で見るとでけぇなホント」

「これが石人間の王が住む家ってわけかよ、変な家だぜ。まぁいまさら驚きはしねぇけどな」


 そう言いながら球の方へと近付こうとする少年をマルフスが慌て呼び止める。


「止まれ!!」

「何だよ」

「なんのつもりだ、お前」

「はっ? 何って、ゴロムの王様に会いにいくんだろ。さっさと宮殿の中に入ろうぜ」

「何を言ってる。ここがすでに宮殿の内だ。岩人の王ならお前の目の前にいる」


 仲間の言わんとする事をファバが理解できずにいると、背後の巨大な球が動き出す。

 少年が球状の建物だと思っていたその存在こそが、岩海の青殿に君臨するゴロムの王であったのだ。


「おいおい、まじかよ……」

「でかいって話だったが、こいつはちょっとでかすぎるんじゃねぇか?」


 三十フィートルはあろうという巨岩の王に圧倒されるガドーとディオン。

 二人の男を尻目に、マルフスが王に願い出る。


「青き岩窟の王よ。バノバの子マルフスの願いをどうか聞いてはくれないか。オルザの森へと向かう許しを与えて欲しい」

「人間は嘘つきで欲深い。ゴロムを騙し利用する」


 低音を響かせるゴロムの王の声色には少なからず嫌悪と敵意が感じられた。


「精霊は傲慢だ。ゴロムを馬鹿にし見下す」


 レグス達だけでなくセセリナの存在をも岩人の王は疎ましがっていた。

 されど、王のマルフスに対する態度だけは他の者とは明らかに異なっていた。


「だが壁の民は悪くない。約束を違えず、交易品の数を誤魔化すこともない。ゴルゴーラは話のわかる男だ。それに……、バノバは良い奴だった。我がゴロムの友として相応しい男だった。お前はどうだ、バノバの子マルフスを名乗る者よ」

「あの日バノバは王に約束した。次にこの地を訪れる時、自分の宝をゴロムの民に送ると」


 そう言って小さき壁の民は携えた荷袋から一つの石を取り出す。それは八段も渦巻く不思議な形をした赤い石だった。


「おお、それはまさしくあの日バノバが口にしていた巻き石……」

「約束を果たすことなくバノバは死んでしまった。だが代わってバノバの子マルフスが約束を果たそう、王よ」


 養父の約束を代わりに果たすというマルフスに、ゴロムの王は赤い巻き石を見つめながら言う。


「友の訃報が届けられた時、我らは悲しみの淵に沈んだ。欠け難き友を失ったその悲しみは今なお癒えることはなかった。……だが、新しき友があの男の約束を果たしてくれた」


 岩顔に満面の笑みを浮かべて、巨大な王は都中に聞こえるかというほどの大声を発する。


「歓迎するぞマルフス、我が新しき友よ!!」


 そして王の大声に合わすように青殿に集う小さき岩人達が踊り騒ぎ出す。


「マルフス!! マルフス!! マルフス!!」


 その騒がしさが養父であるバノバという男がどれだけゴロム達に慕われていたかを表していた。

 彼らにとって壁の民の偉大なる勇者バノバは特別な友人であったのだ。


 その男の子として歓迎の意を示されたマルフスだったが、彼らの意はあくまで一人の小男に向けられたものでしかなかった。

 口調を変えてゴロムの王はレグス達に問う。


「だがマルフスの友が、我らの友になるとは限らない。友情とは共に与えるモノあってこそ成り立つ。さぁ、お前達はいったい我らに何を与えてくれるのだ?」

「ですって」


 通訳するセセリナの言葉を聞いてレグスは問い返す。


「逆に聞こう。旅の途上にある私達に、お前達岩人は何を望む」


 その問いに巨岩の王は一考する仕草を見せ、そして言った。


「岩雫の採取場付近に何者かが侵入したとの知らせがあった。岩雫は壁の民との交易にも使う物だ。荒らされれば壁の民達も困る事になる。採取場の調査と必要ならば侵入者共の排除をお前達に任そう。簡単な仕事だ」

「採取場の位置と侵入者の規模は?」

「ブーロン!!」


 そう呼ばれた岩人の戦士が王に代わってレグスの質問に答える。


「採取場までは私が案内しよう。侵入者の数は発見された痕跡から判断するにそれほど多くはない。恐らくはゴブリン共だ。十にも満たない数だろう」


 戦士ブーロンの言葉に王が付け加える。


「侵入者を見事追い出したなら、その貢献を以って魔女の森への道を通る事を許そう。どうだ、本当にお前が星に選ばれるほどの者だというなら解決はそう難しくないはずだ」

「そんな仕事で済むなら、こちらとしても何も問題はない。すぐに取り掛かろう。……ただ、長旅に疲れがたまっている者もいる。その者達の滞在の許可ぐらいは貰えるとこっちとしても助かるのだがな」

「好きにせよ。何人休ませようと、不埒な侵入者さえ追い出せるのなら問題はない。だが、あまりゆっくりとしている時間はないぞ」

「わかっている。私自身はすぐにでも動くつもりだ」

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