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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランド
52/77

ストゥルスⅡ

 ストゥルス内で迎える最初の朝、ベルティーナが課した期限最後の対抗訓練が終わったその翌日。

 食堂では仲間達の前で酒をあおるガドーの姿があった。


「かぁああ、効くねぇ。やっぱこいつがなきゃ人生つまらねぇってもんよ」


 手にした容器になみなみと注がれた酒を飲み干す男にファバが言う。


「おいおい、朝っぱらからそんな飲んで大丈夫かよ」

「ああん? 俺を誰だと思ってんだ小僧。ガドー様にとっちゃこんなもん水みてぇなもんだ」

「けどよぉ……」


 もとが酒好きの人間とはいえ、連日の対抗訓練で崩していた体調が翌朝すぐに回復しているはずもない。周囲からは彼が無理をして振舞っているようにしか見えなかった。


「ディオン、お前も飲み溜めてけよ」

「ん? ああ……、そうだな。じゃあ一杯だけ貰っとくか」


 前哨地を発つ事になる今日、ディオンは酒を飲む気などなかった。

 だが無下に断るのも気の毒だと、彼は己の容器に一杯だけ酒を注いで口にする。


 それを見て満足げにガドーは笑う。


「まぁやるだけはやった結果だ。仕方ねぇよな、こいつばかりはよ。まっ、化け物がうじゃうじゃいる魔境の旅と違って、フリアに戻れば酒も女もやり放題。考えてみりゃ、そう悪いもんでもねぇさ」


 現実とは非情なモノで、彼にとっての最後の機会となる昨夜の対抗訓練は失敗に終わっていた。

 それは旅からの脱落を意味する。

 先ほどから一段と目立つ口数の多さは周囲からの同情、そのどこか重い空気を払わんとするガドーなりの努力であるに違いなかった。


「なぁレグス、やっぱりあと二、三日滞在を伸ばせねぇか?」


 歪な雰囲気に包まれ食事を進める中、切り出されたディオンの話にべルティーナが口を挟む。


「貴方昨日もそんな事言ってたわね。まさか、この馬鹿に助け舟でも出そうってわけ?」

「別にそういうわけじゃねぇ。飯の前に馬の様子を見てきたんだが、どうも俺の馬、元気がなくてな。ちょっと調子を崩しているみたいなんだ」


 彼の言葉にカムも続いた。


「私も昨日、フウバやライセンの世話のついでに一通り見てまわったが、皆だいぶ疲れがたまっているようだった。ディオンの案に賛成だ。ここは滞在期間を伸ばして馬達の体力を回復させてやるべきだ」


 遊牧の民として生まれ育った彼女の馬を見る目は確かである。安易にその助言を切り捨てる事はできない。

 一考するレグス。

 その答えが出るより早く、手にしていた容器と共に拳を机に叩きつけてガドーが大声を発する。


「三日!! あと三日だけ待ってくれ!! 三日あれば、今度こそ必ず成功してみせる!! だから……」


 そう言って真剣な眼差しで訴える男に対してベルティーナは冷たく言い放つ。


「見苦しいわね、ガドー。私は言ったはずよ、昨日の夜が期限だと。だらだらと雑魚のわがままに付き合う気はないと」

「それは……」

「いいじゃねぇかよ三日ぐらい。俺にだってやれたんだ。ガドーのやつだってきっとあと少しで……」


 冷艶な娘に対して何も言えない男に代わってファバが口を開くが、その言葉を彼女は鼻で笑った。


「はっきり言っておくけど、これ以上続けたところで無駄よ。時間の無駄。断言するわ。才能のない人間が少しばかり足掻いたところで何も出来やしないの」

「んな決めつけることねぇだろ!!」

「ガドー、貴方にはよくわかってるはずよね? 自分にはまるで才能がないってこと」

「わかってますベルティーナ嬢さん。それでも……、それでも必ず成功させてみせますから、どうか力を貸してください。頼みます」


 必死に訴える男を尻目にため息をつき、ベルティーナはレグスに問う。


「で、どうするの? 結局出発は遅らせるわけ?」

「三日滞在を伸ばす」


 その決断を彼女は皮肉った。


「優しいのね」

「ガドーの事はどうでもいい。馬の問題だ。あと三日だけ協力しようがしまいがお前の好きにしろ」

「好きに、ね……。いいわガドー、あと三日だけ貴方の面倒見てあげる。どうせ失敗に終わるでしょうけどね」



 泣きの延長で新たに三日の猶予をもらったガドー。

 だがその日、翌日と彼の対抗訓練は失敗に終わってしまう。

 ベルティーナの厳しい言葉通り、どうしても結果が出せない。

 その惨めな苛立ちと焦りから彼は訓練を終えて部屋へと戻るなり、力強く壁を叩いて悔しがった。


「くそっ!! 情けさけねぇ……。ガキに先を越されて、この様だ。まったくダセェ野郎だぜ……」

「まだ明日がある」


 ディオンがそう声をかけるが慰めにもなりはしない。

 自嘲するような笑みを浮かべガドーは言う。


「なぁ、頼みがある。明日の訓練、もし嬢さんが途中で俺を起こそうとしたら止めてくれねぇか? 明日が最後だ。どうしても成功させなくちゃならねぇ。頼む」

「ベルティーナはぎりぎりのところで判断してるはずだ。それを止めろって、下手をすればお前……、死ぬぞ?」

「失敗すればな」

「失敗すればってなぁ……。ガドー、お前が焦る気持ちはよくわかる。けどんな無茶してどうする。これが駄目になったって、フリアに戻ればまた壁を越える機会が、いつかあるかもしれないだろ?」

「後も先もねぇ。この旅に、レグスって男に全てを賭けた。そうだろ?」

「それは……」

「分のいい勝負しようってんなら最初からこんなとこに来ちゃいねぇ」


 真っ直ぐとディオンを見据えながらガドーは言葉を続ける。


「現実に生かされるくらいなら、夢に殺されたほうがマシだ。……お前もそう思ったから、あの日壁を越えたんだろ、ディオン」


 問われた男は何も言えなかった。何も。

 考えてみればなんとも情けない話だった。

 いい歳した人間が命を懸けて挑むその先に望むのは、他人の旅にどうにかついてまわりたいという滑稽な望みなのだから。

 それでも、ひとが聞けば笑うような夢に縋る男のその必死さをディオンは笑うことができなかった。


 笑えるはずもない。

 他ならぬ彼自身もまた、そんな夢に縋るひとりだったのだから……。


「悪いな。お前に頼むような事じゃなかったな、忘れてくれ」


 諦めるようにして言う男に、ディオンはゆっくりと問う。


「本当にいいのか? お前はそれで、本当に」

「……ああ」



 翌日の夜。

 ガドーが悲痛な覚悟を持って挑む対抗訓練、最後の機会。

 望むまいと昨夜に彼が予期していた通りに、その意識は戻ることなく悪夢の中をさ迷い続けていた。


「……駄目ね。引き上げるわ」


 限界を察知してガドーの精神を引き戻そうとするベルティーナ。

 訓練を見守る者達の多くが諦めの表情を浮かべる中、ディオンだけは違っていた。


「ちょっと待ってくれ。もう少し、もう少し待ってやってくれないか?」

「無理よ」

「頼む」

「素人が私の判断にケチをつけないで」

「そうじゃない。そうじゃないんだ、ベルティーナ。……頼む」


 鬼気迫るその口調に、術者の娘は彼が甘い考えで口走っているわけではない事を察する。


「自分が言ってることの意味を理解してるのかしら? 訓練といえどこれ以上続ければ無事じゃすまなくなる」

「昨日の夜、ガドーが俺に言ったんだ。もしもの時は止めろって。あいつもわかってる。そんなことすりゃどうなるかって事ぐらい」

「……理解できないわね。そこまでして旅を続けたいわけ? 他人の冒険に乗るだけのような旅を」


 馬鹿にするような言い草にムキになったのはディオンではなくファバだった。


「……なんだよ。てめぇだって他人の冒険ってやつに乗っかってるんじゃねぇのかよ」


 睨む少年にベルティーナは言う。


「力のない貴方達と一緒にしないで。私は利用してやってるだけよ」


 光焔の女王として絶大な力を有する女の言葉を、非力な少年は否定できない。

 沈黙するファバに代わりディオンが再びその口を開く。


「ベルティーナ、お前にはわからねぇよ。俺達の覚悟は」


 弱者が縋る絢爛たる夢の切れ端。幼少の折に点り燻り続けた小さな炎。

 その価値を、無惨なまでの渇望を、ディオンという男はよく知っている。


「覚悟? 覚悟ね……。いいわ、そんなにこの男を殺してやりたいのならお前がそうしなさいディオン。心臓に一突き、お前の剣を突き立ててやればいい。悪夢の中で狂気に呑まれ、狂い死んでいくより、よほど楽にこの男も死ねるわよ」

「失敗するって決まったわけじゃない」

「もう失敗したの、この男は」


 ベルティーナの冷めた言い様に先日訓練に成功したばかりのファバも反論する。


「まだだ!! 俺にだって出来たんだ。ガドーのやつにだってこれくらい!!」

「才能がない。ただそれだけの事よ。お前が七日で出来たこれくらいのことが、この男にはできない。それが現実。お前達もいい加減わかっていたはずよ。この男にはまるで才能がないってことが」

「がはっ!!」


 女が語る間にもガドーが吐血し始める。

 術の精神的負担が限界を超え、肉体を害し始めた証であった。


 それを見たカムは即座に訓練の終了を訴える。


「ベルティーナ、限界だ」


 だが、術者の娘はガドーの精神を引き上げるそぶりをみせない。

 それどころか、当て付けのように鋭い視線をディオンへと向けたまま彼女は言う。


「さっき覚悟がどうとか偉そうなことを言っていたけど、お前の胸の内にあるのは生半可な同情心でしょ。くだらないわね」


 反論できずに苦渋の表情で沈黙するディオン。

 その間にもガドーの吐血は激しさを増していく。もはや素人目でも猶予がない事は明らかだった。


「ベルティーナ!!」


 再びのカムの言葉にようやく術者の娘が動く。

 ガドーの意識を引き上げようとする彼女を、ディオンも今度ばかりは止めようとしない。


 されど、ベルティーナが苦しむ男の額へと手を伸ばした瞬間、その腕をつかみ邪魔する者がいた。

 それは他ならぬガドー自身。彼はすんでのところで意識を取り戻していたのだ。


「ガドー!!」


 驚く周囲の声に反応し、肩で息をしながらも男は精一杯の笑みを浮かべる。


「ぎりぎりってとこか……」

「ガドー、お前大丈夫なのか?」


 心配するディオンに彼は言う。


「こんなところでくたばれるかよ……。嬢さん、俺やりましたよ」

「へっ、てめぇの見立てもたいしたことねぇなベルティーナ!!」


 まさかの結果にファバが揶揄するように言うが、それを相手する事なくベルティーナはガドーの腕を振り払う。

 そして彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らしてひとり部屋を後にした。


「何が素人がケチをつけるなだよ。ざまぁねぇぜ」


 ベルティーナの言葉を覆した結果に少年は嬉しそうにしていたが、訓練に成功した当人は喜んでばかりもいられない。

 血を吐くほどの負担にぐったりと疲労困憊した様子のガドー。そんな彼にカムが問う。


「ガドー、本当に大丈夫なのか? セセリナなら癒しの術が使える。彼女に頼んでみるか?」


 古き精霊は指輪の内にいる。

 彼女は決闘で負った致命傷を瞬時に治してしまうほどの力の持ち主であり、術を受ける人間に違いがあるとはいえ呼び出して治療に当たらせれば、それなりの効果が期待できるはずだった。

 だが……。


「必要ねえよ、おおげさだぜ。マジでやばかったら嬢さんも俺をほったらかしていっちまわねぇさ。……大丈夫、少し寝てりゃ問題ねぇ」


 あくまで強気で通す男に、それまで静かに成り行きを見守っていたレグスが口を開く。


「ガドー、出発は明日だ」


 もう一日たりとも出発を遅らせるつもりはないという無情な通告。

 ボロボロの状態にも関わらず、その言葉にガドーは頷く。


「……ああ、わかってるよ」

「おいっ!! それはいくら何でもあんまりだぜ、レグス!!」


 レグスの無情さに反発したのはファバの方であった。


「この状態を見りゃわかるだろ!? 明日の出発なんて無理だ!!」

「すでに三日の遅れだ。これ以上出発を遅らせるつもりはない」

「けどよ、せっかくここまでやってようやく成功したっつうのに……」

「最初に言ったはずだ、足手まといは置いていくと。回復が遅れ明日もまともに動けないようなら、それまでの話だ」


 レグスの考えが覆る事はない。

 それがわかっているから空元気を出すようにガドーは言う。


「安心しな、明日には馬の背にしがみつけるぐらいにはなってらあ。意地でも付いていってやるさ」


 その言葉を聞くとレグスも部屋を後にした。

 それをカムが追う。


「レグス、少し話せるか?」


 彼女は己の部屋へと戻ろうとする男を呼び止めると、建物の外へと連れ出す。

 レグスとカム。二人の話題は当然の如くガドーについてのものだった。


「まさか成功するとはな。お前もあの男の執念には驚かされたんじゃないのか?」


 その問いにレグスは表情一つ変えはしない。


「レグス、お前は壁の地で私に言ったな。人の持つ魂を軽んじるなと」


 それは籠城戦の戦列に未熟な少年を加える事に強く反対するカムに対してレグスが掛けた言葉だった。


「あの日お前がファバの思いを汲んでやったように、今回も少しぐらいは奴の執念を汲んでやってもいいんじゃないのか?」


 ガドーの回復を待ってから出発するようあらためて提案するカムであったが、それをレグスは鼻で笑う。


「何がおかしい」

「いや……、お前は無謀を止める側の人間だと思っていたからな」


 危険な魔境を旅する者としてガドーという男の力不足は精神的な耐性だけでなく剣の腕ひとつ取っても明らかだった。

 無謀な旅で死期を早めるような真似は、いつものカムならば反対こそすれど手助けなどしようはずがない。


「ああ、普段ならそうしていたかもしれないな。だが血反吐を吐いてまでもがく姿を見せられてはそうもいかない」

「カム。お前は本当にあの男が執念なんかで訓練に成功したと思っているのか?」

「どういう意味だ」

「奴に素質がない事は明らかだった。昨日までまるで成功の兆しが見えなかった人間が今日になって訓練を成功させるとは、単なる執念で片付けるには少し話が出来すぎている」

「今夜の成功があの男の努力と執念によるものではないとしたら、いったい何だと言うのだ」

「生半可な同情心。あの女はそう言っていたな」


 どうしてここでベルティーナの言葉がでてくるのか。

 一瞬の戸惑いの後にカムは気づく。


「……まさか!?」

「そういうことだ。進歩がない男をどうしても成功させるというのなら、術の負荷を軽くするしかない。ベルティーナのやつは今夜の訓練の強度を下げていた。そう考える方が自然だ」

「馬鹿な!? 彼女はガドーを連れていく事に強く反対していた。どうしてそんな手心を加えてやるような真似をする」

「冷徹にてっするなら最初から足手まといになるだけの人間の訓練などに協力はしない。あの女の内にも多少の情け心は残っていたらしいな」


 高慢で冷然。

 一見すればベルティーナの気性は明らかだ。

 自分の足手まといとなるような者に情けをかけるような人間にはとても思えない。


 だがレグスの言葉通り、それだけの女ならばそもそもガドーという男の訓練に手を貸したりはしないだろう。


「……だからお前は明日の出発に拘ったのか、ガドーの成功が偽りのものだと見抜いていたから」

「それは関係ない。ベルティーナの行動は予想外だったが、話はもっと単純だ。お前はさっきガドーの執念を汲んでやれと言ったが、俺はもう既に十分なほど譲歩している。もともとは一人旅のはずだった。これ以上足手まといになるだけの人間に合わせてはいられない。事が起きる度に奴らの遅い歩みに合わせていたら限がないからな」


 そう言って男は建物の中へと戻っていく。


 レグスと別れた後、カムはしばらくの間ひとり考え事をしながら夜風に当たっていた。

 その顔はどうにも冴えず暗い影を帯びている。

 説得に失敗してガドーの為に出発を遅らせられなかったからではない。それよりも、もっと大きな問題が今の彼女の頭の中を占めていた。

 そうして悩み、何かしらの覚悟を決めると、女は自分の部屋へと向かう。


 部屋の中には、寝台の上で静かに息を立てるベルティーナの姿があった。

 それを横目に己の寝台へと腰を下ろすカム。そして彼女は傍らに立て掛けられていた刀剣へとそっと手を伸ばした。


「穏やかじゃないわね」


 剣に触れるかどうかの瞬間に、背を向けたままベルティーナが言葉を発する。

 それに動じることなくカムは言う。


「少し、話がしたい」

「話をするのにそんなものが必要なの?」

「場合によってはそうなるかもしれない」

「へぇ、私を相手にいい度胸ね。それで何? 手短に済ましてちょうだい」

「ベルティーナ。お前は明日、ガドーと共にここに残り、彼と一緒にフリアに引き返せ。今ならまだ、フリアに戻るに遅すぎるということはないはずだ」


 カムの言葉に寝台に横たわる少女はため息をついた。


「戻る理由がないわ」

「ある。お前の野望は間違っている。古き神をも従える力があるならば、もっと他に使いようがあるはずだ」

「私が私の力をどう使おうと、それは私の勝手。壁の地でも言ったはずよね? 止めようとしても無駄だって」


 カムが欲深き娘に説得を試みたのはこれが初めての事ではなかった。

 無論、それが失敗したからこその現状があるわけだが……。


「それでも、お前を止めなければ大勢の人間が死ぬことになる。多くの不幸が生まれることになる。このまま黙って見過ごすわけにはいかない」

「だからいよいよ力ずくってわけ? あまり賢い選択には思えないわね」

「私だって力ずくで止めるなど本意ではない。だから今、こうしてお前と話をしている」

「無駄よ、何を言ったって私の考えは変わらない」

「お前ほどの魔術師ならば、ゴルディアの黄金などなくとも人並み以上の暮らしはできるはずだ。それでは不十分なのか?」

「黄金を手に入れれば『人並み以上』なんて言葉じゃ表せない莫大な富と権力を得られるのよ。それをみすみす逃す理由がないわ」

「無辜の民を犠牲にして得る暮らしに何の価値がある」

「植民市の多くは先住民から土地を奪い、奴隷化して使役することで成り立っている。ゴルディアとてその例外ではないわ。そんな街の暮らしに甘んじる連中を、貴方は無辜の民と呼ぶのね」 

「だからお前の行いが正当化されると?」

「さぁ、どうかしら。でもこれだけは言えるわ。力ある者がより多くのモノを手に入れる、それが世の常よ。私はその道理のままに事をなすだけ」

「間違った道理だ」

「そう考えるのは貴方の勝手ね。だけどブルヴァの草原地で育った者として、略奪の慣わしはよく知っているでしょうに」

「冬の度に略奪に走る。父はそんな暮らしを変えようとしていた」

「その言い方じゃ結局上手くはいかなかったようね。当然よ、奇麗事が通用するほど世の中甘くないもの」

「お前はブルヴァの民とは違う。力を以って奪わずとも飢えに怯える必要はない身だ」

「人は何も食べる物があればいいというわけではないわ。腹を満たしたところで、より多くを望み飢えることになる。かつてブルヴァの民が草原の外の黄金を求めたようにね」

「過ぎた欲望は災いとなって返ってくる。ジバの巨大な王国もそうして滅んだ」

「彼らには知恵と力が足りなかった」

「自分は違うと?」

「少なくとも彼らよりは上手くやる自信はあるわ」

「愚かな驕りだ」

「そう言う貴方はどうなの? 見ず知らずの者達の為に、草原育ちの娘ごときが神をも従える魔術師を止めようだなんて、それこそ愚かな驕りというものでなくて?」

「己の未熟さは重々承知している。私はただ、『正しく』ありたいだけだ」

「子供ね。そうでなければとんだ詐欺師だわ」

「人の痛みを感じぬほどに心を凍てつかせてしまうのが大人か?」

「私がそうだと言いたいの?」

「そうでないと信じたい。お前が何の得にもならないガドーの対抗訓練を手伝い、手心を加えたように。ゴルディアの民も思いやれるはずだと」

「何を勘違いしているのか知らないけど、あんなものただの気まぐれよ」

「心の凍った人間は気まぐれでも他人の手助けなどしたりはしない」

「そうかしら? でも答えは同じよ。私は私の持つ力でゴルディアの黄金を奪い、手に入れる。残念ね」


 一方は難しい表情を浮かべ、一方は寝台に横たわり、二人の会話は平行線のままに進む。


「それでどうするつもり? 話し合いで駄目なら力ずくでも止めるとかさっきは言っていたけど、まさか本気でそんな剣で私に斬りかかってくるつもりじゃないでしょうね?」


 その問いにカムは何も言わず、動かない。

 そんな彼女に対してベルティーナは言葉を続ける。


「無理よね。まるで殺気がないもの。貴方、本当のところはまだ迷っているんでしょ? 部屋に来るまでにどれだけ覚悟をしてきたつもりかは知らないわ。でも、それを支えるものが貴方の内にはない。『正しく』あろうとする、その信念を支えきるだけの確固たる『正義』がね」


 ベルティーナの言葉は真を衝いていた。

 愛鷹と愛馬と共に旅する女は常に己の行いが正しく、正義に基づくものであるようにと努めてきた。

 だが……、いや、そうであるからこそ。時々、言い様のない苦しみに襲われ、胸がしめつけられる事がある。


 そのつどに、彼女は何度も同じ事を問うた。

 そのつどに、彼女の確かな決意は揺らぎ、あやふやになってしまった。

 そうして自覚する、己の正義の脆さ。

 今もまたそれと同じ事が、彼女の内で繰り返されている。ベルティーナに剣を向ける覚悟が持てずにいる。


「無理もないわ。たいして長い付き合いでもないけれど、貴方を見てきてわかったことがある。正義を語って生きるには、貴方は少し優しすぎる」


 己の迷いを見透かした少女の言葉がカムの胸へと突き刺さる。


「ねぇカム。貴方のような人間がそんな生き方をしたところで、己を苦しめるだけでしょうに。……貴方は生涯、そうして苦しみ続けるつもりなの?」


 どこか哀れみすら滲ませたべルティーナのその問いに、彼女は何一つ言い返すことができなかった。



 壁の民の前哨地で過ごす四日目の夜が明け、翌五日目。

 いよいよストゥルスを発とうと、レグス達は朝から準備を進めていた。


 そんな一行の中でよく目立つのは動かす手がひときわ遅い男。ガドーだ。

 懸念されていた彼の回復具合は馬に乗るのもどうにかできる程度という状態であり、とても長旅に出る人間のそれではなかった。

 そんな状態にも関わらず、本人は昨夜の言葉通り意地でも旅に同行するつもりであり、彼は荷の準備を終えると、重い足取りのまま自身の馬へと跨る。


 それを見たファバが彼に声をかける。


「ほんとに大丈夫なのかよ」


 馬に跨れたところで、その背で揺られ続けるのも決して楽なものではない。

 己の心配をする少年に対してガドーは手で払うような仕草で応じた。


「ったく……」


 その頑なな態度に呆れながらファバはガドーのもとを離れると、今度はレグスの方へと近付き、彼に問う。


「レグス、マジであんな状態の人間を連れて出発するつもりかよ」

「何があろうと覚悟の上での行動だ。好きにさせてやればいい」

「そりゃそうなんだけどよぉ、いくらなんでもアレは……。あんなの連れてったって俺達が余計危なくなるだけだろ?」


 体調思わしくない男を連れて、出発を強行する危険性を訴える少年だったが、レグスの考えに変わりはなく、返答は素っ気ないものだった。


「お前も似たようなものだ」

「なっ、……ああもう!! そうかい!! 勝手にしろよ!!」


 腹を立てながら己の馬へと向かうファバ。近くにはカムの姿もあった。


「くそっ!! わかっちゃいるけどホントいちいち嫌味な野郎だぜ。なぁカム、お前からもアイツに言ってやってくれよ」


 少年は傍らに立つ女に声をかけるが、彼女からの返答はない。


「カム?」


 怪訝に思い女の方を見れば、そこには物憂げな表情を浮かべる彼女の姿があった。


「どうかしたのかよ」

「いや……、少し考え事をしていただけだ。それで何か言ったか?」

「だからガドーのことだよ。時間が惜しいつったってアレじゃあまともに戦えねぇし、逃げるのだってろくにできるか怪しいもんだぜ。このまま出発してホントにいいのかよ」

「レグスもガドーも意志は固い。止めたところで止まるような奴らでもないだろう。お前が今のガドーの立場であっても同じ選択をしたんじゃないのか?」

「そりゃあまぁ……。けど俺がレグスの立場ならあと二、三日出発遅らすぐらいのことはしてやるぜ? なんか融通きかねぇつうかさ、強えくせに変なとこでちっせえんだよ、アイツは」


 少年の言葉に思わず笑いをこぼしてしまいながらカムは言う。


「お前の言いたいこともわかるがな。だがレグスの奴が本当に融通のきかない人間だったら、とっくの昔に私達は置いていかれているさ」


 鷹を使えるという有用性を持つ女はともかく、未熟な少年など危険な旅においては足手まといしかならない。

 事の是非は別としても、そんな者を連れ人とするのは狭量なだけの人間にはとてもできない振る舞いだろう。


「何にせよ、ここを発ってもしばらくは開けた場所を行くことになる。ライセンの目がある限り、魔物の奇襲を受けることもそうないだろう。その間にガドーの体力もある程度は戻ってくるはずだ」


 機嫌の悪そうな表情を浮かべながらもファバはその言い分に納得したのか、それ以上その場で不満を口にする事はなかった。

 そうして内に思う事は様々に準備を終えると、一行は出発の時を迎える。


「我らが英雄達に神々のご加護があらんことを」


 大勢の壁の民に見送られながら、レグス達は束の間の安息を得られた前哨地を発ち、北東へと進路を取った。

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