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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
絶望が哭く夜
43/77

計画の練り直し

 壁の民からの協力を得ることに成功したレグスは旅の計画の練り直しに着手した。

 これまでの計画は主にセセリナの知識と経験を頼りに立てられた部分が多かったのだが、いくら古き精霊といえど万物を知るわけではない。謎多きグレイランドには彼女の知識を以ってしても不明瞭な事柄が多く、出来上がる計画は不完全なものとならざるをえなかった。

 灰の地については、深部はともかくある一定の範囲内に限っては日頃からその動向に注意を払っている壁の民達の方が詳しい。彼らが持つ情報をもとにすれば、より安全な経路と綿密な行程を立てる事ができるはずである。


 ゴルゴーラの召喚に応じた翌日、壁の民達が前日のうちに運び入れた灰の地の資料や地図を広げ見比べながら、レグスは自室にこもり作業を進めていた。

 セセリナ、カム、ファバ。彼の傍らには今後の行動を共にする仲間達の姿もあった。


「壁の民の前哨地から北東の植民市を目指すこの経路。ずいぶん広い森を通るみたいだが、ライセンの目を活かすなら多少遠回りになるがこちらを通る方がいいんじゃないか?」


 カムが机に広げられた地図の一端を指差して言う。

 魔物や蛮人が跋扈する灰の地において視界の開けた場所というのは空からの目があるかどうかで安全性が大きくかわってくる。

 鷹を自在に操る女を仲間に旅をするならば、あえて視界の利かない森を通るのはその理に反する。

 レグス自身もそれはよくわかっていた。


「ああ、ここは『鳴き谷』を抜け『赤牙の荒野』を通ることにする」

「その方が良さそうね」


 セセリナが手にした羊皮紙を眺めながら二人の会話に口を挟む。


「この資料によると紫花の森には二百年ほど前にウルプスが流れてきて住み着いてるそうよ」

「ウルプス?」


 聞きなれない単語にファバが尋ねると、彼女は軽い調子で答えた。


「ウルプスは黒毛まじりの狐の亜人。狡猾で獰猛なうえに人間嫌いは筋金入りだし、精霊信仰もない。話が通じる相手じゃないわ」

「へぇ狐の亜人ね。壁の先には、ほんといろんなのがいるんだな」


 狐の亜人について無知であったのは何もファバだけではなかった。

 カムもウルプスという言葉を耳にしたのはこの時が初めてであったし、レグスすら昨日のうちに読み込んだ資料からその存在を知ったぐらいである。

 灰の地はまさに種族の坩堝。そんな地で暮らす多種多様な者達を把握しようなど人の身では簡単にいかぬことだった。

 あらゆる種族の名が至極当たり前のように口から飛び出す古き精霊の知識量こそが尋常ではないのだ。


「あれ、こっちも森の中を通ることになってんな。ここもこっちの平原通る方がいいんじゃねぇのか? バダラム平原」


 カムとは違う箇所を指して言うファバ。

 地図の地名にはレグスの手によって青語での翻訳が書き加えられており、壁の民の文字を理解出来ぬ少年でも読むことができたのだ。


「駄目だ」

「なんでだよ。ライセンがいるから視界がとれる方がいいんだろ?」

「このバダラム平原にはグリフォンの群れがよく姿を見せるらしい」

「グリフォン?」

「鷲の上半身と獅子の下半身を持つ空飛ぶ怪物だ」

「空飛ぶ怪物ならハーピーだってそうだろ? あいつら厄介は厄介だけどよ、あの夜の戦いじゃ、俺だって何匹か撃ち落してやったぜ」


 魔物達の急襲を受けてこの城へと逃げ込む際のハーピーとの戦闘では、ファバは間一髪の場面をレグスに救われている。

 その悔しさを糧に、後の籠城戦で彼は奮闘し見事何体かの女顔の怪鳥を仕留めてみせていた。

 それは少年にとって何もできない無力な己からわずかでも成長できたという確かな手応えと自信になっているのだ。


 だがそんな手応えと自信も、グリフォン相手では無意味だとレグスは断ずる。


「グリフォンの群れはミノタウロスすら獲物にするという。ハーピーなどとは比べものにならないほどの怪物だ。そんな奴らと遭遇すればどうなるか、結果は目に見えている」

「まっ、グリフォンの群れといっても私とレグスならいくらでも切り抜けられるでしょうけど……、誰かさんがいちゃあねぇ」


 男の説明に己の見解をつけ加えて言うセセリナ。

 彼女の視線の先にあるのはファバの姿であり、そんな扱いをされては彼も面白く思うはずがない。


「なっ……、ざけんな!! 俺だって問題ねぇよ。修羅場ならこれまでだってくぐってきたんだ!!」

「はいはい」

「なめやがって」


 腹を立て古き精霊を睨みつける少年にカムが言う。


「ファバ、無責任にお前が強がってみせたところで迷惑を被るのは同行する者達だ。勇気と蛮勇は違うと知れ」

「なんだよ、カムまで俺を馬鹿にして……」

「馬鹿にしてるわけじゃない、お前の為を思っての助言だ。危険な旅の中では、臆病なほど慎重で丁度いい」


 レグスも彼女の言に同意する。


「そういうことだ。それにこれはお前だけの問題でもない。旅にはマルフスもついてくる。あの男もグリフォンの群れに遭遇したら逃げ切れまい」


 いくらマルフスの事があろうと、ファバにとって彼らの言葉は自身が足手まといだと言われたにも等しい。

 実際、仲間達の力量を鑑みれば少年の存在は足手まといに違いなかった。

 その事を自覚していたからこそ、彼は唇を噛みながらもこれ以上は強く異を唱えることができない。


「これに関しては変更はなしだ。バダラム平原は避け、グルドゥアの森を抜ける。いいな?」

「ああ……」


 作業はそれからも最終的な判断をレグスが下す形で進められていった。

 壁の民の資料に記載された新情報はもちろんのこと、各自の技能を加味し、危険の程度を考慮しながら、より適した経路へと変更を加えていく。

 必要となるであろう食糧や荷の計算、緊急事態での経路変更の想定までもやり直し、四人は時に意見をぶつけ合いながら、計画をより優れたものへと洗練させていった。


 その折、旅のあらたな同行者となる者がレグスの部屋を訪れる。

 星読みのマルフス。

 レグスを星が選びし救世主と信ずる壁の民の小男だ。


「お、おお……」


 彼は部屋に踏み入るなり感嘆の声を漏らしてレグスの前に平伏する。


「我らが王。ずっと、ずっとこの時を待っていた……!! 己の宿命のもとに生きることができるこの時をずっと……!!」


 壁の民の言葉でなく青語で話すマルフス。

 彼の突拍子もない行動にファバとカムは面食らい、セセリナは呆れ、頭を下げられた当人は眉一つ動かさずにそれを見下ろしていた。


 冷めた口調でレグスは目の前の小男へ命じる。


「立てマルフス」


 そして己を星が選んだ偉大な王だと信じきる男に、彼は言う。


「既に聞いているだろうが、俺はお前の言う星々の王や救世主とやらには微塵も興味はない」

「だが我らが王、あなたは間違いなく星々が選びし者。無二の宿命を背負っているのだ!! 今はまだその実感はないかもしれないが、いずれ……!!」

「俺はただお前が役に立つと判断して壁の王の頼みを聞いたまでだ。今日こうしてお前をこの部屋に呼んだのも、灰の地について詳しいと聞くお前の手を借りようと思ってのこと」

「もちろん!! マルフスはあの地で十年と暮らしていた!! この壁の地に来てからもずっと古き書を読み漁り知識を貯えてきた!! いつかそれが役に立つと知っていたから!! 言葉だってたくさん話せる。青語だけじゃなく蛮人達の言葉だって!! 我らが王の手足として働くことが宿命付けられていたから、だからマルフスは……!!」


 一方的に興奮する小男とは対照的にレグスの口調は冷ややかなものである。


「その宿命とやらから思考を切り離せと言っている。俺はお前に主従の関係を求めはしない。それどころかお前のその言動を迷惑に思っているぐらいだ。とくにそのふざけた呼び方にはな」

「呼び方? マルフスの青語は下手だったか?」


 マルフスは不安げに一行の顔色を窺った。

 彼の言語習得の未熟さというのもあるだろうが、もとから敬語の厳密さに欠ける壁の民達の社会的、言語的性質の影響が強いのだろう。その青語は王とほど敬う者に対する言葉とは思えぬほどくだけている。

 だがレグスが問題としているのはそんなことではない。

 もっと根本的な問題。


「『我らが王』。そんな仰々しい呼び方をする者を連れませば各所でいらぬ関心と疑いを招くだけだ」

「だがあなたは間違いなくマルフスの王だ。マルフスだけじゃない」


 ファバ達に一瞥をくれながら小さな壁の民は必死に訴える。


「この者達にとってもあなたはただ唯一の王、星々が選んだ我らの王だ!!」

「お前のその頑なな態度が俺達を危機に陥れる。改められぬというのなら俺はお前をこの地に置いていかざるをえない」

「そんな!! あってはいけない、そんなこと!! 王には星の導きを示す者が必要なのに!!」

「お前が心の内に何を思い何を信じようが、それはお前の自由だ。だが、お前の信じるモノを俺に強要するな。旅を共にする者としてもっと自然に振舞えないのなら、お前の同行を許すことはない。たとえそれが壁の王の頼みであってもだ」

「自然……。王を王と呼ぶのは自然なことだ……」、

「俺が赦免状を手に、お前を牢より救い出した時のような威勢の良さをみせてみろ」

「そんな……、あれは知らなかったから、まだ知らなかったからあんな無礼なことを……」


 レグスの強硬な態度に困惑するマルフス。

 それまで黙って成り行きを見守っていたカムが窮する小男に助け舟を出す。


「どうしても敬意を表したいというのなら『ご主人様』や『レグス様』なら問題ないんじゃないのか? 雇われの従者や奴隷ならそう珍しい関係でもないだろう」

「たしかにね。まぁ灰色肌の従者を連れる東黄人ってだけで物珍しいでしょうけど……、それでも小さな壁の民を連れまわす王様よりかは遥かにマシだわ」


 古き精霊がそう言うと場の視線は自然とレグスへと集まった。

 彼が如何に判断するか、その答えを彼女達は待っていたのだ。


 寸刻の沈黙を経てレグスは小男に問う。


「できるか?」

「もちろん!! けれど、やっぱりあなたはマルフスの王だ。そのことは忘れないでくれ……」


 二人のやりとりを見てファバがからかうように言う。


「ってことはレグスの連れの俺達もファバ様にカム様、セセリナ様か。こいつはいいや」

「何を言っている? どうしてお前みたいな小僧にマルフスがそんな呼び方をしなくてはならない。お前達こそ、ご主人様を呼び捨てするなど言語道断だ。これからはちゃんとマルフスと同じくご主人様とお呼びするのだ」


 そんな言い分をファバが承知するはずもない。


「はぁ?」

「『はぁ?』じゃない。言ったはずだ、この方は我らの王なのだと。分をわきまえろ小僧」

「んなこと知るかよ。てめぇこそ俺達の旅に後から乗っかろうって分際でごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ。俺にとってこいつはただのレグスだ。王様やご主人様なんかじゃねぇ」

「こいつ……、こいつ……、信じられない!! こんな無礼な小僧許しては駄目だ、我らが王!!」


 少年と小男の騒々しく見苦しい言い争いにセセリナとカムは呆れて閉口し、レグスは怒気を含んだ静かな口調で警告した。


「いい加減にしろマルフス。言ったはずだ、俺は王などになった覚えはないと。呼び名一つ他人に強要するような真似をするな」

「そんな!! マルフスはあなたの為に……!!」

「たとえお前が真の星読みであろうと、俺はお前を特別扱いするつもりはない。邪魔になると判断したら、荒野の真っ只中だろうと容赦なく切り捨てる。その事を忘れるな」


 咎められ消沈するマルフス。その様をファバが鼻で笑う。


「ざまぁみろ」


 したり顔で言う少年だったが、彼に対してもレグスは注意を与える。


「ファバ、お前もだ。こんな調子でくだらない揉め事を起こすようならその場で置いていく」

「ちっ、わかってるよ……」


 こうしてひと悶着ありながらも、マルフスはレグスの従者として旅の仲間に加わることとなった。

 この小柄な壁の民は荒事には向かないが、育ての親と共に十年と灰の地で過ごしたその経験と知識は貴重かつ有用なモノである。

 マルフスの助言を受けながらレグス達は作業を進め、あらたな旅の計画をその日のうちに完成させてしまう。

 あとは壁の民達が物資の調達を終えるのを待つだけ、そう遠くない日にこの地を発つことができるだろう。

 計画を練り終えた四人がそう思っていると、マルフスがおもむろに口を開いてレグスに問うた。


「ご主人様、本当にこの者達だけを連れて古き精霊の国を目指すつもりか」

「ああ、そうだ」

「古き精霊や鷹使いは役立つに違いない。だけどこんな小僧、何の役にも立たない。それどころか足をひっぱるだけだ」

「てめぇ……」


 怒るファバを無視してマルフスは言葉を続ける。


「こんな小僧より魔術師を連れていくべきだ。壁の先には手強い魔物がたくさんいる、それを追い払う為にも、腕の良い魔術師が一人ぐらいはいた方がいい」


 その意見をレグスはあっさりと退ける。


「必要ない。腕の良い魔術師など簡単に見つかるものではないし、この旅の目的を知ってなお付いて来る者となると尚更だ。探すだけ時間の無駄だ」


 貴重な動植物や遺跡が眠る灰の地に興味を持つ魔術師は多くいる。

 だが彼らには自身の伝手があり、腕の立つ魔術師となれば相応に力のある者達を集めることに苦労はしないだろう。

 そんな者達がわざわざレグス達のような無名の小さな集団に加わるとは思えない。


 けれども、マルフスには別の考えがあるようだった。


「この城にいる。ご主人様に役立つ魔術師がちょうどこの城に」


 小男の言葉にレグスは訝しみ目を細める。


「炎の娘を連れていくべきだ。彼女は必ずあなたの役に立つ」

「ベルティーナのことか」

「古き神々を呼び出せるほどの力が彼女にはある。それに彼女には壁の先で果たさねばならない役目がある」


 マルフスの言い様にレグスは直感した。


「なるほど……、お前の狙いはそれか」


 目の前の小男がベルティーナを連れていくようわざわざ進言する理由、それは彼女を単純に戦力として期待しているというよりも、果たさねばならない役目、それがあるからなのだろう。

 星読みが言う果たさねばならない役目とは、星告の使命に他ならないはず。

 そこまでを察して彼はマルフスに言う。


「だがお前が星の言葉を伝えたところであの女は動きはしまい。壁を越えるという事は奴にとって最も重要な存在、主であるロブエル・ローガのもとを離れることを意味するのだからな」

「そんなことはない。マルフスなら必ず炎の娘をつれてこれる。あの女はご主人様のために果たさねばならない使命がある」

「結局、その果たさねばならない使命ってのは何なんだよ」


 ファバの問いにマルフスは言いよどむ。


「それは……」


 答えにつまる小男がその先を話すよりも早く、レグスは自身の結論を述べた。


「どのみち必要ない。あの女が持つ力はたしかに大きなモノだが……、強大すぎる。奴の心変わり一つで、あれは大火となり俺達を襲うことになるやもしれん。そんな者を連れて旅をすることはできない」

「ありえない。炎の娘は星々の王に仕えるべき者だ。ご主人様に刃を向けるなど、あるはずがない!!」

「俺もあの女も星の意などに従うような敬虔深い人間ではない。星が何を言おうとあの女は自分の都合で動く。それが己の為になるのなら、星の意に逆らうことになろうと、奴は何のためらいもなく俺達に刃を向けるだろう」

「そんなこと!!」


 とっさに反論しようとするが言葉が続かず詰まるマルフス。

 間をおいた後、悔しさに声を震わせながら彼は言う。


「……だったら!! もし、あの娘を連れてこれることができたならあなたは……。マルフスの言葉の一欠けらを、信じてもらえるか?」

「必要ないと言ったはずだ。勝手な行動は控えろマルフス、壁の先へはここにいる者達だけで向かう」


 無情な宣告にマルフスは唇を噛み押し黙る。

 彼がこの場でどれほど説得を試みたところで、レグスがベルティーナの同行を許すことはないだろう。

 それでも星読みにとって星告の使命は何ものにも代え難きモノ。

 どれだけ人に馬鹿にされ笑われようと頑なに己の宿命を信じ生きてきた男が、そう簡単に引き下がるはずもなかった。

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