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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
運命の出会い
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忌み子

 少年はザナールの辺境にある村で育った。

 埃が舞い、カビ臭いボロ屋が彼にとってこの村での唯一の居場所であった。


 親の顔など知りはしない。

 最古の記憶は、誰かに手を引かれ小さな荒ら屋へと放り込まれる瞬間。

 彼はこの村の人々にとって望まれざる存在だった。


 それを知ったのはいくつの季節をそこで過ごした後だったか。

 最初はわからなかった。

 何故、こっそりとやって来ては、村の子供達が恐れと好奇心の込められた目で自分を見るのか。

 何故、ときおりやって来ては、村の大人の達が憎悪を込めた目で自分を見るのか。


 最初はわからなかったのだ。


 ある日、彼は村の子供に小屋から連れ出された。

 抵抗する事もなくついて行けば、そこには見慣れぬ子供達がおり、やはり彼らもよく知る目でこちらを見ていた。

 彼らは言う、呪われた子だ、本当に呪われた子はいたんだと。

 少年は問う、呪われた子とは何だと。


 彼らは答えた、それはお前だと。


 少年にはその意味がわからない。だから、彼は再び問うた、何故自分が呪われた子なのだと。

 彼らは言う、お前には悪霊が憑いているのだ、災いが閉じ込められているのだと。そして、お前の醜悪な顔はその証なのだと。


 少年は知らなかった。

 自分の顔がどのようなものかすら、知らなかった。


 少年は言う、自分の顔はそんなにお前達と違うのか。

 彼らは笑い言った。そこにある池で見てくるといい、自分のおぞましい顔に腰を抜かさぬようにと。


 そして少年は水面に映る、奇怪な物体を目にした。

 それが己の顔であると理解した時、少年の中で何かが変化した。


 村での生活は、全てが最悪だった。

 畑が呪われると、畑仕事すらもさせてもらえず、汚い小屋の中で、少年の世話役でもある半分呆けた老人を相手に過ごす日々。

 村の大人達の目を盗み、小屋の外にでる事だけが彼の非日常であった。

 もちろん見つかれば、只では済まない。ある者は叫び声をあげ、ある者は怒鳴り、ある者は殴るのだ。

 そうしてまた、あの小屋へと少年は連れ戻される。


 誰かが言った、呪いなど馬鹿馬鹿しい、こんなガキ早く殺してしまえと。


 ……冬が来た。

 少年が迎える何度目かの冬だ。


 もう少年は知っている。自分がこの村でどういった立場にあるのか。

 少年は思った、来年の冬も、そのまた先の冬も、自分は小屋の中で呆けた老人と共に寒さに震えているのだろうと。


 だが、そうはならなかった。


 その日、小屋の中の少年は、聞き慣れぬ馬の嘶きと村人達の怒声、悲鳴で目を覚ます。

 何事かと外の様子を窺うと、そこには予想だにしない光景が広がっていた。


 自分達とは肌の色も目の色も違う男達が、馬で駆け、家々に火を放ち、村人達を犯し、殺し、攫っている。


 少年が感じたものは驚きと高揚感である。

 自分を虐げた者達とその『城』がいとも簡単に辱められ、壊れていく光景に彼の心は高鳴った。


 水面に映る己の顔を見たあの時、彼は自分が閉じ込められている『檻』を知った。そして、この光景は彼に『檻』の外の世界を示したのだ。


 小屋の扉が蹴破られる、それが『檻』にひびが入った瞬間。


 破られた扉から見慣れぬ男達が現れる。白い肌と青目の男達。

 男達は少年を捕らえ、彼らの主の前へと引きずりだした。

 見た事もないほどの大男。その男は少年の顔をじっと見てから、笑い言った。


 面白い、と。


 大男の名はダーナン・バブコック。大盗賊団『ドルバンの山猫』の首領である。



 少年は盗賊となった。

 山猫に拾われても彼の生活はひどいものだった。

 肌の色の違う『仲間』からは面白半分に殴られ、馬鹿にされた。

 どれだけ新入りが入ろうと、少年は常に最底辺の下っ端だった。


 少年は理解した。

 彼らもまたあの村の人間と違いはないのだと。


 それでも、あの村にはないものがここにはあった。

 決してあの小屋の中では得られない、小さな自由がここにはあった。

 彼が手にしたナイフが、『同胞』の首に突き付けられた時、立場は逆転するのだ。

 自分を見下すはずの者達が許しを乞い跪く、その時の感覚は決して小屋の中では得られない残酷なまでの『自由』であった。


 略奪品を少年が手にする事はまずない。肌の色の違う仲間達が少年から奪い取っていくからである。

 それでも少年が手にした小さな自由、あの高揚感だけは誰にも奪えぬのだ。


 少年は学んだ。どれだけ忌み嫌われようと、支配者となれる力が世界にはある事を。

 また、それこそが『檻』を破壊する鉄鎚であり、外の世界へつながる『鍵』だと。


 少年が欲したのはその力だった。


 そしてダーナン・バブコックこそが『力』を持つ者だと少年は信じていた。

 彼の知る中でもっとも強く、もっとも横暴な男。

 絶対的存在。

 恐怖で他者を従え、虐げ、蹂躙する。

 望むがままに奪い、喰らい、破滅させる力。


 彼は信じていたのだ。



 だが違った。

 突如現れた名も知らぬ東黄人の男は、少年の目の前で『絶対』を破壊した。

 ダーナン・バブコックもまた『檻』に捕らわれた獣にすぎぬ事がこの夜暴かれたのだ。


 三度の衝撃である。

 檻を知り、外の世界の存在を知った。だが少年は、世界の広さまでは知らなかったのだ。


 少年の本能が悟る、今がまさしく岐路なのだと、『鍵』に繋がる道が見えたのだと。


 気がつけば少年は声を上げ飛び出していた。

 自分を見下し忌み嫌った者達と同じ色の肌、髪を持つ男の前へ。


「待ってくれ!!」


 手足を広げ、行く手を遮るように立つ少年。


「何のつもりだ」


 男の冷めた口調、冷めた目、ついさきほど幾人もの盗賊を、人を殺したばかりだというのに、男には何の昂りも見られない。


「あ、あんたに頼みがある!!」


 男とは対照的に少年の声には感情があった。焦り、興奮、恐れ、喜び、男にのされて死人のような顔をしていた人間と同一人物とは思えぬほどに真逆の生きた声。


「俺を、俺をあんたの弟子にしてくれ!! 剣を教えてくれ!! なんだってする!! 雑用だってなんだって!! あんたみてぇに強くなりてぇ!! 強くならなくちゃならねぇんだ!!」


 少年は捲し立てる、彼の思いを全て吐き出すように。

 望む物を手にする為に。


「駄目だ」


 残酷なまでに冷めた一言。

 それでも少年は諦めるわけにはいかない。


「わかってる、迷惑だってんだろ!! そんな事はわかってんだ!! だけどあんたしかいねぇ、わかるんだよ!! これが、この瞬間が俺にとっての全てなんだ!! この機会を逃せば、俺はくたばるその時まで、このままだ!! あんたにとって俺なんてどうでもいいかもしれんけどよぉ!! 俺にとっちゃあんたが全てだ!! 強くなりてぇ、あんたみたいに!! 頼む、このとおりだ!!」


 少年が地に頭を付け土下座する。


「お前が望むのは私ではなく、私の持つ剣の力のみであろう」

「そうだよ、違ぇねぇよ!! あのダーナンを殺ったんだ!! 世辞は抜きで、あんたが最強だ!! 俺はあんたみたいになりてぇんだ!!」


 まるで見えていない。盲目の羊。さらには羊は自分が狼だという勘違いまでしているというおまけつき。

 それが男の少年に対するこの時の見立てであった。


「それが呪われているのだと言うのだ」

「何て言ってくれたってかまわねぇ!! 馬鹿にしたいなら好きなだけ馬鹿にしてくれていい!! そのかわり頼む!! 剣を教えてくれ!!」

「剣を学びたいのならそれ相応の場所がある。そこで好きなだけ剣について学べばいい」

「違う!! 俺はあんたに教わりてぇんだ!!」


 顔を上げ少年は言い切る。


「私がお前に教えてやれる事などありはしない。この世界、私より剣に長けた者などごまんといる。街の修行場でも、私よりよほど上手く教えてくれるだろう」


 男に土下座が通用しないとみるや、少年は立ち上がり身振り手振りを加え訴えだす。


「つまらねぇ謙遜なんか聞きたかねぇ!! 金もない汚ねぇ東黄人のガキをどこの街の修行場が拾ってくれるってんだ!!」

「お前に覚悟があるのならば容易い事だ。どれだけ惨めな思いをしようと頭を下げ、学ぶだけの覚悟があるのならばな。それが出来ぬというのなら、孤児院にでも入るといい。そこで普通の生き方というものを学んでみろ。今のお前は知らぬのだ、まともな生き方というものを。このまま外道の生き方をしたとして、その末路は決まっているようなもんだぞ」

「外道? 言ってくれるじゃねぇか。てめぇも人殺しの外道だろうが!!」

「その外道と同じ道を行く事はないと言っている」

「あんたはわかっちゃいねぇ、何も持たないガキ一人が『普通』に生きるってのがどれだけ難しい事なのか。……この忌々しい顔を持つ人間が、『生きる』って事がどれだけ難しいか!! 何も知らねぇ癖にわかったような口きいてんじゃねぇ!!」

「本当に、ずいぶん好き勝手言ってくれる。……何も知らないだと?」


 男の声色が変わる。


「では逆に聞こう。お前は何を知っている?」


 冷めた声ではない。男の声には怒りが込められている。


「お前は知っているのか? 私が行く道にあるものを。お前にはあるのか? 地獄を見るだけの覚悟が」

「ある!!」

「ほう、そうかならばよく見ろ」


 フードを外し、己の顔を少年に近づける男。


「知りはしまい、全ての者が自分を殺そうとする憎悪の連鎖、その恐怖を。想像もつくまい、母の手によって炎に身を焼かれるその苦しみを」


 男が発する言葉と共に、彼の肌が焼け爛れた痕のように醜く変化していく。

 その醜さは少年のそれと変わらないほどに忌々しい。


「あんた……、いったい……」

「もう一度問おう少年。首を絞められたぐらいで捨ててしまう甘い覚悟ならやめておけ。……お前に地獄を行くだけの覚悟はあるのか?」


 少年は男の言葉に息を呑んだ。震えた。


 この男に何があったのか知りはしない。何故顔が醜く変化したのかもわからない。

 それでも彼の怒りが伝わってくる。

 憎悪が伝わってくる。


 初めて少年は声を聞いた。

 男の心の底から湧いてくるような感情の声を。


 その時生まれて初めて少年は親近感というものを他人に対して感じたのかもしれない。


「……脅すような事ばっかり言いやがって、くだらねぇ」


 声が心と同調するように震えた。


「地獄だって……、生まれてこの方ずっとそうだったよ」


 泣いた。自然と涙が溢れた。

 それは悲しみではない。


「……悔しいんだ。悔しいんだよ」


 ただ苦しかった。


「どうしようもなく、悔しいんだ。自分の無力さが、何もかもが」


 偽りなしに吐き出す言葉。


「あんたの言う通りだ。俺は何もわかっちゃいないガキなんだろう。だけどこれだけは言える」


 少年は男の顔を見据えて言い切る。


「この選択に後悔はねぇ!! この出会いに後悔はねぇ!! あんたの前に飛び出した事も、剣の教えを乞おうた事も!! たとえ今あんたに殺されたとしても、明日死ぬ事になったとしても、……後悔はねぇ!! 俺は!! 強くなりてぇんだ!!」


 自分の全てをぶつけるような少年の言葉に男は言う。


「そうか、ならば好きにしろ」

「じゃ、じゃあ!!」

「いつまで生きていられるかわからん旅だ。……逃げ出したくなったら、逃げ出せばいい」


 どこか突き放すような言い方だった。


「そんな事はしねぇ!! けど、ありがとう、ありがとうよ!!」


 少年が他人に心から感謝の言葉を吐いたのは、いったいいつ以来の事だったろうか。


「えっとあんた……名は?」


 少年は恩人にその名を尋ねる。


「レグス」

「レグス? 青目人みたいな名だな」


 少年の素朴な疑問に、男は含みを持たせた笑みを浮かべ言った。


「ああ、だが正真正銘『俺』の名だ」

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