表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
絶望が哭く夜
35/77

顔のない男

精霊の国へと繋がる扉を探し、灰の地と呼ばれる魔境を目指すレグス達。

その道中、壁の地にて、彼らは壁の民と魔物達との戦いに巻き込まれる。

そしてその戦いの中で、レグスは強敵リッチの攻撃を受けて意識を失ってしまう。

窮地に陥った彼を救い出そうと、セセリナはレグスの精神へと潜り、その意識を呼び戻そうと試みた。

 混沌の闇の中を少年は走り続ける。

 朝もなく、夜もなく、ただ逃げる為だけに、彼は闇の中を走り続ける。


 少年の背後で蠢く闇の中から怪物の気配がした。

 大きな大きな怪物の気配が……。

 その気配が迫ってくるから彼は走り、逃げ続けていた。


 だがそこに恐怖はない。ただ逃げねばならぬという焦燥感に従い、彼は走り続けていたのだ。


 どれほど走った事だろう。

 もう何年もこうして怪物から逃げ続けている気がする。

 少年は知らない。

 怪物の正体も、追われる理由すらも。

 彼が知るのは怪物が己を喰らおうとしているという事実だけ。

 それ以外は何も知らずに、ただ走り続けていた。

 彼には記憶がない。

 自分が何者であるかすらもわからずに走り続けてきた。

 ひたすら走り続けてきたのだ。


 ずっと、ずっと、ずっと。


 どこにいるかも、どこへ行くかもわからずにただ逃げ続けていた。


「こっちだ」


 ふと声がした。

 闇の中で確かに聞こえるその声は、自分を呼んでいる。


 彼は直感した。

 声の主が自分を追いかける怪物とは異なる事を。


「こっちだ」


 誘われるように、少年は声がする方へと向かい駆け出す。

 そしてその先で彼は出会う。


「やぁ、よかったよ。間に合って」


 そこには顔のない男が立っていた。


 顔がない。

 なのにその男が優しく微笑んでいる事が少年にはわかった。


「誰?」


 問い掛けに顔のない男は言う。


「僕の事を忘れちゃったのかい? 君の一番の親友だろ?」

「親友?」

「ナレク、ナレクと呼んであんなに慕ってくれてたじゃないか」

「ナレク……」


 そういえばそんな友達がいたような気がする。


「思い出してくれたかい? さぁ時間がない。恐ろしい怪物に見つかる前に、行こうか」

「行こうって、どこへ……」


 惑う少年に顔のない男は腕を上げ指差しながら言う。


「そんなの決まっているだろ。家に帰るのさ」


 男が指差す先には家々が並んでいた。

 それだけではない。

 大地には野花が咲き、木々に小鳥がとまり鳴いている。

 混沌の闇とは懸け離れた温かな空間がそこには広がっている。


「ほら、両親も君の帰りを待っている。早く帰ろう」


 見れば気の優しそうな中年夫婦がこちらに向けて手を振っていた。

 あれが少年の両親らしい。


「両親……」


 記憶を失くし実感がわかぬ少年に、顔のない男は優しく語り掛ける。


「そうさ。君の父さんも母さんもずっと心配していたんだ。急に家を飛び出したりなんかするから……」


 そうなのだろうか。

 そうだとしたら悪い事をしたと思う。

 勝手に家を飛び出すなんて、きっとひどく怒らせてしまったのではないか。

 そんな事を案ずる少年に顔のない男は言う。


「大丈夫。怒ってなんかいないさ。だって君の両親は世界一君を愛している。いつも優しい素敵な人達だったろ?」


 そうなのだろうか。

 そうだとしたら少し安心だ。


「さぁ、家へ帰ろう。あの温かな家へ。あそこに行けばもう怖い怪物に追われる必要もなくなるさ」


 そう言って誘う顔のない男に従い、後を追おうとする少年だったが、その途中、突如何処からか一陣の風が吹き抜けた。


 頬を優しく撫でる風の中から声がする。


――駄目よ。そっちへ行っては駄目。


 それは顔のない男のものとも違う、懐かしき覚えのある少女の声。


 その声に気を取られ少年は足を止めると、吹き抜けていった風の行方を振り返り見た。

 だがそこには何もない混沌の闇が広がり続けているだけ……。


 いったいあの風は何だったのだろう。

 途惑い足を止めた少年に、顔のない男が尋ねる。


「どうかしたかい?」


 どうやら彼には少女の声が聞こえなかったらしい。

 不思議がる顔のない男に、少年は言う。


「声がした……。風が呼んでいた……」

「風?」

「そっちへ行ってはいけないと」


 そっち。

 野花が咲き、家々が並ぶ温かな地。

 優しき家族が待つ、帰るべきはずの場所。


「まったく……」


 少年の言葉に顔のない男はため息をつく。

 そして彼は言う。


「それは魔女の声だ。耳を貸しちゃいけない。悪い魔女は君を恐ろしい怪物の餌にしようとしているのさ」


 本当にそうなのだろうか。

 あの声がそんな悪意を持っているようには、少年にはどうにも思えなかった。


 しかし彼には記憶がない。確信がない。

 知る事は目の前に石橋が架かっているという事。

 その先に顔のない男が誘う温かな家があるという事。


「橋を越えればもう怪物は追ってこれない。魔女の声も聞こえなくなる。さぁ、だから早く行こう。こんなところでぐずぐずしていたら怪物に追いつかれてしまう」


 後ろ髪を引かれながらも、少年は男の言に従い石橋を渡ろうとする。

 けれども、踏み出そうとする足が動かせない。

 意思に反し、少年の足はまるで地面にはりついたように動かなかった。


 拒絶していたのだ。

 自分の体の内にある何かが、目の前の石橋を渡る事を。

 顔のない男の誘いに乗る事を。


「かわいそうに。悪い魔女の魔法にかかってしまったんだね」


 動けぬ少年を見て男は言う。


「迷ってはいけないよ。魔女の魔法は心の隙間から入り込んでくる。そうして体を操ってしまうのさ。でも、大丈夫。さぁ僕の手を取って。僕が橋の向こうへと引っ張っていってあげるよ」


 そう言って差し出された顔のない男の手。

 この手に触れれば、自分は石橋の先へと行く事が出来る。

 もう怪物に追われる事も無くなるだろう。


 だが本当にそれでいいのだろうか。

 そんな考えを抱き、迷い伸ばされていく少年の手が男の手に触れようとする。


 その時、彼は見た。

 顔のない男の確かな笑みを。


 その笑みに少年の芯なる部分が打ち震え、まとわりついた煙霧を払う。

 そして脳裏に甦る一つの声。


――『夢見の夜の友が微笑む時を見逃すな』。


 顔のない男とも、風に紛れた少女の声とも異なる、老人の声だった。

 それはいつか聞いた言葉であり、忘れてはならない戒めだった。


 少年は思い出す。

 憎悪に呑まれ、苦境にある時にこそ目の前の存在は微笑み、手を差し伸ばしてきた事を。見せかけの善意の裏に隠された巨大な悪意を。


 それと同時に、甦った記憶によって彼は自身の姿をも取り戻す。

 惑う少年の姿ではなく、戦う男の姿を。


 自我を得た男の手が触れ、掴むモノ。

 それは差し出された手ではなく、異様の黒き剣。


 その剣を迷いなく振るいながら、彼は両断した標的に激する。


「相変わらず胸糞悪い真似をしてくれるな、ラグナレク」


『ラグナレク』。アンヘイの狂王が手にした魔石の名。

 つまりはそれが顔のない男の正体であった。


「残念だ。あと少しだったのに」


 両断されたにもかかわらず、まるでその体を気にもせずラグナレクは言う。

 その声色はこれまでと違い無機質的なものへと変化していた。


「だが、どうするつもりだ器子よ。状況はよく理解しているはずであろう」


 この混沌の闇の地は不浄の王の力に呑まれたレグスが見る、彼の精神の内なる世界にすぎない。

 今、肉ある現実において彼の身はこれ以上にないほどの生命の危機に瀕している。

 その事を、記憶を取り戻したレグス自身よく知っている。

 知っていてなお、彼の決意は変わらない。


「お前には関係ない事だ」


 突き放すような口調の中にも、抑えがたき怒りが込められていた。


「そうでもない。私ならばお前をこの窮地より救える」


 眼前のラグナレクは、古き精霊セセリナの封ずる力が弱まったその隙をついて姿を現したレグスの内に宿る忌々しき力の化身。

 完全に封印を破る事が出来れば、超常の力を呼び出す事も可能となる。

 その力さえあればリッチという強敵すらもいとも簡単に倒せるやもしれない。


 だがそんな事をレグスが望むはずもなかった。


「救うだと……。貴様が、俺を……。冗談でもそんな寝言、ほざいてんじゃねぇ」


 煮えたぎる怒りを抱き、発せられる彼の言葉にも、ラグナレクは淡々として応える。


「選ばれし器子よ。お前は知っているはずだ。私は偉大なる御手。人の身では敵わぬ不浄の王も、我が力の前には無力なり。お前にその力を分け与えよう」


 ラグナレクの考えは見え透いている。

 封印を完全に解けば、そのまま魔人の器としてレグスを利用しようとしているのだ。


「黙れ。貴様の誑かしに興味はない」

「では、このまま死を選ぶか」

「俺が死ぬのは貴様を葬ってからだラグナレク」


 迷いない言葉だった。

 死の淵に立ってなお、レグスは本気でそれを為す事を望んでいたのだ。


「弁えよ。たとえ器子とて、人の身にある者の際限はいと小さきモノなり。蟻一匹がどれだけ足掻いてみせたところで、山一つ動かす事かなわぬ。我が力を受け入れよ、でなければお前はこのまま死にゆくのみぞ」


 淡々と上から物を言うラグナレクの口調は、レグスにとってこの上なく癪に障るものだった。


 人の身にある男は小刻みに笑う。

 愉快だからではない。

 怒りからレグスは笑い、激するのだ。


「たかが石ころの分際で、まったく大層な言い様だなラグナレク!! いいぜ、そうやって超越者ってやつをせいぜい気取ってるがいい。だが覚えておけ……」


 怒りで血を煮えたぎらせながらレグスは断言する。


「俺はお前を必ず殺す。天地万遍の世より、塵一つ残らぬよう貴様を消し去ってくれる!!」


 激憤が込められたレグスの言葉にも、ラグナレクはまるで動じない。

 それどころか超常の石の化身はただ冷たく言い放つ。


「それはいつだ?」


 と。

 そして虚を衝かれたように固まる男に魔石は語る。


「器子よ。お前が望むならば、私はすぐにでもお前のもとへと姿を見せよう。ただ封印を解けば良い。そして試みるがいい。蟻に山が動かせられるかを」


 悪魔の誘いだった。

 煮え欲した機会を目の前にぶら下げ、さらなる激情を誘っているのは明らかだった。

 レグスとてそれを頭では理解出来ている。

 されど己の血をたぎらせるこの激情が、合理や計算の内に収まるほどのモノならば、もとより超常の存在を相手に抗おうなどしようか。


「それともお前の言葉は単なる虚勢か」


 我を失うに十分たるラグナレクの言。

 怒りに呑まれほとんど無意識に斬りかかろうとレグスは踏み出す。


 だが黒剣が標的を再び斬り裂くより早く、件の風が吹き、彼の頬を優しく撫でた。


――セセリナ!?


 覚えのあるその風に静められ、レグスの動きが止まる。

 それが彼の選択だった。


 わかっている。

 今ではない。まだその時ではないのだ。


「選択を誤り続けた愚かな器子よ、時間切れだ」


 もはや己の望み通りいかぬと知ったラグナレクはそんな台詞を吐き捨てた。

 超常の石の化身にとって、この状況下で己の力を拒むレグスの態度は自殺を選んだようなものにしか見えなかったのだ。


 そして石の化身が溶けゆくと共に、偽りの安寧の地も消える。

 残るはただ広がる混沌の闇の世界。

 その世界に一人佇む男のもとへ、怪物の踏み鳴らす大きな足音が響き近付いてくる。


 ずっと己を追いつづけた怪物。

 その正体をレグスはもう察している。

 逃げる必要などなかった。


 闇の中より現れるや否や吼え猛る怪物に彼は言う。


「そう妬くなケダモノ。古い顔見知りと少し会っていただけだ」


 そうして荒ぶる怪物に対してまったく恐れなく自ら近付いていくと、レグスは己を喰らいたがるそれを前にして言い放つ。


「そんなに俺を喰らいたいなら味見ぐらいはさせてやる。だがその代わり、もっと力を寄越しやがれ魂喰らいの獣」


 レグスが持つ黒き魔剣『魂喰らいの剣(ソウルイーター)』の力の化身。

 それが怪物の正体だった。


 怪物はただ遠慮なくレグスを呑み込み、するどい牙で噛みしだく。

 死にはしない。いいや決して死ねはしない。

 全身を刻まれ、磨り潰される激痛がレグスを襲い続ける。

 その痛みこそが魂もが削られていく証だった。


 そしてその痛みこそが、彼の意識を死の淵より肉ある現実の世界へと引き戻すのだ。



 一度深くへと沈んだ意識が覚醒する。


 その覚醒と同時に、彼を覆っていた不浄の王の暗黒の力が弾け飛ぶ。

 中より出でたのは、不浄の王とは性質の異なる黒い力を溢れさせる男だった。


――上出来だ。


 レグスは脈動する力を感じていた。

 痛みと引き換えに得たその力は、エルド・ダナテーラの神殿に住まう悪霊の竜と戦った時ほどではないにしても、魔剣本来が持つ力に近しいだけのものは引き出せていた。

 己の魂を削ってでも得た力だ。そうでなければ、そうするだけの価値がない。


 だがしかし、死の淵よりさらなる力を得て甦った男に対して、悪霊を司る王は微塵も怯む事はない。

 ただ不気味な笑みを浮かべ、邪悪な叫び声をあげて、リッチは再びレグスに襲い掛かる。


 不浄の王が発するうねる力の塊が最初の時と同じように振り下ろされる。

 レグスもまたあの時と同じように剣を振り上げ、その強力な一撃を迎え撃った。


 結果は変容す。


 力の塊はレグスの一振りによって天高くへと斬り飛ばされ、消失。

 同時に二者の優劣は明らかとなった。


――一気に片をつける!!


 つい今しがた死にかけていた男とは思えぬ速度で、レグスは連続で繰り出される敵の攻撃の中を斬り進む。

 無数の悪霊達の抵抗も意味をなさない。

 瞬く間に彼はリッチへと肉薄すると、そのまま魔剣を振るい両断した。


 神速一撃必殺。

 その瞬間、斬り裂かれたリッチより数多の不浄が溢れ出たかと思うと、その体が爆ぜ、霧散した。


 消え失せたのはリッチだけではない。

 当初の狙い通り、王と共に悪霊達も消滅していった。


 多くの犠牲があった。

 この成果の為に壁の民の勇者達が何十人も犠牲となった。

 それでもレグスは見事やり遂げてみせた。

 不浄の王を打ち倒すという使命を彼は果たしたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ