ドルバンの山猫Ⅲ
バハーム砦を出て、脇から伸びる獣道をしばらく登るとぽっかりと開いた小さな台地にでる。
そこに砦の難を逃れてきた盗賊達は集まっていた。
その数は総数三百人近くいるというドルバンの山猫とすれば寂しいもので、十分の一すらも集まっていない。
――二、四、七、八、一二、十七、二十一……。
夜目を利かす魔法の目薬、星光露の力によって遠目からでも男はその数を正確に把握する。
問題はない。
「礼を言うぞ、少年」
男をここまで案内したのはドルバンの山猫に属するというあの東黄人の少年だった。
「ああ」
彼はまるで生気の抜けた声で生返事をし言う。
「ここまで連れてきて言う事じゃないが、……やめとけよ。あんたじゃダーナンには勝てない」
「いらぬ忠告だな」
男の視線の先にはひときわ巨大な大男、ダーナン・バブコックの姿があった。
「あんたは知らないから……、あいつがどれだけ強いか知らないからそんな事が言える」
「お前も私の強さを知らぬ」
男がそう返すと、少年は自嘲気味に少し笑い、言った。
「知ってるさ、あんたは強ぇよ。こてんぱんにやられたんだ、わかってる。けどあんたじゃ奴には勝てない。モノが違うんだ。奴とは」
少年の口調には弱者に対するような見下しはない。だが無謀な戦いを挑むように見える者に対する警告とも単純に取れぬような含みがある。
少年のそれは表面上だけを見るなら達観、悟り、とも違う、単純な諦めの心境に見えるだろう。絶対的強者、横暴者であるダーナンに対する絶望的で卑屈な感情。
それだけならば、男はこれ以上彼と言葉を交わしはしなかっただろう。
「……お前は一体何を恐れている?」
だが男は少年の言葉に、表情に、それらとは違う、恐怖の感情を見た。
「はぁ? あんたを心配して言ってやってんだろうが」
自覚すらないのか、あるいはそれを殺すように無理に否定しているのか。
「違う。お前は恐れている」
そう言って自分を見据える男から、少年は顔をそむけた。
「わけわかんねぇよ。なんであんたがやるのに俺が怖がる必要がある」
「だから聞いている。一体お前は何をそんなに恐れている」
少年はその問いには答えない。答えられない。
「……勝手にしろよ。そんでくたばっちまえ」
吐き捨てるように出たその言葉が彼の精一杯だった。
周囲を警戒する者達を除き、そこには幾人かの盗賊達が集まっていた。
この危機的状況にありながらその誰もが、どこか緊張感に欠けている。
正確に言えば、唐突な襲撃によって与えられた恐怖に負け、どこか気持ちが浮ついたままであった。
一人の男、ドルバンの山猫首領ダーナンを除いては。
「頭、あのガキまだ帰ってきやせんね」
髭面で陰険な面をした盗賊がダーナンに言う。
すると首領はぎょろりと目玉を動かし彼を見て、口を開いた。
「喰われたか」
巨漢と言うだけにはでかすぎる大男ダーナンの前では、どんな人間すらも子供のように見える。そばにいる盗賊達すらも座したダーナンよりも小さい。
膨大な筋肉、恵まれすぎた骨格、そしてそこから生まれる肉体の迫力だけで多くの者は気を呑まれた。
圧倒的、暴力的なまでの場を支配する力が彼にはあった。
「ええ、たぶん……」
目の前で多くの仲間が殺されたこのちんけな盗賊の注意は今、謎の襲撃者ではなく、ダーナンの一挙手一投足に向けられている。
「まさか、逃げたんじゃ……」
別の盗賊がぼそりと漏らす。
「おい」
気に障ったのか、怒気を含んだ声でダーナンが言う。
「アレ、が逃げる? どこに逃げるってんだ、あのチビが。どこで生きていくつもりだ、あの面で、あの弱さで」
「いえ、それは……」
「ありゃ、一人じゃ何もできねぇクズだ。群れの中ですらまともに生きれねぇゴミだ。俺達が飼ってやってるからなんとか生きてけるだけにすぎねぇ、違うか?」
「……そりゃあ、もちろん」
「だったらどこに行く。どこにもいけねぇさ、あいつにはここしかない。何より俺様の命令に背く事がどういう事か、よぉくわかってるはずだろうが」
「すいません、頭の言う通りです。あいつがここを離れられるわけがねぇ」
「二度とつまらねぇ事言うんじゃねぇぞ。次言ったら……、わかってんだろうな?」
「はい、二度と言いません」
「おう、わかればいい。じゃあお前行って来い」
「えっ」
「アレが駄目だったんだから、お前が次、行けってんだよ」
「そ、それは……、勘弁してください頭。あんな化け物が出る場所に俺一人で戻ったって……」
涙目で許しを乞う盗賊。
そんな彼に対してダーナンは裏拳を放ち、上半身ごと吹き飛ばした。
「うわぁ!!」
「頭!!」
「ひぇ……!!」
血肉を飛び散らせた仲間を見ながら盗賊達が動揺する。
大人の男の肉体が座したままの姿勢から放たれたダーナンの一撃で消し飛んだのだ。
「つまらねぇ事は言うなつったばっかりだろうが、馬鹿が」
横暴なダーナンの振る舞いに震え上がる盗賊達。
彼らにとって間近の脅威とは侵入者ではなく、主であるダーナン、容易に生まれるその怒りに触れる事である。
「敵襲!!」
そんな彼らのもとに仲間が別の脅威が訪れた事を告げた。
「くるならきやがれ化け物共」
人外の領域にいるのはダーナンも同じである。平均的な成人男性の背丈を優に超える両刃の大斧を手にのしりと立ち上がったダーナン。
彼の前に敵である何かが姿を現すのにそう時間はかからない。
「ぎゃっ!!」
「くそ!!」
「こいつ!!」
闇に響く手下達の怒声と悲鳴もすぐに止み、それは姿を現す。
返り血を浴びたローブを纏う男。
黒い剣を手に彼は言う。
「山猫の首領ダーナンよ、殺す前に聞いておきたい事がある」
いきなりの殺しの宣告に多少面食らうダーナンであったが、彼はすぐにそれを笑い飛ばした。
「ガッハッハッハ、俺様を殺すだと。お前みたいな雑魚一人に何ができる。仲間はどうした。あの化け物達はどこだ」
ダーナンもそれまでの盗賊達と変わらず、まさかたった一人の男によってこの事態がひき起こされた可能性を考えつきもしない。
それでもこれまでと違うのは周囲にいる人間の反応だろうか。
血塗れのローブを纏い現れた東黄人の男にダーナンを除く盗賊達は恐怖していた。
それもそうであろう。さきほどのまでの悲鳴は、その男達の死を意味している。
そして頭目であるダーナンがどれほど強かろうと、手下である盗賊達を守ろうという心など持ち合わせていない事を彼らは承知していたのだから。
「猿山の猿はみな同じように鳴くのだな。お前の手下共もそう鳴いて死んでいった」
「取るに足らん雑魚を狩って、戯れ言ほざくのもたいがいにしておけよ、黄色い猿が」
「取るに足らん雑魚か。古くからの戦友もその扱いでは死んでも死にきれぬやもしれんな」
「なんだと」
「マッフェム、バウアー、お前にとって奴らも下っ端共と同じ扱いなのかと言っている」
結成当初からの仲間である男達の名にダーナンは顔色を変えた。
それは手下である盗賊達も同じ。
「嘘だろ、あの人達がこいつにやられちまったってのか?」
「頭、こいつはやべぇかもしれませんぜ」
動揺を見せる部下の言葉は、巨漢の首領の逆鱗に触れるものだった。
「黙れ!!」
ダーナンが大斧を振るとたちまち彼らは物言わぬ肉塊と化す。
その光景に固まってしまう手下の盗賊達、それとは対照的に敵である男は何一つ表情を変えない。
「てめぇがあいつらを殺っただと? 小僧、俺達はな。あのアンヘイとの戦争で何度も死線を越えてきたのよ。てめぇのような猿ごときに殺れるはずがねぇ!!」
怒りで血管をはち切らせんばかりに浮かせ、鼻息荒くするダーナンに男は不敵に笑う。
「過去の栄光を語り、酔い、すがる。お前達は過ぎた戦争を支えにしてさ迷う亡霊だな。ダーナン、お前も奴らと同じ地獄へ送り届けてやろう」
ダーナンの我慢が限界を超える。もとから忍耐強い男ではない、もはや彼の人としての理性は消え去り、怒りのままに暴走する獣と化した。
大男は無言で大斧を振り上げると、そのまま躊躇なく敵である東黄人を攻撃する。
その破壊力は人の放つ一撃とは思えぬほど大きく、見事攻撃を回避した男の跡には深々と斧の刃が付き刺さり、地割れをも引き起こしていた。
男が素早く距離を詰めダーナンに斬りかかる。
が、異常にまで巨大なダーナン、その急所をこのままでは狙えない。
だから彼は大男の前で飛んだ。
高く、高く、大男の背丈をこえるほどに飛んだ。
そしてダーナンの頭部に己の剣を叩き付けようとした。
「猿がぁ!!」
大きな左腕に装着された篭手でダーナンはそれを受ける、まるで目の前を飛ぶ蝿でも振り払うかのように軽々と。
――さすがの馬鹿力だ。
大男の後方に弾き飛ぶ男であったが、体勢を上手くたてなおし綺麗に着地する。
そこへ。
「うぉらああああああ!!」
ダーナンが大斧を軽々持ち上げ追撃を行う。
水平に回転しそうなほど勢いつけた大斧の刃が男に襲い掛かる。
「ぎゃあああ!!」
大斧の破壊力にあっけなく半身が吹き飛ぶ、部下である盗賊達の。
「頭、落ち着いて下さい!! 俺達まで巻き添え食っちゃいますよ!!」
手下の悲鳴ももうダーナンには届かない。
彼の世界に存在するのは、敵である東黄人の男、ただ一人。
手下の事など頭になく彼は大斧を振り回し続けた。
「ぎゃっ!!」
「助けて!!」
逃げ出す部下も関係なく、暴走する獣は止まらない。
「猿の方が少しは利口だな」
手下すらも血肉に変えるダーナンの戦い方に男は呆れた。
「ぶっ殺す!! ぶっ殺す!! ぶっ殺っすうううう!!」
闇雲に戦うだけの大男。だがそれが恐ろしく強い。
なにしろ体格が桁違い。大斧の間合いが桁違い。
隙は大きいが急所は遠く、頑丈な肉体を多少斬り付けたところで戦況に変化はない。
――さすがにこの状態では無理か。仕方がない。
男は手にした黒剣をその場に置き、短剣へと持ち替える。
「てめぇ、ふざけてんのか!!」
剣ですらまともなダメージを与えられていないのに、短剣など持ち出すなんて、ダーナンにはその行動の狙いが理解できなかった。
――馬鹿で助かるな。
咆える大男を無視し、短剣で斬りかかる男。
大振りの攻撃を避けダーナンの巨体を切り裂く。しかし、傷は浅い。
「無駄だ!! そんな得物でどうにかできると思ってんのか!!」
――できると思ってなければ、使いはしない。
無言で同じ事を繰り返す。剣を置きより身軽になったせいもあるか、男の動きは速度を増し、ダーナンを攻撃し続けた。
浅い傷が増えていく、だがその傷だけではダーナンはとうてい倒せぬように思えた。
「ちまちまと鬱陶しい蝿猿があああああああ!!」
大斧が振り下ろされる。怒りを込めた一撃。それが何度も繰り返されたせいか、男とダーナンが戦うこの辺りの地面はひどい事になっていた。
「いい加減にしろよ」
そう言いながらいつものように大斧を軽く持ち上げようとしたダーナン。
「ぬっ!!」
だが、彼は体勢崩し地に膝をついてしまう。
「なんだ……」
戸惑う大男に敵である東黄人は言う。
「それはこっちの台詞だ。驚いたぞ、いくらその巨体とはいえ、このアプラサイの猛毒が回るのにどれだけ時間をかけるつもりだ」
「ど、毒だと!?」
猛毒という言葉にダーナンは動揺する。
「ああ、即効性の猛毒だ。直に手足が痺れ動かなくなり、口も聞けなくなるだろう」
「ふ、ふざけるな!!」
気力で身体を動かそうとするダーナンであったが、余計に体勢を崩し倒れ込んでしまう。
そうして倒れた彼のもとへと近付き見下ろしながら敵である男は言う。
「よく聞け。このアプラサイの毒は死ぬまでに多少の猶予がある。そして私はその解毒薬を持っている」
「……だから何だってんだ」
「取引だ。私はお前が持つ情報が欲しい」
「毒なんて使いやがる卑怯者と取引だと? ふざけるな……」
古今東西、毒を使った武器は数多く存在する。だがそれらに好意的な印象を持つ者はそうはいない。
暗殺などに使われる毒の後ろ暗さや、必要以上に苦しめ死をもたらす残酷性、戦いが終わったのちも身体を蝕み続ける恐ろしさ、それら様々な理由によって毒、または毒を使った武器を扱う人間は疎んじられた。
人間とは不思議なものだ。
殺し合いにすらある種の理性や慈悲、正当性を求めるのだから。
「卑怯? まさか盗賊のお前からそんな言葉がでるとはな」
「黙れ。こんな姑息な手を使わねばお前みたいな野郎……くそっ……」
自由の利かない体に苦悶の表情を浮かべるダーナン。
毒の回りは進み、その苦痛が大きくなっていく。
「手遅れになる前につまらぬ意地は捨てろ。それともこのまま地獄へ行くか?」
「信用できねぇ」
「なに?」
「卑怯者の東黄人なんて信用ならねぇ」
「図体に反して狭量な男だ。よく見ろ、これが解毒薬だ」
男が丸薬を一粒取り出しダーナンに見せる。
「それが本当に解毒薬って証拠はどこにある」
「その疑いに何の意味がある。解毒薬が無ければお前はこのまま死ぬだけだ」
「いや、お前は持ってる。薬はな……」
毒のついた武器を扱う場合、万が一の事故に対応する為にその解毒法を確保する事は大切な事だった。男が解毒薬を所持しているという事に怪しむ点はないだろう。
「だが、そいつが本物だっていう保証がねぇ。……先だ、情報が欲しいなら、薬を先によこせ」
ダーナンが疑ったのは男が薬を所持しているかどうかではない。毒武器を使う卑怯な東黄人が果たして素直に解毒薬を渡すだろうかという点が重要だった。
ダーナンには薬の知識がない。丸薬を見せられてそれが自分の毒を解毒する薬なのか判断が出来なかった。先に薬を渡させる、彼にしてみれば当たり前の要求だった。
「いいだろう、と言いたいところだがお前が私の望む情報を持っているとは限らないのでな。それでは公平さにかける」
「何が知りたい」
「キングメーカー、かつて狂王が手にしたという石の行方を追っている」
「お前みたいな小僧が今さらなんであんなものを……、何もんだお前」
「私がどこの誰で、どんな理由で石を追っているか、そんな事はお前にとって重要ではないはずだ」
「ちっ、……まぁいい。あの石についての情報なら全くないってわけでもない」
毒が体を蝕んでいく苦痛に耐えながらダーナンは言った。
「えらく曖昧な返事だな」
「なにせ二十年も昔の話だからな。……聞いておいて損するような情報じゃないとだけ言っておいてやる」
「どこまでも尊大な男だ」
「黙れ小僧……、さぁ情報が欲しいなら薬を先によこしな」
「いいだろう、取引成立だ」
ダーナンが震える手で男から解毒薬を受け取る。そしてそれを呑み込んだ。
「さぁ、話してもらおうか。石について、お前が知っている限りの全てを」
「まぁ待て……、薬が効いてからだ。……まだ本物かわからねぇ」
それからしばらく解毒薬の効果がでるまで、二人は時が過ぎるのを待った。
そして男がその場から動けぬダーナンから離れ、置いていた剣を取り、戻ると、彼は言う。
「さて、もういいだろう。喋ってもらうぞダーナン・バブコック」
男の手が再び握った黒の剣、その切っ先はダーナンに向けられている。
「ふん、確かに本物みてぇだ。少しは体が楽になってきた」
「一応言っておくが、馬鹿な考えはやめておけ。解毒薬が効いているといってもしばらくは安静にする必要がある。まともに身体が動くようになるのは何日か先の事だ」
「安心しろ小僧、今やるのは俺様も不本意だ。腐ってもユロア人だ、成立した取引は守ってやる」
「ほう、お前はユロアから流れてきたのか」
ユロア大連邦は大陸中の国々を相手に交易する事で巨万の富を築いた商業国家群の面もあり、ユロア人は取引や契約を重んじると言われている。
そして政治的、宗教的、もしくは生活の為、理由は異なれど豊かな連邦の地を離れフリア地方に住み着くユロア人達も少なくはない。
ダーナン・バブコックもその一人というわけである。
とは言っても、所詮は盗賊、彼の言葉が信頼に足るとは限らない。
「昔の話だ……。ギュスターヴ・アラスを知ってるか?」
「いや」
「今はパネピアのザネイラで領主となってる男だが、もとは奴もユロア人だ」
パネピアはザナール北の隣国で、ザネイラもその領地の一つである。
「かつての金名はコロペイナ」
連邦では社会にでるに相応しいとされた男性がその証となる税を納め、新たな名を別に受け取る習慣があった。
国家、大王から与えられるその名は金名と呼ばれ、一人前のユロア人の証となる。
一度金名が付けば、その後当人は金名で呼ばれる事が普通で、本名で呼ぶのは親しい間柄の人間だけとなる。
「フラーヌの貴族出身だが政争に敗れ、フリアに流れた」
フラーヌはユロア大連邦を構成するうちでも有数の強国で、その貴族となればかつてはかなりの権力があった事だろう。
「盗賊のお前が何故そんな事まで知っている」
「かつては奴のもとで働いてたからさ。……野心のある男だった。お前は知らんかもしれんがな、ユロアじゃ石を探るなんて大罪もんだ。首がいくつあろうと足りないぐらいのな。だが奴はフラーヌ時代から石に興味を持っていた。フリアに落ち延びて、あの石の噂を聞いた時、狂喜してたよ。これで奴らに復讐が出来ると」
「奴ら?」
「言ったろ政争に敗れて、フリアに流れたと。その復讐だ。奴は金名を捨てるほどに連邦自体を憎むようになっていた」
「その男なら石について何か知っていると」
「可能性はな。……奴の復讐、石に対する執念は異常だった。ついていけないぐらいに。……奴の事だ、まだ石を追い続けているに違いない」
「パネピアのザネイラか」
「ああ、そこにお前達が求めるものがあるかもしれん」
ダーナンはまだ自分達を襲ったのがこのたった一人の男だとは思っていない。
「だが忠告だ、やめておけ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。ギュスターヴは手強い、あのフラーヌで政争に明け暮れて生き抜いた男だ。俺様ですら敵に回したいとは思わない相手だぜ。いくらお前達が山猫を追い込むほどに強力だとしても、奴は貴族だ。落ちぶれたと言ってもザネイラの領主、簡単にどうこうできる相手じゃない」
「いらぬ心配だ」
「心配もするさ、とくにお前についてはな」
「何故そんな必要がお前にある」
「そりゃそうさ……。お前達を殺るのはこの俺様だ。こんな真似しやがったんだ、許せるわけがねぇ。殺るのはギュスターヴじゃねぇ、俺様の手で必ずお前達を……」
強い憎悪、怒りのこもった口調。
「待ってろよ、必ず地獄の底でも追いかけててめぇを殺す。次の機会には必ず……」
呪うような言葉の連鎖、その途中、男は動く。
咄嗟の事に、毒による疲弊で重くなったダナールの心身はその動きについていけない。
「安心しろ」
剣がダーナンの太い首を両断する。
戦いの終わりは呆気ないものだった。
「その機会が訪れる事はない」
ごろごろと山猫の主の頭が地面を転がった。
――貴族か……。
彼はもう次の標的の事を考えている。
ドルバンの山猫、何人か生き残りがいるだろうが、それをどうこうするつもりはもう男にはない。
あくまで彼の目的はキングメーカーと呼ばれる石である。
だが、地下に捕らえられている女を無視するまで薄情な人間でもない。
――とりあえずは女達はあの村にまで送るか。
そう思い砦の地下牢へと向かう為に歩き出した男。
そんな彼のもとに見覚えのある者が駆け寄ってきた。
「あ、あんた!! 待ってくれ!!」
それは盗賊達にゴブリンと呼ばれているという、あの東黄人の少年だった。