不死身
裸の大地の上、少年の眼前に二人の男が立つ。
一人は背丈が三フィートルはある壁の民の大男。もう一人は二フィートルにも届かぬ東黄人の男レグス。
二者が手にする得物の大きさも異なり、大男が手にする剣は相手の背丈を優に超えていた。
彼らの周囲を囲む簡素な木造の柵の外側には戦いの行く末、同胞の勝利を見届けようと壁の民達が溢れんばかりに集い、声援を飛ばしている。
観衆の声に疑いは一切と存在せず、当然として、大男の勝利を信じているようであった。
しかしこの場にはそうではない者もいる。大男ではなく、東黄人の男が勝つと考える者がいる。
それが東黄人の少年、ファバであった。
「やっちまえレグス!!」
ファバは壁の民達の喚声に気後れする事なく、自身に背を向けるレグスに声援を送る。
壁の民達が同胞の勝利を信じているように、少年もまたレグスの勝利を信じていた。
彼は知っている。この東黄人はあの巨漢の暴君ダーナンを殺しているのだ。
それだけではない。家よりも大きな竜の亡霊すらも彼にはかなわなかった。
相手の背丈がたとえ三フィートルあろうと、レグスにとって取るに足らぬ事のはず。
「そんな野郎、あんたの敵じゃねぇ!!」
少年のその声が後押しとなったわけではないだろうが、レグスがゆっくりと歩を進め始める。
同時に、観衆の喚声は勢いを強めた。
彼らの声に応えるように大男の方もレグスとの距離を詰め始める。
二人が歩を進めていく。
ゆっくりと、静かに、堂々と。
そして両者共に自身の剣を構え、その間合いへと足を踏み入れる。
薙ぐようにして大男の大剣がレグスへ向けて放たれた。
けたたましい衝突音が場に響きわたる。
レグスは一歩も退く事なく大男の剣を自身の剣で受け止め、打ち返すようにして斬りかかる。
再び場に轟く剣と剣の衝突音。
そしてお返しとばかりに、今度は大男が大剣を振り下ろす。
その繰り返し、その度に、戦いを見守る壁の民達からの喚声が上がりは消え、上がりは消える。
レグスと大男の戦いは全くの互角であった。
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
動かぬ戦況の中、観衆からが上がった不穏な声が徐々にその勢いを増していく。
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
そして観衆達の声に込められた殺意の高まりが、割れんばかりの大喚声へと変化した時。
レグスと大男の戦いにも動きがあった。
観衆達の望みとは逆の動きが。
それまで互角に斬り結んでいた両者の内、大男の方がじわじわと後退を始めたのだ。
レグスが押している。
二フィートルに満たぬ男が、三フィートルの大男とまともに打ち合って圧しているのだ。
「そうだ、レグス!! いけ!! やっちまえ!!」
ファバの叫び声と同時に、レグスは勝負を決めにいく必殺の一撃を放つ。
そして彼の剣は相手の上半身を一閃、斬り裂いた。
「よし!!」
大男から飛び散る血飛沫を眺めながらファバはレグスの勝利を確信する。
だが。
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
観衆はこの光景を見て、なお同じ言葉を叫び続けていた。
「なに言ってやがんだ、こいつら。勝負は決まったぜ。レグスの勝ちだ!!」
壁の民の観衆を馬鹿にするように笑い見た少年の顔。
しかしそれは、視線を再び血塗れの大男に向けた時、すぐに消えてしまった。
大男が立っていた。
致命の一撃を受けながらも崩れ落ちる事なく立っていた。
「なっ……、ありえねぇ……」
斬り裂かれた胸から血を吹き出しながら膝を折らぬ大男に、ファバは息を呑んだ。
「……なにやってんだ。とっとと止めさしちまえ!!」
思い出したかのように声を掛ける少年。
彼の声に従うようにレグスが再び渾身の一撃を放つ。
「よし!!」
大男の肉体を捉えたレグスの剣。
血が舞い、肉が飛ぶ。
今度こそ決まった。そう少年は思った。
しかし。
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
観衆の声は変わらず。
胸を抉り斬り裂かれた大男の立ち姿も変わらない。
それでも、裸の大地を全て大男の血で染め上げる勢いで、次々と斬り付けるレグス。
されど大男は倒れない。
――なんだよ、これ……。
不死身の大男が立っている。
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
興奮する観衆とは対照的に、少年は我が目を疑う光景に言葉を失っていた。
血塗れの大男がゆっくりと手にした大剣を振り上げる。
――まずい。
ただただそう思った。そう思うだけだった。
それ以外には何もない。
呆然と眺めるファバの目の前で、その時が訪れる。
「殺せ、殺せ、殺……」
観衆の声が遠く聞こえなくなっていく、そうして無音の世界が訪れると同時に大男が剣を振り下ろす。
剣は、いとも簡単に標的の首を刎ね飛ばした。
――あっ……。
何が起きたのかわからない。
主を失った胴体が大量の血液を噴き上げる様を眺める少年には、事象は理解出来ても、それが意味するものまでは思考する事が出来なかった。
弧を描きながら何かが宙を飛んでいる。
丸い何かが……。
それがボトりとファバの目の前に落下する。
ああ、そうだ。これは頭だ。
頭が転がり少年の方を向く。
目が合った。がらんどうの瞳がじっと少年を見つめていた。
頭は支配すべき胴を失い、黒々とした血を吐き出し続けている。
その黒い血、がらんどうの瞳に、少年はようやく何が起きたのかを認識する事が出来た。
彼は知る。
目の前に転がり落ちている物、それは……。
――レグスの頭だ。




