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奏上

 第三大門からさらに南に四百キトル。

 十五ある門街の中でもひときわ大きなその街の中に、壁の王が住まう宮殿は存在した。


 勇者ガァガは王宮までの道程を獅子馬を使い半日ほどかけて移動し切ると、すぐに王へと謁見する。

 玉座の間には王を補佐し政を担う『元老院』の面々も同席しており、ガァガがこの度の一件を奏上するや否や彼らからは批難の声が相次いだ。


「なんと馬鹿な事を!!」

「老いて血迷うたかガァガよ!!」

「刑を速やかに執行する事こそがお前の役目であろう!! それが、もう一度裁判を開けだと!?」

「しかも決闘裁判とはなんと愚かな。神々の叡智(えいち)に無闇とすがるは恥と良識を知らぬ者の行いぞ」

「あの男の罪に関しては十分な証言が揃っておる。今さら何をあらためる必要がある」

「いくらマルフスがバノバの子だからと言って私情を挟むにも度がすぎるぞ、情けない。そもそも奴は……」


 放って置けば止む事のなさそうな批難の嵐に、少々うんざりとした表情を浮かべながら王が口を開く。


「もうよい、お前達。そのへんにしておけ。そのような罵声を浴びる事になるのは、こやつとて重々承知の事。百も二百もそのような言葉を並べたところで何の意味もありはせんわ」


 王は元老院議員達の発言を制止すると、頭を垂れ跪く臣下に問う。


「ガァガよ。もう一度裁判を開けとはいったいどのような心境の変化がお前にあったのだ。刑を前にして、愚かな私情のみでお前ほどの男が変心したわけではあるまい」

「我が王よ。私はずっと迷うておりました。果たしてあの子は、マルフスはいったい何者なのかと……」


 ガァガの言葉に議員達からは再び野次が飛ぶ。


「決まっておろう、戦場で逃げ出した恥ずべき男以外の何者でもないわ!!」


 そんな彼らの態度に、壁の王は怒気を強めながら言った。


「黙れ!! 今はわしとガァガが話しておるのだ」


 さすがにこれには議員達も肝を冷やし、口を閉ざすしかなかった。

 するどい眼差しで彼らを一睨みした後、壁の王はガァガに続きを促がす。


「それで……」

「あの子はバノバが忌まわしき地にて拾い、連れ帰った子です。あれほど危険な場所で剣も満足に扱えぬ幼子がいったいどう生き延びてきたと言うのでしょうか。どのような奇跡があれば、あの地で十年と生き長らえる事が出来たのか」

「奴にはバノバが付いていた。あの者は勇者の中の勇者だった」

「ですが王よ、勇者バノバほどの男の庇護下にあったとしても、あの地は余りに過酷。それにバノバがあの子を拾った時、既に彼は地に足を付き、歩ける年頃にあったのです。バノバに拾われるより前はどのようにして生きてきたと言うのでしょうか。それこそまさしく、あの子が星の加護のもとにあったからこそではないかと、そう思うのです」


 ガァガの言葉に壁の王は深く溜め息をつく。そして何やら考え込むそぶりを見せた後、彼は言った。


「だがそれは今さらの事であろう。そういう諸々の事情を含めて、刑の執行に一度はお前も賛同したはず」

「捕らえられ、刑が決まってなお、マルフスは申しておりました。自分はまだ死ぬ定めにはないと。そんなもの、死を前にした者の逃避に過ぎぬと私は思っておりました。いいえ、思い込もうとしておったのです」


 ガァガの口は止まらない。


「ですが刑も執行しようかという間際に、あの男が現れた。不遜にもその男は刑の執行に待ったをかけ、あまつさえ決闘裁判を要求し、マルフスの無罪を訴えるではありませんか。念願の壁越えを前にした開拓団の男がです。……普通では考えられない、馬鹿げている」

「その馬鹿げた事に従えと、お前は言うのか」

「馬鹿げている、だからこそ余計に私は恐ろしいのです。それほどに荒唐無稽な事が、平然と起こるこの状況が。……灰の地で生き延び、壁に帰ってなお、あの非力な男は多くの同胞が死んでいく戦いの日々の中で過ごしてきた。誰もが一冬と持たぬと内心思っていたものです。ですが奴は生き残った。……満足に敵も屠れぬ男、同胞に笑われ、蔑まれてきたあの子が、形はどうあれ今日まで生き残ってきた。それがどれほど困難な事か……、そして今回の出来事です」


 首を横に振りながらガァガは言葉を続ける。


「いったい幾つの奇跡があのマルフスの身に起きると言うのでしょうか。どれほどの窮地にあろうと、あの子には救いの手が差し伸べられていく。……運命があの子を救おうとしている、私にはそう思えてならぬのです」


 心の丈を吐き出すように言葉を並べ続けたガァガ、そんな彼に王は言う。


「だがどれほど奇跡が続いてきたとしても、刑を終えてしまえばそこまで。彼の者の言う死ぬ定めではないという予言も見事に外れ、罪人の嘘は証明される」

「そうです。それこそが、我々が望んでいるものです。我々は恐れている、あの子の預言が真である事を」


 ガァガの言葉は真剣そのもの。一点の曇りもなく、それは放たれていく。


「偉大なる勇者にして我が王、ゴルゴーラ陛下。我らは目をそらそうとしているだけではないのでしょうか、誇り高き戦いを無意味と断じ、暗黒の世の到来を告げる、あの『黒き予言』から……」


 顔を上げ訴えるガァガの表情には悲痛な覚悟が浮かんでいた。

 しかし彼のそのような思いとは裏腹に、議員の一人が我慢ならぬとばかりに声を荒げる。


「愚か者の世迷言を信じるばかりか、言うに事欠いて我らを臆病者呼ばわりするとは!! これほどの恥辱があろうものか!! いったい何様のつもりだ、ガァガ!!」


 然り、然りと同調の声が次々と議員達から上がっていく。

 彼ら戦いの民、壁の民にとって臆病である事はもっとも恥ずべき事である。

 そのような者達に、マルフスの予言から目をそらさす為に謀殺を図ったかの如くの言い様、加えて罪人が戦いを放棄し逃げ隠れしていたのは明らかな事実であるのだ。

 そんな状況下で、ガァガの言葉が素直に伝わるはずもなかった。


 だが……。


「ええい、黙れ!!」


 壁の王は違った。

 再び議員達の言動をゴルゴーラは制止する。


「ですが、王よ……」


 元老院議員も食い下がろうとするが王は聞き入れない。


「二度も三度も同じ事を言わせるな、ベベブ」


 毅然とした王の態度に彼らも黙る事しか出来ない。


「ガァガよ、お前の考えはよくわかった。そしてその言に一理ある事は確かだ。……よかろう。咎人に天意があるかないか、決闘裁判にて問う事を許そう」


 王の決定に議員達から悲鳴や嘆きの声にも近い溜め息が漏れ聞こえる。


「だがな、ガァガよ。咎人に天意無き時、いらぬ混乱を招いたお前の責任も当然問わねばならぬ。己が首一つ、賭す覚悟はあろうな」

「はっ!! 無論の事でございます」

「いいだろう。闘士はいずれの者にするつもりだ」

「ブノーブをと」

「ほう、ブノーブか。その者は確か……」

「はい、この冬一番の戦果を上げた戦士であり、重兵団入りもすでに決まっております。もともとこの男が今回の刑の執行人となっていたうえに、本人の強い希望もあり、最適な人物かと」

「なるほど、文句あるまい……」


 そしてしばらくの沈黙の後に王は再び口を開く。


「ガァガよ、我ら壁の民の新たな勇者とならん男に天意がある事を、わしは願っておる」


 王の言葉に深く深く頭を垂れ、ガァガは返答する。


「御意にござります」


 決闘裁判でのブノーブの勝利はガァガの死を意味する。

 そうであってなお、彼自身、そうなる事を望んでいた。

 何故なら、それが口にするのも恐ろしきマルフスの予言が偽物である事の証明になるからだ。


「なんたる事を……。我が王よ、万が一にもブノーブが敗れる事あれば、民達の間に動揺が広がりましょう。これは決して老いた男の首一つで済む問題ではありませぬぞ」


 ガァガが玉座の間を去った後、元老院議員ベベブは嘆くように己の王へと訴えた。

 そのような訴えに対して、王の答えは大変簡潔なものであった。


「で、あるならば、もとより壁の内に収まるだけの問題ではなかろうよ」

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