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門街の地でⅡ

 騒動の後、監視役の壁の民達を連れ天幕群へと戻ったレグス。

 彼は天幕の中に入るには窮屈になるであろう大男の背丈に配慮し、開拓団の面々を外へと呼び出すと、自身の身に起きている事を説明した。


 それを聞く者達は言葉を失い唖然とした表情を浮かべるしかなかった。


「何を考えているわけ?」


 ベルティーナがレグスに問う。


「説明した通りだ。お前達にとってもそう悪い話でもない。灰の地の情報は貴重だ」

「そんな事を言ってるんじゃない!! あと数日もすれば壁を越えられるって時に、無用の問題を持ち込むなって話よ!!」

「無用ではない、必要な情報だ」

「話にならない……、いったいどこの誰よ!! こんな素人以下の馬鹿をやる男を引き入れたのは!! 私は反対したわよね。得体の知れない男なんて足手まといになるだけだって!!」


 首を振り、天を仰ぎ、ベルティーナは怒りを辺りに撒き散らす。


「それを、あれこれ理屈付けて……、結果このざまよ!!」


 一人喚く彼女とは対照的に、他の者達は重い表情のまま黙り込んでいる。


「なんとか言ったらどうなのよ、シド!!」


 女魔術師の矛先は老兵の方へと向く。


「……判断を誤ったか、まさかこれほど浅はかな男だったとは」


 シドの静かな失望を、ベルティーナは鼻で笑った。


「言う事はそれだけ? ……ねぇ、貴方はどうなの、ディオン」


 話を振られてもディオンは押し黙ったまま答える事が出来ない。


「ツァニス、この男を引き入れる時、ずいぶんと偉そうな事を言ってくれてたわね。何か言い訳の一つでもしてみたらどうなの?」


 ツァニスも沈黙したまま反論の一つ出来やしなかった。


「どいつもこいつも口だけよ、ホント使えないクズばっかり!! 貴方達、わかってるわけ? 万が一にでも壁を越えられないなんて事になったら!! いったいどう責任をとるつもりよ!! まだロブエル様は奴らの手の内にあるのよ!!」


 ロブエル・ローガはベルフェン王国より追放処分同然に壁越えを命じられた身である。

 もしレグスの行いが壁の王の不興を買い、それが不可能となれば、ロブエルの処刑という事にもなりかねない。

 しかも彼の身は引渡しの時が来るまで王国が送り出した大規模な開拓団の中にある。

 助け出すのも容易ではないのだ。


「仕方ないさ」


 重苦しい空気の中で口を開いたのは意外な男、普段はあまり多くを語る事をしないギルだった。


「そうなったら、そうなったで諦めがつくってもんだ」


 気だるそうでどこか皮肉めいたその口調に、ベルティーナは神経を逆撫でされる思いだった。

 目を合わす事すらせず、声を荒げる事もなく、彼女は言う。


「黙りなさい。それ以上一言でも発したら、殺すわよ?」


 それは脅しではない。警告であった。

 たとえ血を分けた者であろうとその警告に反すれば、彼女は容赦なく必殺の魔法を放つ。

 それほどに彼女の怒りは凄まじく、また、ロブエルに対する執着は異常性を孕んでいた。


「……そうよ」


 唐突に笑みを浮かべるベルティーナ。

 彼女の視線がレグスへと向く。


「今ここで私がこの男を殺してしまえばいいのよ」


 赤い炎が渦となりながら女の腕を這う。

 そしてそれは瞬く間に彼女の右手の平へと集い、火球を形作る。


「貴方を消せば、全てが元通り……。文句は言わせないわ、だって貴方自身のせいだもの……」


 ベルティーナの瞳には狂気が宿っている。本気でレグスを殺そうとしているのだ。


「女よ、やめておけ」


 そんな彼女を制止したのは、開拓団のまとめ役であるシドでもなければ血を分けた兄弟でもなかった。


「この男の身は既に我らの王のものである。勝手な真似は許されん」


 監視役として傍らで話を聞いていた壁の民の二人、ブロブとドンド。

 言語の異なる彼らはレグス達の会話それ自体を理解していたわけではない。ただ、ベルティーナの殺気を感じレグスの身の危険を察したのである。

 二人の任は王の裁定が下るまでレグスの身を監視下に置きながら、その安全を確保する事だ。このまま黙って焼き殺されるのを見ているわけにはいかない。


 立ちはだかる二人の大男を見て、女魔術師に宿る狂気がわずかに和らぐ。

 彼らの警告に少しは頭が冷えたのか、ふっと魔法を止めて顔を覆うベルティーナ。

 その体勢のまま彼女は言った。


「だったら今すぐこの男との契約は打ち切るわ。これならこの男の咎が私達に及ぶ事はない。そうでしょ?」


 流暢(りゅうちょう)な壁の民の言語だった。いくら智に富む魔術師とはいっても、並の者ではこうはいかない。それだけ彼女の言語能力が優れている証である。


「契約など好きにすれば良い。だがこの男の行動の咎を決めるのは我らの王だ。そしてその咎がお前達にも及ぶかどうかも王がお決めになる事だ」


 壁の民の言葉を聞き、その場に座り込むベルティーナ。

 そして力無く笑った後、彼女は言う。


「絶対に許さない……。ロブエル様にもしもの事があったら、全員焼き殺してやる……」


 視点の定まらぬ彼女の瞳が紫色に輝いていた。



 ローガ開拓団の者達に告げるべき事は告げ終えたレグス。

 彼が他にすべき事、それは隔離。監視される自身のもとから離され、冷え切った関係どころか憎悪する者がいる中へと取り残されるファバの身の安全をどう確保するかである。

 一時的に壁の民達に預けたとて、レグスに何かあればそれまで。何の解決策にもなっていない。

 もしもの時にもファバを無事この地から逃し得る手段。

 彼が目を付けたのは、まだ出会って間もない遊牧民の女カムだった。


「話とはなんだ? 面倒事ならお断りだぞ」


 シド達のいる場からわざわざファバと共に連れ出された事に何か勘付いていたのだろう。

 険しい顔でジバ族の女はレグスに問うた。


「簡単な頼み事だ」

「簡単か……、それで?」

「私が無事戻るまで、このトウマの警護を頼みたい」


 そう言ってファバの方へと目をやるレグス。

 少年の方は少々不満気ながらも黙って話を聞いている。


 いつものファバなら自分の御守役の話など騒ぎ立て反抗してもおかしくないのだが、彼は処刑場から天幕へと戻るまでの間にレグスから説明を事前に受けていた。

 不満は当然ある。

 だが、既に己の無力を十分と承知している少年は結局その指示に従わざるを得なかったのだ。


「何故わざわざ新参の私にそんな事を頼む。他に付き合いの長い者達がいるだろう」

「他は皆、大なり小なりロブエル・ローガの息のかかった者達だ。状況が状況なだけに新参者の方がむしろ好ましい。それに……」

「それに?」

「直感だ。お前が幼気(いたいけ)な少年を無下に扱うような真似をする女ではないと、私にはそう見えた」


 レグスが女の瞳の中に見た炎。あれは信念無き者に宿せるようなものではないはずだ。

 彼女は言った『私の心は腐ってはいない』と。

 口先だけではなしにそう言い切るだけの人物が、己の損得感情で幼い少年の危機を見過ごせるものだろうか。

 そうレグスは考えていたのだ。


 一つ溜め息をついてカムは言う。


「彼らに頼んだ方がよほど安全だと思うが」


 彼女の視線の先には監視役としてレグスに付いてまわる壁の民達がいた。


「壁の王の不興を買えば、下手をすればそのまま巻き添えになりかねない。いざという時、腕の立つ者が傍にいる方が心強い」

「お前の無茶の尻拭いを私にしろと?」


 カムの問い掛けに悪びれもせずレグスは答える。


「その通りだ」

「たいした男だな、お前は。……その頼みを引き受ける前に、聞いておきたい事がある」

「なんだ」

「どうして罪人を無理矢理助け出すような無茶をした。他人の言葉を疑うような真似は好きではないが、お前がそれほどに信心深い人間だとは思えない。それに、まさか本当に灰の地の情報欲しさだけにこんな事をし出かすほど愚かな人間でもなかろう。いったい何を考えている」


 一瞬壁の民達の方を気にしながらもレグスは彼女の質問に答える。


「何も深い考えがあったわけではない。自然と体が動いた、それだけだ」

「それだけだと?」

「何か理由付けが必要だと言うのなら、それも直感と言うより他にない」

「……お前は私なんかより、ずっとジバの民らしい男だな」


 カムは半ば呆れながら言った。

 しかし女の皮肉をレグスは相手にしない。


「返事は?」

「……いいだろう、その頼み引き受けよう。ただし、条件がある」


 女がファバの方を見る。


「お前の無謀がいずれの結果へ転ぼうと、あの子を壁の先へと連れて行くのはやめると約束しろ」


 彼女の言葉にもっとも反応を示したのはファバだった。


「ふ、ふざけんじゃねぇ!! なんでてめぇにそんな事言われなくちゃならねぇ!!」

「子供は黙っていろ」


 カムの迫力ある一睨みに気押され、ファバは助けを求めるかのようにレグスへと話を振る。

 

「なっ……、お、おいっゲッカ!! あんたも何とか言えよ!! まさかこんな馬鹿な条件呑みやしないよな!? さすがに御免だぜ、そんな勝手!!」


 ファバがカムの保護下に入るのを渋々承諾したのは、あくまでそれが一時的な処置だと考えていたからだ。

 なのに、レグスの身がどう転ぼうと関係なしに壁を越えるなとは……、これでは話が違う。

 ファバの反発も当然であった。


 しかしそんな少年の反発に対して、気にするそぶりを一つと見せずにレグスの瞳は真っ直ぐとカムへと向けられている。


「ゲッカ、どのような事情があるかは知らないが、年端もいかぬ少年を壁の先へ連れて行こうなど、正気の沙汰(さた)ではない」


 咎めるような視線をカムはレグスに向け続ける。


「もしこの子が特別な力ある者ならと思い、お前達の事は放っておいたのだが……、このような状況で私の力を当てにするようでは、どうもそうではないらしい」


 女の言葉は怒鳴り散らすようなものではなかったが、それは力強く、そして紛れもなく怒気を含んでいる。


「お前が私に言ったのだぞ。想像するよりもはるかに恐ろしい地が壁の先には広がっているのだと。……だったら力なき者は置いていけ。それが道理だ」


 彼女からしてみれば、面倒事を引き受けてまで救おうとしている少年の命をみすみす壁の先で捨てる事になるなど我慢出来るものではない。

 もし壁の先でも生きていられるほどの力が少年にあるというのなら、この状況下で救いを求めるなど筋違いも甚だしい。


 カムはレグスに選択をせまった。

 壁の先を少年に諦めさせるか、あるいは彼女の力を当てにせず彼らだけの力でこの状況を乗り越えていくのか。


「馬鹿言うなよ!! てめぇらだけで壁を越えちまったら、俺はどうなる!! こんな所に残されてどうしろってんだ!!」


 非力な少年にとっては来た道を戻る事すら困難であり、壁の地に一人残されたところで野垂れ死ぬのが目に見えている。


「私が責任を持って安全な街まで連れて行く」


 ファバの抗議に対してカムは躊躇する事無く言い切った。


「街まで連れて行くって……、壁越えはどうするつもりだよ」

「壁の先で果たさねばならぬ使命があるわけでもない、問題はない」


 カムにはどうしても壁の先へ行かねばならぬ理由などありはしない。

 少年が大人しく条件を呑むのならば、彼女は壁越えを諦めてまで助力しようと言うのだ。


「ありえねぇ……、とんだお人好しの大馬鹿モンだぜ。何考えてんだよ、まったく……。それとも怖気づいちまったか?」


 侮辱にも聞こえる少年の言葉であったが、女は表情一つ変えないまま再びレグスに問う。


「さぁどうするゲッカ。返事は」

「それを決めるのは私ではない」


 レグスの返答にカムは絶句する。


「トウマ、お前が決めろ」

「はっ、答えるまでもねぇだろ!! 約束したんだ。意地でもあんたに付いていく!!」


 交渉は決裂した。

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