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呪われた宿命

 手にした者を王にするという伝説の石『キングメーカー』。

 それを追い求めし男レグスと、共に旅をする仲間となった少年ファバ。

 彼らはカンヴァス大陸西部に広がるフリアの地、その東、パネピア国ザネイラ伯領カラロス山、ボウル村を訪れていた。

 そこでレグスは古き精霊のセセリナから告げられる。

 お前は呪われた宿命の上に生きているのだと。

「呪われた宿命だと?」


 レグスの問いに、セセリナは思念によって答える。


――石の力よ。あの忌まわしき魔石の力があなたの魂を蝕んでいた。いいえ今も蝕もうとし続けている。


「何故俺を。俺があの男の血を引いているからか?」


 あの男、かつてフリアの地に戦乱を起こした男。

 人々に恐れられ忌み嫌われた男の血が、自分の中に流れている事をレグスは知っている。


――違うわ。石が直接あなたを選んだの。器に相応しいと。


「石が俺を器に選ぶ? いったい何の」


――悪しき魔人の器。


 突拍子もない話に聞こえる。が、これを笑う事などレグスには出来ない。

 彼がこれまで見たモノ、聞いたモノ、経験したモノ、その全てが精霊の言葉に重みを与えていた。


「魔人? まさか教会の聖典にでてくるあの魔人か」


 レグスが言う教会とはフリアで最も信仰されているフリア教の事である。

 彼らは古き神話の時代、この大陸を呑み込もうとした巨大な暗黒の勢力を打ち払った救世の神々、天界の十二神を信仰し、特に自由と自愛の女神フリアを強く崇めていた。

 フリアという地名もこの女神の名から来ていた。


――イグナヴィア、欲望と卑劣の魔人。そして石はあらたな魔人を生み出そうしている。フリア教の聖典に記されているのは決して夢や幻、御伽噺の類いだけではないの。


 今の時代、このフリアの地で聖典が記すような神々が存在していると本気で信じている人間がどれほどいるだろうか。

 はるか昔に姿を現したという神々の使い達も、今では誰一人その存在を証明出来ずにいる。聖職者達の決まりきった言葉だけではレグスにその存在を納得させる事など出来やしない。

 国が変われば、種族が変われば、神すらも名と姿を変えるという事実が聖典を夢物語に変えてしまったのだろうか。


 だがセセリナは、目の前に現れた古き精霊は、天界の神々の存在を肯定している。

 そこには人間の聖職者が語るものとははっきりと違う、重みがあった。


「神話の時代、大陸中を巻き込んだ、天界の神々と魔界の皇帝達との戦いが本当にあったというのか」


――戦いはきっと今も続いてる。エンテラと呼ばれるこの世界は数多に存在する世界のうちの一つに過ぎないの。異界の神々と皇帝達は、はるか古の時より永劫と戦いを続けている。いくつもの世界を荒廃させながらね。


「ずいぶんと迷惑な話だ」


――そうよ。フリア教の聖典は『天界』つまりは『ユピア』の神々を救いの神々として崇めているけど、私達スティアから言わせてもらえば彼らは途方もなく大きな争いをこのエンテラに持ち込んだ、迷惑な隣人に過ぎない。


「その隣人達のおかげで魔界の者達は去った、と聖典には書かれていたはずだが」


――残念ながらそうではないわ。ユピアの神々は敗れた、このエンテラと呼ばれる世界においてはね。


「だが今もこの世界は存在している。魔界の者達が破滅をもたらすというのすら嘘だと言うのか」


――『ヘルマ』、魔界と呼ばれる暗黒の世界の皇帝達は確かに破滅をもたらす者達よ。


「ならば何故、神々が敗れたはずのこの世界が続いている」


――ヘルマの者達もまた敗れ、このエンテラより去ったからよ。


「いったい誰に。神々すらも破った者達が、誰に敗れたというのだ。お前達古き精霊か」


――いいえ、スティアはユピアの神々と共に戦い、そして敗れた。ヘルマの者達をエンテラより追いやったのは人間よ。


「人だと?」


――そう。それもたった五人の男達が、あの途方もなく巨大な戦争での勝者となったの。


「五人? まさか」


――そうよ。彼らは勝者となりそれぞれが王となった。大陸の西に『青き海に臨む黄金の国』を築き。南西には『広大な砂漠を征する剣の国』を建てた。北には『雪に閉ざされた信仰の国』を、南東には『聖なる炎を崇めた自由の国』を。そして東の果ての島に『不死を夢見た欲深き王国』を。


「五大国。奴らが主張する神話の時代、建国の英雄譚。それが実際にあったというのか」


――全てが彼らの語る通りではないわ。五つの巨大な国々はそれぞれが、自身の王こそが唯一の救世の英雄だったと信じている。


「だが事実は違う」


――戦いの勝者は五人いた。だけどその五人すらも彼の国々の物語に語られるような英雄などではなかった。巨万の黄金を求めた商人。武の極みを目指した戦士。神となろうとした僧侶。自由を求めた奴隷。そして不死を望んだ男。


 セセリナの記憶の欠片を通して、五人の顔が次々と浮かび上がっていく。


――彼らは皆裏切り者よ。人を、神々を、そして私達スティア、エンテラの生ける者達を裏切り、ヘルマの悪魔達と手を組み、世界を荒廃させた者達。


「……驚いたな。かつて教会から異端視されていたエネス派の教えが正しかったわけか」


――そして、ただの人間に過ぎなかった彼ら五人にそれだけの力を与えたのが。


「キングメーカー。それほどの物を奴らはどこで手にした。お前は言っていたな、石は果てを目指したとて手に入る物ではないと」


――ヘルマの道化師が彼らに石を与えたの。


「道化師?」


――眩惑と欺瞞の道化師フラウデム。


「教会の聖典に出てくる深淵の支配者達の名はボロス、ネロ、アングスタ、アヴァリータだ。フラウデムなど聞いた事もない」


――ヘルマの道化師は全てを惑わし歪ませる。時の流れではないわ。道化師自身の悪しき力によって人間達の記憶から消されたの。


「待ってくれ。ヘルマの者達は大王達の手によって異界へと去ったのだろう? 何故、その道化師の力が戦いの後にも及ぶ」


――彼は戦ってなどいない。彼はヘルマが生み出した異物。支配を望まない。終焉を望まない。彼が欲するのは惑いうろたえる者達。終わりのない混沌。そして歪みそのもの。彼は戦いの後に自らこのエンテラから去った。


「混沌を望む悪魔が何故石を人間に与えた。結果として大王達は天界と魔界との戦をこの大陸から遠ざけた」


――それは道化師がイグナヴィアの時のように新たな魔人をつくりだそうとした、その結果がもたらしたものにすぎないわ。


「聖典が記した魔人はフラウデムが生み出したものだと」


――ええ。イグナヴィアは異界の人間だった。それを道化師は魔人へと変えたの。


「何の為にそんな事をする。支配を望まぬ道化師がどうしてそんなものを欲する」


――理を歪ませる為に。人は人に。精霊は精霊に。その理を歪ませ、人をヘルマの魔人へと変える。それ自体が道化師の望み。歪んだ快楽。


「大王達もそれに選ばれた人間というわけか」


――だけど彼らは完全な魔人にはなれなかった。いいえ、ならなかったのかもしれない。


「悪魔の企みを見抜いたからか」


――わからない。石を手にした誰もが魔人になれるわけではないの。その可能性を秘めた人間はたくさんいたはずよ、でも完全なる魔人化に成功したのはたった一人しかいないとされている。


「イグナヴィア」


――魔人イグナヴィアと違い、五人の王達は石の力に呑まれるのではなく利用しようとした。


「それに成功して五大国を造り上げた」


――だけど、そのうち四つはやがて彼らの手から放れた。今も祀っているという石は恐らく偽物よ。


「四つ……。大王のうち四人はもう死んでいるからか」


――そう。


「何が起きた」


――わからない。


「四つの石が偽物だとしても本物が一つ残っている……」


――東のエジア大王国。


「不死王か……。まさか本当にそんな人間が存在するとはな。いや、人と呼ぶべきなのか……」


――東の人の王がどうやって石の力を御しているのか、それは私にもわからない。


「……狂王ヌエは石を手にしたが御するのに失敗した」


――でしょうね。彼は石の力に呑まれ正気を失っていた。石をかつての大王達ほどに利用できていたのならフリアの国々に勝ち目はなかったでしょうよ。……そして石は狂王を見放し、あなたを選んだ。


「何故俺を」


――わからない。


「わからない事だらけだな」


――そうよ。私達スティアは争いに巻き込まれ、そして戦いに敗れた惨めな精霊に過ぎないの。全てを知っているわけではないわ。


「責めるつもりはない。誤解しないでくれ」


――わかっているわ。あなたにあるのは焦り。


「焦りだと?」


――それはあなたの焦りであり、石の焦りでもある。


「どういう事だ」


――リーシェのお腹の中にいた時から石はあなたに種を植え付けていた。来るべき日、あなたの居場所を示す座標として。だけど石の植えた種はあなたが生まれてすぐに暴走した。


「そこをお前に救われた」


――暗黒の力があなたの魂を蝕もうとしていた。その悪しき力を私が抑え、あなたを救ったの。だけど取り除けたわけじゃない。暴走した力は今も私の力を押し退けようともがいているわ。


「それが俺の焦りだと」


――種の意志は石の望み。あなたの体は今だに石の影響を受けている。


「まさか……」


――あなたが石を追い求めるのはあなたの本当の意志によるものではないわ。魔石があなたを誘っているだけ。


 愕然とするような事実だった。


――あなたは私をこの村に残して行くと言ったけど、そんな事出来やしない。いいえ認めるわけにはいかない。もしそんな事をすれば私の霊力で抑え込んでいる悪しき力が必ず害をもたらすわ。たとえ今のあなたがそれに耐えられたとしても、……石はあなたを逃さない。魔人にしようと必ず石はあなたの前に現れるでしょう。そしてその先にあるのは破滅よ。


「呪われた宿命か……」


――あなたの内に宿った石の力の暴走は、私がいれば抑えていられるわ。このまま石の事など忘れ、あなたの肉体がその役目を終えるまで静かに暮らす、そうした方が利口だとは思わない?


「そうだな。お前の言う事は正しいのだろう」


――だったら!!


「駄目だ。セセリナ、俺は……」


 炎、老いた男、恐れと憎悪の眼差し、過去が纏いつき、レグスの背中を押す。


「石の呪縛が俺の宿命だと言うのなら、そこから目を逸らし生きるなど出来はしない」


――そう、やはりそうなのね。わかったわ。呪われた宿命が歩みを止めさせてくれないのならあなたがすべき事は一つだけよ。


「一つ?」


――よく聞いてレグス。石を追うんじゃない、石に対抗する手段を見つけるのよ。私の霊力で抑えているうちに魔石に対抗する術を見つけなさい。


「石を御した不死王に会えばそれがわかるという事か」


――東の人の王が今のあなたに会う事を望むとは思えない。果ての島にあるという王の宮殿に辿り着く事すら困難でしょうね。


「ではどうする」


――ノレヴァならあなたの力になってくれるかもしれない。ノレヴァは私達スティアの王、私よりもずっと物知りで、強い力を持っている。東の人の王に会う手段、あるいは石に対抗する術すらも彼なら何か……。


「どうすればお前達、古き精霊の王と会える」


――あなた達がグレイランドと呼ぶ地に、私達の国へと繋がる扉があるの。


「繋がる?」


――この大陸は私達が暮らしていくには穢れすぎたわ。だから皆、ノレヴァに導かれ異界へと逃れたの。


「何故お前はこの大陸に残った」


――私が生まれたのは戦いが終ってからよ。ノレヴァ達が築いた異界の国で生まれたの。そこは静かで平穏な場所だった。だけど、退屈な場所よ。穢れを嫌い恐れ、あんな狭い世界に引き篭もるなんて私には耐えられなかった。スティアは元始の時からこの大陸に暮らしてたのよ。私達がいるべき場所はあんな作り物の故郷なんかじゃないわ。


「お前は故郷を奪った人間そのものを憎んではいないのか?」


――そうね。最初はそうだったわ。でもそれは人間の事を何も知らなかったからよ。今は違う、リーシェのように善き者がいる事を私は知っている。


「……ノレヴァは、古き精霊の王は本当に俺に協力してくれるのか? お前が人を許したとしても、人の裏切りによって異界へと追われた精霊の王が同じとは限らない。それに石が魔人の器として俺を選んだのだというのなら、助けるよりも俺を殺してしまう方がお前達の為にもなるのではないか」


 薄情に思えるような事ではあるが、精霊の話の重みを考えれば当然考慮されるべきものだろう。

 自分が恐ろしき魔人になるかもしれない器というならば、その器を砕いてしまうのが手っ取り早く脅威を取り除く手段なのだ。


――馬鹿を言わないで。ノレヴァは必ず説得してみせる。私を信じてレグス。


 セセリナから伝わってくる強い思念。偽りなどあろうはずもない気持ち。それがどこから来るものなのか、レグスにはわからない。


「何故俺なんかの為にそこまでする」


――約束だからよ。


「俺は、ロカ家の人間は三度救われた。盟約はすでに果たされたはずだ」


――盟約なんて関係ないわ。これは私が大切な友達と交わした約束。


「友達……」


 セセリナから伝わってくる思念がより強固なものになっていく。



――あなたを守る。それが我が友リーシェと交わした違え難き約束。約束が果たされるその日まで、私はあなたと共にある。

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