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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
運命の出会い
12/77

祭りの後

 もうすぐ冬が来るというのにその日は妙に暖かく、春の訪れかと錯覚してしまうほどだった。

 古の宴フェスタ・アウラが甦った日、村は一年で最も穏やかな時を迎えていたのである。

 夜通しで行われた宴。その疲れもあってか、朝方はしばらく静まり返っていたボウル村も昼頃には村人達が起き出し活動を始めていた。


「はぁ、なんと良い天気じゃ」

「珍しいの、これも精霊様の恩恵か」

「朝まで騒いでたわりには、もう頭は冴えてるぜ」

「体の調子はむしろ良くなったぐらいだ」


 そんな事を言いながら昨夜の出来事で盛り上がる村人達。

 そして老若男女問わず、誰もが口々に主役であった精霊セセリナの踊りを思い出してはその美しさを称えた。


「祭りっていいもんだな」


 フェスタ・アウラを楽しんだのは何もボウル村の人々だけではない。異国よりこの村を訪れた東黄人の少年ファバもその内の一人だった。

 村長から貸し与えられた部屋から村を眺めながら彼は傍らの男へと話し掛けた。

 冷めた口調にてレグスは応じる。


「あれは特別だ。本物の精霊と踊る祭りなど、フリア広しと言えど他には存在しない」

「まぁ、そうなのかね。祭りなんてまともに参加したのは初めてだったからよくわかんねぇや」


 昨日までのファバにとって宴や祭りなど忌まわしいものでしかなかった。

 特異な容姿から生まれ育った村では隔離され、盗賊団に身を移しても見世物のように扱われる。

 他者と喜楽を共有するなど彼には思いもしない事だったのだ。


「そういや……、村で見つかったっていう石の方はどうだったんだ? 爺さんから話は聞けたのかよ」

「ああ」

「マジかよ、いつのまに……」


 神殿からの帰路、ボルマンと話をする時間ならいくらでもあった。

 レグスは少年が眠っている間にその用件を済ませてしまっていた。


「で、結果はどうよ」

「ハズレだ」


 ボルマン(いわ)く、領主が持ち去ったという石の正体は『黒呪血塊(こくじゅけっかい)』と呼ばれる呪物との事だった。

 それは邪法を用いて生者の血肉より造られる呪われた魔石であり、『賢者の石』を模して生み出したこの石は所有者の魔力に呼応して術の威力を大幅に向上させることができるという。

 狂王に仕える邪悪な魔術師達がこれを使い、恐ろしき怪物達を生み出し操ったとされるが、それほど強力な魔石であったとしてもレグスの追っている物とは違う。


「ちっ、あれだけ苦労して空振りかよ……。まぁ、もう何年も探し回ってる物だもんな。そうそう上手く見つかるわけねぇか」

「そういうことだ」

「それで、昨夜の主役はどうしたよ」


 話題を石からセセリナへと移すファバ。

 彼女は宴の終わりと共に村から姿を消していた。

 というより、レグスが身につけている指輪の内へと戻ってしまっていた。


「さぁな、たぶん眠ったままだ」


 指輪は祭りの終わりからずっと沈黙したままであった。

 今はもう精霊の持つ霊力の気配など微塵も感じられない。


「さぁな……、たぶんって……」

「何せ奴の霊力が全く感じられない。眠っているせいなのか、それとも単純にもういないのか」

「おいおい、あの精霊は昔から生きてるえらい精霊なんだろ!? あんたの探す石を見つける為にいろいろ聞き出さないといけないんじゃねぇのかよ!?」

「そのつもりだったが……」


 古き精霊との邂逅(かいこう)時、まともに話をする前に一方的な説教を食らった事を思い出してレグスは顔を歪める。


「精霊とは身勝手で気まぐれなものだとも言われている。久しぶりのフェスタ・アウラに満足して知らぬまに自分達の国へと帰っていても不思議ではない」

「精霊の国?」

「古い書物にはそうした存在も記されている。実際にあるかどうかはともかくとしてな」

「そういう事も含めていろいろ聞けたのにな。ったくワガママ女、中にいるなら早く起きてこいよ」


 物言わぬ指輪に悪態をつくファバ。その時、彼の思いが届いたのだろうか。

 いくつもの青白い光の粒子が指輪から突如飛び出してくる。


「おいっ!! これって!!」

「ああ、どうやらお目覚めだ」


 レグスの目の前で粒子が集合し、少女を形作っていく。

 そして……。


「えらく好き勝手言ってくれるじゃないの」


 古き精霊スティアのセセリナは指輪から出現するなり、不機嫌そうな顔を浮かべ言った。


 そんな彼女に二人は戸惑う。

 自身らの言動に彼女が怒っている事についてではない。彼女のその外見に二人は戸惑っていた。


 彼らの前に出現したのは昨夜の宴に素晴らしい踊りを見せた美しい少女などではなく。


「おい、レグス。なんかすげぇ小っちゃいんだが、これがあの精霊なのか!?」


 手の平に収まってしまうほどの小さな女の子。

 それがふわふわと浮遊しながらしかめっ面を見せている。


「そうらしい」


 よく見れば身長こそ縮んでいるが、顔も着ている服もセセリナのそれではあった。


「精霊、精霊ってうるさいわねぇ。ちゃんとセセリナ様って呼びなさいよ、ちんちくりん」

「なんかすげぇ口悪くねぇかこのちっこいの……」

「あんたに言われたくないわよ」


 浮遊しながらセセリナはファバの顔の前まで近付く。

 それにどう対応したらいいのかが少年にはわからない。


 代わってレグスが口を開いた。


「勘弁してやってくれセセリナ。もとから礼儀を知らんガキだ」

「あら、あなたもお前、お前とずいぶんなものだったけど? それに私が指輪にいる間に好き勝手言ってくれてたのはどこの誰だったかしら?」


 小さな精霊は責めるような眼差しを向けた。


「聞こえていたのか」

「当たり前よ。まったく、指輪の事も何もわかってないんだから……、呆れるわ、ほんと」

「それも含めていろいろとご教示賜りたいのだが」

「嫌よ、めんどくさい」


 完全にへそを曲げてるらしく冷たくあしらうようにセセリナは言い放つ。

 そんな精霊の少女を眺めながらファバは問う。


「どうすんだこれ……」

「どうするもこうするもないだろう。精霊相手に力ずくともいくまい」


 喉から手が出るほど欲しいキングメーカーについての情報、それを持っているかもしれない相手を前にしてる割にレグスの態度はやけに落ち着いている。

 その内にどのような思惑を隠しているのか、少年には見えない。


「それに命の恩人に無理強いは出来ん」


 レグスに命の恩人と言われ悪い気はしないらしく。


「本当に感謝なさいよ。私がいなきゃ、あなたなんてとっくの昔に死んでたんだから」


 さっきまでの冷たい態度はどこへやら、鼻高々に話す精霊。

 つい先ほどレグスが言っていた『精霊とは気まぐれなもの』だという事を体現するかのようにころころ変わる彼女の表情は、滑稽に見えるほど子供染みていた。


 そんなセセリナを見てレグスは不意に思う、彼女らが持つ偉大な力や容姿の美しさなどだけでなく、このどこか子供染みた滑稽で愛らしい仕草こそが古代人達に精霊達が親しまれた理由なのかもしれないと。


「とっくの昔か。そうだな、お前には二度も助けられた、感謝している」


 古い記憶、炎に身を焼かれた過去、レグスはセセリナの声を聞いていた。

 彼女の言う昔とはその事を指しているのだと、彼は考えていた。


「二度? やっぱり何もわかっていないじゃない」


 だが精霊はそれを否定した。当然レグスは合点がいかない様子である。


「そのうち教えてあげるわ、気が向いたらね」


 軽い調子に戻り、まともに答える気のないセセリナ。このままではいつまで経っても彼女の気が向く事はないだろう。


「精霊の秘密主義には困ったものだ」

「人が知らなくてもいい事が世の中にはそれだけ多いって事よ」


 火は温もりにも、闇夜を照らす良き友にもなるが、扱いを変えれば天地を焦がし、他者を殺める凶器とも化す。


 表と裏、光と影。

 それは万物のみならず、理にも宿っている事を精霊達は知っている。

 ある一つの事実が、時には多くを破滅させてきた。その繰り返し、歴史を彼女は知っている。


 無論レグスとて知識というものが、常に良き事を運んでくるとは限らぬと理解している。

 セセリナがこうまで頑なに質問に答えようとしないのは生まれ持った性格を別にしても、話せぬ、話したくはない理由があるのだろう。

 特に曰く付きの魔石についてなどは余計にそうなのかもしれない。


「聞けば気の毒見れば目の毒、か」

「そういう事。あなたもつまらない石探しなんてやめて人間の短い命を堪能なさいよ」

「残念だが、そうはいかない」

「……どうして?」


 突然セセリナの声色が変わった。

 これまでの調子とは違う真剣なモノ。場の空気が冷ややかに緊張感を増した。


「どうしてもだ」


 二人のやりとりにファバはただ戸惑うしかなかった。

 さきほどまで目の前の精霊はのらりくらりと質問をかわすような振る舞いをしていたはずだ。それがどうやら様子が違ってきたのである。


「あなたは何もわかっていないのよ。あんな石ころ追いかけたってろくな事にはならない。あれは人の手でどうこう出来る物じゃないの。たとえ地の果てまで探したとしても見つかりっこないわ。だってあれは……」

「だとしてもだ。だとしても俺は石を追わねばならない。セセリナ、力を貸してくれ。話せる事だけでもいい。あの石について知っている事を教えてくれ、頼む」


『頼む』。

 この男からその一言を引き出すのは容易な事ではない。この短い言葉に、レグスの思いが詰まっている。


「……無理よ」


 拒むセセリナの言葉にはこれまでと違い重さがあった。

 それを受けて男は告げる。


「そうか、残念だ。……今まで世話になった」

「世話になったって」

「お別れだ、指輪はここに置いて行く」

「ちょっと何言ってるのよ!!」


 突然切り出された別れに精霊は動揺を隠せなかった。


「馬鹿言わないで、指輪を置いてくってあなたそれは……」

「これはお前を縛る為の物だろう」


 レグスはセセリナとのこれまでのやりとりの間に、自身が身につけてた指輪の役目のおおよそを理解していた。

 この指輪は彼女の霊力を高める家でもあり、外に出さぬよう閉じ込める事も出来る檻でもあるのだと。


「少なくとも二度も命を救ってくれた恩人だ。これ以上旅に付きあわすつもりなどない。これからは盟約など忘れて、好きにしてくれ」

「そういう事を言ってるんじゃない。それはリーシェがあなたに送った……」

「その体、フェスタ・アウラで霊力を使い果たした結果だろう」


 図星だった。セセリナの体が妙に縮んでしまったのは、自身の霊力を村の遺跡に送りこんだからである。もはや霊体をこの空間で維持するのは今の大きさが精一杯だったのだ。


「また霊力を戻すのに指輪が必要となる、違うか? 安心しろ、この村の人間ならお前を悪く扱いはしまい。何せ古き遺跡の加護を失いかけ、破滅へと向かっていた村を救った精霊様なんだ」

「……本気で言ってるの?」

「精霊にも人間の嘘は通じるものなのか?」

「そう、本気なのね。……残念よ、そこまで大馬鹿野郎だったなんて、……ほんと見込み違いだったわ」


 悔しい、悲しい。そういった感情が乗せられたセセリナの言葉。


「いいわ、話してあげる。あなただけには、石の事も、それ以外の大切な事も。あなたは知らなければならない、たとえそれが抱えきれぬほど大きな宿命だったとしても」


 小さな精霊の言葉が場を支配していた。


「ファバ」


 レグスが暗にこの部屋からの退室を要求する。


「あっ、ああ、わかってるよ。しばらく村をぶらついてくるよ」


 少年とてそれぐらい理解出来た。

 精霊がこれからどのような話をするのか気にはなるが、ここで出しゃばるわけにもいかない。

 彼は部屋に二人を残し、外の空気を吸いに行く。


「では、聞かせてもらおうか」


 自分と精霊以外、誰もいなくなった部屋でレグスは彼女の言葉を待った。

 静かに、重く、その口が開かれる。


「私の目を見なさいレグス」


 小さな少女の瞳が真っ直ぐに自分の顔を見つめている。

 と、同時にレグスは奇妙な感覚に襲われた。


 何かが変わった。

 空気、雑音、そうではない。もっと根源的な何かが変化していた。


――これは……。


 少しだけ覚えがある。魔術師が自分の精神に干渉してこようとする時の感覚だ。

 だが、あれよりはもっと優雅で落ち着いてる。

 不安や不快とはかけ離れた感覚。

 だからこそ、彼は彼女のそれに対して無防備だった。


――聞こえるわね。


 頭の中にセセリナの声が響く。


「念話か」


――ええ、これなら少なくとも私の話が誰かに盗み聞きされる事はないわ。


「ずいぶんと警戒するな。よほどの話らしい」


――そうね……。はっきり言って、まだ迷っているわ。こんな話、あなたに聞かせたところで不安を煽るだけにしかならないでしょうから。


「今さら止めはなしだセセリナ。覚悟は出来ている。お前にもわかるはずだ」


 セセリナは今、レグスの精神の深みに触れている。

 不安、緊張、動揺、恐怖。あらゆる負の感情を彼女は感じ取る事が出来る状態にある。


 レグスに心の震えはない。


――わかったわ。……まずは私と指輪の役目から教えてあげる。


 まるで眠り、夢の世界へ入るような感覚だった。

 レグスの視界からさきほどまでいた部屋が消え、白くぼやけた世界に指輪だけが浮かび上がる。

 そこには指輪しかない。赤ん坊の頃から自分と共にあった、あの青い花の指輪。


――安心して、ここは私の記憶の世界、その一部。


「どういう事だ」


――瞳が光を捉えるように、今あなたの精神は私が伝えようとしている記憶の欠片に触れている。この指輪は実物ではなく、私が見せているモノ。私の記憶に宿る幻よ。


「念話の上位版といったところか」


――そうなるわね。


「話をすすめてくれ」


――これは魔術師ハーラーがあなたの祖父の為に作ったものよ。


「俺の祖父?」


 指輪だけの白の世界に男が出現する。歳は三十そこそこに見えた。


――ラルファン。ラルファン・ロカ。


 レグスがその名を知らぬはずはない。よく知っている。かつての自分に重く圧し掛かった名だ。


「ハーラーとは何者だ。その男とラルファン王にどんな繋がりがある」


――ハーラーはネルフェの森に住まう隠者だった。


 ネルフェの森、フリア北部に存在する深き森。


――彼はラルファンから受けた大恩に報いる為に『レンゼルの指輪』を作り与えた。


「それがこの青い花の指輪か」


――そう、指輪本来の役目は私達精霊の霊力を高めると同時にその身を閉じ込め、力を利用する為のもの。


 セセリナの説明にレグスは顔をしかめる。


――そう怖い顔をしないで。別にハーラーは悪い魔術師なんかではないわ。……私が指輪に宿ったのは合意の上よ。ハーラーは私の友人だった。彼の頼みを聞き、私は盟約を結んだ。


「盟約……」


――ロカ家の者を三度救うという盟約よ。


「三度……」


――ええ、それを果たすまで私は指輪と共にロカの傍にいなければならなかった。


「二度お前に救われた」


――違う。あなたは私に三度救われているわ。


「いったいいつだ。あの時を除いていったいいつ……」


――覚えていないのも当然でしょうね。だってあなたはまだ生まれたばかりの赤ん坊だったもの。


「赤ん坊だと……」


――あなたの命を救う為に、リーシェは一度目の願いを私に頼んだ。


「俺の命……、赤ん坊の頃に病にかかったなど聞いた事もないが」


――病など、そんなかわいいものじゃない。赤ん坊のあなたを苦しめたのはもっと大きな力。


 悲しそうな瞳を向けセセリナは告げる。



――リーシェの子レグスよ。あなたは呪われた宿命の上に生きている。

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