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真冬の竜

作者:

爬虫類にときめきます。初投稿なので、お手柔らかにお願いします。

とある国のちいさな村のそばに、太古の昔から人が手を加えていない森が広がっていました。

その森の奥深くには恐ろしい竜が住んでいて、許しなく縄張りに入ってきたものを容赦なく襲うのだそうです。



その村では竜を村の守り神として崇めていました。竜から溢れる魔力が村に豊作をもたらすのです。

村では年に一度、『贄』と呼ばれる村人を一人選び、祭壇に供物を捧げます。



祭壇はむかしむかしに縄張りへ入ってしまった村人が襲われた場所に建っています。そこまでの道のりは不思議な力によって守られ、無事に向かうことができると言われています。









———————————————



「リュナ!今年の贄になれたのかい?」




恰幅の良い女性が、急ぎ足で歩くふんわりとしたグレーの髪の少女に声をかけます。




「ええ!他の候補者の方達が是非リュナに、って言ってくれて。おかげで無事に冬が越せそう。」





少女は嬉しそうな顔をして女性に駆け寄ってきました。






「良かったねぇ。あんたの父親のジェフにはみんな世話になってるんだ。少しくらい恩を返したいんだよ。」



「それでも、贄になれなければ怪我をした父と小さい弟達を抱えた私たち家族は冬を越せなかったと思うの。候補者のみなさんにはいくら感謝しても足りないわ。」



「ここ百年は誰も襲われてないからね。不安もあるだろうけど、しっかりやるんだよ!今から家族に報告するんだろう?早く帰んな。」



「そうします。ケイおばさん、ありがとう!」





少女は大急ぎで家に帰りました。






「ただいま!」


「お帰り、今日は冷えただろう。今チビ達が薪を取りに行っているよ。」


「ならお風呂に水を溜めてくるわ。怪我の調子はどう?」


「そんなにすぐには変わらないよ。そういえば、贄になれたって?」


「ええ。候補者のみなさんが譲ってくださったの!そういえば母さんは?」


「なら怪我が治ったらお礼しないとな。母さんならまた井戸端会議だろう。ほら、チビ達が戻る前に水をいれておいで。きっと泥だらけで帰ってくるだろうからね。」


「相変わらず寒い中よく長話してられるわよね…。じゃあちょっと行ってくる。後でお湯持ってくるからイオにでも拭いてもらって。」


「ああ。ありがとう。」





リュナは村人には珍しく、魔法がまともに使えます。よく使うのは弱い水魔法と温度を保つ魔法程度ですが、日常生活にはとても便利です。





先に父親にお湯を持って行ったら1人で入れない2人の弟と一緒にお風呂に入り、その後ようやく帰ってきた母親と夕飯の支度をします。






夕飯が出来上がると楽しい一家団欒の時です。狩りの上手い父親ジェフにお喋り好きで料理上手な母親マヤ。しっかりものの長女リュナに弟たちの面倒をみる長男イオ。喧嘩っ早くても根は素直な次男ニルに甘えん坊の三男サン。ようやく走れるようになった四男シロで、七人家族です。



狩りの最中魔獣に襲われた村人を庇って怪我をしたジェフ。多少の蓄えはありますが一冬越すのには心許ない程度。治療費も払えば生活はカツカツです。そのためリュナは贄に立候補したのです。



贄になればその家族は村中から援助を受けることが出来ます。百年襲われていないとはいえ、魔獣の住む森へ入る命懸けの役目だからです。力仕事の手伝いに細々とした物資の援助。どれもリュナの家族には必要不可欠なものでした。









————————


冬も深まり、時たま雪がちらつく頃。いよいよ贄として出発する日がやってきました。

村の広場の中央には干し肉に果物ジャム、野菜に服や手作りの装飾品など様々な品物が乗った荷車があり、その周りに村人が集まっています。




「今年はリュナちゃんだから、軽いものを中心に積んだけど結構重いよ?大丈夫かい?」


「平気。これでも魔法も使えるしね。皆さん、色々ありがとうございます!」


「気をつけてね。寒くなったとはいえ、魔獣が出ないとも限らないんだから。」


「焦らなくていいから無事に帰るんだぞ!」





一通り挨拶が終わると村長さんがリュナに近づき、頭に手を置きました。


「リュナよ。お前は今年の贄に選ばれた。」

「はい。」

「贄の役目とは祭壇に供物を捧げ、竜の怒りを鎮めること。そして『何か』を見つけてくることである。」

「はい。」

「役目を果たし、無事に帰ってくることを祈っておる。食糧は多めに持っていくのじゃぞ。」




何か、とは物凄くアバウトですが。今までの贄は珍しい草花や家畜、作物の種などを見つけ、それが村の収入源にもなっているのです。

なぜそれらが太古の森で見つかるのか。それもまた、竜のおかげだと言われています。


最後の一言だけは厳かな村長の顔でなく心配そうな顔で。

リュナは笑顔で頷いて家族の元へ向かいます。



「リュナ、気をつけるのよ。遅くなってもいいから、無理だけはしないでね。ちゃんと余裕をもって食糧も毛皮も入れてあるんだから、無くしちゃだめよ。」

「魔獣避けのお守りも入ってる。肌身離さず持っておくんだ。詳しくはないが地図もある。川の位置くらいはわかるだろう。」




リュナは父親からずっしりと中身の詰まった肩掛け鞄を受け取り、母親にぎゅっと抱き締められます。


弟たちの頭を一人ずつ撫でると、みんなに見送られて出発しました。










村からしばらくは歩きやすい道が続きます。冬は魔獣も減るので気楽なものです。

リュナは鼻歌を歌いながら軽快に進んでいきます。


太陽が真上に来る頃、木陰に入り昼食です。みずみずしい野菜と卵を挟んだパンにかぶりつき、手早くすませると先を急ぎます。




時折休憩を挟みつつ足早にすすみ、森の入り口がみえる辺りで夜営の準備をすることにしました。日はまだありますが、1人旅に無理は禁物です。


太古の森は何処からでも入れますが、正しい入り口は一つだけとされています。巨大な木々が生い茂る中でも最も歩きやすく安全な入り口。それがリュナが目指すものです。それ以外の場所からでは根っこや草に邪魔されて荷車なんてとてもじゃないですが進めません。




父親に習った通りに準備をすすめ、お腹を満たすとお守りを握りしめて早めに眠りにつきました。






次の日。



夜が明ける頃に目を覚ますと寒さに凍えながら夜営の片付けをし、夜中焚いていた火で朝食を温めるとほっと一息つきました。

母親が作ってくれた弁当もなくなったので、今日からしばらくは固いパンと干し肉が続きそうです。

火の始末が終わると今日からいよいよ森に入ります。

祭壇まではおよそ1日。今日の日暮れまでにつけるかどうか、というところです。

リュナは気を引き締めて森の中を進んでいきます。



冬の森は予想以上に美しいものでした。常緑樹の青々とした葉と紅葉した葉の色彩美。村ではあまり見ることのない貴重な薬草もあちらこちらに生えています。

そして奥に進むにつれて、冷たいような穏やかになれるような不思議な気配が強まります。



行儀は悪いですが歩きながら昼食をとり、水を補給する時以外はほぼ休まずに進み続けて辺りが暗くなる頃。ようやく祭壇らしき大岩に到着しました。


手早く大岩の上に供物を並べると空っぽになった荷車の上に毛皮を敷いて食事をとります。

その後は決められた祈り文句を1時間程かけて読み上げて儀式はおしまいです。


後は『何か』を見つけるだけですが、もう辺りは真っ暗なのでリュナは明日から探すことにしました。






3日目。


いつもより少しだけゆっくり起きたリュナは朝食を食べると手始めに大岩の周りをくまなく探し回ります。


しかし、村にあるようなありふれた草花に小石ばかり。『何か』といえるような特別なものはさっぱり見当たりません。



と、その時。

ビリビリとした振動がリュナを襲いました。その振動はしばらくすると止みましたが、遠くから唸り声のようなものが微かに聞こえます。


リュナは少しだけ悩んだ後、手荷物を持って森の奥、声が聞こえた方へ向かうことにしました。




道はとても歩きにくいものでしたが、魔獣が出ることもなく、聞こえる声も徐々に大きくなってきています。

辺りを警戒しつつも進むこと約1時間。漸く開けた場所に出ました。大きな湖と、その側には祭壇の十倍はありそうな大岩があります。

ここなら何か見つかるかもしれません。ひとまず水筒の中身を補給して昼食をとることにしました。



大岩に寄りかかりながら、乾燥したパンと干し肉を齧ります。ギリギリに仕上げてくれたとはいえ三日目。何の手も加えていないのでそろそろ飽きてきます。



「それを少し分けてはもらえませんか」


突然、どこからか声が聞こえてきます。


「だれ⁉︎」


立ち上がって辺りを見回しても人影はありません。


「貴方が寄りかかっていたものですよ。」


驚いて後ろを振り向くと大岩がゆっくりと形を変え、竜の姿になりました。

首をゆっくりとリュナの方に近づけるとしっかりと目が合います。


ゴツゴツとした岩肌だったはずがつるりとした鱗にかわり、鋭い二本の角に金色の瞳。間違いなく、伝説の竜でしょう。


「あなたは…竜?」


「そうです。この森には四千年ほど前から住んでいます。若い頃は縄張りを守ることに必死でしたが、年を重ねた今、少しばかり退屈しているのですよ」


「そんなに長い間…。」



村の長老でも精々70歳です。四千年なんて途方もない数字は想像も出来ません。

それでも、そんなに長い間ひとりぼっちということはとても寂しいことなのでは、と思いました。

リュナは竜に手持ちの食糧の半分程を差し出しました。体が大きいので、一食分では少ないような気がしたからです。



竜は大きな口を開きました。尖った牙がずらりと並び今にも食べられてしまうのでは、そんな事が頭をよぎります。

しかし、リュナは勇気を出して口の中に腕をつっこみ、食べ物を置きました。


リュナの腕が抜けると、何度か大きく咀嚼した後にごくん、と飲み込みます。


「味の付いたものを食べるのは本当に久しぶりです。とても美味しかった。ありがとう。」


「毎年捧げている供物は、あなたが貰っているのではないのですか?」


「あれは精霊達が受け取っています。人のものはどれも小さく壊れやすいですから。精霊達は人の手が加えられたものを喜びます。」


「あなたは魔法を使えますか?使えるのなら私に教えてくれませんか?」


「もちろん使えますよ。喜んで教えましょう。でもその前に、貴方の名前を教えてくれませんか」






竜は沢山の事を知っていました。

何故魔法が生まれたか。魔法に使う古代語の意味。

太古の森が生まれた訳も教えてくれました。


リュナも竜に沢山の事を話しました。

自分の名前。家族のこと。村人の話に村長さんがうっかりやらかした失敗談。








2人の話は一日中続けていても飽きることはありませんでした。その日、リュナは竜のそばで眠りました。








次の日もそのまた次の日も、2人は話し続けます。しかし、もうじき一週間。そろそろ家族が心配する頃です。






6日の朝。リュナは竜に別れを告げることにしました。


「私は明日、此処を出ます。ずいぶん長い間居座ってしまいました。家族も心配している頃でしょう。」



竜は大きな瞳からぽろぽろと涙を流しながら、リュナを引き止めます。


「どうか、此処に残ってはもらえませんか。貴方と一緒に過ごしたこの三日間、私の最も幸せで楽しい時でした。それを知った今、私はこれからの孤独に堪え切れないでしょう。お願いです。私と共に、一生を過ごしてくれませんか」





リュナは悩みました。

今まで恐れ、敬ってきた雲の上の存在の竜。そんな竜は想像していたよりもずっと優しくて、寂しがり屋でした。





昔話をする時にはゆっくりと穏やかな声で話してくれましたし、魔法を教える時には何度同じ事を聞いても、穏やかな声で分かりやすく教えてくれました。



リュナの話を聞くときには、相槌をうちながら時には笑い、時には驚き、どんな話であっても真剣に聞いてくれました。



凍える夜には弱点でもある暖かい腹部をリュナに与え、尾を風除けにしてくれました。






リュナも竜の事が好きになっていたのです。

それでも、村には家族が待っています。


その日、一人と一匹は夜遅くまで話し続けていました。









————————————————————


7日目。

リュナは竜を起こさないようにそっと起き上がり、祭壇へと戻ります。


帰り道は供物が無くなった分とても軽く、行きの半分程の時間で森を抜けました。

リュナはその日のうちに村に着くことができました。家に帰ると家族が抱き締めてくれました。

疲れが溜まっていたので、夕食を食べることもなくベッドに入りました。








朝起きると、両親と一緒に村長さんの家に向かいました。


そこでリュナは贄の役目を無事に果たしたことを報告しました。

竜の事を話した時には母親が思わす悲鳴をあげてしまいましたが、村長さんと父親は無言で聞いていました。





「リュナよ。まずは無事に役目を果たしたことを感謝する。次の1年も、乗り切ることが出来るだろう。」



リュナはほっとしました。ようやく役目を終えた事を実感します。



「しかし竜と出会い、生きて帰ったこと。これは今まで1度も起こった事のない事態じゃ。お前の運命なのかもしれん。この事について、わしは何一つ強制せん。家族とよく話し合って決めなさい。」




リュナと両親は深く頷き、家に戻りました。


















————————————————




それからのこと。



リュナは森には戻りませんでした。




弟達がまだ小さいので、働き手が少なくなるというのは一家にとって痛手だったからです。


その代わり、時々人の姿をとった竜が村へ訪れるようになりました。

最初は恐る恐るだった村人達も慣れてくると、一緒に狩りに行き、宴会までやっています。



夜遅くなった日には、リュナの家に泊まることもあります。










話し合いの日。


竜とリュナは今すぐに一緒に暮らすのは難しい、という結論に達しました。

ですが、リュナが成人した後に竜と同じ寿命になる魔法をかける事には同意しました。



リュナは寂しがり屋な竜の為に、いつでも村へ来れるように村人達にお願いしに行きました。

竜のことを敬ってきた村人達は、リュナが想像していたよりもずっとあっさり受け入れました。

竜が魔獣を減らしてくれたので、被害が減り収入が増えたこともその一因でしょう。



それからリュナは、毎年贄をすることになりました。


今までとは少しだけ変わった日常ですが、みんな笑顔です。





これからどんなことが起こるかは誰にも分かりませんが。

この2人と周りの人々ならなんだかんだ乗り越えていってくれるのではないでしょうか。




この後の事は文献にも残っていないので、これにて昔話はおしまいとさせていただきましょう。



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