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翼の在った世界  作者: 氷空
第一章
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1章-1

 剣と剣が激しくぶつかる音が、その音には似つかわしくない蒼穹の下に高く響いた。

 剣同士の激突と共に即座に適度な間合いを取ると、二人の男は緊張の糸を切らす事なくしばしの間睨み合う。と、次の瞬間にはお互い一気に距離を詰め、再び二人の持つ剣が静かな空間に交差した。

 バックステップで距離を取ると、今度はそこから間髪入れずに相手の間合いへ深く踏み込む。

 その早さに相手の目に一瞬動揺が走ったが、繰り出した剣先はかろうじて相手の得物に弾かれた。

 だが、その一瞬の動揺が戦場では命取りになる。

 繰り出された攻撃を弾くことで体勢が崩れたのを見逃さず、二撃目は即座に容赦なく、相手が持つ剣の柄へ突き出す。がつっ、と鈍い音が響くと同時に、男の手を離れた剣が高らかに宙で円を描いた。

 天高くある太陽に、剣の刃が眩しく反射する。その間に手中の剣を操り、丸腰となった相手の喉元へ揺るぎなくそれを突きつける。

舞い上がった剣が地面に転がり、乾いた音が辺りに響く。

 お互いが動きを止めたまま、数秒間の沈黙が下りる。

 そして、

「……オーケー、俺の負けだ」

 相手が苦笑しながら両手を上げたのを見て、レミアはようやく一つ息をついて刃のつぶれた剣を鞘に収めた。



    *



 王政国家、キスカル王国。宗教国家でもあるこの国の歴史は、今から七百年前まで遡る。

 神が作り、息吹をこめたというこの世界。かつて人々は天使を通じて神の声を聞き、その意志に基づいて暮らしていた。

 だが、突如としてその暮らしは終わりを告げる。

 『落日』――。今から八三六年前、後に人々がそう語り継ぐことになる出来事は、何の前触れもなく唐突に人々から標の光を奪った。天使が忽然と姿を消し、人々は神から放棄された。

 『落日』の原因は、今もってなおわかっていない。技術を発展させていったヒトが神の怒りを買ったのだ、と一部の者達は口にした。だが、天使が姿を現さなくなった以上、その真偽を神に確かめることは人々にとって不可能だった。

 落日の混乱のさなか、小国が幾つも乱立した。神なき世界で互いの利権を争い、人々は争いを繰り返した。多くの血が流れ、心が削れた。それでもなお自らの土地を守ろうと、人々は飽くなき戦い続けた。

 そんな戦いが百年以上も続いた折、世界の抗争を終わらせんとすべく、二人の人間が立ち上がった。

 後に「英雄」と呼ばれる事となる二人は、それぞれの思想に従って、呼応した者たちと共に巨大国家を建設した。

 一人は争いのない世の中を謳い、巧みな交渉術と誠実さで小国を一つへとまとめていった。『落日』後も神の言葉を聞く唯一の存在――神子を国の象徴と祀り、各国の平和的な融和を計ったこの国は、独自の国家体制を敷いて国を発展させていった。

 これが、今のキスカル王国である。

 そして、もう一人の英雄は―――



    *



「いやー、やっぱりレミアの剣は一味もふた味も違うよな。騎士の称号は伊達じゃない、ってこった」

 勝負に負けたのにも関わらずどこか楽しげに嘯くアンドラに、レミアは何と言って良いかわからず黙って曖昧に苦笑した。

 レミア達の属するキスカル王国軍は、入隊を志願した者を中心に編成される国の正式軍である。軍学校に入学した後に厳しい訓練をくぐり抜け、十五歳より成人として正式に軍に迎え入れられる。

 その中でも、レミアに与えられている騎士の称号は、非常に少ない者にしか与えられない、選ばれし者の象徴である。

 騎士。それは数多い王国軍人の中から五年に一度、技術、道徳性、身のこなし、知識、その全てが軍人の鑑となるような者に、年齢を問わず二人に与えられる。レミアは若干十七歳にして、この春騎士の称号を得た二人の内の一人である。

 とは言え、レミア自身は自分に与えられたこの称号を畏れ多いものと思っている。自分の技術は極みになど達しておらず、身のこなしもまだまだ周りから学ぶことばかり。そんな中で羨望と嫉妬の目を向けられることは、まだ年若いレミアにとってどちらかと言えば困惑の対象だった。

 だからこそ、開けっぴろげに接してくれるアンドラのような存在は、特に先輩ということもあってレミアには有りがたいものだった。

「僕の剣はまだまだです。どうしても無駄な動きが多くて」

「まだまだだって言うお前に負けるってことは、俺はまだまだのまだってとこだな」

「いえ、決してそういう訳では……!」

「冗談だって」

 こちらの性格を分かった上で、いつもアンドラはからかってくる。レミア自身も相手が本気でないことをわかっているので、豪快に笑うアンドラを前に思わず小さな笑みを零した。

 ひとしきり顔を見合わせて笑った後、打って変わって真面目な顔をしたアンドラが、指をずい、とこちらに向ける。

「でもお前、たまには俺の言葉も真面目に聞けよ?お前がそう謙虚すぎちゃ、お前に勝てないでいる奴らは、自分はそれより下だと打ちのめされる。自分に自信を持つ事も、時には相手の為になるんだぜ?」

「そうですよ、レミアさんはもっと自分に自信を持ってください」

 会話に横やりを入れたのは、先程から横で二人の訓練を見ていた新人兵士のシェルだった。

 シェルはレミアよりも二つ年下で、この春の入隊式で正式に軍に所属したばかりの弓兵だ。合同訓練以降、何故かよく後をついてくるようになったこの新兵を、レミアも何故か憎めずにアンドラとよく可愛がっていた。

 こちらに熱弁をふるうシェルは、やや高揚で頬が上気している。

「レミアさんはとてもお強いです。僕も何度も拝見した訳ではないですが、軍主導の実技訓練でも一度も負けたことはないとお聞きします。上の方々も、レミアさんの実力には一目置いていると聞きました。みんなが憧れる騎士様なんです。もっと自信を持って下さい!」

 輝くような瞳で見つめてくる後輩に、「そんな事はないよ」とレミアは小さく頭を横に振った。

 そう、そんなことはない。周りがそう見ているほどに、自分は一軍人として、いわんや一騎士としてできた人間ではないのである。

 思い返せば、数奇な運命だったと思う。十年前に村を焼かれ、王国軍に保護されてから始まった自身の軍生活。地方の小さな村の一少年だったはずの自分が、こうして一人の騎士として軍人を勤め上げている。

 ――否、勤め上げているとは言えないのだろう。何しろ自分は軍人として決定的な欠陥があるのだから。

「ま、お前も憧れるじゃなく鍛錬を積めってことだな」

 頑張れよ、少年!とアンドラがシェルの髪をかき回すのに、はっと意識が現実に戻る。

 大柄なアンドラの手の下から「やめてくださいよー!」と反論の声が聞こえるのに、レミアは思わず微笑んで昼下がりの空を見上げた。

 今日は軍全体での訓練が無い。晴れやかな青空にふさわしく、空気はとても和やかだ。戦争の絶えない世の中だが、たまにはこんな空気も悪くないだろう。

 もう一戦交えようかと、レミアとアンドラが目配せした時、

「お話し中失礼致します」

 そこにいたはずの誰でもない、第三者の声が割り込んできて、三人は三人全員とも声のした方へ振り返った。

 そこには、覚えのある顔の伝令兵が、恐らく屋内から出てきたからであろう、眩しさに少し目を細めながらその場に跪いていた。

 思いがけない人物の登場に、レミアはアンドラと目を合わせる。

 敵との戦時真っただ中ではない今、伝令兵によって言伝が行われるのは、よほど事態が急な時か、あるいは、

「第百十六代騎士、レイミア・A・エリザ様にお伝え致します」

 要件が、非常に重要である場合のみ。


「国王陛下がお呼びですので、至急、謁見の間まで足をお運びいただくよう、お願致します」


 伝令兵の口から伝えられた言葉に、レミアは思わず息を飲んで伝令兵をじっと見た。視界の端ではアンドラとシェルも驚いたように顔を見合わせている。

 この国を治めるキスカル国王は、普段平民達はおろか、兵士達の前にも滅多に姿を現わさない。兵士たちとは位が格段に違う騎士でさえ、名指しで呼び出されるのは異例中の異例である。

「国王陛下……が?」

 伝令兵が去っていった事で我に返ったレミアは、未だ上手く動かぬ口でやっとそれだけを呟いた。


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