衝動メモリ
人生にはある程度の刺激が必要不可欠だ。
心からそう思う。
「いらっしゃいませ」
少々、古びた汚いレンタルDVD店。店の中に入ると、味気ない品ぞろえを片目に、これじゃあ儲からないだろうなどと我ながら失礼なことを思いながら、真っ直ぐレジへと歩いた。
俺がここに来たのは理由がある。俺の家からここまでの道のりは決して近いものではなかった。電車とバスを利用し、頑張ってここまで歩いてきた。目的の品を手に入れる為に。
「……衝動メモリってあります?」
店員は一人、レジに突っ立っている。客は俺、一人だ。中年くらいのおっさんが、一人で店を営業とは、本当に大丈夫かよ、このお店。
「……かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと、おっさんは店の奥に消えていった。
ネットで偶然、見つけた。『衝動メモリ』なる産物。
どうもゲーム感覚で精神をいじれるらしい。特定の狂い方をさせる麻薬。
ネットの書き込みは俺の信用を、削り取っていくような物ばかりだった。
リアリティがいまいち、高くもなく、低くもない。絶妙なライン。
だが、俺は信じた。
「お客様、お待たせいたしました」
店員が持ってきたのは、CDカセットと、USBメモリのようなものだった。えはまず
「お客様、それではまずこのカセットをお譲りいたします。この品をお買い求めになるのは、初めてですよね。本店からのサービスです」
そう言って、俺の差し出した右の手の平に、メモリを乗せた。
「そちらがカセットになっております。ご自分のパソコンにお繋ぎ下さい。ちゃんとチュートリアルからありますので、そちらを参照下さい」
……なんでメモリの方が本体なんだよ、へんな機械だな。
「あの……説明書とかは」
「チュートリアルをご参照下さい」
素直に無いって言えよ、不気味だなあ。
「カセットの方を、いかがなさいますか?」
そう言って、レジの前に一枚一枚丁寧に並べ始めた。
「どれにいたします?」
「えっとゲームでいうところのカセットですよね。何かお薦めとかあります?」
店員はさっと、一枚持ち上げた。
「これなんていかがです? 破壊衝動。これ以上にないストレス発散になりますよ。周りの安全を確認してからの使用をお薦めしますが」
「……えっと? 危なくないです?」
「はい、危ないですよ。だからレベルは1から動かさないで下さい。いわゆる体に影響がでる衝動の大きさです。1から3まで調整出来るのですよ。数字大きくなるにつれ、自制が効かなくなります。まあ、個人差がありますが」
「……なるほど。でも、それは止めておきます。ストレスが溜まっている訳ではないので。むしろ毎日が楽しくなるようなそんなカセットはないですか?」
なんの返事もなく、たださっと一枚のカセットを手に取った。
「……恋愛衝動?」
「さようです。毎日が楽しくなりますよ」
いや、別に彼女を渇望しているのではない。
その時だった、ふと目に映ったカセットがある。
「社会的貢献衝動。これってなんですか?」
「あぁ、ただの優しい人になる奴です、それ。レベル1ぐらいなら、電車で席を譲ってしまう程度ですが、レベル2になると、地域の美化ボランティアなどに参加しないと気が済まなくなったりします。レベル3は、ノーベル平和賞が狙えます」
「……じゃあ、取り敢えずそれで」
別に、いい人になりたい訳ではないのだが、まず本当かどうか確かめる必要がある。
「……お客様、ご住所を教えて頂ければ、ご自宅までカセットを郵便でお送りします。クレジットのお支払いが出来ますが、如何でしょう」
「……お願いします」
出来たなら、始めっからそうしたかった。わざわざ、こんな遠い店まで来たくなかったのに。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
二度とこねーよ。こんな店。
面白い、その一言に尽きる。軽いアンケートのようなものを、ボタンを押していくだけで、頭の中が現れるように変わっていくのだ。
流石にレベル3までを発動したことはなかったが、どれもほどよく楽しめた。
社会的貢献衝動、半信半疑だった初めてのカセットだが、その効果はレベル1で絶大だった。あの後、使用してみたその夜、俺はさっそく家を飛び出した。すると、通りかかった迷い猫のチラシを見るなり、無意識のうちに真夜中の捜索、その真剣さを神が評価してくれたのか、わずか四時間で捕獲に成功。勿論、報酬など受け取らなかった。その後の充実感は本当に凄かった。
遠慮していた、恋愛衝動や破壊衝動も追加購入した。
今まで恋愛なんて人生でしたことがなかった俺だったが、いつのまにか携帯のアドレスが女子だらけに。あくまで衝動なので、レベル1ならちゃんと自制が効く。
ただ一歩を踏み出す勇気を貰った感じだ。さっそく、恋愛上手になる本などを書店で購入。今まで何の役に立つんだあれ、とか思っていたが、意外に使用してみると、効果絶大である。本当に感動した。
破壊衝動は難しかったが、レベル1では怖くない。ちゃんと自制が効く。何というか、これは発想の楽しみがあった。壊したいのに、壊せない。これが壊れたら、皆はそう大騒ぎするのだろう、そう思い楽しむのだ。実際に壊さなくても、このギリギリのスリルが堪らない。
本当に購入して良かったと思う、おれの人生は本当に変わった。
…………。
はずだった。
一体何なんだ? この殺人衝動って奴は。こんなの買った覚えはないぞ。
あの店に電話しても、繋がらない。今までこんなことはなかったのに。
『殺人衝動』
……やってみたい。危ないと分かっていながら、俺はどうしてもこのスリルが味わいたい。もし殺したい、なんて感情を強く持って生きていたら。
もう毎日が退屈なんてない。毎日が頭の中が、最高に忙しい日々になる。
レベル1を使用すれば大丈夫だ。ちゃんと耐えられる。
俺は使ってしまった。そのカセットを。そのアンケートの質問を全て答えた後、俺の頭の中は殺人でいっぱいだった。
コロシテミタイ
目の前に誰もいない俺の部屋なのに、気付くと俺は右手に包丁を持って部屋から出ようとしていた。危ない、危ない。
「やばい、レベル3になっているじゃん」
他の奴は全てスタートはレベル1からだった。やはり特殊なのか?
「………………何だよ、これ」
無い、どこにも無い。レベル1とレベル2の設定ボタンが。
「ふざけんな!! これじゃ殺人鬼じゃねえか!!」
まずい、こうしている間にも、殺人衝動が止まらない。右手の包丁も握ったままだ。放せない、何故か。
「何なんだ、これ!! どうしてこんなことに」
俺は……一体どうした、俺の頭。ちくしょう!!
取り敢えず、タオルで右手を包み、家を飛び出した。
「おい!! おっさん!! なんで電話に出ないんだよ!! こんな緊急事態に」
俺はあの店に来ていた。この怪しい代物を買ったのはこの店だったから。
店にあの店員はいたが、何食わぬ顔をしてやがる。
「どうかなさいました? お客様?」
「どうしたじゃねーよ。何か訳分からないカセットが勝手に入ってたんだ。間違って起動させたら、レベルが変わらないんだよ!!」
「なら衝動中止ボタンを押せばいいじゃないですか」
「それもできねぇ、だって殺したいって衝動が俺を邪魔するんだ!! ボタンを押したら止まるって分かっていたら、なんか押せないんだよ!!」
「そうですか、因みに私を殺したいです? あなたをこんな目にあわせた私を」
……? 確かに、許せない。ゆる・・・殺してやる。
「…………こっ、こっ、こっ」
「こ?」
「殺してやる!!」
俺は右腕の包丁を振りかざし差し向けた。
だが、誰かの腕にそれを止められる。そこにいたのは警察だった。
「お前を殺人未遂で逮捕する」
へ?
「私が呼んでおいたんですよ、あなたがそろそろ私を殺しにくると思って」
は?
「いやぁね、この事件の黒幕は私じゃなくて、そこの警察さんなんですよ。ほら町が平和だとお仕事減っちゃうでしょ。だから定期的に量産しているんです」
「何を?」
「……サイコパス(精神病質)」