第三十三話 『二人と運命』
2月26日 13時5分
「テミス……ちゃん……」
(ただいま)
ニコッとテミスちゃんが私に微笑みかけてくれる。体の力が抜けていく。
失ったと思った命が助かるのは嬉しいなんて言葉じゃ言い表せない。こんなにも体と心に反動がくるくらいだし。
私は人が一人亡くなることは世界が消えてなくなることだと思っている。その人が認識していた世界、その人が存在していた世界、自分の中の自分だけの世界。
スケールが大きすぎて思考が追い付かない。だからこんなにもホッとしているのに涙が出ない。
(沙季お姉ちゃん、大丈夫?)
「うん、大丈夫だよ」
(良かった、ビルがいい感じに崩れたから。ウルドお兄ちゃんもアレースお姉ちゃん達も沙季お姉ちゃんが死んだと思っているよ)
「それ、なんか嫌だな……」
でも良かった、二人が無事で。私しか助かってなかったらどうしようかと思った。
ところで私はどこにいるんだろう、落ちてきたビルはどうなったの?
上を見上げるとビルの瓦礫だった、そして緑色の光がドーム状に展開している。
(私がやったの。)
「テミスちゃんが?」
(うん、何て言うんだけ……? あ、そうそうバリア!)
「バリア……そんな能力初めて見た」
(海外ではよく見かけるみたい……そろそろ外に行くね、一緒にくる?)
私は首を振った、緊張が解けてしまい走れそうにない。
ここはテミスちゃんに任せようかな、彼女だけがウルドの足止めが出来る。
テミスちゃんは私に「またね」と言って外へと瞬間移動した。
2月26日 11時45分
工場の中は、もう十年くらい使われてないんじゃないかと思うくらいに古くなっていた。
ジュノから逃げて、そこそこ奥まで来たが……入ってきた場所の他に出れる場所がない。
いや、正確に言うと出口はあったが開かない。坂城さんは一度ノックをしただけで「反対側をコンクリートで固めてあるな」なんて言っていたけど。
だから今は出口探しをしている。
「少年、お前に教えておきたい事がある」
「何ですか?」
「日本においての能力とお前の能力についてだ。聞きたいか?」
「き、聞きます」
この人って、天才とかいうレベルじゃない気がする。
非科学を調査して、結果が出ているのは常人は言うまでもなく天才でも出来ない。
「そうだな、まずはアメリカで確かめて分かったことだ。日本のサバイバルゲームにおいて攻撃には直結するような能力が無いことは少年、お前も分かってたみたいだな」
「はい、でも組織の人間なら――」
「そうだな、でもその確率は低い。何故なら、日本人はその才能が無い人が多いからだ」
「でも、俺は使えますよ」
「少年、俺達が使っている能力は全てが頭のイメージに懸かっている。日本人は武器や兵器に対してのイメージが乏しい。だが、お前はアメリカで実際に風の能力を使っている姿を見たんだろう?」
「確かに……」
確かにそうだ、俺は風の能力を使っていたやつの真似をして使っている。
「だから、日本の能力者と戦う時は頭を使わないといけない。能力を使って上手く攻撃にもっていくからだ。その点、加速や瞬間移動は攻撃に持っていきやすい。お前の過去に戻る能力は使うのが難しい。」
「そうですね、相手の攻撃をあらかじめ知ることくらいしかできませんね。」
「それが使いどころなんだ。まず――」
「あ、天才児二人!探したぞ!」
いかにも元気そうな男の人が現れた、どこかで見たことある。
雰囲気、格好からして組織の人だ。
「ちょっとちょっと!二人とも覚えてないの!?」
「「誰だ?」」
うん、誰だ? 一度見かけたことがある気がするけど……名前なんか知らない。
「カストルだよ! ちょっとヘルメース、さっさと出てきて!!」
「はぁ……面倒くさいなぁ。あっ! 坂城さ~ん、お久しぶりですっ!」
「おお、ヘルメース。 そういえば、お前は正確にはパートナーがいない筈だったな。」
「いやいや~、坂城さんが私のパートナーですよ!」
また、変なのが出てきた。
それより正確にはパートナーがいない? 一体どういうことだろう、だって坂城さんは生きている。
「天才少年、俺が色々教えてやるよ!」
「……それは、どうも」
「まず、ヘルメースは新田翔有のパートナーだ」
「は!?」
新田翔有のパートナーはテミスちゃんだ。それが本当だとしても、パートナーは一人につき一人だった筈だ。
「いや、そうなんだけどよ。何て言うか……入れ換えならアリなんだよ。」
「そんな適当で良いのか?」
「まぁ、一応俺達のボスを納得させたみたいだし、いいんじゃね?」
「それが良いなら、テミスちゃんが坂城さんのパートナーか。」
「おお、流石。」
いや、考えたら分かるって……入れ替えってことは単純に新田さんの今のペアが坂城さんのパートナーってことになるじゃん。
「まぁ、いいじゃん。分かったんだしさ。」
「少年、そんなちゃらんぽらんな少年と話していないでこっちに来い。」
「あ、はーい」
「おい、天才ども! 俺はちゃらんぽらんじゃねぇ!」
さて、やっと思い出した。カストルって小早川のパートナーだ、会議の時に小早川を止めたのはこいつだった。
することも無いので俺は坂城さんとヘルメースさんの会話に割り込んでみる。
「何の話してたんですか?」
「ヘルメースの性癖――いや、この場合はフェチ、の度合い頑張れ半端ではないという話だ」
「えー、私より坂城さんのほうが色々とヤバいじゃないですかぁ」
「…………」
聞きたくなかった、坂城さんから性癖とかフェチとかいう言葉を聞きたくなかった……いや、マジで。
「ところで、お前は何フェチだ。そのくらいの年ならフェチや性癖の一つや二つあるだろう。ところで少年。近年、フェチと性癖が同一視されていることが増えているが正確には違うのだ。何故なら性癖は――」
「もう、やめてください。お願いします。」
夢を壊さないで欲しかった、坂城さんって変態なのかな……。
はぁ、それより今の俺にフェチとかどうとか分かるわけ――
「少年、足を見ると興奮するか?」
「しますっ! あ、いや……本題に入りましょう。」
「ふん、釣れないな。仕方がない本題に入ろう。」
ヘルメースさんが真面目な顔つきになった、何て言うか不思議な人だ。真面目な時も元気な時も、怠そうな雰囲気を醸し出している。
「少年、一度しか言わないから良く聞きなさい。俺の能力は運命を決める能力だ。」
「運命……そういえば最初にあった時――」
「そうだ、お前の話からヒントを得れた。俺は一日に三つまで誰かの運命を定めることができる。しかし生死に直結しないことだけだ」
「じゃあ、ウルドが死ぬとか桜庭が死ぬとかは定められない訳ですね。」
「その通りだ、お前の言葉から間接的に人を害する方法を思い付いた――事故が起こる運命だ」
「事故ですか?」
「そうだ、例えば俺がお前が交通事故に巻き込まれる運命を定めるとする。おそらく、お前は助かるのだろう。なら俺がお前が助からないように手を回せばいい、能力の穴埋めを俺がすればいいのだ。」
「なるほど……」
そんなことができるのは坂城さんくらいだろうな、能力の完璧に穴埋めするのは自分の能力と周りの状態を完璧に把握して、漏れが無いようにしないといけない。
それを飄々とやってのける坂城さんは、間違いなく天才だ。
「桜庭くんも、天才でしょ?」
「えっ?」
怠そうにしていたヘルメースさんがキリッとしてから言うものだから、戸惑ってしまう。
やっぱり、読心の能力は気を抜いているとびっくりする。
それに、俺は天才じゃない――ただの高校生だ。
「それは、ただの高校生が考える事じゃないよ」
「ヘルメース、そこまでだ。少年、俺の能力については分かったか?」
ヘルメースさんが、二三歩後ろに下がって深呼吸している。
俺の方をチラっと見て口を「おえん」と動かした――この場合「おえん」ではなく「ごめん」だろう。
ヘルメースさんが、目を逸らしてしまったので俺は坂城さんに向き直る。
「分かりました、それを踏まえて今後はどうするんですか?」
「少年、ここからが重要だ。俺は今日、既に二回運命を定めている。」
「もしかして、トランプ?」
坂城さんが、少し驚いた顔をした気がした。あまり表情を変えない人だから気のせいかもしれない。
「そうだ、トランプだ。俺は運命を定めたい時はトランプに向かってそれを唱えなければならない。今日、既に定めた二つの運命のうちの一つは電柱が倒れていく事故だ。事故が起こる現場まで俺は誘導しなければ、あの女は事故に巻き込まれはしなかっただろう」
「もう一つは何ですか?」
「もう一つの運命は――ぐっ!?」
俺の視界を何かが横切った、ギザギザとした刃物、木の持ち手――のこぎりだ。
それが今、坂城さんの胸を貫いている。
「よくも……よくも私の腕を……」
ジュノが部屋の中央に立っていた、どうやら無駄話をし過ぎていたようだ、ここからが本番ということか。俺一人でどこまでいけるだろうか?




