第三十二話 『落下と協力』
2月26日 10時50分
「ウルドっ!!」
反射的に怒鳴ってしまった、ポルックスさんを殺したのもスクルドを意識不明にしたのもコイツだ。
でもここは冷静にならないと……!
今のあいつの能力は反則に近い。
「沙季! こっちに来なさい!」
アレースさんは、無事みたい。だったら尚更落ち着いて対応しないと……彼女の足を引っ張っちゃいけない。
私はウルドを視界に捉えたまま、素早くアレースさんのもとに駆け寄った。
「いいか、沙季。 テミスが来るまでの辛抱だ、私達はできる限りの時間稼ぎをするんだ」
アレースさんが立ち上がり、私の目に訴えかけてくる。
「分かりました」
「何話してるの?」
「――!」
背後からウルドの声、すかさず蹴りをいれる。アレースさんがまた加速させてくれるはず。
でも私の蹴りはウルドの頭上の空気を物凄い速度切った、勢いで地面に倒れそうになる。
世界がスローモーションに見える、これは転ぶ前によく起きるやつ。スローモーションの世界でウルドが私が倒れるところを狙って構えているのが、見えた。
「一人目」
そう言いながら、ウルドは私と同じような蹴りを繰り出した――が私と同じように空を切った。
私は宙に浮いていた。いや、地面にはゆっくりと下降している?
とにかく、空振ったウルドは隙だらけだ、私はウルドに銃を向けて引き金を引いた――がまたもや外してしまった。
「ふー、危なかった。死ぬとこだったよ」
ウルドは私達から離れた場所にいた、逃げ足が速いやつ。
でもウルドが血を流す未来は見えている。私はこの三週間、未来更新時間短縮に努めてきた。今となっては未来が変わっても五秒あれば更新できる。
「油断するなよ、ウルド」
「っ!!」
未来の通りポルックスさんのトンファーがウルドの頭を捉えた。
血が飛び散ったが、ウルドはいなくなっている。今度はどこに。
ふと、人の気配がした。後ろからビリビリ感じる。私は今度こそと思い、蹴りを繰り出す。
「止めろ、沙季!」
アレースさんからストップがかかったが、もう動き出してしまっていた、手遅れだ。
私の足が蹴ったものはウルドでは無く――刀だった。
あと二、三秒遅ければ、こんな未来は回避できた。
私の足が刀を通り抜ける、恐らく今の出来事で私の未来予知の能力を少し持っていかれた。
「私の事を忘れていましたね。聖条院さん。」
「くっ!」
榊原が刀を本当に忘れていた、ウルドに気をとられ過ぎていた。能力のレベルは……更新に30秒くらい必要になっちゃったか。
足が切断されてないから大丈夫、まだ戦える。アレースさんがそろそろ動く。
「なるほど。あなたの能力はこういう能力でしたか、これは使えますね。ということはそろそろ……。」
榊原が右に移動する、するとアレースさんが榊原の左を通過した。
もう未来予知を使いこなせるの!?
「あなたの攻撃はもう当たりませんよ。」
「香、そろそろアレやるよ。」
「そうですか、分かりました。向こうでは失敗したらしいじゃないですか。しっかりしてください、今はジュノさんが向こうに?」
「そうだよ。大丈夫、今度は失敗しない。」
向こうとか、失敗とか、もしかして心くんが帰ってきてるの?
本当に? ジュノが向かっていると言ってたし大丈夫かな……心くん。
「沙季、余計な事は考えたらダメだ。桜庭くんの事も気になるが。」
「分かってます。」
「まずは、僕が隙を作りますから。おっと……ウルドがいない。何を仕掛けてくる気だ?」
「いないなら、榊原を捕まえましょう!」
私は榊原を探した、随分と離れた場所にいる。
わざわざ離れたのは何でだろう? 彼女の戦法からして距離を取るのはおかしい……これは逃げていることになる。
まさか前回と同じ――
「僕ならここだよ!」
「やっぱり上か……プロメーテウスさん!四日前のアレが来ますよ!」
「アレ……か。」
ポルックスさんはアレースさんに何かを話している。あの時の話だ――前回のウルドの襲撃でポルックスさんが亡くなったこと。
組織の人でも上手く対応できなかった、というよりスケールが大きくて逃げる以外は無理なのだ。
私は姿勢を低くして走る準備をする……あの攻撃には未来予知は通じない。
しばらく無音の状態が続く、全員が集中している。
そして静寂を保ったままアレが来た――住宅街が降ってきた。
「こんなレベルなのか……!」
アレースさんが呆気にとられている、初めて見るなら当たり前。
私達にはウルド達を捕まえるのは無理だ、殺すつもりじゃないといけない。
なんて言ったって、これはただまっすぐ降ってくるだけじゃないから。急に景色が暗くなる、それを合図に私は走り出す。ついに始まった。
「くっ!!」
私の真上に一軒、瞬間移動してきた。走り出すタイミングが遅れたら確実に死んでしまう。
「アレースさんっ、沙季のフォローを!」
「わかった!」
二人の会話が聞こえる、でも気にしてる場合じゃない。
一軒から逃れるとまた一軒、家が崩壊する音が鳴り響く。
その崩壊音が複数聞こえるから他の二人も逃げているみたい。
「沙季っ! 君は瞬間移動が出来ないんだから、僕らのことは気にしないで逃げるんだ!」
「……!」
私の足が急に速くなった、アレースさんだろうか?
それに合わせるかのように、一軒一軒が間髪いれずに降ってくる。
その時、何かとぶつかった。私は反動で倒れこんだ。
「痛っ……」
「あっ!」
私がぶつかったのはアレースさんだった。
もしかして私達、誘導されたの!?
「沙季、ボーッとするな!逃げるよ!」
「ちょっと二人とも何してるの!? 僕が瞬間移動させるから。」
「何しにきたんだ!私はともかく、沙季は瞬間移動出来ないっ!」
「あ、やば。」
「ちょっと二人とも、早くして!」
逃げなきゃいけないのに、ベテランのお二方は何してるの!?
そんなことをしている間に上空から何かが降ってきた。今度は住宅ではない、もっと大きな物だった。
「あれって……ビル?」
「沙季、早く逃げ――」
走り出す前に、私達の頭上へとビルが瞬間移動してきた。
とてもじゃないけど、逃げれる距離じゃない。ビルまでの距離、およそ2m。
――私はここで死ぬんだ。
そう思った時に物凄い速度で飛んできたものがあった。
(待たせちゃったね、沙季お姉ちゃん。)
そんな声が聞こえたと思ったら、周囲が緑色の光に包まれた。
ビルまでの距離、およそ1m。私は目を瞑った。
次の瞬間、物凄い地響きと共にガラガラとビルが崩れ落ちる音が聞こえた。どこも痛くない、助かった?
ゆっくりと目を開くと、何回も助けられた見慣れた小さい背中があった。
(沙季お姉ちゃん、怪我しなかった?)
その背中は、他の誰とも見間違うことは無い――テミスちゃんのものだった。




